2026年4月25日土曜日

「20世紀の三輪眞弘展」について(2) 演奏会 (2026.4.11)

20世紀の三輪眞弘展

演奏会

2026年4月11日 13:30開演

としま区民センター 多目的ホール


ピアノとチェロ(コントラバス)のための「極東の架空の島の唄 I」(1991)

 コントラバス:布施砂丘彦、ピアノ:川村恵里佳

ハンス・リヒター「午後の幽霊」のための音楽(1995):日本初演

フルートとピアノのための「極東の架空の島の唄 II」(1992)

 フルート:梶原一紘、ピアノ:川村恵里佳

架空木管五重奏のための「BQMOVM1E」(1986)(スピーカー版):日本初演

架空木管五重奏のための「BQMOVM1E」(1986)(人力演奏版):世界初演

 フルート:梶原一紘、クラリネット:岩瀬龍太、オーボエ:大木雅人、

 ファゴット:塚原里江、ホルン:岸上穣、リアルタイム楽譜化機能制作:後藤天


トーク:畠中実、三輪眞弘

ピアノ、アンサンブルとコンピューターのための「東のクリステ」(1993):日本初演

 指揮:馬場武蔵、フルート:内山貴博、クラリネット:岩瀬龍太、

 ヴァイオリン:松岡麻衣子、ヴィオラ:迫田圭、チェロ:下島万乃、

 コントラバス:布施砂丘彦、ピアノ:川村恵里佳、

 音響:磯部英彬、Maxパッチ再制作:松本祐一

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三輪眞弘さんのドイツ時代(1978~1996)にフォーカスした展示、当時についての三輪さん自身や三輪さん知る方々へのインタビューを中心にして構成されたドキュメント映像および作品演奏の映像の上映会、演奏会よりなる企画が、としま区民センターにて開催されました(上映会は4月3日、12日の夜の2回、展示は4月9日~12日、演奏会は4月11日の午後)。私はそのうち、上映会の1回目と演奏会を訪れたので、その感想を記しておくことにします。上映会については別稿で記していますので、この文章では、演奏会の感想を書き留めて置きたく思います。

先回りして最初に申し上げておきますが、三輪さんの友人の羽山さんの企画になる一連の催しの、いわば「メイン・イベント」たるこの演奏会は大変な盛況で、用意された客席が概ね埋まり、会場が常ならぬ熱気に満ちた中で行われました。演奏会後半に三輪さんとトークをされた畠山実さんもそうですが、会場を埋める客席にも、これまで三輪さんの活動を支えて来られた多くの方がおられたようで、演奏会が始まる前も、休憩時間中も、会場後方の席の三輪さんにひっきりなしに色々な方が挨拶に見えられて、どこか華やいだ雰囲気すら感じられ、まずその雰囲気に圧倒されてしまったというのが正直な印象です。それもあってか、思わず、三輪さんの音楽に出遭って間もなくの頃——それは残念ながら今回演奏された作品が作曲された同時代ではなく、遅れること約10年を経て21世紀になってからのことでしたが――三輪さんの作品の演奏会に足を運んだ時の自分が感じた、或る種の寄る辺なさのようなものが甦るように感じた程でした。もっともこれには、個人的な理由で新型コロナウィルス感染症の蔓延以降、流行が収まってからもイベントに参加することを控えてきたという事情も関わっているに違いありませんが。

いずれにしても、こと今回の演奏会については、三輪さんの音楽の最上の聴き手が集った訳ですから、、私が感想を記す事は凡そ無用であり、蛇足であるとしか感じられません。そしてこの演奏会の様子は主催者によって収録され、記録として残されるようですから、その場に偶々居合わせただけの人間の不確かな記憶に基づく記録もまた無用に違いありません。従って以下はあくまで、丁度三輪さんの音楽に出遭った時期に録音で接して圧倒された作品の実演に接することがようやく叶った、その聴取から受けた主観的な印象を、専ら自らの備忘のために記しておくものに過ぎず、それ以上の意味はありません。そうであってみれば、そもそも公開することなく筐底に秘しておけば済むのかも知れませんが、その一方で、幸運にもこの貴重な場に居合わせることが出来たからには、それを証言することが義務であるようにも感じます。かくしてその義務を果たさんがためだけに、拙い備忘を公開する次第です。以下、記録としての意味合いを踏まえ、基本的には演奏された順番に記載していきます。

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最初の作品は「極東の架空の島の唄 I」で、これは別途4月3日の夜と4月12日の夜に行われた上映会でも別の演奏の記録映像が上映された作品です。実は事前に頒布されたイベントのチラシでは、この作品は演奏会のプログラムには含まれておらず、上映会の映像のみで接することができる筈でした。しかしながら実際には、演奏会で実演にも接することができ、更に付け加えれば、映像版がチェロによるリアライズであるのに対して、この日の実演はコントラバスによるものでしたので、この催しを通して、両方のバージョンに接することができたことになります。これは後のトークの際に三輪さんが披露された事ですが、三輪さんがこの作品について抱いていた「極東の架空の島の「インディアンのおじいさんが星空の下で子供たちに昔話を語っている」」イメージ」に添うべく、ガット弦を用いた演奏とのことでしたが、ビブラートをほとんど用いない奏法のためか、コントラバスがもともとヴァイオリン属よりはガンバ属のヴィオローネの系統を色濃くひいていることも相俟ってか、どことなく「私の好きなコルトレーンのもの」でのヴィオラ・ダ・ガンバの音色との繋がりを想起させるような感じを受けました。

実演の順序としては、続けて演奏されたのは「ハンス・リヒター「午後の幽霊」のための音楽」でしたが、ここでは順序を変えて、その後に演奏された「極東の架空の島の唄 II」について先に記します。この作品は題名が示す通り、「極東の架空の島の唄 I」と同じ、柴田南雄さんの『音楽の骸骨の話』に基づく'Minyou'アルゴリズムによって確率的に生成された五音音階旋律を素材とした作品ですが、聴いて直ちにわかる通り、全曲を通して途切れなく旋律が継起する、単一楽章の「極東の架空の島の唄 I」とは異なって、五楽章からなる組曲のような構成を持ちます。それだけに、楽章構成のような要素も加わって、どこまでが自動的に生成されたもので、どこから作曲者の編集的介入が行われたのかを区別することは一層難しく、聴いた感じからは、一から人間が作曲したものを思う人が居ても不思議はありません。もっともこの点は、程度の差はあれ、「極東の架空の島の唄 I」や「私の好きなコルトレーンのもの」にも共通して感じられることではあるのですが。

実際には「極東の架空の島の唄 I,II」のみならず、この日は演奏されなかった――後のトークで畠中実さんが指摘されていたように既に再演が行われており、私はその場に立ち会うことができたのですが――「東の唄」もまた同じ'Minyou'アルゴリズムを発展させて作曲された、謂わば「姉妹作」のような作品なのですが、こちらは「東のクリステ」と同様、人間の演奏にリアルタイムなフィードバックシステムによるインタラクションが加わっていることから、「コンピュータ音楽」であることが一聴してすぐにわかります。また、三輪さんが日本に戻った後に作曲した、決定論的なアルゴリズムにより生成された音の系列をそのまま用いた作品もまた、多くは無窮動的な、リズムの変化のない音の継起として実現されることもあって、作品が「アルゴリズム」に基づくものであることを感じ取ることは容易です(というよりそれと気づくように意図的に仕組まれているわけですが)。それに対して「極東の架空の島の唄 I、II」および「私の好きなコルトレーンのもの」は、結果として確定的に楽譜に定着された音の系列を人間が演奏した時に、「機械的に作られた」ということを感じさせないという点で異彩を放っているように思われます。それがコンピュータが生成したものかどうかを判定するクイズのような趣向は「音楽」の本質からはズレていて、さしたる意味はありませんが、恰も人間がその場で即興的に紡ぎ出しているかの如く自然に聞こえる「作品」が、コンピュータに規則を与えることによって生成された出力を素材として用いているという事実は、作曲するというのがどういうことなのか、もっと言えば、人間と「音」との関わりがどういったものであるのかを問うているように思えます。

その一方で、そうした音の系列が「音楽」に聴こえることにとって、人間の演奏者が演奏をすることが本質的な要素であることもまた、「極東の架空の島の唄 I、II」のような作品の演奏に接することによって強く認識させられることのように思います。実際、楽譜を一見すればわかることなのですが、これは後年の「虹機械」などがそうであるのと同様に、「極東の架空の島の唄 I、II」や「私の好きなコルトレーンのもの」でも、例えば弦楽器パートにおける弓使いや弦の指定、鍵盤楽器パートにおける右手・左手への配分は勿論、ダイナミクス、アゴーギクの指定も一切なく、辛うじて速度と簡単な発想指示があるだけで、聴いた時の印象とは裏腹に、恰もコンピュータが生成した音の系列をそのまま譜面に起こしたかのように見えます。従って、弓使いや息つぎとかフレージングといった旋律を奏でるにあたって最も基本的な事柄すら、演奏者がいわば「発見」し、「解釈」を加えていかなくてはならないのですが、これがこの日の演奏のように、優れた演奏者の手にかかれば、恰も初めからそのように演奏するように全てが決められていたかの如く感じられて、かくも自然な音楽が、必然的にすら感じられるフォルムを備えて紡ぎ出されていくことに驚き、感動させられました。その度合いは、私に限って言えば、この日のプログラムの中で一際会場の大きな反応を引き起こしたように見えた「架空木管五重奏のための「BQMOVM1E」」の人力演奏版の妙技にも劣らないものでした。

もっとも、考えてみればこれは実は「普通」の音楽についても言えることかも知れません。記譜法の知識がなければ、楽譜を読むことはできませんし、楽譜の情報をMIDIシーケンサで打ち込んたものを再生して聴いてみればすぐにわかることですが、それだけでは単なる音の系列が再生されるばかりで、「音楽」らしくは聞こえません。同じ楽譜を人間が演奏する際には、——勿論、技量の裏付けがあってこそという前提はありますが、――無意識の裡にも「解釈」が入り込んでしまうものです。人間は生成される音の系列を「解釈」し、自然とそれを「音楽」にしてしまうものなのです。況してやこの日の演奏のように、卓越した技量を持つ演奏家の手にかかると、「同じ」曲が、どんなに表情豊かで多彩な変化に富んだものになるかは、通常の音楽においても常に生じていることであり、けれどもそうした当たり前のことが、「アルゴリズミック・コンポジション」という技法を通して眺めることによって、増幅され、明瞭に認識されるというのがこの日の演奏に接して感じたことでした。これは後年の三輪さんが提唱した「逆シミュレーション音楽」において「解釈」の相で示されることになるわけですが、その点は20世紀の三輪眞弘作品でも変わることがないように思えます。

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上演順序からすると「極東の架空の島の唄 II」の前に戻ることになりますが、次に「ハンス・リヒター「午後の幽霊」のための音楽」について記すことにします。この作品は幾つかの点で三輪さんの作品の中では異色の作品に感じられます。まずこの作品は、その制作過程として、先行して存在する無声映画に後から音楽を「当てる」というやり方を採っている点が特異で、時間的な構造の主導権が映画の側にあり、音楽はそれに合わせるという点において、独特の自律的な時間構造を持つ他の三輪さんの作品の中にあって異彩を放っているように思えます。そしてその印象は、実際に作品に接すると更に決定的なものとなります。映像とのシンクロが丁寧になされており、映画音楽の制作方法としては一般的ですが、この日演奏された他の「アルゴリズミック・コンポジション」の作品と異なって、映像に合わせて音楽を書いていったように思え、一見したところ「アルゴリズミック・コンポジション」が介在する余地がないようにさえ感じられます。

その一方で、その上演形態は映画音楽としては風変りで、通常の映画音楽ならサウンドトラックとしてスピーカから(通常は映画そのものの音響と一緒になって、でも今回の場合は無声映画だから音楽の音響だけが)再生されるものだと思うのですが、この日の上演では、舞台上にプレイヤー・ピアノが置かれ、映画のカットに合わせて自動演奏を繰り広げるといった形で行われました。それはかつての無声映画の時代に、映画館での上映に際して、映写される映像に「音当て」するような仕方で、その場で演奏家が音楽を実演したことを喚起せずにはおきません。一見すると、劇やバレエ、パントマイムのような舞台作品に対して、ピットに収まった演奏者が音楽を奏するのと類似しているようにも見えますが、既述の通り、それと決定的に異なるのは、時間構造の決定に関して、事前に収録されて再生・上映される映像が主導権を握り、音楽は専らそれに合わせるしかなく、そこには相互作用が存在しない点で明確に異なります。従って一見したところ、人間がその場で演奏するならともなく、プレイヤーピアノの自動演奏であれば、その場で楽器がリアルに音響を発するという点のみが、録音された音響を同期して再生するのとの違いになっているように見えます。

実はそうした上演形態は、この作品にとっては必然的な形態であり、ここでプレイヤー・ピアノがやっているのは、確定した音の系列のリアルタイムの再現ではなく、映像のカットに合わせて、アルゴリズムに基づいてリズムや旋律を生成するという、いわば即興演奏をしていたというのが種明かしになります。つまりこの作品もまた、「アルゴリズミック・コンポジション」の手法を用いて作曲されているのです。但し、近年のテクノロジーの進展を踏まえれば、映像からカットを自動的に認識して…というところまで踏み込むことも可能になりつつあるのかも知れませんが、20世紀に制作されたこの作品では、映像のカットと音楽のタイムコードによるシンクロは事前に人手で設定されていて、「アルゴリズミック・コンポジション」は創作プロセスとしてはその先で、リアライズにおける時間としてはシーンの内部でのみ動いています。

確率的な挙動を行うプログラムに基づくこの作品は、仮にもう一度演奏すると、映像は同じものの繰り返しであっても、生成される音楽は異なったものになった筈です。ご教示頂いた情報によれば、1995年11月9日にボンのドイツ連邦美術館において、同美術館主催のフェスティバル「映画音楽週間」の一環として初演された後、翌年にもケルンやデュッセルドルフで何度か「再演」された記録があるとのことですが、それらも都度異なったものであった筈だし、今回の上演もまた、過去のどの上演とも異なったものということになります。この点はこの日、後に続けて演奏された(但し作曲順としては先行する)「BQMOVM1E」にも共通していますが、そういう意味での一回性が存在することにも目くばせしておきたいように思います。この点は、三輪さんが、一般にはこれもコンピュータ音楽の典型的な形態である、録音媒体に固定され、基本的には同一の音響が再生されるテープ音楽のような電子音楽にほとんど背を向けている――私が接したことがある作品としては「ディテュランブ」と「再現芸術における幽霊、またはラジオとマルチチャンネル・スピーカーシステムのための、新しい時代」くらいしか思いつきません――ことと裏腹の関係にあることにも留意すべきでしょう。

尤もそのことは一度聴いただけでは区別することは困難で、上演が反復されるのに繰り返し立ち会うことによってしか知る術はありません。今回の上演で初めてこの作品に接した場合、状況証拠に基づく「推理」によって、そうした可能性に思い当たることは可能かも知れませんが、この作品については当日配布されたプログラムノートにも解説がないため、この点については演奏会後、三輪さんに確認して教えて頂いたことを記しておきたく思います。(尚、この作品の解説がない点については、意図的に判じ物を演出した訳ではなく、単に、この日演奏された他の作品がいずれもCDに収録されることになったのに対し、この作品だけは、映像を伴うという上演形態の特殊性も恐らくはあって、その機会がなかったこともあって、解説を用意する時間的な余裕がなかったとのことです。)

