2025年5月28日水曜日

三輪眞弘について生成AIに聞いてみた(16):「新調性主義」「逆シミュレーション音楽」についてのGemini Deep Research with 2.5 Pro の回答

  本稿では、前回に引き続き、Gemini Deep Research with 2.5 Proに対して「新調性主義」「逆シミュレーション音楽」についてのレポートを作成させようとした結果について報告します。背景等については、前回の記事と同様ですので、本稿では割愛させて頂き、結果の報告のみとさせて頂きます。実験は2025年5月22日に実施しました。

 先に「逆シミュレーション音楽」についてですが、結論を先に述べれば、レポートが返って来ることはありませんでした。以下に示すリサーチ計画をそのまま承認したところ、検索・推論を何度か繰り返したのですが、どうやら収集できた情報の間にあるギャップが検索された情報では埋められなかったようで、

「私は大規模言語モデルとしてまだ学習中です。そちらについては、理解して対応できる機能がないため、すみませんがお手伝いできません。」

という答えが返ってきて、レポートが得られないままリサーチは打ち切られてしまいました。リサーチ計画に介入することによってレポートが作成できる可能性はあるでしょうが、Webで取得可能な情報という点では、「虹機械」「新調性主義」よりも豊富な筈であるにも関わらず、レポート作成に失敗した点自体が興味深く思われたので、本稿ではそのことを報告するに留め、リサーチ計画に介入することによってレポートが作成できるかどうかの実験は、別途、機会があれば実施したいと思います。

→ プロンプト:三輪眞弘の「逆シミュレーション音楽」について説明してください。

Gemini Deep Research with 2.5 Pro が作成したリサーチ計画:
三輪眞弘「逆シミュレーション音楽」解説
ウェブサイトをリサーチ

(1) 三輪眞弘の経歴、音楽的背景、および主要な活動領域を調査し、彼の芸術的アプローチの全体像を把握する。 (2) 「逆シミュレーション音楽」という概念の定義と、その提唱者である三輪眞弘による説明を直接的に検索する。 (3) 「逆シミュレーション音楽」の具体的な特徴、構成原理、および創作手法について詳細を収集する。 (4) 三輪眞弘の著作、インタビュー、講演録などを参照し、「逆シミュレーション音楽」の背後にある哲学的、数学的、あるいは情報科学的な思想的背景を深く掘り下げる。 (5) 「逆シミュレーション音楽」に分類される具体的な楽曲やプロジェクトを特定し、それらがどのようにこの概念を具現化しているかを分析する。 (6) 音楽評論家、研究者、または他のアーティストによる「逆シミュレーション音楽」に関する評価、解釈、および議論を調査し、多角的な視点を得る。 (7) アルゴリズミック・コンポジション、ジェネラティブ・ミュージック、コンピュータ音楽など、他の関連する音楽ジャンルや概念との比較を通じて、「逆シミュレーション音楽」の独自性と位置づけを明確にする。
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 ついで「新調性主義」についてです。リサーチの計画については虹機械の時と同様そのまま承認しました。明らかな事実誤認はなかったので、返って来たリサーチ計画とレポートのみをそのまま以下に示します。虹機械の時と同様、レポートをGoogle DocumentにExportしたものを更にpdf化したものを公開しましたので、興味のある方はダウンロードして内容を確認頂けます。こちらは全く人間の介入がない、生成AIが返してきたままの結果です。

 「虹機械」についてのレポートもそうですが、内容の詳細について突っ込むことが可能であるにせよ、「虹機械」と比べても、より抽象的なコンセプトで直接的な情報が限られるテーマについて、これだけのレポートが介入なしで生成AIから出力されたことについて、驚きを禁じ得ません。

