2011年6月30日木曜日

「いま中部電力芸術宣言について考える」。またもや遅れて、別の場所で、別々に、だが、にもかかわらず、共に

「いま中部電力芸術宣言について考える」
東京藝術大学芸術情報センター:芸術情報特論A
2011/6/16(木) 5限(16:20~17:50) 東京芸術大学 美術学部中央棟第一講義室

(…)いつもの通り、前提から。私はこの特別講義をリアルタイムに聴講することができなかった。勿論偶々ではなく、営業時間中・勤務時間中であったから、 余程の僥倖に恵まれない限りは断念せざるを得ないのだ。だが幸いにして特別講義はライブストリーミングで公開されているだけでなく、アーカイブされた 映像をストリーミングによって別の場所で、後から、別の場所での視聴が可能である。勿論のこと、電力の供給を前提として。決して空想裡ではなく現実に、 もし電力の供給がなければ私は講義の内容を知ることができない。このことには、講義の題目が「いま中部電力芸術宣言について考える」なのであってみれば、 一度立ち止まって確認するだけの重みがあるだろう。

「いま、考える」と題されたその時、そこではなく、またもや既に遅れて。別の場所で(しかも一回に、一箇所でではなく、何度かに分けて、異なる場所で) 私は講義の記録を視聴した。そして更に遅れて、ここで今、その感想を書きとめておこうとしている。私は「だが、にもかかわらず、共に」と追加されたタイトルを 設定し、何度と無く、これまでも、恐らくはこれからも、「だが、にもかかわらず、共に」の部分を削除すべきではないかという疑念やら削除したいという欲求やらに 囚われてきたし、囚われ続けるだろう。一体何の権利を持って「だが、にもかかわらず、共に」などと言い得るのだろう。それを許諾する権利など実は私は 持っていないことを知っている。聴講者の質疑応答に先立ち、講義の終盤のほとんどをそのコメントで占めた主催者たる東京藝術大学芸術情報センターの センター長(ただしご自分では、この企画には関与していないと発言されていたが)、大学院映像研究科長・教授、メディアアーティストの藤幡正樹さんが 「敬愛する友人」である三輪さんの話の「わかりにくさ」を補うという主旨で為された発言の一節、その時、その場で三輪さんの前で、そしてアーカイブされた 映像記録のストリーミングによる再生が可能にする数限りない反復の中でその都度繰り返して発言された「共闘してきた」という主張とは異なって、私の場合に ついては「共に」を事実問題としても権利問題としても正当化する如何なる立場にもなく、その能力も欠いていることを認めよう。

またもや順序が逆になるが、講義の最後の質疑応答(それは聴講者が筆記した質問を回収して三輪さんに渡し、三輪さんがそれを紹介しながら 回答していくという形式で進められたのだが)において「中部電力芸術宣言」に対する反響の大きさについての質問に対して、三輪さんは、数人の知人からの 個人的な反応以外には(芸術選奨文部科学大臣賞受賞にちなんだメディアの紹介はあったとのことだが)ほとんど反響がなかったと回答をしていたが、 私はその皆無に等しい反響の一つを構成していたに過ぎない。しかもひどく遅れて、全く別の展望からの感想を記し、公開したに過ぎない。それは如何なる 意味でも客観的には「共に」ではありえないと診断されるであろう。