また「アルゴリズミック・コンポジション」と並んで、この時期の三輪さんの作品の多くが持っている特徴の一つとして、リアルタイムなインタラクションを機械が行うことが作品のコンセプトの中核に置かれていることを挙げることができると思いますが、この作品はその点に関しても例外ではないという見方が可能かも知れません。但し既述の通り、ここでのインタラクションは一方的なものですし、他の作品のような人間と機械の間のインタラクションではなく、謂わば機械同士のインタラクションになっている点が異なります。つまり、この作品にはリアルタイムの「上演(=即興)」というファクターは存在しますが、「人力による」というファクターの方は不在です。その意味では、コンピュータが生成した音を楽譜に書き留めて、リアルタイムにではなく事後的に「人力」で再現することが前提となっている「極東の架空の島の唄 I、II」とは相補的な関係にあり、上演プログラムの配列の妙が感じられます。

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そのように考えると、上演プログラム前半の掉尾を飾るのが、架空木管五重奏のための「BQMOVM1E」(1986)の2つの上演形態によるバージョンであることもまた、極めて一貫したものであることに気付かされます。この作品もまた、アルゴリズムに基づいたコンピュータによるリアルタイムの「即興」というコンセプトの作品であり、同じ作品を2回繰り返して演奏するとは言うものの、通常の作品の場合とは異なって、同一の音の系列が反復されるのではなく、実際にこの日の上演でも、全く異なる音響がリアライズされることになりました。ここで興味深いのは、「再演」という言葉の実質が、通常の作品のそれとは全く異なったものになってしまっていることです。通常の再演は、仮にそれが最初は即興であったとしても、それが録音されるなり、楽譜に書き留められたものを再現することで、そこでは音の系列の同一性は担保されているのに対して、ここでの再演にはそれがありません。尤もこの点は、それが「アルゴリズミック・コンポジション」でなくても、人間の即興演奏でも成り立つことであることには留意が必要だと思います。とはいうものの「アルゴリズミック・コンポジション」における作品の同一性が、通常のそれとは異なる点は看過できない相違として書き留めて置くべきかと思います。

しかし、この日上演された2つのバージョンの違いが単にその点に留まらないことは明らかであり、そこで示されたのは、その後のトークでもその点が指摘され、繰り返し論じられたように、コンピュータが生成する音の系列がリアルタイムに楽譜化されて表示されているのを読み取り、即座にリアライズする人間の演奏家の、驚異的と言う他ない演奏技術の高さであり、単なるアクロバットの披露に留まらず、実現される音にニュアンスを付け、或る時は奏法を変えて意味を与えていく芸術性の高さでした。事前に三輪さんが、その辺りの背景を会場に向けて説明したこともあり、演奏が進むにつれて会場全体が緊張に包まれ、白熱した感じにさえなったように感じられ、この日の演奏のハイライトとなったように思います。

但し、これはその場限りの印象ではありますが、アルゴリズムにより生成された音の系列そのものの興味深さに関して言えば、最初のバージョンの方がより興味深いものであったと私には感じられました。これも三輪さんから補足説明があった点ですが、この作品のマクロな構成原理として挙げられる、スタックを用いたパターン生成の効果による構造的なまとまりについては最初のバージョンの方がより明確に感じられたように思えます。また、あたかも組曲のように複数の楽章が継起するのですが、その楽章間のコントラストについても、個人的には前のバージョンの方がうまく行っているように感じられました。尤もこれは、スピーカー版の楽器の音色が合成されたものであり、平板でニュアンスに乏しいものであるが故に、却ってそうした点に注意がより多く向いたに過ぎないかも知れません。

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なおこの作品はもともとは作曲当時(1986年)の開発環境であるATARIコンピュータ上でC言語プログラムとして作成されたものを、最終的には最新のMAX/MSPで動作するパッチに松本祐一さんが移植したものとのことです。これまでも「夢のガラクタ市」、「赤ずきんちゃん伴奏器」、「東の唄」といった作品のシステム改訂版の作成、演奏が行われてきましたが、それに今回、この「BQMOVM1E」と、この後演奏された「東のクリステ」が加わったことになります。一方で、であれば同様に「ハンス・リヒター「午後の幽霊」のための音楽」については「システム改訂」は不要だったのかという疑問が浮かびます。「MIDIピアノ」という楽器=媒体が相対的にはロバストで、数十年の時間の隔たりを乗り越えたため、改訂は不要だったということなのだろうと推測されます。するとここにも、通常の、アコースティックな楽器により演奏される音楽作品とは異なる、作品の同一性のゆらぎが存在することになりそうです。つまり「改訂」の意味合いが通常の作品とは異なり、寧ろそれは他の楽器へのトランスクリプションに近いものなのかも知れません。つまり異なるのは、作品をリアライズするための環境である「媒体=メディア」であり、即興の場合とは逆向きに、ここでは改訂によって作品の「見た目」が変わってしまうことはありません。

これはテクノロジーの進歩のスピードの「ツケ」のようなものなのでしょうが、「媒体(メディア)」という点では同じ位置にある筈の「楽器」に比べて、その変化のスピードが桁外れに早く、一人の作曲家の経歴の内部で既に初期作品の再演が物理的に困難になるというのは、広い歴史的展望に立った時、いわゆる電子音楽・コンピュータ音楽の「特徴」の一つということになるのかも知れません。勿論、意図された事ではないですが、世代を超えた継承、一旦断絶したものの復元という観点では、楽器のようなものに比べて脆弱であるということを改めて認識しました。勿論、楽器だって時代とともに変わっていき、例えばヴィオラ・ダ・ガンバやチェンバロのような復元楽器は「システム改訂」されたものに近いのでしょうが、三輪さんの周辺の復元楽器の事例として、木戸敏郎さんによる「箜篌」を思い浮かべれば、楽器の復元と「システム改訂」ではタイムスケールが異なることに気付かされます。

音楽の音響的実現のタイムスケールは(ケージのOrgan²/ASLSPのような例外はあるにせよ)概ね基本的には生きている人間の生理的時間に即したものになるわけですが、音楽作品の上演の反復・継承という側面では、逆に、生物学的人間の進化のタイムスパン、道具の進化のタイムスパン、テクノロジーの進化のタイムスパンという別のタイムスケールが浮かび上がってくるように感じます。そして前者(=音楽の音響的実現のタイムスケール)は生物学的人間の進化がのろくて、オケゲムやバッハの時代と現代とで大まかには同じであるのに対して、後者については「20世紀の三輪眞弘」と21世紀の三輪さんで、既に同一ではないということになります。三輪さんの定義する「音楽」は、前者だけではなく、後者も包含し、それを構成要件として(「相」というかたちで)含んでいますから、その定義から導かれる系として、こうした側面も「音楽」の本質的な側面であって、決して「おまけ」的な技術的な細部ではないのだ、ということが示されているように思えます。

結果として、作曲当時の最新のテクノロジーを駆使した作品は、その機種依存性故に、数十年の後の再演にあたっては「システム改訂」が必須ということになります。その具体的なプロセスは個別のケースで異なり、「BQMOVM1E」の場合であれば、当時の開発環境であったATARIコンピュータのエミュレーションから始まって、C言語プログラムの解析(教えて頂いたところによれば、生成AIが強力なツールとして役立ったとのこと)、MAXパッチへの移殖という非常に複雑なプロセスを経たものであり、今回のシステム改訂の作業は実体としては再構に近いものとなったようです。更に加えて、人力演奏にあたっては、コンピュータが生成した音の系列を人間が読んで演奏できるように、リアルタイムで楽譜化する必要があり、そちらは後藤天さんが開発されたとのことです。この時「リルタイム楽譜化」プログラムは「人力演奏」のためには必須のものであり、作品の一部という見方もできるように思えます。

かくして「システム改訂版」の作成というのは、既に演奏の伝統の途絶えた楽器の復元や、作品の(作品を記録した記譜法の解読、奏法の推定も含めた)復元にも比較できるような作業であり、同一システムによる再演の際の同定のために、或いは更なる技術の進歩により、将来更に異なったの改訂版が複数作成される可能性も踏まえて、スピーカー版を「2026年松本版」、人力演奏版を「2026年松本ー後藤版」といったように改訂版作成者の名前を冠して呼ぶのが妥当なように私には感じられます。お二人の業績に敬意を表しつつ、この点について特に記しておきたく思います。

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休憩の後は、畠中実さんと三輪さんの対談によりプログラムが再開されました。内容は、特に休憩の直前に演奏された「BQMOVM1E」の人力演奏版の印象を中心にして、後年、「逆シミュレーション音楽」において「解釈」の相として定式化される人間による「演奏」の重要性の話題が前半を占め、後半は、畠中さんが的確にも指摘、言及された、この企画がフォーカスした時代に執筆・上梓された三輪さんの著作『コンピュータエイジの音楽理論』に関連したやりとりとなり、とても興味深いお話を伺うことができたように思います。

特に私が興味深く感じたのは、三輪さんが、この企画が取り上げる「20世紀」における作曲手法と、その後の日本に戻ってからのそれとの違いを説明したところで、乱数発生器を喩えとして持ち出して、その後の作曲におけるアルゴリズムの決定性を説明した点です。これは、基本的にプログラムが確率的な動作をするか、決定性の動作をする有限状態オートマトンかの違いを強調するためだと受け止めましたが、細かく見れば、例えば「虹機械」では(突然変異を惹き起こす放射線のそれに因んで「照射」と呼ばれていますが)音の系列がアトラクターに捕まって同じパターンの繰り返しになってしまった時に、そこから脱出する手段として、生成された音をランダムに「突然変異」させてその後の軌道を強制的に変えるといった操作が行われていますから、どちらかというと確率的な挙動が何を目的に用いられるか、つまり 「サイコロを振る」理由が違う、ということだと考えることもできます。状態遷移自体が確率分布に従うのであれば、結果として得られる系列は、初期値が同じであってもプログラムを動かす度に、都度違ったものとなりますが、決定性の動作をする場合には、「照射」による突然変異が起こるまでは、全く同一の系列が生成されることになり、初期値の選択が持つ意味合いがより大きくなります。結果として、20世紀の三輪作品では、用意されたアルゴリズムが生み出す音の系列の多様性にフォーカスされ、その根拠となるプログラムの作り方に興味が集中したのに対して、21世紀の三輪作品では、生成される音の系列は、一聴した感じでは、普通の意味合いでは「機械的なパターン」が感じられるものとなり、取りようにとっては或る種の単純化が起きたように見える一方で、より厳密に限定された音の系列が如何にして「音楽」となるかのプロセスにフォーカスが移動しているように思われます。「規則の生成」だけではなく、「解釈」を、更には作品の由来に相当する「命名」の相を必須の条件とする「逆シミュレーション音楽」が提唱されたのは偶然ではなく、寧ろ「音楽」をそうした過程全体を包括するシステムと捉える立場が前面に出るようになります。

更に加えて、次に演奏される「東のクリステ」の紹介の中で、20世紀の作品の特徴の一つが人間の演奏と機械の演奏におけるリアルタイムなインタラクションへの関心であり、それがその時々に利用できる最新のテクノロジー積極的な利用という姿勢に繋がっていくことが指摘されます。それが数十年の歳月を隔てた再演の可能性を狭めてしまう原因となったことについては既述の通りです。

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そして続けてこの日の公演プログラムの最後を飾る「東のクリステ」の演奏となります。「東のクリステ」は当時の最新のテクノロジーを用いたリアルタイムのアナログ音響のフィードバックシステムが利用されており、ピアニストが叩くピアノの特定のキーがコマンドとなって、7人の演奏家の演奏がその場で録音、変形、再生され、演奏と再生が混然一体となった状況が更に録音、変形されていくというプロセスを持つ作品です。それ故、その後の技術の進展の結果、最早作曲された当時の環境を再現することができず、事実上、再演不可能な作品となっていたもので、同様の状況にある他の作品同様、「システム改訂」なしに今回の再演は不可能でした。従って、ここでもオリジナルのプログラム(この作品の場合には、当時のバージョンのMAXパッチ)を、それが記録された媒体——特殊な機器を用いた場合には、記録媒体自体も特殊であることがしばしばですが、この作品についてもそれが当て嵌まったようです――から読み出して、最新の環境で動作するように移植を行う必要があり、その作業は松本祐一さんによって行われたとのことで、今回の「再演」は「システム改訂版=2026年松本版」の初演が行われたと言うのが事情に即した言い方だと思われます。

繰り返しになりますが、ここでのシステム改訂の目的は、オリジナルの可能な限り忠実な再現にあるので、その限りで、いわゆる作品の改訂と同一視はできませんが、その一方で、例えばパイプオルガンのような楽器=一つの装置(しかも基本的にはウニカートなもの)を復元して、その楽器で演奏された作品を蘇演するようなケースとは一定のアナロジーが成り立つように思われます。そういう意味では、一見関係なさそうであるばかりか、アナログな手作りであるという点では寧ろ対立するかに見えて、マーチン・リッチズのウニカートな自動演奏機械を用いた/のための作品が後に書かれることも、どこかで繋がっているように思えます。これはあくまでも結果論であり、寧ろ偶然の為せる業であり、もともと意図された訳ではないのですが、確率の採用や、解釈行為の重視が「音楽」というプロセスの一回性を志向するのとは別に、一つ一つの作品自体もまた、創作におけるその都度の状況に即した一回性の刻印を帯びており、単純な反復としての「再現」を拒んでいるようにも見えます。マーチン・リッチズの楽器のための作品もまた、世の中にたった一つしかない楽器が壊れてしまって修復が不可能になれば「再演」不可能になるように、高度なテクノロジーを駆使した精密機器が壊れてしまい、交換部品がなくなって修理ができなくなれば「再演」は不可能になります。技術の進歩のスピードが上がり、製品のライフサイクルが短くなれば、「作品」の「寿命」も短くなるという逆説的な状況が浮かび上がってくるように感じます。

「システム改訂版」はオリジナルと同一か、という問題は、言ってみればそれを実現する「解釈」の相における違いの問題の一部と位置付けられるわけですが、今度はその問いを作曲のプロセスに差し戻すと、「アルゴリズミック・コンポジション」を行うにあたり、最初に三輪さんがやったようにC言語でプログラムを書くことと、MAXのパッチをそれ専用の環境でGUIを使って作成することと同じなのか、更には同じことを今日の生成AIに対してのように、自然言語で行うことは同じなのか、という問になっていきます。差し当たりの答としては、こと「アルゴリズミック・コンポジション」を自然言語を介して生成AIで行う場合に限れば、本質的には半世紀前にC言語のプログラムを書いていた時と、大筋においては異ならないと言うことができるように思えます。作品のオリジナリティは、人間がかつては普通のコンピュータにプログラミング言語の形で手順として与え、今なら生成AIに自然言語で与える「指示」の中味にあって、それは「解釈=リアライズ」の環境の変化に対して、「システム改訂=移植」によって対応可能なように、手順の表現媒体が変化しても、原理的には移殖可能なものと言えるのではないでしょうか。つまりあくまでも原理的な水準に限れば、「BQMOVM1E」のプログラムを自然言語に「移殖」することは可能です。