 とはいうものの、それでは自分で文章を書く必要がなくなってしまったかと言えば、勿論、そのようなことはありません。自分にとってはよそよそしい、何か課題として与えられた主題について語る必要が生じた場合であればともかく、自分がそのテーマについて或る展望を持っていて、それを他の人に伝えたいと思った場合、生成AIはせいぜいが先行研究の収集、要約の支援の役割をするに留まるでしょう。どの文献を参照するか、何をどのように語るかについては自分で取捨選択することになりますし、そこまで決めて、後は生成AIに指示して書かせるというのも、ちょっと考えられそうにありません。恐らくAIに対する修正の指示があまりに煩雑になって、結局自分で一から書いた方が効率的だということになるように思います。勿論、(既にこの文章がそうであるように)自分でも後から書き直すことは度々のことであり、時間に追われて書き急ぎ、充分な推敲も行えず、一旦、心理的に区切りがつけば公開、といったことを繰り返しているからには、一字一句疎かにすることない彫琢など及びもつかないことではありますが、さりとて、どのようなリライトも許容できるという程融通無碍な訳でもなく、時として漢字の使用や送り方さえ気になってしまうのであれば、AIによる校正を利用するにしても誤字脱字の類の修正止まりということになりそうです。

 ただし、自分の考えを整理する上での、所謂「壁打ち」の相手として、生成AIに生成させた文章を梃子にして自分の考えを整理するといった利用法ならば、まだ可能性はあるかも知れません。或いは、更に生成AIが高度になった暁には、いわゆる査読者として生成AIに自分の文章を読ませてコメントを貰って、それをフィードバックすることにより仕上げていくといった使い方もありうるように思います。

 いずれにしても、生成AIが「自分」の替わりをしてくれるような状況は、現時点ではまだ少し先のことではないかというように感じます。そうして、こうした議論の行き着く先は、AIには文章を書こうと思う動機もなければ衝動にも欠けているという点に畢竟、立ち戻るのではないかというように思えてなりません。

(2025.5.28)

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→ プロンプト:三輪眞弘の「新調性主義」について説明してください。

Gemini Deep Research with 2.5 Pro が作成したリサーチ計画:
三輪眞弘「新調性主義」の探求
ウェブサイトをリサーチ
(1) 「新調性主義」という音楽理論の一般的な定義と、その歴史的背景を調べる。 (2) 三輪眞弘が提唱する「新調性主義」が、従来の調性や無調性とどのように異なるのか、その独自性を特定する。 (3) 三輪眞弘の「新調性主義」における主要な理論的原則、概念、および特徴を詳細に調査する。 (4) 三輪眞弘の作品の中から、「新調性主義」の概念を具体的に示している代表的な楽曲やプロジェクトを特定し、その特徴を分析する。 (5) 「新調性主義」に基づいた楽曲の作曲手法や、用いられるアルゴリズム、あるいは創作プロセスに関する情報を収集する。 (6) 音楽評論家や研究者による三輪眞弘の「新調性主義」に対する評価や解釈、およびそれが現代音楽においてどのような位置づけにあるのかを調べる。 (7) 三輪眞弘自身が「新調性主義」について語っているインタビュー、論文、書籍などの情報を収集し、その意図や思想を理解する。 (8) 「新調性主義」が現代音楽の潮流や他の作曲家に与えた影響、あるいはその後の発展について考察する。

Gemini Deep Research with 2.5 Pro が作成したレポート:

三輪眞弘の「新調性主義」:現代音楽における革新的な探求

はじめに:三輪眞弘と「新調性主義」の背景

三輪眞弘は、現代音楽、コンピュータ音楽、メディアアートの分野で国際的に活躍する日本の作曲家であり、メディアアーティストである 1。情報科学芸術大学院大学(IAMAS)の教授を務める彼の活動は、学術的探求と実践的創作の両面で多岐にわたる。その芸術活動は、「メディア・アート、逆シミュレーション音楽、方法主義、フォルマント兄弟」といった独自の概念群によって特徴づけられ、その「神出鬼没・変幻自在」な創作姿勢は、彼を現代音楽界で最も注目される作曲家の一人としている 2

