2026年9月11日金曜日

《虹機械》から見えてくる「五度圏」のもう一つの顔——数式なしで読む三輪眞弘の新調性主義

 前稿「「音の重心」というアイデア——数式なしで五度圏分析を理解する」では、「音の重心」という考え方を使って、音の集まりを五度圏の上に置き、そこから「今、音楽がどちらの方向を向いているのか」を眺める方法を紹介しました。

五度圏の上に音を置いてみると、音がある方向に偏っているときには、そこに「重心」が生まれます。反対に、音が円周上に均等に広がっていると、互いの力が打ち消し合って、重心は中央に集まります。

この考え方を交響曲の時間的な展開に適用すると、調性を「ハ長調、ニ短調」といった名前だけで追うのとは少し違った風景が見えてきます。音楽がどの方向へ進み、どこにとどまり、どのように動き回っているのかを、五度圏上の軌跡として見ることができるからです。

では、この方法を、三輪眞弘の《虹機械》に適用すると何が見えるのでしょうか。

《虹機械》を五度圏に乗せてみる

《虹機械》の2作品、「虹機械 はじまりのうた」Hamamatsuと「虹機械 公案-001」Koan-001は、通常の交響曲とはかなり違った仕組みで作られています。

どちらも4/4拍子の16分音符による単旋律で、音楽は、直前に鳴った音を入力として次の音を決める「状態遷移機械」から生み出されます。

ここでは、オーケストラのように複数の音が同時に鳴っているわけではありません。それでも、一定数の音をひとまとめにして「この時間帯にはどんな音が現れていたか」を見ることはできます。

そこで、4音、8音、16音、つまり1拍、半小節、1小節という3つの大きさの「窓」を用意し、それぞれの窓に現れたピッチクラスを五度圏に置いてみました。

すると、興味深いことが分かりました。

細かく見ると、とても「凝集」している

4音単位、8音単位で見ると、《虹機械》の音は五度圏上の狭い範囲に強く集まります。

つまり、一つ一つの短い時間帯だけを取り出してみれば、音楽はかなりはっきりした方向性を持っています。

ところが、その重心が作品全体を通して同じ場所にとどまっているわけではありません。

局所的には非常によくまとまっているのに、全体としては一つの調の周辺にじっと滞在するわけではない。

これは、西欧の機能和声を中心とする交響曲コーパスと比較すると、かなり特徴的な性質です。

西欧の伝統的な調性音楽では、ある瞬間に音が五度圏上の近い場所に集まっていることと、作品全体がその調的中心にある程度とどまることが、しばしば結びついています。

ところが《虹機械》では、

「その瞬間にはまとまっている」ことと、「作品全体としてそこにとどまる」ことが切り離されている。

ここに、まず一つの《虹機械》らしさが見えてきます。

ところが、1小節単位にすると「普通」に見えてしまう

さらに面白いことが起こります。

4音、8音と細かく見ていると、《虹機械》は五度圏上でかなり突出しています。ところが16音、つまり1小節単位までまとめてしまうと、その重心の大きさは、西欧交響曲コーパスの範囲内に入ってきます。