とはいうものの、実際の作曲のプロセスにおいては、どういう手段で、ということ自体も本当は重要で、本質的です。メディアは透明で交換可能なものではなく、丁度、生物としての人間にとって感覚器官が生得のもので取り換えが利かないのと同様に、利用できる媒体は、器官の延長であり、身体の一部であると考えれば、そんなに簡単に取り換えが利くものではないでしょう。人力でプログラムを書くプロセスはそれを端折って自然言語で指示するのとはやはりどこかで違ってくる筈だし、「道具を使って考える」とするならば、道具が異なれば、それに応じて作品も異なってくる筈で、移植可能性は、実際の作曲のプロセスが環境としての道具に対して透過的であることを意味しません。それはコンポーザー=ピアニストの場合のように、作曲が特定の楽器に強く拘束されることがあったり、オペラや歌の作曲にあたって、特定の歌手の声(三輪さんの場合なら、さかいれいしうさんの声)をイメージして曲を書いたりといったこととパラレルとも言えるでしょうし、ことによったら、特定の奏者が演奏することを念頭においた作品(例えばモーツァルトやブラームスのクラリネットのための作品)もまた、その延長線上に位置づけられるのかも知れません。更にまた、記譜法のシステムが作曲の仕方を事実上規定していること(例えばマーラーの交響曲の作曲は、記譜法システムの存在なしには不可能であり、それが或る種の外部記憶装置として機能していたに違いありません)も同様でしょう。極端なケースでは、作曲するのに利用しているハードウェア、ソフトウェアが別のものに切り替わること(生成AIの登場もその一つとして数えることができます)が、作曲のプロセスに本質的な影響を与える可能性もある訳で、実際に、対談の中でも言及されたように、かつてはごく一部の許された人しか使うことができなかった(ことによったらウニカートな)計算システムと等価なことが今やPC上で誰でもできるようになってしまえば、そこから生み出される音楽は違ったものになってくるのではないでしょうか。今回の企画は、そうした作曲を取り囲む環境の変化と作品との関係を再確認する貴重な機会を提供するものであったように感じられました。

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しかしながら、私が「東のクリステ」の今回の再演に接して最も強く感じたことはまた別の位相に属することでした。その契機は、実はこの演奏会に先立って開催された4月3日の上映会で観たドキュメント映像の中で、「東のクリステ」の初演者のクリスティー・ベッカーさんの指摘に接したことにありました。曰く、この作品は追悼の作品である、けれどもそれは重苦しいものではなく、寧ろ、彼女の属する音楽の伝統の中では、古楽で聴くことができるような質を備えているといったようなことを証言していたと記憶します。そしてそのことは、この作品がラヴェルの「クープランの墓」のフーガを「引用」していることと密接に関わっています。実はラヴェルの「クープランの墓」が引用されるのはこの作品に限ったことではなく、同時期に作曲された「東の唄」ではトッカータが引用されており、その意味では両作品は姉妹作といって良い関係にあると言えます。人間の演奏が、演奏者が発するコマンドによって録音され、変形され、再生される点でも共通していますが、「東の唄」では、それが掛け声によって行われ、2台目のプレイヤー・ピアノとの合奏という形態をとるのに対して、「東のクリステ」では上述の通り、ピアニストの打鍵をコマンドとし、7人の合奏の全体が、録音・変形・再生の対象となる点が異なります。また「東の唄」では日本民謡が引用され、それが更に録音・変形・再生の対象となるのに対して、「東のクリステ」では、日本民謡に加えて日本国家やグレゴリオ聖歌が引用され、それらもまた録音・変形・再生の対象となるといった対応も見られます。

しかしながら、私にとってこの「東のクリステ」が、或る種独特の重みを持つ作品であるのは、まさにクリスティー・ベッカーさんが指摘した点、この作品が追悼の音楽であるという点に存します。ラヴェルの「クープランの墓」もまた、クープランの名前で代表されるフランスの古楽へのオマージュであると同時に、その古楽において「墓(トンボ―)」と名づけられた、亡くなった友人への尊敬と哀悼を表す、リュートやヴィオラ・ダ・ガンバ、クラヴサン(チェンバロ)のための曲のジャンル・形式に倣った、第一次世界大戦で戦没した彼の友人達への追悼の音楽でした。今日、ラヴェルのこの作品は、必ずしも追悼の音楽として聴かれる訳ではないでしょうが、三輪さんがこの作品を引用したのは、まさに三輪さん自身の作品もまた、「墓(トンボ―)」のジャンルに、少なくともその精神において連なるということを企図しているからに他なりません。それに応じて、最新のテクノロジーを駆使した、リアルタイムのアナログ音響の録音、変形、再生によるフィードバックの意味合いもまた変わってきます。三輪さんはプログラムノートで、「人間の体験が記憶として常に新しく書き込まれ、繰り返し呼び出され、また呼び出されたものと結び付けられて書き込まれていくような「記憶の構造」をイメージ」したもので、「(…)一瞬前に演奏された音楽の記憶、子供の時の記憶、そしてひとりの人間を越えた民族の記憶、という作曲家の記憶に対するイメージから取り上げられたものである」と記していますが、そうした記憶によって呼び起こされるのは、追悼の対象となった個人の姿に違いありません。(ここで一言記しておきたいのは、ここで果たされた「追悼」が、後に、更に別の作品によって、継承され、繰り返されていることです。それは1999年に作曲され、同年5月に初演、10月には改訂版による再演がなされたという記録が残っている、2人のピアニストとコンピュータのための「18さいのし」です。残念ながらこの作品もその後再演の機会に恵まれないようで、もしかしたら当時は認識されていたかも知れない繋がりについて、その後語られたのを寡聞にして知らず、それ故、「東のクリステ」再演に因んでこの点を記しておきたく思います。)

勿論、人はラヴェルの作品を、そうした文脈から切り離して聴くことを自由に行えますし、その作品は単なる追悼のための機会音楽を超えた価値を持っていると広く了解されているでしょう。三輪さんの「東のクリステ」もまた、追悼という「由来」を超えた価値を持つ作品であることに異論の余地はありません。けれども一方で、そうした由来を全く持たないという意味において無色で中立的な「音楽」というものに対して、ラヴェルの作品も、三輪さんの作品もプロテストしているように私には感じられます。寧ろそれは作品が成り立つ必須の要件であって、勿論、その「由来」を知らずに聴くことは可能だし、それが不当な訳でもないけれども、一旦、そうした由来があることを知った以上は、聴き手は作り手が宣したその意図に対するコミットメントをせずにはいられないといった作品なのだと私には思えます。

そしてそれは、三輪さんの創作の歴史において、後続する時期に為された幾つかの「ノンフィクション作曲」に繋がっていくことになりますし、その音楽観は「逆シミュレーション」の3つの相という形でマニフェスト化され、明確な「由来」を持つ作品が次々と書かれることになります。時としてそのカバーストーリ―は虚構の形を取ることもあり、それが聴き手の混乱を招くことすらあったわけですが、一貫しているのは、音楽というのが価値中立な、意味を持たない、何の感情を呼び起すこともない音響の連なりであるという、西洋音楽のある時期以降、支配的になった「絶対音楽」的なイデオロギーに対する批判であり、音楽が持っている祭祀性の再認であり、その場に存在しない幽霊的・超越的な存在への眼差しとの不可分性の認識でした。そうした展望に立った時、「東のクリステ」はそうした流れの一つの原点とでも言うべき作品として浮かび上がってくるように私には感じられてならないのですが、この日の実演に接する事によってその認識を新たにしたように思ったのです。

演奏については、残念ながら私にはその素晴らしい演奏から自分が受取った印象を的確に表現する言葉の持ち合わせがありませんが、前半の「極東の架空の島の唄I,II」、「BQMOVM1E」同様、それが非常に高度な技術に裏打ちされた精度の高い演奏であったこと、単に正確であるに留まらず、特にこの「東のクリステ」については、人間の演奏ならではの歌に満ちた、聴き手に強い情緒的な反応を引き出さずにはおかない際立って強い力を備えた演奏であり、感動的なものであったということは証言しておきたく思います。機械によるリアリゼーションについては、人間の演奏と同等の言葉を用いることは不適切なのでしょうが、恐らくバグなく、正しく機能した(勿論、それは特にピアニストが正しいタイミングで制御することが前提となっているわけですが)のではないかと思います。これは実際には、当たり前のことではなく、実際に、過去の「システム改訂版」の演奏中(あるいはリハーサルの途中で)、想定通りの動作が為されなかったこともありますから、今回の演奏は、松本さんのパッチのクオリティに加えて、幸運に恵まれたということなのだと思います。

無事演奏が終わって、会場が拍手に包まれて、カーテンコールが行われている間、私は、丁度、能舞台が無事に上演を終えた時の安堵感に近いものを覚えていました。それは演奏から受けた感動とは少し別の位相のもので、どちらかといえば上演が「手順通りに」無事に終わったことをその場で確認できたことに由来しており、寧ろ祭祀に立ち会った時に受ける感じに近いもので、追悼が規則通りに恙無く行われたことへの感謝の気持ちのようなものを含んでいたように感じます。更に付け加えるならば、追悼の祭祀は、それが繰り返されるものであっても、その都度、取り換えの利かない唯一の出来事であり、絶対的な日付を持つものです。私はこれまでこの作品を、演奏の記録(録音)でのみ知っていましたが、ようやくにしてあるべき形で接することができたということ自体に感無量の思いでいたように記憶します。勿論それは他の作品についても基本的には変わるところはない筈なのですが、とりわけこの作品についてはその感覚を一際強く持ちました。

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にも関わらず、あるべき姿に接した時に感じたことを記そうと思うと、様々な想いが去来して考えがまとまらず、そもそも書き始めるのに10日余りの時間を要し、その後も手探りするようにして、継ぎ足すようにして言葉を紡いでいます。今ならば、文章を書きあぐねた時には生成AIの助けを借りるというのが普通になっているのかも知れませんが、これは別のところでも記した通り、私見では「感想」こそは、最後までAIに書かせることができないものではないかと思います。AIに指示を出そうと思ったら、出力させようとする文章を自分が全て入力として用意しなくてはならないので、単に効率の点から言っても、結局のところAIが出る幕はありません。まず「感動」は自分の中にしかなく、AIでなくても他人には書けない。次にAIは感動しないので、私のそれを、私に替わっては勿論、一人称的に、自分の「感想」を書くことはできない。そこでの一人称は常に既にフェイクです。AIは経験しないから、「出来事=イベント」への「応答」というのは原理的に成り立たないのです。結果としてこの感想も、一から十まで自分で書いては推敲を重ねることになるのでペースは上がらないことになります。

そうしたことを考えていた時に、思い当たったことが一つあります。それは三輪さんが、「うた(リート)」は、「アルゴリズミック・コンポジション」によってではなく、一から自分で作るとおっしゃっていたことです。例えば「夢のガラクタ市」の「リート」。或いは「新しい時代」の最後の昇天少年の歌。その出来上がったものの姿を見れば、三輪さんの作品と私の文章には雲泥の差があるわけですが、構造的にはどこかで接点があるのではないかと思いました。

更に今回の演奏会で「あるべき姿」で接することが叶った「東のクリステ」に関連して思い当たったのは、三輪さんの「引用」です。「東のクリステ」のラヴェルのフーガ。「引用」は一般的な了解では作品の素材ということになりますが、「アルゴリズミック・コンポジション」の文脈においてみると、通常の「引用」とは違って機能するように感じます。

以前、「東の唄」の再演を聴いた時、(感想文でも言及しましたが)寒川さんが弾き出すラヴェルのトッカータが、震えが来るほど美しく感じられました。会場の音響のせいでちょっと埋没気味だったけど、タッチのしなやかで繊細な美しさは感じとれたように思います。感想では「タッチの異質性」という言い方をしましたが、同じ音形をプレイヤーピアノが再生したものは、それに到底及ばないと思いました。これまたその感想でも述べたように、この差はいずれテクトロジーが埋めてしまう可能性があるかも知れませんが、私がそこで「人間にしか弾けないもの」を感じ取ったのと同様に、ラヴェルが書いた旋律は、三輪さんが引用することによって、作品の中における或る種の特異点、「人間にしか書けないもの」としての「うた」に相当する機能を帯びているのでは、というように思えてきたのです。それには勿論、ラヴェル自身がそれを「墓」として書いたから、ということが前提としてあるとも思います。

今回の川村さんが弾いた「東のクリステ」のフーガも本当に美しく響いて、特に最後の部分のフーガの引用には、胸が締め付けられる気がしました。ここは録音されたものの再生ではなくて、人間が弾かなくてはならないし、幸いにして、(仮にテクノロジーがタッチの差異を解消したとして)実演では人間がそれを弾いているのを目の当たりにすることができますし、ピアノの音は会場の空気の中を直接伝わってきます。サラマンカホールでの「新しい時代」の演奏で、その場でオルガンが出している音とスピーカーから聞こえる音の違いがはっきりと聞き取れたように、両者は、その場で聴けば違うものとして伝わってきます。

勿論、「東の唄」「東のクリステ」の2曲については、CDの演奏も素晴らしいものですが、でも上に記したような印象は、まず最初に実演に接して起きたことで、但し一度起きてしまうと、CDで聴いた時にもその記憶が呼び起される、といったことが生じているように思います。お気づきかも知れませんが、これはまさに「東のクリステ」で三輪さんが試みたこととパラレルな構造になっているように思えます。「東のクリステ」のような作品は、それを更に「録楽」で聴くこと自体が記憶の階層を一つずらしてしまって、実演と同じ経験をすることができないように感じます。ピアノはその場で響かなくてはならない。それは録音されたものの再生であってはならないのだと思います。そしてそれは、「追悼」がその場にいる行為を意味して、「追悼」の記録に接することは、どこまで行っても「追悼」そのものにならないのと同じことのように思えます。

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冒頭述べたように、終演後はこの重要な催しに相応しい、どこか華やいだ解放感に包まれているように感じられましたが、私はどことなく所在なさを覚えて、すぐに席を立ち、会場を後にしました。これまた既述の通り、その後、雑事に紛れて10日余りが経過した後ようやく、自分が経験したことの記録をこのようにして綴っている訳ですが、今尚、当日そうした気持ちになった理由がきちんと説明できるようになった訳ではありません。けれども思い当たったことは幾つかあって、そのうちの一つは、この演奏会で取り上げれた作品は、いずれも新作ではなく、全て再演であること、それに加えて、「ハンス・リヒターの「午後の幽霊」のための音楽」以外は、三輪さんの音楽に出遭った当時——それは最早20世紀ではなく、既に21世紀になって間もなくのことでしたが――から録音記録によって接しており、特に強く惹き付けられた作品ばかりであるという状況に起因するものがあるように思います。勿論、自分が生きている場所とか環境の制約はあるので、所詮、その全てを遍くとなりはしないのですが、同時代に生きるものとして、その後今日に至るまでそうしてきたように、リアルタイムにその作品の誕生に立ち会うことだってありえたかも知れないにも関わらず、そうできなかったことは、それが詮方ないことで、こうした反応が不条理なものであるとはわかっていても、自分の中で、或る種の後悔のようなものとして蟠り続けてきました。トークで畠中さんが言及されていた『コンピュータエイジの音楽理論』にしても、古書で入手が叶ったのは約一年後、出版からは既に10年を隔ててのことであり、私は「遅れてきた者」であることを痛切に感じていました。かてて加えて、私は音楽に関してはいわば部外者に過ぎず、その後もずっとその立場は変わっていないのですが、その辺りの消息は、三輪さんについての最初の文章である「覚え書」に記した通りで、「今まで門外漢には口をはさむ余地などまったくなかった近隣分野の達人が、 自分とひじょうに似た問題を抱えている状況に出くわすことが起きてきたのである」(『コンピュータ・エイジの音楽理論』p.118)という言葉を、遅ればせながら己のこととして実感したのでしたし、その思いはそれから20年近い歳月を経た今も全く変わるところがありません。