特に、三輪眞弘の創作の中核をなすのは、彼が提唱する「逆シミュレーション音楽」である。この概念は、2007年に世界的なメディアアートの祭典であるアルス・エレクトロニカのデジタルミュージック部門でゴールデン・ニカ賞(グランプリ)を受賞しており、その国際的な認知度と重要性が明確に示されている 4。彼の主要な著作である『三輪眞弘音楽藝術 全思考1998-2010』は、「音楽の概念を根本から問い直す作業を通じて新しい音楽の可能性を探求する試み」を最先端のメディアを駆使して重ねてきた「真に前衛的な音楽創作論」として高く評価されている 2。著名な音楽家である坂本龍一や文化人類学者の中沢新一も、彼の思想の深遠さと独創性を高く評価している 2。このように、三輪眞弘は単なる作曲家という枠を超え、音楽の根源的な問いをメディアアートやコンピュータ音楽の領域で探求する思想家、理論家としての側面が極めて強い。彼の「新調性主義」は、このような広範な哲学的・実践的な活動の枠組みの中で、彼の音楽的思考の核心をなす概念として理解されるべきである。

20世紀初頭、西洋音楽はロマン派音楽の終焉と調性システムの拡張・崩壊という歴史的転換点に直面した 5。アルノルト・シェーンベルクを指導者とする「新ウィーン楽派」は、この状況に対し「調性破壊」という革新的な一歩を踏み出し、特定の中心音や調機能を持たない無調音楽の時代を切り開いた 6。これにより、従来の「中心音」に支配される調性音楽の枠組みは否定された。しかし、その後も音楽史においては、調性への様々なアプローチが試みられてきた。「新古典主義音楽」(20世紀前半、特に戦間期に主流となり、モーツァルトやバッハといった古典音楽への回帰を志向した芸術運動) 5 や、「新ロマン主義音楽」(19世紀後半から21世紀にかけて見られるロマン主義音楽の再生、復古、擁護を目指す音楽思想) 6 などがその代表例である。これらの動きは、過去の様式や感情表現を再評価し、現代的な文脈で再構築しようとするものであった。

特に「ポストモダン音楽」は、調性を巡る問題について「人類の戦いであったとさえ言える」と評されるほど、その扱いが複雑であった 8。多くのポストモダン音楽が調性に依存しつつも「先鋭的になれない」というジレンマを抱え、「調性が死んでも調性に依存したい人間の欲望」が21世紀になっても消えないという状況が指摘されている 8。ポストモダン音楽は、モダニズムの単純な否定ではなく、皮肉、多元主義、折衷主義、断片化といった特徴を持ち、厳密な学問分野の定義やカテゴリーに疑問を投げかける 8。三輪眞弘の「新調性主義」は、このような西洋音楽史における調性概念の変遷、無調化の進展、そしてその後の「調性」を巡る現代音楽の複雑な状況、特にポストモダン音楽が抱える葛藤の中で提唱された、独自の応答である 9。この概念は、単なる過去の調性様式への「回帰」や「復古」とは一線を画す。それは、20世紀以降の音楽史における調性概念の危機と、ポストモダン音楽が抱える調性への根源的な葛藤に対する、三輪眞弘独自の、極めて体系的かつ哲学的な解決策である。彼は、過去の調性を模倣するのではなく、その「原理」を数学的に再構築することで、現代における調性の意味を問い直している。

「新調性主義」の定義と主要な理論的原則

「新調性主義」の独自の定義

三輪眞弘が2008年頃から提唱している「新調性主義」は、彼自身の言葉で「無調音楽でも既存の三和音に基づく調性音楽でもない、独自の調性音楽の理論体系を構築し、音楽生成アルゴリズムとして表現しようという試みである」と明確に定義されている 9。この概念は、単なる音楽理論に留まらない、より広範な哲学的・芸術的意図を持つ。三輪はこれを、「徹底的に普遍化し規格化した現代社会の中で、常に唯一の出来事=音楽=美を成立させるための試み」であり、同時に「西洋音楽の『伝統』という死亡宣告に対するはっきりとした反抗」であると強く表明している 10。この定義は、「新調性主義」が単なる音楽理論の枠に収まらず、現代社会の普遍化・規格化という潮流に対する芸術的・哲学的な抵抗の試みであることを示している。音楽における「美」や「唯一性」といった価値を、既存の伝統を安易に踏襲するのではなく、新たな方法論とアルゴリズムを用いて再構築しようとする、三輪の強い意志が読み取れる。これは、彼の音楽が単なる音響現象の追求に留まらず、現代アートにおける存在論的な問いかけ、すなわち「現代において音楽とは何か、美とは何か」という根源的な問いに対する応答であることを示唆している。