(ちなみに聴講者の質問の一つは、反響の大きさを知る基準として「中部電力芸術宣言」のWebページの アクセス数を問うていたが、三輪さんはそもそも測定していないのでわからないと回答していた。 私はといえば、自分が公開しているWebページのアクセス数は把握しているが、それでわかることは、誰かが読んでいるらしい、 全くのノーマンズランドではないらしいということくらいである。アクセス解析の技術はロングテールの先の先向けではなく、 統計的にある程度の有意性のある分析が出来る程度のスケールのマスマーケティングをまずは想定しているから、分析結果から何かを引き出すのは 「ほとんど反響がない」場合には無理な話である。(ただし、ネットワークがロングテールの先の先の存在を許容するばかりではなく、もしかしたらそうした ロングテールの先の先が最大の受益者かも知れないという点には留意されていいだろう。)ブログのコメント、ツイッターのフォローと、もっと反応を知るのに適した手段を 備えた媒体や装置はあろうが、そうしたコメントやフォローが「中部電力芸術宣言」に対する応答のための媒体として適しているかどうかは別の問題であろう。 あるいはまたSNSのような媒体なら相手が見えるかも知れないが、その代わり、SNSは原則として不透明で、その外にいる人間はその中の様子を知ることができない。 国境があり、異邦人はsans papierでは排除されるしかない。SNSによって選別と排除の論理がそのままネットワークの空間上で実現されているのである。 無論このこと自体は単なる事実の確認で、価値論的は判断を含むわけではないが、それにしてもこうした差異にお構い無しに単純にreal/virtuelを 対立的に捉えたところで、デリダの「新しいインターナショナル」のような様態について語ることが果たしてできるのだろうか。この点は一見したところ、括弧を閉じれば 忘れ去られる脱線に見えるかも知れないが、後ほど報告するように藤幡さんが的確に最初に提起した「宣言」のトポスの問題、あるいは「美術館」「コンサートホール」 「図書館」といったメディア、制度、トポスの問題と無関係ではない筈である。)

だが、私はさしあたりはこの文章の題名を変えるつもりはない。私は「共に」が私の狭隘な主観の思い込み、否、それ以前の「かくあって欲しい」という当てのない 期待、事実上も権利上も許容されない、だがそれなしでは生きていくことができないものであること(ここでカント的な「理念」を思い浮かべていただいても 構わない)を認め、だからタイトルが行為遂行的なものである(「宣言」がそうであるように、と私は呟く)ことを、「共に」がこの文章の前提となる 事実ではなく、そうであることを願いつつ文章が書かれ公開されるものである(またもや「宣言」がそうであることの「応答」として、と私は呟く) ことを認めよう。

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視聴する人は、冒頭いきなり、開講にあたってのセンターの助教である城一裕さんによる三輪さんの紹介において「中部電力芸術宣言」が繰り返し 「中部電力宣言」と呼ばれ、しかも恰もそれが伝染するかのように、三輪さん自身、少なくとも一度はその「言い間違い」、「芸術」の言い落としに 巻き込まれるのを聴いて驚くかも知れない。 いや、それともリアルタイムのその時、その場では気にせずに聞き流されてしまうのだろうか。あるいはライブストリーミングでの視聴においてすら。 だが、私自身は後からストリーミングにより視聴して、ひどく驚いて、もう一度当該箇所を「反復」して確認してしまった。(ところでこのような 事後的に、それが私の聞き違えでないことを確認したこと、それを可能にした録画アーカイブの反復可能性は留意するに値しないだろうか。 ライブストリーミングの同時性が、同じものの反復がアーカイブされた画像のストリーミングによる再生によって原理的には何度でも可能であることによって 無効にされ、破壊される点とともに。) 勿論、リアルタイムで本人が気付けば「前言撤回」「言い直し」(私はレヴィナスが「全体性と無限」等で取り上げていることを意識して書いている)の 可能性もあっただろうが、実際には気付かれずか、気付かれても敢えて訂正の必要が感じられなかったのか、言い直しは為されなかった。(ちなみに、後から編集により 「修正」したものに置き換えること、従って厳密に同じものの反復ではない「再生」により事後的にそうした過誤を抹消することも技術的には可能であろうが、 少なくともここで言及している「言い落とし」についてはそのままである。)

ここで「言い間違い」「言い落とし」についての精神分析的な解釈を試みようとは私自身は思わないが、よりによって「芸術」を専門分野とする大学で、 講義名にも「芸術」が含まれている環境でそうした「言い落とし」が起きたことを何かの兆候として解釈することに意義を見出す人もいるであろうから、 そのことをとにかく事実としてここに記録しておこう。それと関係あるかどうかもまたその能力のある方の分析に委ねるとして、三輪さんが講義の中で 「美学的」なことが問題なのではなく、あえて言えば「倫理的」なことが今や問題なのだと述べたことも併せて指摘しておこう。 例えばの話、主催者・招聘者側の紹介においては「芸術」は自明であったから言い落とされたのかも知れないし、逆に三輪さんの場合には、 一般的に「芸術」に纏わる様々な主題系ではないものを取り上げようとしていたからこそなのかも知れないではないか。 (こう書いておきつつ、だが私はこのいずれの可能性も個人的には信じていないこともまた、念のために付け加えておこう。)