その後幸いにも「夢のガラクタ市」「赤ずきんちゃん伴奏器」「東の唄」と、システム改訂版による「再演」には立ち合い、それ以外にも例えば「歌え、そしてパチャママに祈れ」の再演には、幸運にも接することが出来ました。そして今回のこの——トークの冒頭で、畠中実さんが最初におっしゃられたように――客観的に見ても極めて大きな価値を持つ催しが企画されたことによって、私がとりわけ惹かれ続けてきた作品の再演に接することができた訳です。それ故、企画された羽山さん、システム改訂に関わられた松本さん、後藤さん、そして勿論、演奏者の方々、更には当日の会場の設営・進行に携わられた方々に対しては、適切な言葉が見つからない程に感謝しているのですが、その一方で、この催しの末席に連なることは、恐らくは会場に多くおられたであろう、「20世紀の三輪眞弘」を知る方々、今回再演された作品の初演に立ち会うなど、リアルタイムで作品に接した方々に対して、自分が「遅れてきた者」であることを強く再認識させられることでもありました。勿論、そうした、多分に偶然の巡り合わせに左右される事柄に拘ることにはさしたる意味もないことだとは頭では理解しているつもりですが、この日の演奏会で私が受取ったものの大きさが、そうした了解を無効なものにしてしまうという事実をどうすることができないのもまた、確かなことです。奇妙な喩えかも知れませんが、この日更に増えた負債は、顧みれば、もともとの出発点における遅延によって、そもそものはじめから返済不可能であったということを改めて確認したといったような気分と言えば、多少は私が感じたことの説明になるかも知れません。

そして勿論、そうした認識を新たにしたところで、何か出来ることが変わるわけではなく、寧ろ、それが不可能であることを強く感じるばかりではあります。冒頭述べたことを敢えて繰り返しますが、こと今回に限っては、会場にあれほど多くの三輪さんの音楽の本当の聴き手が集ったのであれば、私が感想を書くことにさほどの意味があるとも思えません。ましてや速報的に演奏会の記録を公開することは不要に感じられてなりませんでした。お読み頂いておわかり頂けるものと思いますが、私は今回の催しを通じて、あまりに多くの色々なものを受取り過ぎて(丁度「東のクリステ」の末尾のように)「オーバーフロー」が起きている状態であること、その状態が今尚続いていることを自ら感じています。それゆえ、それを復旧しながら(あるいは復旧するために)整理をして言葉を紡ぎ出していくしかありません。そのかわりに今回の経験は私にとってはかけがえのないものですから、それを受取ったことを証言すること、「応答」することは、いつもにも勝って、その場に立ち会った者の義務であるという感じもまた強く持っていて、その思いのみを頼りにこの記録を綴ったような次第です。そう、これもまた私の「巡礼」のサイクルの不可欠の一つ、 それを欠けば後でそのことを必ずや惜しむことになるに違いない一つであり、幸いにしてそれを果たすことができたことの証言・記録なのです。

最後に改めて、催しを企画された羽山さん、システム改訂に関わられた松本さん、後藤さん、演奏者の方々、更には当日の会場の設営・進行に携わられた方々に、そして何より三輪さんに感謝の気持ちを述べてこの文章の結びとさせて頂きます。

(2026.4.25 公開)


2026年4月22日水曜日

「20世紀の三輪眞弘展」について(1) 上映会 (2026.4.3)

 20世紀の三輪眞弘展

上映会

2026年4月3日 19:30開演

としま区民センター 小ホール


後半に演奏記録が上映された作品と奏者:

ピアノとチェロ(コントラバス)のための「極東の架空の島の唄 I」(1991)

 チェロ:林はるか、ピアノ:森田花央里 

ヴィオラ・ダ・ガンバとチェンバロのための「私の好きなコルトレーンのもの」(1993)

 ヴィオラ・ダ・ガンバ: 福澤宏、チェンバロ:山田香織

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三輪眞弘さんのドイツ時代(1978~1996)にフォーカスした展示、当時についての三輪さん自身や三輪さん知る方々へのインタビューを中心にして構成されたドキュメント映像および作品演奏の映像の上映会、演奏会よりなる企画が、としま区民センターにて開催されました(上映会は4月3日、12日の夜の2回、展示は4月9日~12日、演奏会は4月11日の午後)。私はそのうち、上映会の1回目と演奏会を訪れたので、その感想を記しておくことにします。演奏会については別に稿を起こすこととし、ここでは上映会の感想を書き留めておきたく思います。

なお上映会については私が訪れた第1回目以外に、演奏会の翌日の夜にもう一度、この一連の催しの、いわば「結び」として行われた筈ですが、この1回目の上映会は、「オープニング」の位置づけと言えばそうなのかも知れないとはいえ、4/9から開始される展示に対して離れ小島のように孤立して行われたせいか、参加者もまばらで(私が数えた限りでは自分も含めて12~3人といったところだったと記憶します)、残念ながら些か寂しい催しとなった印象があります。もっともそれは、この金曜日の夜の催しに参加すべく、常とは異なって、仕事を終えた後に帰宅ラッシュの人混みに揉まれながら池袋迄移動し、会場を取り巻く、週末を迎える夜の池袋東口の喧噪に満ちた雑踏を掻き分けて会場に辿り着き、早く着きすぎた故に外で時間を潰してから開演会場に赴くと、当初客席にいたのは2,3人だったということもあるか知れません。後から振り返ってみても、後日の11日の演奏会の盛況からは想像がつかない、何か不思議な雰囲気の催しであったというのが率直な印象です。これはこの上映会に限ったことではなく、平日夜の催しはそのようなものですが、終了は20時20分過ぎ、そこから郊外の自宅に戻れば普段はもう休もうかという時刻の帰宅となり、大げさと取られるかも知れませんが、今思い起こしても、何か日常とは違った時空に迷いこんだような、あたかも夢の中での経験であるかのような、非現実的な印象があります。もっともこれもまた、個人的な理由で新型コロナウィルス感染症の蔓延以降、流行が収まってからもイベントに参加することを控えてきたという私の側の事情に拠る部分が大きいのだと思いますが。

上映された映像は、ドキュメント映像にせよ、作品演奏の映像にせよ、非常に興味深いものと感じられたが故に一層、会場を訪れる人の数が少なかったのが惜しまれるように思えたのですが、想像するに、恐らく演奏会の翌日の2回目は、上映前に別のフロアでの展示を観ることも可能でもあり、前日の演奏会同様、盛況であったに違いなく、この日に会場で私が抱いた懸念について言えば杞憂であったかも知れません。その一方で、サラマンカホールでの≪三輪眞弘祭≫のような、ライブイベントのオンライン配信というわけではなく、事前に収録された映像の上映のみなのであれば、仮に「イベント」として日時を決めて実施するにしても、事前に公開されたプレビュー同様、youtubeでの視聴を可能にした方が、より多くの方の視聴が可能だったのではないかという気がしないではありません。勿論、映画館の暗闇の中で大きなスクリーンに映し出される映画を観ることが、自宅の自室のPCの画面で同じ作品を観るのとは異なる経験であるのと同様に、上映会にそれ固有の意義があることもまた、確かでしょうが。

いずれにせよ、当日会場に居合わせた人間の一人として、この企画の意義を十全に受け止めきれていない、「応答」としては取るに足らないものであったとしても、記録を残すこと、またそれに対する反応を記し、「証言」することに何某かの意義があると考え、委細を問わず記していきたく思います。そしてそれに先立って、まず、この貴重な催しを企画され、更にドキュメント映像の制作、演奏の収録、上映会の実現に尽力された羽山さんをはじめとする多くの方々に対して敬意と感謝の気持ちを記しておきたく思います。

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上演が始まる迄の時間、スクリーンには、youtubeで事前公開されていたプレビューが流されていたように思います。その内容は、この日上映された2編の映像からの抜粋をコラージュしたものと思われ、この日の上演は、ドキュメンタリー映像の上映の後、一旦、映像が切れてから演奏記録の映像が上映されるという2部構成になっていました。実はプレビューの映像には本編では採用されなかった映像が含まれていた(「極東の架空の島の唄」の演奏をバックにしたCG画像のうちの一部は本編では登場しなかった)ようにも思えたのですが、これは単なる私の勘違いかも知れません。ドキュメント映像の長さは30分程度、演奏の映像は当然、作品の長さに従うことになりますが、2曲合わせて20分強。全体で50分少し位の上映時間でした。

ドキュメント映像は、上述のCGの挿入を除くと、今回のために収録された三輪さんへのインタビューに加えて、この催しが扱う時代の三輪さんや当時の音楽の状況を証言する、嶋津さん他3名へのインタビュー、三輪さんがドイツを訪れた時に撮影・収録したと思しき映像(「東のクリステ」を初演した指揮者およびピアニストと三輪さんの鼎談含む)、更には今は亡きクラーレンツ・バルローへのインタビューで構成されていました。三輪さんのお話は、ドイツに渡る前の、幼少期の音楽との関わりの話から始まり、その内容は初めて聞くものも含まれており、大変興味深いものでした。また嶋津さんのお話には、当時のベルリン(ベルリンの壁崩壊以前の、まだ西ベルリンと東ベルリンが分割統治され、往来に制限のあった時期)での生活の回想も含まれ、これもとても印象的でした。これは私事になりますが、私が三輪さんの音楽に出遭ったのは、三輪さんが日本に戻って後、更に10年近く遅れて21世紀になってからのことです。その後の10年のギャップに加えて、三輪さんがヨーロッパに滞在していた期間自体も1978年から1996年までの18年に及ぶ訳で、改めて、私が出会う前の年月の厚みに思いを致すとともに、同時代に生きているが故に、自分が同じ時期に何をしていたかと引き比べてみることができてしまうという事情もあって、このドキュメンタリー映像の語るもの、更にはその背後にある時間の厚みと重みに圧倒される思いがしました。

後半に上映された演奏の記録は、いずれも1990年代前半の日付を持つ、三輪さんのヨーロッパ滞在の末期の2つの作品を取り上げたものです(確認したところ、初演は「極東の架空の島の唄I」の初演は1992年11月4日、京都で、「私の好きなコルトレーンのもの」は1993年9月26日に、作品の委嘱者によってドイツで初演されていて、三輪さんが当時、ドイツと日本を股にかけて活動していたことが窺えます。)これは三輪さんの音楽に出遭った直後に記した「覚え書」にも記したことですが、当時の私にとって、三輪さんがヨーロッパ滞在末期に作曲した一連の作品——それはまさに今回の催しが焦点を当てて取り上げている作品群に他ならないのですが――の印象は圧倒的でしたし、それから更に20年余りが経過した今でも、優れた録音記録があることや、特にこの日に上映された2曲は、作品のフォーマットが「普通」であり、「録楽」で聴くことへの抵抗感が少ないこともあって、折に触れ聞き返す頻度が高い作品です。それだけにこの催しは私にとって得難く、しかも事前予告によれば、演奏会では取り上げられないというアナウンスであったこともあり(実際には別稿で記す通り、「極東の架空の島の唄I」は演奏会でも取り上げられたのですが、そちらはコントラバス版でしたから、チェロによるバージョンには上映会でしか接することができなかったことになります)、大きな期待をもって会場を訪れたのですが、期待に違わぬ素晴らしい演奏に接することが出来、しばし時を忘れて聴き入りました。その一方で、いわゆる通常の室内楽のフォーマットの作品であるとはいえ、やはり録画されたものに接するのは、その場で奏者が演奏するのに接するのとは全く異なる経験であり、そのことも、この日の催しがどこか夢で見たもののように感じられることに関わっているのかも知れません。

「…」という夢を見た、というのは、後年の三輪さんの作品にしばしば付せられる「由来」の形式に他ならず、それは「逆シミュレーション音楽」の3つの相では、「命名」の相に属するものです(「極東の架空の島の唄I」であれば、楽譜の自作解説の「極東の架空の島の「インディアンのおじいさんが星空の下で子供たちに昔話を語っている」イメージ」というのが、「…という夢をみた」に相当するものかも知れません)が、それを思えば、「解釈」の相が「命名」の相に埋め込まれてしまったのような、自分が実際には(つまり実演では)聴くことのできない、自分の知らない過去の作品の来歴を垣間見させられているような、そんな感じをこの日の上演から受け取ったように感じます。上映された映像が、この催しの一部として、新たに演奏されたものを収録したものであることは(映像そのものからも)明らかであるにも関わらず、あたかもそれが自分の属する時空とは別の、「ありえたかも知れない架空の」場所でかつて演奏されたものの記録に接しているような感じと言えば良いのでしょうか。そう思うと、今回の「20世紀の三輪眞弘展」自体が、三輪さんの作品全体に対して、そうした「由来」を紡ぐことそのものにも思えてきます。この2作品が、私がまだ三輪さんの作品に出会う、遥か前に作曲されたという、私個人の事情も与っていることだろうと思いますが。

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上述のように、その後の三輪さんは、「逆シミュレーション音楽」という方法論を確立し、決定論的な状態遷移規則によって生成される音の系列に基づくようになる一方で、「逆シミュレーション音楽」では「命名」と名づけられた相の重みが増大し、時としてそれが作品に抜き差しならぬ重みをもたらすことにもなるのですが、この日上映された2曲を含め、今回の催しで取り上げられた作品は、その豊かさが自在でのびやかな拡がりに通じているように感じられます。特に「極東の架空の島の唄」シリーズは、柴田南雄さんの『音楽の骸骨の話』における日本民謡の構造、単に旋法を用いているというだけではなく時系列的な音の継起にも規則性があるという了解(楽譜の解説の三輪さん自身の言葉を引用すれば日本の五音音階の旋律において音階音の出現の順序に明確な規則性がある」ので「コンピュータ・プログラムの中では静的なデータ構造でしかなかった「音階」という概念がアルゴリズム(手順)として書かれなければならない」という了解)に基づいて、その規則をプログラミングし、そのプログラムを実行して、確率的に旋律を生成するシミュレーションを繰り返すことで作成された作品です。作曲者は生成された音響列に直接介入するのではなく、コンピュータが生成する音響を聴いて、生成規則や各種パラメータを調整したり、生成された音響を切り取ったり、重ね合わせるといったやり方でフィードバックを行って、更にシミュレーションを繰り返すといったプロセスにより作り上げられたものです。