中心音への「引力」を形式化した独自の調性概念

「新調性主義」における調性とは、西洋音楽の伝統的な和声進行や機能和声に基づくものではなく、より抽象的かつ普遍的な「中心音への引力」として再定義される 9。この「引力」は、数学的な「離散力学系」の概念を用いて形式化されている。具体的には、一般の力学系がどのような初期値から始めても「アトラクタ」と呼ばれる特定の集合へと引き込まれていく性質を、三輪は調性音楽における「中心音への引力」として解釈し、これを自身の音楽理論の基盤としている 9。従来の調性が経験則や聴覚的慣習、文化的な合意によって構築されてきたのに対し、三輪の「新調性主義」は、数学的な力学系を援用することで、調性の根源的な「引力」を普遍的な原理として再定義しようとしている。これは、音楽の物理的・数学的基盤への深い洞察を示すと同時に、音楽理論に新たな科学的アプローチを導入する試みである。

12平均律における協和音程の原理を内包したアルゴリズム

「新調性主義」の作曲手法は、「12平均律における協和音程の原理を内包したアルゴリズム」を用いることを特徴とする 10。このアルゴリズムによって、「脳の拡張としてのコンピュータが選び出した音符を、身体の拡張としての楽器が響かせる」という、人間とテクノロジーが融合したプロセスで音楽が生成される 10。12平均律と協和音程という、西洋音楽の最も基本的かつ伝統的な要素をアルゴリズムに組み込むことは、三輪が伝統を完全に否定するのではなく、その根源的な原理を抽出し、新たな文脈で再活性化しようとしていることを示唆する。これは、伝統への「反抗」と同時に「継承」を試みる、複雑な関係性を示している。また、コンピュータと楽器をそれぞれ「脳の拡張」「身体の拡張」と捉えることで、現代における音楽創造における人間とテクノロジーの共生関係を哲学的に位置づけている。

表1: 調性概念の比較

概念定義理論的基盤中心音の有無と役割協和/不協和の扱い主要な作曲手法代表的作曲家
伝統的調性主音を中心とした機能和声に基づく音組織機能和声、対位法有(主音への強い帰属感と解決)機能的解決、緊張と弛緩和声進行、旋律法J.S.バッハ、モーツァルト、ベートーヴェン
無調性特定の中心音や調機能を持たない音楽十二音技法、セリエル技法無(全ての音の平等性)自由な使用、不協和の解放セリエル技法、非反復性アルノルト・シェーンベルク、アントン・ヴェーベルン
三輪眞弘の「新調性主義」離散力学系による中心音への引力を形式化した独自の調性離散力学系、アルゴリズミック・コンポジション数学的に再定義された有(アトラクタとしての中心音)アルゴリズム内包、新たな秩序の創出アルゴリズミック・コンポジション、初期値からの自動生成三輪眞弘

この表は、複雑な音楽理論の概念を比較する際、テキストのみではその差異を明確に把握することが難しいという課題に対応している。表形式を用いることで、各概念の核心的な特徴と違いを一目で視覚的に比較でき、特に三輪の「新調性主義」が既存の枠組みの中でどのような革新的な位置を占めるのかを明確に提示できる。これは、学術レポートにおいて、複雑な情報を効率的かつ効果的に伝えるための非常に価値ある情報整理手法である。