五度圏上の重心だけを見れば、

「《虹機械》は、細かいところでは特殊だが、ある程度まとめて見ると、それほど特殊ではない」

という結論にもなりそうです。

実際、PCAという複数の指標をまとめて眺める方法でも、1小節単位にした《虹機械》はコーパスの範囲内に収まります。

しかし、ここで一つの問題が生じます。

重心の大きさが普通だからといって、その中身まで普通だとは限らないのではないか。

この疑問が、次の分析につながります。

「重心の大きさ」だけでは、中身が分からない

前稿で説明したように、五度圏は音を観察するための「一つの円」です。

実は、ピッチクラスのDFTには、この五度圏に対応するものだけでなく、全部で6種類の異なる「円」があります。

半音のまとまりを見る円、三全音を見る円、長3度を見る円、短3度を見る円、完全5度を見る円、そして全音音階的なまとまりを見る円です。

それぞれは、異なる「音の風味」を検出する装置だと考えることができます。

五度圏は、そのうちの一つにすぎません。


そこで、《虹機械》について、五度圏だけではなく、この6つの円すべてを調べてみました。

すると、先ほどの「一見すると普通」という印象が大きく変わります。

《虹機械》では、五度圏に力が集中している

6つの円をそれぞれ調べると、《虹機械》では、他の円に比べて「五度圏の円」が極端に強く反応します。

ここで重要なのは、五度圏が強いことそのものではありません。

実は、今回比較した55楽章の西欧交響曲コーパスでも、もっとも強いモードが五度圏になる楽章はかなりあります。

つまり、

「五度圏が一番強い」だけなら、《虹機械》だけの特徴ではありません。

違うのは、その集中の度合いです。

西欧交響曲コーパスでは、いくつかの「風味検出器」の間にある程度エネルギーが分散しています。

ところが《虹機械》では、6つの検出器のうち、五度圏に対応するものへ非常に強く偏ります。

これは、先ほどの「重心の大きさ」とは違う情報です。

五度圏重心の大きさが「どれくらい偏っているか」を教えるのに対して、6つのモードを比べることで、

「その偏りは、いったい何によって生じているのか」

を見ることができるからです。

「普通の大きさ」の中に「極端な偏り」が隠れている

ここで、《虹機械》について最も興味深い二重性が現れます。

1小節単位で見ると、五度圏上の重心の大きさは西欧交響曲コーパスの範囲内です。

ところが、ここで一つ重要なことが分かります。

16音、つまり1小節程度の単位で見ると、《虹機械》の五度圏重心の大きさは、西欧交響曲コーパスの範囲の中に入ってきます。重心の大きさだけを見れば、もはやそれほど特殊には見えません。

しかし、ここで「重心の大きさ」を作っている中身まで見てみると、様子はまったく違います。

12音の構造を6つの異なる周期・対称性に分けて調べると、《虹機械》では、6つのモードのうち五度圏に対応するf5への集中が、16音窓でむしろ強くなっていることが分かります。

つまり、

重心の大きさは16音で「普通」になる。
しかし、その「普通の大きさ」を作っている構造を見ると、むしろf5への偏りは強くなる。

という、一見すると逆説的な現象が起きています。

これは、五度圏上の重心だけを見ていたのでは分からない特徴です。重心は「どれくらい一方向にまとまっているか」を教えてくれますが、DFTはさらに一歩進んで、そのまとまりが、どのような構造によって生じているのかを教えてくれるのです。

そして、音そのものを見ると理由が見えてくる

では、なぜ《虹機械》では五度圏への集中がこれほど強いのでしょうか。

ここで、重心の計算から一度離れて、実際に鳴っている音と音の間の関係を直接調べてみます。

すると非常に明快な特徴が現れます。

隣り合う音の約56~61%が、完全4度または完全5度の関係になっています。

次に多いのが同じ音、あるいはオクターブ違いの同音反復で、それが約22~27%です。それ以外の音程は、いずれも一桁台の割合にとどまります。

つまり、《虹機械》の音の動きは、かなり極端に、

「同じ音にとどまる」
または
「完全5度の方向へ動く」

という二つの動きに集中しています。

さらに、完全5度には上向きと下向きの二方向がありますが、実際のデータでは、その二方向の遷移がほぼ拮抗しています。

これは、少なくとも《虹機械》全体の遷移をまとめて見る限り、完全5度方向に一方向だけの強い偏りがあるわけではないことを示しています。

ただし、ここから直ちに「五度圏上を行ったり来たりしている」と結論することはできません。細かな往復運動を重ねながら、より長い時間スケールでは一方向に進んでいる可能性もあるからです。