実際にはここでの自在な変容は、基本的にはアルゴリズミック・コンポジションに組み込まれた確率的挙動がもたらすものなのでしょうが、もしそれを知らない人が聞いたら、コンピュータが自動的に生成したものであるとは気づかないかも知れない程に、それは自然なものに聞こえます。しかしそこには勿論、繰り返し聴いては調整を行う、膨大なトライアル・アンド・エラーのプロセス(再び、楽譜の解説の三輪さんの言葉を引用するならば「確率分布を用いた五音音階旋律生成アルゴリズム」の実行により「コンピュータが生成する初めもなく終わりもない旋律を切り取り、低音楽器によるゆったりとした単旋律とピアノによる重なり合う複数の旋律を組み合わせること」)が介在しており、従って寧ろここで思い起こすべきなのは、例えばラヴェルのト調のピアノ協奏曲の緩徐楽章が、実は少しづつ継ぎ足すようにして作曲されたというエピソードなのかも知れません。ラヴェルの場合にはアルゴリズムはラヴェルの頭の中にあって、コンピュータは介在していませんが、ここでプログラムされた規則は、日本民謡のいわば楽理に相当するものですから、制約されているとはいえ莫大な可能性の空間の中から音を選んでいくという行為という点において、両者は変わるところがないという見方も可能なように思えます。そもそも後年の決定性アルゴリズムに厳密に従った音の系列をそのまま用いる場合とは異なって、ここでのコンピュータ・アルゴリズムの役割は第一義的には「初めもなく終わりもない旋律」という、いわば「素材」に相当するものの提供に存しており、それを作品に組み上げる(=composeする)にあたっては作曲者の関与の余地は大きく、作品としての「自然さ」が人為による彫琢の産物であると言う点は両者に共通していると言えるのではないでしょうか。

その一方で、膨大な事前学習に基づく大規模言語モデルをベースとした生成AIが、瞬く間に人間に迫り、範囲を限定するれば凌駕するようになった現時点の状況を踏まえれば、この30年以上前に試みられたアルゴリズミック・コンポジションの結果を聴くこともまた、かつてと同じではありえないように私には感じられました。特にこの1年くらいの生成AIの性能向上は1年前には想像がつかない程のものであり、今や「こんな感じ」という指示を与えれば、生成AIが楽曲を生成することさえ可能になっています。それを「自動作曲」と呼ぶならば、ようやく音楽的な専門知識や訓練による高度な技術の習得なしで、或いは、コンピュータを用いた作曲に限定すれば、コンピュータに関する専門的な知識や技術の習得なしでも「自動作曲」が可能になった現在に、かつてのアルゴリズミック・コンポジションを改めて配置し直す作業は、色々な面で興味深いものがあるように感じます。

そこで、この上演会の感想はここまでとして、以下では、このイベントの記録からは離れますが、イベントに接しての反応の一部ということで、上記の点について思ったことを記しておきたいと思います。

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今回の上映会のドキュメンタリー映像と2つの作品の演奏記録に接して強く感じたのは、端的に言えば、作曲における「聴く」の重要性のことです。記号学的な三分法では作曲・演奏・聴取のような形で分けられてしまいますし、「アルゴリズミック・コンポジション」のような方法論では、音楽の構造をプログラムによって生成させるので、一見したところでは演奏による音響的実現結果の聴取というのは副次的な問題であるように思われます。実際に三輪さん自身がインタビューの中で、ドイツ時代の自分が、構造が全てであり、音響的実現などどうでもいい、といったようなニュアンスの発言をしたことがあると述べていることも、音楽の構造的側面の重視を証言したものと言えると思います。

しかし私がこの日に感じたのは、そのことは「聴く」ことを蔑ろにすることを意味しない、ということでした。一方では、構造はアルゴリズムで決まってしまうのだから、音響的実現はどうでもいいという言い方があって、これはともすればピタゴラス派的な「天球の音楽」、耳には聞こえない数理的秩序の重視のように見えますが、他方で、作曲の現実のプロセスとして、実現された音響を聴いて確認する作業は不可欠に違いありません。そればかりか、特にアルゴリズミック・コンポジションは、自分で書くのはプログラムで音響そのものではない分、プログラムが生成する音を聴くというプロセスが一層重要になる、という逆転というか往還のようなものがあるように感じたのです。これもまたインタビューで、三輪さんが教わった伝統的な作曲においても徹底的に聴くことが重視されたという証言もあり、そうであればこの点においては「アルゴリズミック・コンポジション」との違いはないことになるでしょう。否、寧ろ、中間にコンピュータが挟まることで、その両者がフェーズとして明確に分離され、実現された音響に直接介入するのではなく、プログラムに実装された生成規則自体や、各種のパラメータ、初期値等を調整した結果を再度聴き返すという作業を繰り返すことになる分、「アルゴリズミック・コンポジション」の方が「聴く」ことを一層ラディカルに要求しているという見方さえできるのではないでしょうか?

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今回の三輪さんの20世紀のアルゴリズミック・コンポジションを回顧する企画は、生成AIの性能がドラスティックに向上し、ほんの1年前は、まだ音楽生成はできないと言っていたのが、いよいよ普通の環境でも生成AIに自然言語で指示することで音楽を生成することができるようになった状況下で行われました。そこで当然のように出てくる問として、コンピュータを利用した作曲という点では共通している両者の比較が出てくるように思います。言い方を変えれば、今、この企画に聴き手として向き合おうとするとき、生成AIによる音楽生成を鏡にして、20世紀の、更にはその後のアルゴリズミック・コンポジションを再確認することが求められているように感じたということです。

私は実はやったことがないのですが、生成AIに音楽を作らせる場合、当然のこととして、自然言語で指示をする、結果を聴いて、自然言語でダメだしをして改良していくというプロセスになるでしょう。するとここでも「聴く」ことはプロセスの一部になっていて、なおかつ、これは決定的に重要だと思うのですが、それは結局、ここでも「人間」の側に配分されていることになります。

勿論、自然言語での指示には色々な仕方が考えられるわけで、指示のレベルには多分違いがあって、アルゴリズミック・コンポジションに相当することを自然言語でやろうとすれば、それは音楽を生成する規則・手順を与えることになるので、コードをAIに書かせる作業に近いように思えます。(後者は今日、バイブ・コーディングと呼ばれて、既に実用化段階にあります。)実際には20世紀の三輪さんは、或る時期まではC言語に代表されるようなプログラミング言語で自分でプログラムを書いて、規則・手順をコンピュータに与えていたわけですが、今後は、ソフトウェアエンジニアがコード自体は書かなくなるように、アルゴリズミック・コンポジションもコードを書かずにやるようになるのかも知れません。

実際には(これも私は本格的にはやったことがなく、専ら読むことしかできませんが)、或る時期からは既に「アルゴリズミック・コンポジション」での作曲方法も、プログラムそのものを書くのではなく、MAX/MSPのような環境でグラフィカルな仕方で音楽の構造を指示するやり方に変わっています。であってみれば、チャートの作成が自然言語になっただけだという見方も成り立つのかも知れません。

そういう向きに考えて行くと、結局、今、普通の人間が生成AIに向き合うようになったスタンスを、実は半世紀近く前から先取りしていたのがアルゴリズミック・コンポジションであるという見方も成り立ちそうです。

そして重要に思えるのは、今も昔も共通してコンピュータないしAIに出来ないのは、作曲のプロセスにおいて「聴く」ことなのだといえるのではないかと思うのです。例えば、ある曲に似た曲の作成、ある曲と別の曲が似ているかどうかの判定、或いはある基準に基づいて作品を比較評価することは今や可能でしょう。しかしながら、統計量を計算して、分類する、ある評価軸で点数づけをすることはできたとしても、それは音楽を「聴く」ことではありません。コンピュータは(そして今のところAIは)人間にとって「聴く」ことの最も重要な側面、それに感動する、共感するといった側面を欠いています(そういう言葉を返すことができても、それは言説の空間上での頻度に基づけば、それが最もありえそうだということを示しているに過ぎません)。この点においては、アルゴリズミック・コンポジションにおける規則(ここでは確率分布も広義の規則に含むものとします)に従って音の系列を生成するプログラムと何ら変わることはないと言えるでしょう。従ってまず明らかなこととして、生成AIが自分が生成した音の系列を「聴く」ことができない限り、生成AI「が」作曲をしているとは言えないことになります。

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では指示を与える側についてはどうでしょうか?繰り返しになりますが、自然言語で指示を与える場合に、その指示の与え方には色々なやり方が考えられます。アルゴリズミック・コンポジションと等価なことをするのであれば、従来はプログラムの形で記述していた手順を、自然言語の形で与えることになりますが、そうではなくより直感的な「こんな感じで」という指示をして音楽を生成させ、その結果についてダメ出しをして改善していくことで自分の望んだ作品に仕上げていくというやり方も可能のように思われます。既述の通り、近年、自然言語で生成AIに指示をしてプログラムを作成することを、バイブ・コーディング(Vibe Coding)と呼ぶようですが、ここでのVibeはまさに上述の「こんな感じ」の「感じ」のことで、「こんな感じ」を指示してあとはお任せ、というニュアンスもあり、プログラムの非構造的な側面(典型的にはGUIの見た目とか)については、文字通り「雰囲気」を伝えるのが最も効率的なインタフェースの取り方なのかも知れません。もっとも、それだけでは、見た目の確認をするためのモックアップのようなものは作成できても、それ以上のことはできず、やはりきちんとした仕様を言語化して与える必要があることには留意すべきでしょう。

そしてこのプログラミングのアナロジーは、そのまま音楽にも適用できるのではないでしょうか?そればかりか、AIを利用して、オリジナリティのある作品——それは小説でも、音楽でも、或いは学術論文でもいいのですが――を創ることができることが可能か、或いは生成AIを利用して出来た作品の著作権の問題についても、「アルゴリズミック・コンポジション」を参照して考えることによって、一般的な原則となる指針が得られるように思われるのです。

そして実はこの問題は、生成AIを利用するという状況に固有の問題ではなく、生成AIを他の人間、共同制作者に置き換えても構造は変わらないのではないでしょうか?以前、まさに「こんな感じ」を詳細にチャート化して、作曲のスキルがある他の人に渡して、音楽的な実現を委ね、でもその音楽は、「こんな感じ」を指示する側の著作物とする、といった事例が実際にあったことも思い出されます。また、特に生成AIが出始めたばかりの頃に、レポートの課題を丸投げしたらWeb上に存在する別の著作物の「パクリ」が返って来るということが問題になったことがもあります。実は根本的にはこの問題は未だ解決しているわけではないのですが、これもある点で、基本的な構造が共通しているように思えます。要するに、指示が漠然とした一般的なものであれば、生成AIの返す回答はそれ相応のものにしかなりません。つまり自然言語であれ、プログラムであれ、与える指示がオリジナルなものであれば、返ってくる結果もまたオリジナルなものとなるという点がまずは言えるのではないか思います。

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しかしながら、こと音楽について言えば、それで話が済むわけではありません。もしそうであれば、言語による「こんな感じ」も、それをどんどん詳細にしていけばオリジナリティが出てくるのでは、ということになってしまいそうですが、実際にはそうでないのは明らかです。端的に言って、「こんな感じ」の詳細化はどこまで行っても、その感じを惹き起こす「音楽」に辿り着くことはありえません。例えば、楽曲解説は構造を説明しているように見えますが、ごく一般的な楽曲解説から元の音楽を再現することができないのは直感的に明らかでしょう。では何が必要なのかと言えば、それが音の系列を生成する手順=アルゴリズムだということになります。

三輪さんが「構造が全てて音響的な実現はどうでもいい」と言う時、それは音響的実現なしで「音楽」が成立するという意味では勿論なく、音響だけでは「音楽」は成立しない、寧ろ人がそれに従って音響を実現することは前提として、人が従う規則の存在が音楽には不可欠だ、そしてその規則を与えることが必要条件の一つなのだということを言っていると私は了解しています。

しかしそれは必要条件であって十分条件ではありません。それでは与える規則が複雑であれ良いのか、例えばそれがカオスとか、フラクタルのような複雑系であれば良いのかといえばそうではありません、そもそもそれは単なる規則であってそれ自体は「音楽」ではありません。実は規則には必ず2種類があって、抽象的なパターンを生成する規則と、それを具体的な音響にどうマップするかの両方が必要となります。音楽の規則は自然法則そのものではなく、それに従って生成されたパターンが音の系列に写される限りにおいて「音楽」の一部になりうるのであって、数式そのものではありません。つまり作曲は、規則に従って生成され、演奏によって実現される音の系列に対するコミットメントを伴うものでなくてはならないのです。

しかもアルゴリズミック・コンポジションの場合には、音の系列が一旦生成されたら後は直接その結果に介入して意図に添わない部分を修正して、規則の方は昇ったら捨ててしまう梯子のように捨て去られてしまう訳ではありません。そうではなくて、生成された音の系列を確認して、その結果に基づいて規則そのものや各種のパラメータ、或いは初期値のようなデータを調整してシミュレーションを繰り返すフィードバックループによって作品を創り出していくのです。これは今日、ソフトウェア開発においてコード生成をAIにやらせる際に、生成されたコードの不具合を人間が直接修正してしまうのではなく、生成AIに対する指示を手直していくことで生成AIを巻き込んだ開発プロセスを立ち上げていくことと極めて良く似ているように思えます。

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かくして、現時点において「20世紀の三輪眞弘」を回顧して、数十年前に試みられた「アルゴリズミック・コンポジション」を見直すことは、今日生成AIに対してどのように接していくべきなのかに関して多くの示唆を与えてくれるように思えます。今や生成AIに対して「こんな感じで」という指示を出すことで音響が生成され、あたかも作曲ができるようになったかの状況が実現しつつあります。楽譜の書き方はわからなくていい、プログラミング言語も不要だし、MAXのようなツールを使えなくても音楽が作れるかも知れない。そうした状況で、コンピュータを使って音楽を作るということがどういうことなのか?というのを問うた時、実は「アルゴリズミック・コンポジション」が時代を先取りしてずっとやってきたことが、「私が作曲する」と「AIに作ってもらう」の境界を示しているのではないでしょうか?