離散力学系とアルゴリズミック・コンポジション

音楽生成における離散力学系のメカニズムと「規則の生成」

三輪眞弘の音楽生成の根幹をなすのは、数学的な「離散力学系」の概念を応用したアルゴリズミック・コンポジションである 9。このアプローチは、彼が提唱する「逆シミュレーション音楽」における「規則の生成」の相に深く関わっている 11。ここで重要なのは、具体的な音響そのものを直接的に指定するのではなく、音楽を生成するための「規則の構造」や「順序」が主要な問題として扱われる点である 11。この手法は、西洋音楽の伝統的な作曲法とは「異質な側面を持つ」 11。西洋音楽が「小さな動機や楽節を単位にして再帰的に木構造を階層的に組み上げていく方法」を採用し、物語的・散文的な楽曲を生み出すことで、反省的・自伝的な自己の意識構造を反映してきたのに対し、三輪のオートマトン的な離散力学系は、よりシステム的・非線形的な生成原理に基づいている。三輪の作曲手法は、音楽の生成プロセスを「音響の直接指定」から「規則の設計と生成」へと根本的にシフトさせることで、作曲家の役割を再定義している。これは、音楽が「何を表現するか」という内容だけでなく、「どのように生成されるか」というプロセス自体に芸術的価値を見出す、現代アートにおける重要な潮流と一致する。彼の音楽は、音響の背後にある「規則」の美しさを探求するものである。

初期値から全体が自動的に導かれる反復構造

三輪のアルゴリズムでは、音楽の各小節が前の小節の音の高さから「規則から一意的に導かれる」という反復構造を持つ 9。具体的には、「16分音符12個が一小節をなし、この一小節のそれぞれの音の高さが決まると、次の一小節が規則から一意的に導かれる(ただし同音が続いた場合発音されない)」という厳密なルールが適用される 9。この結果、「最初の一小節(初期値)が決まれば自動的に全体が決まる」という決定論的な音楽生成が可能となる 9。この反復は数学的には「離散力学系」であり、一般に力学系はどのような初期値から始めても「アトラクタ」と呼ばれる特定の集合へと引き込まれていく性質を持つ 9。三輪は、この数学的な運動を調性音楽における「中心音への引力」として解釈し、「調性」という概念を形式化しているのである 9。音楽の全体構造が初期値と厳密な規則によって一意的に決定されるという点は、偶然性や即興性を排除し、極めて厳密な論理に基づいた音楽創造を追求していることを示す。これは、現代音楽における「構造」への徹底的な探求の一形態であり、同時にその厳密なシステムの中に新たな「調性」の感覚を見出そうとする三輪の独創的な試みである。

作品分析:「虹機械」に見る「新調性主義」の具現化

三輪眞弘の「新調性主義」を具現化した最も重要な作品群の一つが「虹機械」シリーズであり、特に《虹機械第2番「七つの照射」》(2008年)は、このコンセプトの下で作曲された第2作として位置づけられる 9。この作品はピアノソロのための単旋律曲であり、変ホ短調の「調性」を持つとされているが、これは従来の調性概念とは異なる、アルゴリズムによって形式化された「新調性」である 9

「虹機械」のアルゴリズムは、「五度サークル上の音の移動の仕方を規定する」ものであり、数学的な離散力学系を用いて「中心音への引力(調性音楽の力学)」を形式化している 9。具体的な音楽生成のメカニズムは、前述の通り、「16分音符12個が一小節をなし、この一小節のそれぞれの音の高さが決まると、次の一小節が規則から一意的に導かれる(ただし同音が続いた場合発音されない)」という反復によって音楽が生成される 9。この結果、「最初の一小節(初期値)が決まれば自動的に全体が決まる」という、厳密な決定論的構造を持つ。このように、「虹機械」は、「新調性主義」の理論を具体的な音楽作品として具現化した、極めて重要な事例である。五度サークルと離散力学系を結びつけることで、伝統的な調性の感覚を、厳密なアルゴリズムによって再構築するという、三輪の独創的なアプローチが明確に示されている。この作品は、理論と実践が密接に結びついた彼の創作姿勢を象徴している。