したがって、この段階で言えるのは、五度圏方向の強い構造的偏りは存在する一方、その方向性は単純な一方向運動としては現れていない、というところまでです。

実際に「往復運動」なのか、それとも長期的な方向性を持つ軌道なのかを確かめるには、音程遷移だけでなく、五度圏上の重心軌道を時間順に追跡する必要があります。

「虹」は、五度圏の上に何を描いているのか

ここで、《虹機械》という作品の構成原理について、少し違った見方ができるようになります。

一見すると、この音楽は、特定の調に安定しているわけでもなく、伝統的な意味での和声進行を積み重ねているわけでもありません。

しかし、それは「無秩序」なのではありません。

むしろ逆です。

非常に強い規則性があります。

その規則性は、伝統的な機能和声のように、

「この和音は次にどこへ進み、どの調へ解決するのか」

という形で現れるのではありません。

そうではなく、

「音と音との距離として、完全5度という関係を徹底的に選び続ける」

という形で現れています。

その結果として、五度圏という円の上には強い偏りが生まれます。

つまり、《虹機械》における五度圏的な性質は、和音を分析した結果として偶然見つかったものというより、

音を生成する仕組みそのものが五度圏的な性質を持っている

と考える方が自然なのです。

「新調性主義」を別の角度から見る

三輪眞弘は《虹機械》を「新調性主義」と呼んでいます。

この言葉を、単純に「伝統的な調性を新しくしたもの」と理解する必要はないのかもしれません。

今回の分析から見えてくるのは、調性を支えている「中心」の作り方そのものが違う可能性です。

伝統的な機能和声では、複数の和音や音階、対称性の異なる音の集まりが相互に関係しながら、ある調的中心を形成します。

一方、《虹機械》では、そうした複雑な和声的ネットワークを構築する代わりに、完全5度という一つの関係を極端なまでに純化することで、別の種類の秩序が生まれています。

そこでは、「どこか一つの調に帰る」ということよりも、

五度という関係そのものが、音楽を組織する原理になる。

この意味で、《虹機械》の「調性」は、特定の調に音が集まっている状態というより、音と音の関係を組織する幾何学的な規則として現れている、と考えることができます。

五度圏だけでは見えないものを見る

今回の《虹機械》の分析から得られる教訓は、三輪作品だけに限らないと思います。

五度圏重心は、音楽の調的な方向性を非常に分かりやすく可視化してくれます。

しかし、それはあくまで一つの観測窓です。

五度圏で重心が中央に集まったとき、それだけを見て、

「調性が弱い」
「無調的である」
「中心がない」

と判断するのは早すぎます。

その背後には、増三和音、減七の和音、全音音階、あるいは別の対称性が強く存在しているかもしれません。

逆に、五度圏の重心がある程度の大きさを持っていても、その重心が何によって生じているのかを調べなければ、その音楽の組織原理までは分かりません。

だからこそ、

「どこに重心があるか」

だけでなく、

「その重心は、どのような音の組織によって生まれているのか」

を見る必要があります。

《虹機械》は、この二つを区別することの重要性を、とても鮮明に示してくれる作品でした。

重心から「生成原理」へ

五度圏重心分析を出発点にすると、最初は「この音楽はどちらを向いているのか」という問いから始まります。

しかし、分析を一段深くすると、問いは変わってきます。

なぜ、そちらを向いているのか。

さらに6つの対称性を調べ、実際の音程の動きを調べると、

その方向性を生み出している規則は何なのか。

という問いに進むことができます。

《虹機械》では、その答えとして、完全5度を中心とした非常に単純な音程関係が浮かび上がりました。

局所的には音が五度圏上に強く集まり、全体としては一つの調に固定されない。

そして、より大きな時間単位で見ると、五度圏重心そのものは「普通」に見えるのに、その背後では6つの対称性のうち五度圏に対応するものだけが極端に強くなっている。

この二重性こそが、今回の分析で見えてきた《虹機械》の姿です。

「普通に見える重心」の中に、「極端に特殊な生成原理」が隠れている。

音の重心を見ることは、単に調性を測るための方法ではありません。

それは、音楽の表面に現れる「方向」から、その背後にある「組織の仕方」へと問いを進めるための、一つの入口にもなり得るのです。


本稿はClaude Sonnet 5およびChatGPT 5.6 lunaとの会話を通じて作成されました。

(2026.9.11 公開)

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