そしてまた「AIに作ってもらう」は「AIが作曲する」ことを直ちに意味する訳ではなく、生成された音を「聴く」ことが人間の側に配分されている以上、そしてAIが音楽を「聴く」ことがない限りは――但しそれは、原理的に不可能ではなく、いつかは、しかも恐らくはそんなに遠い将来ではない未来において、或る仕方で、もしかしたら人間とは異なる仕方で実現するかも知れないのですが――「音楽」を作っているのは人間であってAIではない、言い換えれば、差し当たっては、単なる「こんな感じ」という指示で生成された音の系列には二重の意味合いで「作品性」が欠如していて、人間が作曲したのでも、AIが作曲したのでもないということをも告げているように思えるのです。それは端的に「音楽」ではないのだ、ということになるようです。

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この催しに接してこうしたことを考えたのには背景があって、こちらは音楽ではなく、文章を書くことなのですが、今までは一から十まで自分で文章を書いていたのが、いわば「文章の仕様」に相当するものをAIに与えて文章を生成させることができるようになりました。ここで(上述の通り、ソフトウェア開発の現場もそうなのですが)、短気を起こして、意図通りにならない部分を直接人間が手直ししておしまいにするのではなく、根気よく、そのフィードバック過程に生成AIを巻き込んでいくことにより、文章(ないしプログラム)を仕上げていくことを繰り返すことによって生成AIを「使える存在」にしていく作業を繰り返していく過程で、ふと、これって、三輪さんがプログラムないしパッチを書いて実行して、結果を聴いて、音響に直接介入するのではなく、あくまでも与える規則なりパラメータ、初期値を調整することで作品を作っていくことに近づいてきているのではないか、今自分がやっていることは、これも或る種の「アルゴリズミック・コンポジション」(但し、コンポジションはこちらは音楽作品ではなく、プログラムやレポートの制作ですが)なのではないかというように感じたのでした。生成AIで自分のオリジナルな「作品」(音楽でも、文章でも、あるいは科学的研究でも)を作ろうとしたときにやらないといけないことは、実は、アルゴリズミック・コンポジションの方法論によって先取りされているのではないか、特にその改良・改善のプロセスにおいて、アルゴリズミック・コンポジションのそれを後追いしているように感じられてなりません。

実を言えば、「音楽」が成立する条件、音の系列が「音楽」となる条件は、この日の催しに触発されて考えた上記の内容に尽きるものではありません。まだ十分条件には達していないのです。だけれどもその点については、この場ではなく、4月11日に行われた演奏会の感想を記す場で触れるのが適当に思われます。何故ならば、それには20世紀の三輪さんが後に辿り着いた「逆シミュレーション音楽」の3つの相において明確に示されることになるように、「規則による生成」に加えて「解釈」と「命名」という2つの相が関わるからで、それは上映ではなく、実演の場により相応しく、かつまた演奏会で演奏された作品の中でもとりわけ「東のクリステ」こそ、そのことに言及するに相応しいと私には感じられるからです。

(2026.4.22 公開)


2026年4月21日火曜日

火星——赤い地平の向こう(11・付録)(地球外からの「極東の架空の島」の眺望・外伝・第1部)

 




付録A 火星探査年表

黎明期(1960–1964)——失敗の時代

ミッション

機関

結果

1960

マルスニク1号・2号

ソ連

打ち上げ失敗

1962

スプートニク22号

ソ連

軌道投入失敗

1962

マルス1号

ソ連

通信途絶

1962

スプートニク24号

ソ連

軌道投入失敗

1964

マリナー3号

NASA

フェアリング不良

1964

ゾンド2号

ソ連

通信途絶

火星探査の黎明期は、失敗の連続であった。アメリカとソ連の宇宙開発競争の中で、火星は月よりもはるかに困難な目標であることが明らかになっていった。


最初の成功(1964–1969)——点から円盤へ

ミッション

機関

成果

1964–65

マリナー4号

NASA

史上初の火星フライバイ成功。22枚の画像を送信。クレーターに覆われた表面を初めて撮影。大気圧が極めて低いことを確認(約4–7 hPa)。運河の存在を否定。

1969

マリナー6号

NASA

フライバイ成功。75枚の画像を送信。赤道付近を観測。

1969

マリナー7号

NASA

フライバイ成功。126枚の画像を送信。南極付近を観測。極冠の組成(ドライアイス)を示唆。

1969

マルス1969A・B

ソ連

打ち上げ失敗

マリナー4号が送り返した22枚の画像は、世界に衝撃を与えた。火星はクレーターだらけの死の世界であることが明らかになり、19世紀以来の「生命の星」という夢は崩壊した。


全球マッピングの時代(1971–1972)——地形の発見

ミッション

機関

成果

1971

マルス2号

ソ連

軌道投入成功。着陸機は着陸失敗(史上初の火星表面到達)。

1971

マルス3号

ソ連

軌道投入成功。着陸機は軟着陸成功するも20秒で通信途絶。

1971–72

マリナー9号

NASA

史上初の火星周回軌道投入成功。全球マッピング。7,329枚の画像を送信。オリンポス山、ヴァレス・マリネリス、古河道を発見。砂嵐を観測。

マリナー9号の成果は革命的であった。火星は単なるクレーターだらけの死の世界ではなく、太陽系最大の火山と巨大な峡谷を持つ、地質学的に豊かな天体であることが明らかになった。


生命探査の時代(1973–1976)——バイキング計画

ミッション

機関

成果

1973

マルス4号

ソ連

軌道投入失敗(フライバイのみ)

1973

マルス5号

ソ連

軌道投入成功。60枚の画像を送信。9日間で通信途絶。

1973

マルス6号

ソ連

着陸機は大気圏降下中にデータ送信するも着陸直前に通信途絶。

1973

マルス7号

ソ連

着陸機は火星を通過。軌道投入失敗。

1975–76

バイキング1号

NASA

軌道投入成功。クリセ平原に軟着陸成功(1976年7月20日)。史上初の長期地表観測。パノラマ画像撮影。生命探査実験(LR、GEX、PR、GC-MS)実施。生命の決定的証拠は得られず。1982年まで稼働。

1975–76

バイキング2号

NASA

軌道投入成功。ユートピア平原に軟着陸成功(1976年9月3日)。バイキング1号と同様の実験を実施。1980年まで稼働。

バイキング計画は、火星探査史上最初の生命探査を実施した。LR実験の陽性反応は科学的論争を巻き起こし、その解釈は現在も完全には決着していない。


停滞と再開(1988–1997)——失敗と復活

ミッション

機関

結果

1988

フォボス1号

ソ連

火星接近前に通信途絶

1988

フォボス2号

ソ連

火星軌道投入成功。フォボス接近前に通信途絶。

1992

マーズ・オブザーバー

NASA

軌道投入直前に通信途絶

1996–2006

マーズ・グローバル・サーベイヤー(MGS)

NASA

高解像度全球マッピング。磁場の局所的異常を発見。ガリーを発見。水の侵食地形を確認。南極の地下に氷の存在示唆。

1996

マーズ96

ロシア

打ち上げ失敗

1996–97

マーズ・パスファインダー

NASA

アレス・ヴァリスに着陸成功(1997年7月4日)。小型ローバー「ソジャーナー」を初展開。岩石の化学組成分析。洪水地形を確認。

1990年代前半は失敗が続いたが、1996年のMGSとパスファインダーの成功により、火星探査は再び勢いを取り戻した。特にソジャーナーは、初の火星ローバーとして歴史的意義を持つ。


ローバー時代の幕開け(1998–2007)——水の証拠

ミッション

機関

結果

1998

のぞみ

ISAS(日本)

技術的問題により火星軌道投入失敗(2003年)

1998

マーズ・クライメート・オービター

NASA

単位換算ミスにより軌道投入失敗

1999

マーズ・ポーラー・ランダー

NASA

着陸失敗(推定)

2001–現在

マーズ・オデッセイ

NASA

軌道投入成功。水素の分布(地下水氷の指標)を検出。熱放射スペクトルにより地表鉱物を分析。現在も稼働中。

2003–06

マーズ・エクスプレス

ESA

軌道投入成功。南極の地下に液体の水の可能性を示す(後に疑問符)。メタンの検出(後に再評価)。着陸機ビーグル2号は着陸失敗。

2003–10

スピリット

NASA

グセフ・クレーターに着陸成功(2004年1月4日)。当初予定の90ソルを大幅に超え約6年稼働。硫酸塩鉱物、熱水活動の痕跡を発見。

2003–18

オポチュニティ

NASA

メリディアニ平原に着陸成功(2004年1月25日)。約15年稼働。ヘマタイト球粒(ブルーベリー)、水成堆積岩を発見。走行距離45.16km(惑星探査ローバー記録)。2018年砂嵐により通信途絶。

2005–現在

マーズ・リコネッサンス・オービター(MRO)

NASA

高解像度カメラHiRISEにより前例のない解像度の画像を取得。RSL(繰り返し現れる斜面の筋)を発見。水分子の痕跡を検出。

スピリットとオポチュニティの成功は、火星探査の新時代を切り開いた。特にオポチュニティは予定寿命の60倍以上稼働し続け、火星が過去に水に富んだ環境であったことの決定的な証拠を提供した。


探査の深化(2008–2020)——居住可能性へ

ミッション

機関

成果

2007–08

フェニックス

NASA

北極地域に着陸成功(2008年5月25日)。地下数センチの場所で水の氷を直接確認。過塩素酸塩を検出。

2011–現在

マーズ・サイエンス・ラボラトリー(キュリオシティ)

NASA

ゲール・クレーターに着陸成功(2012年8月5日)。有機分子を検出。古代湖環境の証拠を発見。「居住可能だった惑星」として再定義。現在も稼働中。

2013–現在

MAVEN

NASA

大気散逸の直接観測。太陽風による大気剥離を実測。年間約100グラム/秒の大気散逸を確認。

2016

エクソマーズ・トレース・ガス・オービター(TGO)

ESA/ロスコスモス

軌道投入成功。大気中の微量ガス分析。着陸実証機スキアパレッリは着陸失敗。

2018–22

インサイト

NASA

エリシウム平原に着陸成功(2018年11月26日)。火星震(marsquake)を観測。内部構造(コア半径約1,830km)を推定。熱流束を測定。2022年12月通信途絶。

キュリオシティによる有機分子の検出と古代湖環境の発見は、火星が「居住可能だった惑星」であるという結論を科学的に確立した。


現在進行中の探査(2020–)——サンプルリターンへ

ミッション

機関

成果・状況

2020–現在

パーサヴィアランス

NASA

ジェゼロ・クレーターに着陸成功(2021年2月18日)。古代デルタで岩石コアを採取・保管。MOXIE実験で酸素生成に成功。小型ヘリコプター「インジェニュイティ」を搭載。マイクロフォンで火星の音を初記録。稼働中。

2020–現在

インジェニュイティ

NASA

史上初の火星動力飛行成功(2021年4月19日)。70回以上の飛行を達成。2024年1月通信途絶。

2020–現在

天問1号

CNSA(中国)

火星軌道投入成功(2021年2月)。ローバー「祝融」がユートピア平原に着陸成功(2021年5月15日)。中国初の火星探査成功。

2020–現在

アル・アマル(希望)

UAE

火星軌道投入成功(2021年2月)。アラブ世界初の惑星探査機。大気・気候の観測を継続中。

計画中

Mars Sample Return

NASA/ESA

パーサヴィアランスが採取したサンプルを地球に持ち帰る計画。2030年代の実現を目指しているが、技術的・予算的課題により計画は見直し中。

計画中

エクソマーズ・ローバー(ロザリンド・フランクリン)

ESA/(当初ロスコスモス)

地下掘削能力を持つローバー。ロシアのウクライナ侵攻によりロシアとの協力関係が終了。代替着陸システムを開発中。

2021年は「火星の年」とも言うべき年であった。3つの探査機(パーサヴィアランス、天問1号、アル・アマル)が相次いで火星に到着し、火星探査が国際的な広がりを持つことが明確になった。


付録B 主要な科学的発見リスト

B.1 地形・地質に関する発見

オリンポス山の発見(1971年、マリナー9号) 高さ約21キロメートル、基底部直径約600キロメートル。太陽系最大の火山。プレートテクトニクスが存在しないため、ホットスポット上で長期間噴火が継続し、巨大化した。最新の溶岩流は約2億年前のものと推定されている。

ヴァレス・マリネリス の発見(1971年、マリナー9号) 全長約4,000キロメートル、幅最大700キロメートル、深さ最大7キロメートルの巨大峡谷系。地球のグランドキャニオン(長さ約446キロメートル)を遥かに凌ぐ規模。形成原因については、テクトニクス的な地殻の引き裂きや、地下の溶岩の引き抜きによる陥没など複数の仮説がある。

古河道の発見(1971年、マリナー9号) 樹枝状の谷地形(デンドライティック・バレー)および洪水地形(アウトフローチャネル)。前者は長期的な降雨による侵食を示唆し、後者は大量の水が短期間に流れ出した証拠と考えられる。かつて火星に液体の水が存在したことを示す最初の直接的な証拠。

地下水氷の発見(2008年、フェニックス) 北極地域の地表から数センチメートルの深さに水の氷を直接確認。白い物質がカメラの前で数日後に蒸発したことから、ドライアイス(二酸化炭素氷)ではなく水の氷であることが確認された。

ガリーの発見(2000年、マーズ・グローバル・サーベイヤー) クレーターの壁面や斜面に見られる侵食地形。比較的新しい(地質学的に最近の)形成が示唆されており、間欠的な液体の流れによって形成された可能性がある。現在も新たなガリーが形成されている可能性が議論されている。

古代デルタの確認(2021年、パーサヴィアランス) ジェゼロ・クレーター内の古代デルタ地形を詳細に調査。デルタは約35億年前に川が湖に流れ込んでいた証拠であり、生命の痕跡が保存されている可能性が最も高い場所の一つとして評価されている。


B.2 大気・気候に関する発見

大気組成の確定(1965年、マリナー4号) 大気圧が地球の約1パーセント未満であることを確認。後の探査により、組成は二酸化炭素約95パーセント、窒素約2.7パーセント、アルゴン約1.6パーセントと確定。

全球砂嵐の観測(1971年、マリナー9号) 到着時に火星が全球的な砂嵐に覆われていることを観測。砂嵐は数週間にわたって継続した。火星の気候が地球よりも極端であることを示す最初の観測。

大気散逸の直接観測(2014年、MAVEN) 太陽風による大気イオンの剥離を直接観測。現在でも毎秒約100グラムの大気が散逸していることを確認。太陽フレア発生時には散逸率が大幅に増加する。40億年前の磁場喪失以降、大気の大部分が散逸したと推定される。

メタンの検出(2003年、マーズ・エクスプレス;2019年、キュリオシティ) 大気中のメタンの検出は、生物起源か地質起源かという点で科学的議論を呼んでいる。キュリオシティは局所的・季節的なメタン濃度の変化を検出。だしマーズ・エクスプレスとTGOの観測結果は一致せず、解釈は依然として困難な状況にある。

火星の音の記録(2021年、パーサヴィアランス) 史上初めてマイクロフォンにより火星の音を記録。風の音、ローバーのモーター音、インジェニュイティの飛行音などを収録。低周波と高周波で異なる音速が確認された(低周波:約240 m/s、高周波:やや速い)。


B.3 水・鉱物に関する発見

ヘマタイト球粒(ブルーベリー)の発見(2004年、オポチュニティ) メリディアニ平原でヘマタイト(赤鉄鉱)の球状粒子を大量発見。地球ではヘマタイトは水の存在下で形成されることが多く、火星に過去に液体の水が豊富に存在した証拠と解釈された。

水成堆積岩の発見(2004年、オポチュニティ) 水の中で形成された堆積岩を発見。層状構造、斜交層理(cross-bedding)、水による溶解痕など、水環境を示す複数の証拠を確認。

粘土鉱物の検出(2005年、マーズ・エクスプレス) スペクトル観測により、火星の古い地殻(ノアキアン期)に粘土鉱物(フィロケイ酸塩)が広く分布していることを確認。粘土鉱物は水と岩石の長期接触によって形成されるため、ノアキアン期に中性〜弱アルカリ性の水環境が存在したことを示す。

過塩素酸塩の検出(2008年、フェニックス) 火星の土壌に約0.5パーセントという高濃度の過塩素酸塩が含まれていることを確認。これはバイキングのLR実験の陽性反応を化学的に説明できる可能性があることから、生命探査の解釈に重要な影響を与えた。また、過塩素酸塩は融点降下効果を持つため、低温でも液体の水(ブライン)が存在しうることを示唆する。