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([2011/7/1,2付け欄外注記]私は文章を公開してから再度推敲する習慣を持っている。勿論事前にもするのだが、どういう心理的機制によってか 公開したものを読まないと発見できない誤りが多く、ある時期以降腹をくくって、公開後の推敲をいわば「標準化されたプロセス」として 受容することにしたのだ。ところで今回、私は「東京藝術大学芸術情報センター」という固有名を「東京藝術大学芸術センター」と誤記していた ことに気付いた。規則的に何度も、というのはここでは「コピー&ペースト」というデジタルな編集方法に起因するのだが、少なくとも最初の 一度は「言い違い」をしたことになる。私は自分で苦笑し、ここにユーモアを、あるいはある種のアイロニーを認めざるを得ない。何たることか、 今度はソフトウェア技術者、情報処理技術者による「情報」の「言い落とし」である。私は思わず自己分析をしたい誘惑に駆られたが、その 結果はここには書かないで置こう。だがその一方で私はこうして修正の痕跡を残しつつ、「言い落とし」を訂正し抹消することにする。 更にもう何点か、確認のために「東京藝術大学芸術情報センター」のWebページを参照して気付いたことを書き付けておく。

1.「東京藝術大学芸術情報センター」の英語名は、 Tokyo University of the Arts - Art Media Centerであるらしい(センターのWebページはそう「宣言」している)。するとここでは「情報」の 訳語がMediaなのである。(いやそれは翻訳ではないし、そういう逐語的な対応づけは単なる揚げ足取りであり、そういう「子供じみた」議論は 無視してしまおうという人がいるかも知れないので断っておくが、私はあえて、故意にそれをやっている。しかも必要なら、それが必ずしも 曲解ではなく、実は「翻訳」の問題、わけても「固有名詞」の翻訳の問題とはまさにこうした問題なのだということを論証してみせることもできるだろうが、 今はその余裕がない。)少なくとも私の専門領域では、「情報」はMediaの訳語ではありえない。(翻訳の向きをあえて変えて書いていることにも 注意されたい。)ところで、では一体、私の上記の「言い落とし」はどちらを対象にしていたのだろう。少なくともここにもまた、後述の 「東京藝術大学芸術情報センター長」である藤幡さんが提起した「翻訳」の問題があるというわけだ。藤幡さんはここでも件の翻訳について 「私は関与していない」と言うだろうか。更には「翻訳」の元の言語と先の言語の差異ではない、寧ろ複数の翻訳の、「芸術」分野と 「情報」分野の翻訳の間の差異、つまることろ先の言語における複数性、「言語の違い」があるのではなかろうか。「芸術村」の国境があり、そこには 門番がいて、Sans papierでは立ち入ることができない。そもそも門番が従うプロトコルを別の村の住人、異邦人、別の言語を話す私は知らない。 Sans papierは手続き未済の謂ではない。そうではなくて、手続きの仕方を知らず、手続きがそもそもできないこと、より根源的な「異邦性」であり、 ムラの論理における「違法性」ではないだろうか。「芸術センター」ならぬ「芸術情報センター」でありながら、もしかしたらそこでは「情報」が シボレートであり、Mediaと翻訳できなければ立ち入ることができない、、、