三輪は、自身の作品である「虹機械」を「とてつもなく演奏困難な作品」であると認識し、その初演に際してのノートでこの点に言及している 10。この演奏困難性は、単に技術的な挑戦を目的としたものではなく、作曲家としての明確な意図に基づいている。彼は「演奏家はおろか楽器の都合も原則として考慮せずに、とにかくこの現代にしかあり得ない音楽を『作曲』したかったからだ」と述べている 10。さらに、三輪は、もし彼の作品の演奏が不可能であるならば、それは「演奏能力をさらに高めるか、そのために新しい技法や練習メソードを開発するか、楽器を改造するか、さらに扱いやすい新楽器を発明するか、とにかく何か知恵を絞るしかない」という、音楽実践における挑戦と進化の必要性を強調している 10。彼はこの姿勢を「西洋音楽においては、少なくとも100年前まではそうしてきたのだから」という歴史的視点と結びつけている。この「演奏困難性」は、単なる技術的挑戦や作曲家のエゴではなく、西洋音楽の進化の歴史、特に演奏実践の側面に対する三輪の批評的介入である。彼は、現代の演奏家や楽器が過去の慣習や技術的限界に囚われすぎていると見なし、アルゴリズムが提示する新たな音楽的要請に応えることで、音楽の表現領域そのものを拡張しようとしている。これは、人間とテクノロジーの共進化を促す、挑発的かつ先見的な行為であり、音楽の未来における演奏の役割と可能性を問い直すものである。また、三輪の公式ウェブサイトでは「虹機械-擬き」が学習済みモデルによって24時間生成中であるとされており 12、これは彼のアルゴリズムによる音楽生成が、人間による演奏だけでなく、自律的なシステムとして継続的に実践されていることを示唆している。この存在は、アルゴリズムが単なる作曲ツールに留まらず、自律的な音楽生成システムとして機能し、音楽の「作者」の概念すら拡張している可能性を示唆する。

「新調性主義」の現代音楽における意義と影響

音楽の普遍化・規格化への反抗としての位置づけ

三輪眞弘が提唱する「新調性主義」は、単なる音楽理論の革新に留まらない、より深い哲学的・社会的な意義を持つ。彼はこの概念を、「徹底的に普遍化し規格化した現代社会の中で、常に唯一の出来事=音楽=美を成立させるための試みであり、西洋音楽の『伝統』という死亡宣告に対するはっきりとした反抗である」と位置づけている 10。この「反抗」の背景には、三輪の根源的な問いかけがある。彼は自身が特定の神を信じているわけではないとしながらも、「神を必要とする原理みたいなもの」が人間には昔と変わらず存在し、そのような原理を想定せずに作品を作ることはできないと述べている 13。これは、現代社会の普遍化・規格化の潮流の中で失われがちな、人間にとって根源的な「考え方」や「原理」、あるいは「美」の価値を、音楽を通して再構築しようとする彼の強い意図を示唆している 14。三輪の「新調性主義」は、単なる音楽理論の革新に留まらず、現代社会が直面する普遍化・規格化の潮流に対する芸術的・哲学的抵抗運動としての側面を強く持つ。彼は、テクノロジー(アルゴリズム)を用いることで、逆説的に、失われつつある「唯一性」や「美」の価値、そして人間にとって根源的な「原理」を音楽の中に再発見しようと試みている。これは、現代アートが社会や哲学と深く結びつき、時代精神を反映する一例である。

三輪の音楽観において、「音楽」と「儀式」はほぼ等価であると見なされている 13。音楽は音響現象に特化しているが、その本質においては儀式であるという彼の見解は、彼の作品が単なる美的体験を超えた、より根源的な人間活動に根ざしていることを示唆する。彼の作品、例えば「虹機械」では、演奏家を「楽器という物体の特性をを知り尽くし磨き上げられた運動能力を駆使して定められた音を"発音"する高性能で普遍的な『マシン』」と捉え、楽器の都合を原則として考慮せずに「この現代にしかあり得ない音楽」を作曲しようとする 10。また、「逆シミュレーション音楽」においては、「解釈」は奏法の指示として示され、実現される音響を直接的に指定しない。これにより、実現される音響の具体的な実現に関して大きな自由度を可能にしている 11。これは、演奏家が単なる楽譜の再現者ではなく、アルゴリズムによって生成された「規則」を解釈し、音響として具現化する共同創造者としての役割を担うことを意味する。さらに、三輪は、離散力学系が実装される「媒体の性質」が、時間の「感覚」や「意識」、ひいては「音楽」を生み出すプロセスにおいて決定的であると主張する 11。彼は、媒体が異なれば生じる「クオリア」(感覚質)が異なり、例えばシリコンチップで同じ離散力学系を実装しても、それが人間の聴く「音楽」になることはないだろうと述べている 11。これは「逆シミュレーション音楽」における「解釈」の相に深く関わる。三輪は、アルゴリズムによる厳密な規則性と、人間の演奏による具体的な音響現象、そしてその音響が引き起こす主観的な「クオリア」との間に、新たな、かつ複雑な関係性を構築しようとしている。これは、現代における「音楽とは何か」「演奏とは何か」という根源的な問いを、テクノロジーと哲学の融合によって深く掘り下げていることを示唆する。彼の音楽は、単なる聴覚体験を超え、存在論的な「儀式」としての音楽の可能性を探求し、デジタル時代における音楽の身体性や物質性の重要性を再認識させるものである。