有機分子の検出(2018年、キュリオシティ) ゲール・クレーターの36億年前の堆積岩から、チオフェン、ベンゼン、トルエン、プロパンなどの有機分子を検出。生物起源とは断定できないが、有機物が火星で保存されうることを初めて実証した。

南極の地下に液体の水の可能性(2018年、マーズ・エクスプレス) レーダー(MARSIS)の観測により、南極の地下約1.5キロメートルに液体の水(高塩分ブライン)が存在する可能性を示す反射が検出された。ただしこの解釈には現在も疑問符がついており、他のレーダー観測との整合性も議論されている。


B.4 内部構造に関する発見

局所的な磁場異常の発見(1997年、マーズ・グローバル・サーベイヤー) 火星の南半球の古い地殻に、強い磁化(局所的な磁場異常)が残っていることを発見。これは火星がかつて全球的な磁場を持っていたことの証拠。磁場の消失は約40億年前と推定される。

内部構造の推定(2021年、インサイト) 火星震の観測と解析により、火星の内部構造を初めて直接的に推定。コア半径は約1,830キロメートル、地殻厚は平均約24〜72キロメートル(場所により大きく異なる)。コアは液体の鉄・硫黄合金からなることが示唆された。


B.5 生命に関する発見と未解決問題

バイキングのLR実験の陽性反応(1976年) 放射性標識した栄養液を添加したところ、代謝反応に類似した気体の放出が観測された。だしGC-MSによる有機物検出がほぼゼロであったことから、大多数の科学者は非生物的な化学反応(過酸化物や過塩素酸塩による)と解釈した。LR実験の主任研究者ギル・レヴィンは生命の証拠であると主張し続けたが、科学的コンセンサスは得られていない。

ALH84001隕石(1996年) 南極で発見された火星起源の隕石から、微小な炭酸塩球、磁鉄鉱粒子、有機物(PAH)、そして20〜100ナノメートルの微小構造(「微化石」の可能性)が発見されたと主張された。現在の主流の見解は非生物的形成が可能とするものだが、論争は完全には決着していない。生命の最小スケールをめぐる議論を喚起した点で科学史的意義を持つ。

有機物の保存の実証(2018年、キュリオシティ) 36億年前の堆積岩中に有機分子が保存されていることを確認。火星の表面は強い紫外線と酸化性物質により有機物が分解されやすい環境であるが、岩石内部では保存が可能であることが示された。


付録C 主要な地形名称一覧

火星の地形名称は、国際天文学連合(IAU)によって管理されている。以下に、本書で言及したもの、および火星を理解する上で重要なものを整理する。


C.1 地形の種類と命名規則

火星の地形には、種類ごとに命名規則がある。

地形の種類ラテン語表記命名の規則備考・代表例
大きな平原Planitia付近の古典的なアルベド地形の名前アマゾニス平原 など
高地・台地Terra / Planum付近の古典的なアルベド地形の名前アラビア大陸 など
火山Mons / Montes付近の古典的なアルベド地形の名前オリンポス山 など
峡谷・谷(大)Vallis / Valles様々な言語での「火星」や「星」を意味する言葉カセイ峡谷(日本語由来)など
峡谷・谷(小)Vallis / Valles地球上の古典的、または現代の川の名前ナネディ峡谷(レソトの川)など
洪水地形などChaos / Chasma付近の古典的なアルベド地形の名前イアニ・カオス など
クレーター(大)Crater火星研究に貢献した科学者や作家の名前直径60km以上
クレーター(小)Crater地球の人口10万人未満の町や村の名前鳴子クレーター(日本)など
極の台地(極冠)Planum方角(北や南)を示すラテン語プラヌム・ボレウム(北の台地)など

なお、スキャパレッリが19世紀に命名したアルベド地形(地表の明暗に基づく見かけ上の地形)の名称は、現代の地形名称体系とは別に使用されることがある。「東キャナル」「西キャナル」などの名称は、アルベド地形に由来する。


C.2 主要な火山

オリンポス山(Olympus Mons) 高さ:約21.9キロメートル(海抜) 基底部直径:約600キロメートル 種別:盾状火山 特記:太陽系最大の火山。ギリシャ神話の神々の山オリンポスに因む。周囲を高さ8キロメートルの断崖が囲む。最新の溶岩流は約2億年前と推定。タルシス隆起帯に位置する。

タルシス三山(Tharsis Montes) アスクレウス山(Ascraeus Mons)、パウォニス山(Pavonis Mons)、アルシア山(Arsia Mons)の三つの大型火山からなる。それぞれ高さ約18キロメートル前後。タルシス隆起帯(Tharsis Bulge)と呼ばれる、火星の地殻が大きく盛り上がった領域に位置する。

エリシウム山(Elysium Mons) 高さ:約14キロメートル タルシス隆起帯とは別の、エリシウム隆起帯に位置する。ギリシャ神話の楽園「エリュシオン」に因む。周辺には比較的新しい溶岩流が見られる。


C.3 主要な峡谷・谷

ヴァレス・マリネリス(Valles Marineris) 全長:約4,000キロメートル 最大幅:約700キロメートル 最大深さ:約7キロメートル 命名:マリナー探査機に因む。 特記:太陽系最大の峡谷系。地球のグランドキャニオン(長さ約446km、深さ最大1.8km)を遥かに凌ぐ。テクトニクス的な地殻の引き裂き、あるいは地下の溶岩の引き抜きによる陥没が主な形成原因と考えられている。複数の峡谷が平行に走り、東端と西端で性質が異なる。

マリネリス峡谷群の構成部分(西から東へ) ノクティス・ラビリントス(Noctis Labyrinthus):「夜の迷宮」の意。複雑な谷地形。 ティトノス・カスマ(Tithonium Chasma) イウス・カスマ(Ius Chasma) メラス・カスマ(Melas Chasma):ヴァレス・マリネリスの中でも最も広い部分。 コプラテス・カスマ(Coprates Chasma) カプリ・カスマ(Capri Chasma) エオス・カスマ(Eos Chasma)


C.4 主要な平原

クリセ平原(Chryse Planitia) 「黄金の平原」の意(ギリシャ語)。バイキング1号の着陸地点。北半球低地の一部。古代の洪水地形が多く見られる。

ユートピア平原(Utopia Planitia) バイキング2号および中国の祝融ローバーの着陸地点。北半球低地の中で最も大きな平原。地下に大量の水氷が埋蔵されていると推定されている。「ユートピア」はトーマス・モアの架空の理想郷に因む。

メリディアニ平原(Meridiani Planum) オポチュニティの着陸地点。赤道付近に位置する。ヘマタイト(赤鉄鉱)が豊富に分布し、過去に水が存在した証拠を多く含む。「メリディアニ」は子午線(meridian)に因む。

エリシウム平原(Elysium Planitia) インサイト探査機の着陸地点。北半球低地の一部。比較的平坦で着陸に適した地形。

アマゾン平原(Amazonis Planitia) 火星で最も滑らかな地形の一つ。比較的若い地質年代の溶岩流で覆われている。


C.5 主要なクレーター・盆地

ヘラス盆地(Hellas Planitia) 直径:約2,300キロメートル 深さ:約7キロメートル(太陽系最深の衝突盆地の一つ) 特記:南半球に位置する巨大な衝突盆地。盆地内の大気圧は火星平均より高く、液体の水が存在しやすい条件の一つ。

アルギュール盆地(Argyre Planitia) 直径:約1,800キロメートル 南半球に位置する衝突盆地。ヘラス盆地と並ぶ大規模な衝突痕。古代の水が流れ込んでいた可能性がある。

ゲール・クレーター(Gale Crater) 直径:約154キロメートル キュリオシティの着陸地点。中央に「シャープ山」(Aeolis Mons)と呼ばれる高さ約5.5キロメートルの山を持つ。堆積岩の層状構造が詳細に記録されており、火星の気候史の解読に重要な場所。

ジェゼロ・クレーター(Jezero Crater) 直径:約45キロメートル パーサヴィアランスの着陸地点。「生命の水」を意味するボスニア語に因む。古代デルタ地形と河道を持ち、約35億年前に湖が存在した可能性が高い。生命の痕跡が保存されている可能性が最も高い地点の一つとして選定された。

グセフ・クレーター(Gusev Crater) 直径:約166キロメートル スピリットの着陸地点。古代の河川「マアディム・ヴァリス」が流れ込んでいた痕跡があり、かつて湖であった可能性がある。ロシアの天文学者マトヴェイ・グセフに因む。


C.6 主要な高地・台地

ノアキス・テラ(Noachis Terra) 南半球の古い高地。ノアキアン期の名前の由来となった地域。クレーターが密集し、太陽系でも最古級の地表が残る。

テラ・サバエア(Terra Sabaea) 南半球に位置する古い高地。アルベド地形としての「サバエア」は、古代アラビアの地名に因む。

シルチス・マジョル(Syrtis Major Planum) ホイヘンスが1659年に初めて火星表面の暗い模様として観測した地形。玄武岩質の平原。名前は古代地名(現在の北アフリカのスルト湾)に因む。アルベド地形としての「シルチス・マジョル」は、火星観測史上最も古くから知られた地形の一つ。

アラビア・テラ(Arabia Terra) 北半球の大規模な高地。複雑な侵食地形を持ち、古代の水活動の痕跡が多く残る。粘土鉱物(フィロケイ酸塩)の分布も確認されている。


C.7 探査機着陸地点のまとめ

探査機

着陸地点

成果の概要

バイキング1号

クリセ平原

1976

初の長期地表観測、生命探査実験

バイキング2号

ユートピア平原

1976

生命探査実験

マーズ・パスファインダー

アレス・ヴァリス

1997

初のローバー(ソジャーナー)展開

スピリット

グセフ・クレーター

2004

熱水活動の痕跡を発見

オポチュニティ

メリディアニ平原

2004

水成堆積岩、ヘマタイト球粒を発見

フェニックス

北極地域

2008

水の氷を直接確認、過塩素酸塩を検出

キュリオシティ

ゲール・クレーター

2012

有機分子を検出、古代湖環境を確認

インサイト

エリシウム平原

2018

火星震を観測、内部構造を推定

祝融

ユートピア平原

2021

地下に水氷の痕跡を示す地層を確認

パーサヴィアランス

ジェゼロ・クレーター

2021

岩石コアを採取、酸素生成に成功


付録D 参考文献

本書の執筆にあたって参照した文献、および火星についての理解を深める上で有益な文献を以下に整理する。一般書から専門的な学術書まで、幅広い読者を想定してリストアップした。


D.1 火星の科学——一般書・入門書

丸山茂徳、ジョセフ・G・ベーカー、ロバート・M・ハーグリーヴス、ドーム著 『火星の生命と大地46億年』(講談社、2008年) 火星の地質・生命・探査史を包括的に解説した日本語の一般書。ローウェルの認識が科学的な観点から必ずしも的外れではなかったという指摘を含む。

中村浩美 著 『火星 雑学ノート』(ダイヤモンド社、1997年)火星探査、火星と人類の関わりの歴史、火星についての知識をコラム形式でまとめた概説書。

 ジョン・ノーブル・ウィルフォード 著、高橋早苗 訳 『火星に見せられた人びと』(河出書房新社、1992年)John Noble Wilford, Mars Beckons, 1990 の邦訳。古代から現在、更に執筆当時の未来の展望まで、火星に見せられた人々のエピソードの紹介を通じて、人類と火星との関わりを描く。

フランソワ・フォルジェ、フランソワ・コスタール、フィリップ・ロニョーネ著、渡部潤一 著、水谷仁 訳 『火星 惑星の48億年史』(Newton ムック、2009年) François Forget, François Constard, Philippe Lognonné, La Planete Mars - Histoire d’un autre monde , 2006 の邦訳。ヨーロッパの火星探査機マーズ・エクスプレスのデータを利用した研究に基づき、火星の歴史、現在の火星の姿、火星探査の歴史と未来について図版を豊富に用いて記述した教科書。


D.2 火星の科学——専門書・学術書

Carr, Michael H. The Surface of Mars (Cambridge University Press, 2007) 火星地形学の標準的な参考書。

Kieffer, Hugh H. et al. (eds.) Mars (University of Arizona Press, 1992) バイキング時代からマーズ・グローバル・サーベイヤー時代にかけての総合的な学術書。

Bell, Jim (ed.) The Martian Surface: Composition, Mineralogy, and Physical Properties (Cambridge University Press, 2008) 火星の地表の組成・鉱物・物理特性についての専門書。

Grotzinger, John P., and Ralph E. Milliken (eds.) Sedimentary Geology of Mars (SEPM Society for Sedimentary Geology, 2012) 火星の堆積地質学についての専門書。

Jakosky, Bruce M. et al. "Inventory of CO2 available for terraforming Mars," Nature Astronomy, 2 (2018), pp. 634–639. テラフォーミングに利用可能な二酸化炭素の量を評価し、現在の技術ではテラフォーミングは実現困難という結論を導いた論文。


D.3 火星探査の歴史

Morton, Oliver Mapping Mars: Science, Imagination and the Birth of a World (Picador, 2002) 火星のマッピングの歴史を、科学・想像力・探査史の交差として描く。

Hartmann, William K. A Traveler's Guide to Mars (Workman Publishing, 2003) 地質学的観点から火星を案内する一般書。豊富な写真を含む。

Sheehan, William The Planet Mars: A History of Observation and Discovery (University of Arizona Press, 1996) 古代からマリナー計画にいたる火星観測史の詳細な記録。

Lowell, Percival Mars (Houghton Mifflin, 1895) ローウェルが1895年に刊行した火星論。「地球よりもはるかに古く、進化が進み、そのために海が干上がり、乾燥し、砂漠化している」という認識が示されている。歴史的資料として重要。


D.4 火星と生命——科学と哲学

McKay, David S. et al. "Search for Past Life on Mars: Possible Relic Biogenic Activity in Martian Meteorite ALH84001," Science, 273 (1996), pp. 924–930. ALH84001隕石に生命の痕跡が含まれる可能性を主張した歴史的論文。

Chyba, Christopher F., and Cynthia B. Phillips "Possible ecosystems and the search for life on Europa," Proceedings of the National Academy of Sciences, 98 (2001), pp. 801–804. 太陽系内の生命の可能性を広い文脈で議論する論文。火星との比較に有益。

Ward, Peter D., and Joe Kirschvink A New History of Life (Bloomsbury, 2015) 地球生命の歴史を新たな視点で描く。火星との比較を含む。


D.5 テラフォーミング・未来計画

Zubrin, Robert, and Richard Wagner The Case for Mars: The Plan to Settle the Red Planet and Why We Must (Free Press, 1996; revised edition 2011) 有人火星探査とテラフォーミングの具体的計画を提唱した影響力の大きな書。Mars Direct計画の提唱者による。

McKay, Christopher P., Owen B. Toon, and James F. Kasting "Making Mars habitable," Nature, 352 (1991), pp. 489–496. テラフォーミングの科学的可能性を初めて本格的に論じた学術論文。

Fogg, Martyn J. Terraforming: Engineering Planetary Environments (SAE International, 1995) テラフォーミングの科学的・工学的側面を包括的に論じた専門書。


D.6 天文学・惑星科学の歴史と思想

ケプラー、ヨハネス(Johannes Kepler) Harmonices Mundi (1619) (邦訳:『世界の調和』、工作舎) 「天球の音楽」を数学的に論じた著作。第5巻に惑星の音楽が記述されている。