2.再び「芸術」の、だが今度は翻訳ではなく、表面上は日本語内の表記の問題。 「東京藝術大学芸術情報センター」には「藝術」と「芸術」が、異体字による差異が含まれている。ここで「藝術」と「芸術」は同じものなのか、 異なるのか。いずれも固有名詞であることに注意しよう。つまりここでは「芸術」大学という制度の歴史と、そこでの「芸術」の自己認識の 変容の問題が兆候的に現れているのかも知れないのだ。更に、「芸術情報センター」の「芸術」は、「宣言」のタイトルというもう一つの、 だが、ここでは一人の部外者、しかしなお他の大学の教授であり、従って「芸術」と「大学」の2つの制度において同業者である(ことが含意され、 暗黙裡に「表明」され「宣言」されていると私には読みとれる)「三輪 眞弘 先生」の「中部電力芸術宣言」における「芸術」と、同じ表記であるが ゆえに同一なのだろうか。あるいはより一般に「メディアアート(Media Art)」の「アート」と「芸術」はどうだろうか。あるいは更に「音響」ならぬ「音楽」を投げ込んだら どうだろう。人はそこに「バベルの塔」を見出すかも知れない、と私は呟く。呟きはだがここでは独語でありながら常に他者に宛てられて、こうしてネットワークの海に 投げ込まれる。誰かが別の岸辺で拾い上げてくれることを期待しながら。)

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講義の内容は、「中部電力芸術宣言」と「文部科学大臣賞をいただくにあたって」という2つの文章を三輪さんが読み上げ、補足していくいわば「本論」の部分の前に、 序論的な、だが講義題目である「いま中部電力芸術宣言について考える」に「私(=三輪さん)が」という主語を補った場合の「遂行」としては寧ろそここそが 本論であろうパートがあり、本論部分の後に既に述べた三輪さんの「共闘者」を自負する藤幡教授・センター長による補足とも質疑ともつかぬパートが続き、 最後に回収された聴講者の質疑に対する三輪さんの応答があって終了といった構成であった。ストリーミングによって何度でも視聴できる以上、 細部について紹介するのは不要だし、もし必要ならばそれは主催者側の「権利」でもあろうし、いつものように時間の制約に迫られていることもあるので、 詳細な紹介はせずに、ここでは特に印象に残った部分についてだけ、簡単に書き留めておくことにする。

従って、ここに記載する内容はそれが一見三輪さんの 発言の引用に見えるところでも、基本的にはそうではなくてあくまでも私が聴いたこと、受け止めたことであるという認識に立つのが正当であろう。 そしてまた、これも毎度のことだが、私には三輪さんの発言の持つ射程を「芸術家」、音楽家ないしメディアアーティストの立場、美学者、 メディア理論家の立場で理解し、あるいは批判し、展開させることもできない。 そうしたことは三輪さんの「知人」(当然、藤幡さんや城さんも含む)の、そうした資格を備えた方々の「権利」でもあろうから、ここに記すのは主観的な感想、 アートやメディアに関する理論上、如何なる意義も主張しない単なる感想であることを確認しておこう。 「共に」を願いつつ、だがそれが到達不可能であるという自覚の上で、価値の上でほとんど無に等しい、それこそ文章が公開されたという事実性以外の価値を 認めることができないようなものであるという点を改めて強調しておきたい。免罪符はと言えば、三輪さんの講演の中で、専門分化による「究極主義」と 三輪さんが呼ぶようなあり方に対して、「子供でもわかること」に気付くこと、専門領域でないことについて、だがおかしいと感じたことをおかしいと発言することに 意義を見出していた点に求められるだろうか。であってみれば、通りすがりのソフトウェア技術者のこうした感想が何某かの寄与を為しうる可能性に賭けるほかない。 さもなくば沈黙あるのみ、である。

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そういうわけで、印象に残ったのは「本論」部分よりも、序論にあたる部分であった。三輪さんの論旨はいつもそうであるようにここでも非常に明快で 「子供にもわかる」、私のような「国境外」の「異邦人」、身分証明なし(sans papier)に勝手に潜り込んだ聴き手にとってもわかりやすいものであったので、 特に「中部電力芸術宣言」と「文部科学大臣賞をいただくにあたって」の内容とは直接関係のない部分で印象に残った部分に限り、 簡潔にまとめてしまうことにする。(既に触れたとおり、藤幡さんは全く逆の評価に基づき三輪さんの発言の「補足」に踏み切ったのだが、皮肉なことに私にとっては そうした藤幡さんのコメントの方が何倍も難解であり、その論理の展開を追うことに困難を覚えたくらいである。だから実は三輪さんの講演内容は、 「国境外」の「異邦人」、身分証明なし(sans papier)に勝手に潜り込んだ聴き手、非専門家、「子供」に等しい私のような存在にとって「こそ」わかりやすく、 かえって専門家には理解しがたいものであったのかも知れない。)