今後の展望と音楽学への示唆

三輪眞弘の「新調性主義」は、アルゴリズミック・コンポジションと離散力学系という最先端の科学的アプローチを駆使し、従来の調性概念を数学的に再形式化することで、現代音楽における新たな地平を切り開いている。彼の試みは、音楽の「生成」と「解釈」の関係性、作曲家と演奏家の役割の再定義、そしてテクノロジーと人間の共創という、現代音楽学が直面する重要な問いに対する具体的な応答を提示している。特に、「媒体の性質とクオリア」に関する彼の考察 11 は、デジタル化が進む音楽環境において、音響の物理的・感覚的側面、そしてそれが人間の知覚に与える影響を深く考察する上で不可欠な視点を提供する。これは、音楽学が単なる音響分析や構造分析に留まらず、認知科学や現象学といった隣接分野との連携を深めることの重要性を示唆している。また、彼の作品が「現代にしかあり得ない音楽」を追求し、演奏家に新たな挑戦を促す姿勢は、音楽実践の未来を形作る可能性を秘めている 10。彼の作品は、演奏家がアルゴリズムによって与えられた厳密な規則をどのように「解釈」し、いかにして「クオリア」を伴う音楽的体験へと昇華させるかという、新たな演奏論の課題を提示している。三輪の多面的なアプローチは、音楽学に対し、伝統的な分析手法だけでなく、計算論的思考、メディア論、哲学、さらには認知科学といった多角的なアプローチを統合して音楽現象を考察することの重要性を示唆する。これは、音楽学が単なる歴史記述や形式分析に留まらず、現代の技術と社会状況に応じた新たな研究領域を開拓する契機となる。三輪の作品と理論は、音楽が単なる芸術形式ではなく、科学、哲学、そして社会と深く結びついた、生きた探求の場であることを示している。

結論

三輪眞弘の「新調性主義」は、単なる調性の再興や過去の模倣ではなく、20世紀以降の調性概念の危機に対する、アルゴリズムと数学的原理に基づいた極めて独創的かつ体系的な解決策である。この概念は、「中心音への引力」を離散力学系のアトラクタとして形式化し、12平均律の協和音程原理を内包したアルゴリズムによって音楽を生成するという、厳密かつ革新的な手法を特徴とする。それは、徹底的に普遍化し規格化された現代社会の中で「常に唯一の出来事=音楽=美を成立させる」ことを追求し、西洋音楽の「伝統」に対する批評的な反抗を表明する、深い哲学的意図を伴っている。

「虹機械」のような具体的な作品は、この理論が具現化されたものであり、その「とてつもない演奏困難性」は、人間とテクノロジー、そして音楽の本質に対する三輪の問いかけを象徴している。演奏家を「高性能なマシン」と見なしつつも、人間の身体性や媒体の性質が音楽の「クオリア」に決定的な影響を与えるという彼の洞察は、デジタル時代における音楽のあり方を深く考察する上で不可欠な視点を提供する。

「新調性主義」は、現代音楽の多様な潮流の中で、音楽の生成、演奏、そして知覚のあり方を根源的に問い直し、音楽学に計算論的思考、メディア論、哲学、認知科学といった多角的なアプローチを統合することの重要性を示唆する、極めて重要な貢献である。三輪眞弘のこの試みは、音楽が単なる芸術形式に留まらず、科学、哲学、そして現代社会の課題と深く結びついた、生きた探求の場であることを示している。