ケプラー、ヨハネス(Johannes Kepler) Astronomia Nova (1609) 火星の楕円軌道を論じた著作。副題に「火星の運動」が明示されている。

 アーサー・ケストラー 著、小尾信弥、木村博 訳 『ヨハネス・ケプラー 近代宇宙観の夜明け』(河出書房新社、1971年)Arthur Koestler, The Watershed -  The Biooraphy of Johannes Kepler, 1960 の邦訳。

入江哲朗 著 『火星の旅人 パーシヴァル・ローウェルと世紀転換期アメリカ思想史』(青土社、2020年)


D.7 火星の言語・文化的受容

互盛夫 著 『フェルディナンド・ド・ソシュール——《言語学》の孤独、「一般言語学」の夢』(作品社、2009年) 特に pp.468–481の異言研究についての節。フルルノワとソシュールの関係、「火星語」事件の経緯が詳述されている。

Flournoy, Théodore Des Indes à la planète Mars: Étude sur un cas de somnambulisme avec glossolalie (1900) (邦訳:『インドから火星へ』) 霊媒が語る「火星語」を記録・分析した心理学的研究。19世紀末の火星像と心霊研究の交差を示す歴史的資料。

Victor Henri Le langage martien (1901) 「火星語」を観念連合の産物と結論づけた言語学的分析。フルルノワへの応答として書かれた。


D.8 火星を舞台にした文学作品

ウェルズ、H・G(Herbert George Wells) The War of the Worlds (1898) (邦訳:『宇宙戦争』、岩波文庫 ほか)

バローズ、エドガー・ライス(Edgar Rice Burroughs) A Princess of Mars (1912) ほか「バルスーム」シリーズ (邦訳:『火星のプリンセス』東京創元社 ほか)

ルイス、C・S(C. S. Lewis) Out of the Silent Planet (1939) (邦訳:『マラカンドラ 沈黙の惑星を離れて』、ちくま学芸文庫)

ブラッドベリ、レイ(Ray Bradbury) The Martian Chronicles (1950) (邦訳:『火星年代記』、ハヤカワ文庫) 

バラード、J・G(J. G. Ballard) The Cage of Sand (1962) (邦訳:「砂の檻」『永遠へのパスポート』、ハヤカワ文庫 所収)

ゼラズニイ、ロジャー(Roger. Zelazny) Rose for Ecclesiastes (1963) in The Doors of His Face, the Lamps of His Mouth. 1971 (邦訳:「伝道の書に捧げる薔薇」『伝道の書に捧げる薔薇』、ハヤカワ文庫 所収)

ディック、フィリップ・K(Philip K. Dick) Martian Time-Slip (1964) (邦訳:『火星のタイム・スリップ』、ハヤカワ文庫)

ディック、フィリップ・K(Philip K. Dick) The Three Stigmata of Palmer Eldritch (1965) (邦訳:『パーマー・エルドリッチの三つの聖痕』、ハヤカワ文庫) 

光瀬龍 著 『東キャナル文書』(早川書房、1977年) 

光瀬龍 著 「宇宙年代記」シリーズ(早川書房、ハルキ文庫ほか。火星を舞台にしたものは「流砂二二一〇年」「落陽二二一七年」「市二二二〇年」「シンシア遊水地二四五〇年」「流星二五〇五年」「西キャナル市二七〇三年」の6作。ハルキ文庫『宇宙年代記全集』(1999年、2分冊)に全て所収。) 

光瀬龍 著 『たそがれに還る』(早川書房、1964年) 

光瀬龍 著 『喪われた都市の記録』(早川書房、1972年) 

ポール、フレデリック(Frederik Pohl) Man Plus (1976) (邦訳:『マン・プラス』、ハヤカワ文庫)

クラーク、アーサー・C(Arthur C. Clarke) The Sands of Mars (1951) (邦訳:『火星の砂』、ハヤカワ文庫) 

ロビンソン、キム・スタンリー(Kim Stanley Robinson) Red Mars (1992), Green Mars (1993), Blue Mars (1996) (邦訳:『レッド・マーズ』『グリーン・マーズ』『ブルー・マーズ』、東京創元社)

ロビンソン、キム・スタンリー(Kim Stanley Robinson) 2312 (2012),  (邦訳:『2312 太陽系動乱』、東京創元社) 

ランディス、ジェフリー・A(Geoffrey A. Landis) Mars Crossing (2000) (邦訳:『火星縦断』、ハヤカワ文庫) 

ベア、グレッグ(Greg Bear) Moving Mars (1993)(邦訳:『火星転移』、ハヤカワ文庫)

フォワード、ロバート・L (Robert L. Forward)Matrian Rainbow (1991)(邦訳:『火星の虹』、ハヤカワ文庫) 


D.9 音楽と宇宙

ホルスト、グスタフ(Gustav Holst) The Planets, op.32 (1914–1916)  第1曲「火星、戦いをもたらすもの」。神話的・占星術的な火星像に基づく管弦楽作品。

アドルノ、テオドール・W(Theodor W. Adorno) 『マーラー——音楽的人相学』(法政大学出版局) 龍村あや子訳。「大地の歌」に関する「宇宙から眺めた地球」の記述を含む。

シュトックハウゼン、カールハインツ(Karlheinz Stockhausen) アンリ・ルイ・ド・ラグランジュのマーラー伝書評(酒田健一訳) 「もしある別の星に住む高等生物が地球人の性質をごく短期日のうちに調査しようと思うなら、マーラーの音楽を素通りするわけにはいかないだろう」という言及を含む。


D.10 思想・哲学的背景

ジェインズ、ジュリアン(Julian Jaynes) The Origin of Consciousness in the Breakdown of the Bicameral Mind (1976) (邦訳:『神々の沈黙——意識の誕生と文明の興亡』、紀伊國屋書店) 意識の歴史的変容についての野心的な仮説。ホメロス時代の意識の様態を論じる。

レム、スタニスワフ(Stanisław Lem) Solaris (1961) (邦訳:『ソラリス』、国書刊行会 ほか) 地球とは全く異なる生命の可能性を描いた哲学的SF。人間の認識の限界を問う。

レム、スタニスワフ(Stanisław Lem) Historia literatury bitowej (1973) in Wielkość urojona. Czytelnik(邦訳:「ビット文学の歴史」 『虚数』所収、長谷見一雄・沼野充義・西成彦 訳、国書刊行会、199年) 

グッドマン、ネルソン(Nelson Goodman) Ways of Worldmaking (1978) (邦訳:『世界制作の方法』、筑摩書房) 「世界の複数のバージョン」という概念を論じた哲学書。火星の「ヴァーチャル性」を考える上で有益な理論的枠組みを提供する。

カント、イマヌエル(Immanuel Kant) 『判断力批判』(岩波文庫 ほか) 美の定義をめぐる古典的哲学書。ローバーが撮影した写真の「美」を考える際の理論的背景として参照。


D.11 技術哲学・メディア論

メルロー=ポンティ、モーリス(Maurice Merleau-Ponty) 『知覚の現象学』(みすず書房、1967年) 竹内芳郎・小木貞孝 訳 原著:Phénoménologie de la perception (1945)

身体を世界との接触の形式として論じた現象学の古典。盲人の杖の例など、身体図式の拡張についての議論は、ローバーを「代理身体」として捉える理論的基盤となる。第2章2.12節で参照。

アイディ、ドン(Don Ihde) Technology and the Lifeworld: From Garden to Earth (Indiana University Press, 1990)

技術が世界を媒介し、世界の現れ方を変形するという技術哲学の重要文献。望遠鏡、顕微鏡などの光学技術の分析を含む。第2章2.12節で参照。

アイディ、ドン(Don Ihde) Instrumental Realism: The Interface between Philosophy of Science and Philosophy of Technology (Indiana University Press, 1991)

科学的観測における技術的媒介の役割を論じる。観測装置が単なる中立的な道具ではなく、観測対象の現れ方を構成するという議論。

スティグレール、ベルナール(Bernard Stiegler) 『技術と時間1 エピメテウスの過失』(法政大学出版局, 2009)石田英敬(監修) 西兼志(訳), 原著:La technique et le temps, 1. La faute d'Épiméthée (1994)

技術を記憶と時間の外在化として論じた技術哲学の主要著作。文字、時計、カメラなどの技術が人間の経験と時間性をどう変容させるかを分析。第2章2.12節で参照。

スティグレール、ベルナール(Bernard Stiegler) 『技術と時間2 方向喪失-ディスオリエンテーション』(法政大学出版局, 2010)石田英敬(監修) 西兼志(訳), 原著:La technique et le temps, 2. La désorientation (1996)

映画、テレビなどの時間的対象(temporal objects)についての分析。ローバーが記録する火星の時間的経験を考える上で示唆的。

ラトゥール、ブルーノ(Bruno Latour) 『科学が作られているとき——人類学的考察』(産業図書、1999年) 川崎勝・高田紀代志 訳 原著:Science in Action (1987)

科学的事実が実験室や観測装置を通じて「構成される」過程を人類学的に分析。火星探査における画像処理、データ解釈の社会的・技術的側面を考える上で有益。

ラトゥール、ブルーノ(Bruno Latour) 『パンドラの希望——科学論の現実性について』(産業図書、2007年) 川崎勝・平川秀幸 訳 原著:Pandora's Hope: Essays on the Reality of Science Studies (1999)

科学的対象の「実在性」を、人間と非人間のネットワークの中で捉え直す。火星が「媒介を通じて生成される実在」であることを理論化する上で参考になる。


D.12 科学史・観測技術史

シェイピン、スティーブン、サイモン・シャッファー(Steven Shapin and Simon Schaffer) 『リヴァイアサンと空気ポンプ——ホッブズ、ボイル、実験的生活』(名古屋大学出版会、2016年) 吉本秀之・柴田和宏・坂本邦暢 訳 原著:Leviathan and the Air-Pump: Hobbes, Boyle, and the Experimental Life (1985)

17世紀の科学革命期における実験装置と知識生産の関係を論じた科学史の古典。観測装置を通じて「事実」がどのように構成されるかの歴史的事例として重要。

ギャリソン、ピーター(Peter Galison) Image and Logic: A Material Culture of Microphysics (University of Chicago Press, 1997)

20世紀物理学における観測装置(霧箱、泡箱、電子検出器)と画像の関係を詳細に分析。観測データから画像への変換過程を考える上で示唆的。マリナー4号の「色鉛筆エピソード」を理論的に位置づける際に参考になる。

ダストン、ロレーヌ、ピーター・ギャリソン(Lorraine Daston and Peter Galison)『客観性』、名古屋大学出版会、2021年)瀬戸口明久、岡澤康浩、坂本邦暢、有賀暢迪:訳 原著: Objectivity (Zone Books, 2007)

科学的画像における「客観性」概念の歴史的変遷を論じる。機械的客観性(mechanical objectivity)から訓練された判断(trained judgment)への移行。火星画像の色調整における「人間の判断」の役割を考える上で重要。


D.13 視覚文化論・写真論

クラリー、ジョナサン(Jonathan Crary) 『観察者の系譜——視覚空間の変容とモダニティ』(以文社、2005年) 遠藤知巳 訳 原著:Techniques of the Observer: On Vision and Modernity in the Nineteenth Century (1990)

19世紀における視覚技術(カメラ・オブスクラ、立体鏡など)と観察者の主体性の変容を論じる。技術によって「見ること」がどう構成されるかを考える理論的枠組み。

ソンタグ、スーザン(Susan Sontag) 『写真論』(晶文社、1979年) 近藤耕人 訳 原著:On Photography (1977)

写真が現実をどのように表象し、変形するかについての古典的エッセイ集。火星の写真が「記録」であると同時に「構成」でもあることを考える上で参照価値がある。


D.14 宇宙探査の哲学・倫理

コクラン、マイケル(Michael J. Crowe) The Extraterrestrial Life Debate, 1750-1900 (Cambridge University Press, 1986) (邦訳:『地球外生命論争——1750-1900』)

18〜19世紀の地球外生命論争の詳細な歴史。ローウェルの火星運河論を思想史的文脈に位置づける上で重要。

ディック、スティーブン・J(Steven J. Dick) The Biological Universe: The Twentieth-Century Extraterrestrial Life Debate and the Limits of Science (Cambridge University Press, 1996)

20世紀の地球外生命論争。バイキング計画の生命探査実験の科学的・哲学的背景を理解する上で有益。

ミリガン、トニー(Tony Milligan) Nobody Owns the Moon: The Ethics of Space Exploitation (McFarland, 2015)

宇宙探査と惑星保護の倫理学。火星のテラフォーミングをめぐる倫理的問いを考える上で参考になる。


D.15 探査機関連文献

寺門和夫 監修、沢田京子 訳 『火星からのメッセージ』(ランダムハウス講談社) Jim Bell, Postcards from Mars の邦訳。

スピリットとオポチュニティが撮影したパノラマ写真集。ジム・ベルによる「はじめに」は、写真と科学と美の関係について重要な示唆を含む。ジム・ベルによる「はじめに」では、「画像を得る」ことと「写真を撮る」ことの違いについて重要な言及がある。第2章2.11節で詳細に引用。

Squyres, Steve Roving Mars: Spirit, Opportunity, and the Exploration of the Red Planet (Hyperion, 2005)

スピリットとオポチュニティのミッション責任者による記録。ローバーの視点と人間の経験の関係について一人称的な記述を含む。

NASA JPL "Ingenuity Mars Helicopter" (公式ウェブサイト) https://mars.nasa.gov/technology/helicopter/

インジェニュイティの技術的詳細と飛行記録。2024年1月の通信途絶までの70回以上の飛行データを含む。第2章2.9節で参照。

Balaram, J., et al. "Mars Helicopter Technology Demonstrator," AIAA Scitech 2018 Forum (2018)

インジェニュイティの技術設計についての論文。火星の希薄な大気における飛行の工学的課題を詳述。


D.16 メディア論・情報理論

キットラー、フリードリヒ(Friedrich Kittler) 『グラモフォン・フィルム・タイプライター』(筑摩書房、1999年) 石光泰夫・石光輝子 訳 原著:Gramophone, Film, Typewriter (1986)

メディア技術が知覚と記憶をどう外在化するかを論じる。ローバーのデータ記録を「外在化された経験」として捉える理論的視座を提供。

マクルーハン、マーシャル(Marshall McLuhan) 『メディア論——人間の拡張の諸相』(みすず書房、1987年) 栗原裕・河本仲聖 訳 原著:Understanding Media: The Extensions of Man (1964)

「メディアはメッセージである」という命題。技術が人間の感覚器官の拡張であるという議論は、ローバーを「感覚の拡張」として捉える際の古典的参照点。



D.17 音楽作品

Václav Pichl: Symphony in D Major, "Mars" (18世紀) 

Holst: The Planets, Op. 32: I. Mars, the Bringer of War (1914)

Michael McNabb: Mars Suite (1984)

Syntopia Quartett: Mars (2003)

Oöphoi & Tau Ceti: Celestial Geometries (2001)

Oöphoi & Tau Ceti: Celestial Geometries 2 (2012)

Oöphoi: Clouds Over Mars (2005)


本付録は2025年時点での情報に基づいている。火星探査は継続中であり、新たな発見によって内容が更新される可能性がある。


(2026.4.21 公開)