A.3月11日以降の芸術家の課題は、最早「美学」の領域には属さないという発言。その代わり求められるのは、「子供にもわかることに気付く」ことであること。 これには非常に驚いた。会場がどよめいたようには見えなかったのが不思議に思われるほどに。表面的には芸術作品の創作とは「別の」、例えば今回 主題化された「宣言」のような水準に専ら関係しているように思われるかも知れないが、実はそうではないだろう。三輪さんも補足するとおり、 ここでの主旨はいわゆる「芸術至上主義」の問題視であり、「美学」への自閉が疑問に付されているのであって、だから全く「美学」を、「芸術」を 否定しているわけではない。寧ろ「美学」はその語源が示すとおり、ある媒体を基底に生み出される「効果」にフォーカスが当り勝ちであるのに対し、 もともと三輪さんは「音楽」をより広範な活動の総体として捉えてきた。例えば「逆シミュレーション音楽」の定義にそれは最も端的に、集約されて 現れている。そうした背景を踏まえればこの発言は決して唐突なものではないが、きちんとそうした整合性を追跡する作業は、単に確認の目的のみ になるとはいえ、別途必要になるだろう。

B.Aの前提として、3月11日以降の状況下では芸術家は「役立たず」であるという認識を持つべきだということ。その上で役に立たないなりに、あるいは役に立たないから こそ芸術にしかできないことがあるというのがAの主張に繋がっていく。三輪さんは、恐らく他の「芸術家」がそうすることを否定はしないだろうが、自分自身が 例えば被災地に行って明るい音楽で被災された方々を慰めたり、あるいは亡くなった方を慰霊し、鎮魂する作品を作曲することには違和感を抱いている。 ちなみにこの発言は、現実の時系列ではこの講義の3日後の「舞楽 算命楽」日本初演のコンサートにおける三輪さんの姿勢と一貫していることを 確認しておきたい。

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大急ぎで、後半のコメントの部分について。とはいえ聴講者の質疑については、三輪さんの従来よりの活動について知っている人が あまりいなかったようで、ここであえてコメントしたいと感じたものはなかった。寧ろ私にとっては三輪さんの活動を知っている聴講者がそんなにも少ないことに 驚きを禁じえなかった程である。恐らく聴講者の専攻の違いがあって、三輪さんはそこではまずは「音楽家」であり、異分野の人なのかも知れないし (だとしたらここではあろうことか、「芸術情報センター」の「芸術」ないし「アート」と「音楽」の(無)関係が問題になっているのだということを注記しておく)、 科学技術同様、細分化された今日の芸術活動では、外部から想像する以上に各領域の内部が豊かになっていて、それゆえ離れた領域の活動を ウォッチするような状況ではないのかも知れない。あるいは自分の創作活動に沈潜して、他人の活動など気にしている余裕がないのかも知れない。 とにかく私にはわからない理由によって、私のような芸術村の外部の人間の方が、それを理解しているかについてはおくとしても、知識としては三輪さんの 活動を詳しく知っているというパラドキシカルな状況は率直に言って意外であった。

実のところ、「いま中部電力芸術宣言について考える」という題目の 考えるの主語は当然「私(=三輪さん)」だろうという予断を私は持っていて、「今」というダイクシスの時間の経過による指示対象の変化を踏まえた 話を聴けるものと頭から信じ込んでいたのだが、実際にはそうではなく「いま中部電力芸術宣言について考える」の主語は実は聴講者を含む「われわれ」 (三輪さん自身を含むかどうかについての議論はあるだろうが、それは擱くとして、私のように遅れて、別の場所で「幽霊」的に聴講した人間も そこに含まれるのは間違いないだろう)であったのではないかと再考を強いられることになった。つまりここでも三輪さんの意図は(フォルマント兄弟の 「お化け屋敷」がそうであったように)極めて啓蒙的で、そうしたことを考えていないであろう聴き手への呼びかけ、誘いであったのかも知れないのだ、ということに 不覚にも気付いたのは、上述したような三輪さんの活動への聴き手の無関心を認識してからであった。

従って、(またもや順序が逆になるが)それに先行する藤幡さんのコメントにどうしても印象が集中することになる。だがこちらはこちらで、 恐らくは即興で為されたに違いないスピーチであり、しかもエジソン晩年の亡霊との通信の研究(私にはウィリアム・ジェームズの方が馴染みが深いが)への言及から始まって、 device/apparatusの訳語としての「装置」の曖昧さなどを例とした翻訳の、あるいは翻訳しないことの問題、電力については統制的・中央集権的な供給体制にこそ問題が あるのであって、電力についても自給自足になるべきだといった主張がされるかと思えば、「コンサートホール」「美術館」についてのコメント、 それと対比的に提示された「図書館」の問題と、非常に多岐のテーマに次々と飛び移っていくため、個人的には途中にある論理的飛躍(と私には 見えるもの)を埋めることができなかったたりしたこともあり、ニュアンスも正確に掴み切れているとは思えない。個々のテーマは興味深いものだが、 ほぼ条件反射的な感想しか書けないのが残念だが、それでも幾つかの点については触れておきたい。

その前に一点。実は藤幡さんが真っ先に指摘し、三輪さんに問いかけたのは、そもそもなぜ「宣言」なのか、そうしたスタイルを選択したのかという質問、 更にそれに関連して「宣言に含まれるユーモア」の問題、三輪さん自身が「宣言」の初期のバージョンにはより多く存在し、だが、坂本龍一さんなどの 意見を聞いて修正している裡になくなっていったと語ったユーモアの要素についてだった。藤幡さんも指摘している通り、三輪さんは「本論」のコメントの中で、 3月11日震災前には笑いが取れただろうが、最早笑い事ではなくなってしまった箇所についても宣言していた程であり、従ってユーモアの退却の過程に 無自覚であったとは考えられないが、そこから導き出される帰結については結局触れられず仕舞いであった。

私個人の印象としても、ユーモアの側面は三輪さんの 活動のかなりの範囲に渉って確認することができると感じているし、しかもそれは三輪さんの活動にとって決して瑣末な側面ではないと感じてきた(私は 「洪水」誌に寄稿した論考でも、三輪さんの作品におけるユーモアについて触れている)だけに、時間的な制約もあったではあろうが、 この点についての議論が充分になされなかったのは残念であった。例えばユーモアは例えば「逆シミュレーション音楽」では 必須であり、それ以外の三輪さんの作品にもかなりの割合で見られるカバーストーリーの存在と密接に関係しており、それが芸術の「仮象性」、 不正確で些か乱暴な言い換えをすれば「役に立たないこと」に本質的な形で関わっているであろうが故に、単なるレトリック、表現上の文彩のレベルの 指摘に留まらずに、「宣言」の内容に、今回の講義においては、「本論」に先立つ「序論」部分での三輪さんの発言に関連付けた検討が為される 必要があるだろう。

その意味で、続く藤幡さんの「宣言」のようなテキストと「音楽作品」の関係についての問い(ただしそれは一部は「逆シミュレーション音楽」に対する 誤解を含むものであったが)もまた確認する意義のあるポイントであったと思うし、「カバーストーリー」の持つ機能と「宣言」のそれとはまず少なくとも 一旦ははっきり区別されるべきであること、つまり「カバーストーリー」は「逆シミュレーション音楽」の必須の構成要素、その一部だから、それもまた 「音楽」の構成要素である(これは考えてみれば、極めて大胆な基底、驚くべき規定ではなかろうか)のであって、寧ろ「音楽作品」の「芸術」としての 「仮象性」を担保する機構であるのに対し、「宣言」は「逆シミュレーション音楽」の構成要素ではないという点にも、それが寧ろ近年のフォルマント 兄弟の活動に関連することの確認にも異論はない。従ってどちらかといえば「パースペクティブ」や「厄除け札」の側に「宣言」は近接することになろう。 ただし、実際には個別の事情は単純化を許さない。「厄除け札」は「お化け屋敷」という「作品でないもの」の、だが一部ではあろうし、 「パースペクティブ」は「宣言」とは異なり、「フレディの墓/インターナショナル」という対応物を持っている。 (実は私は「フレディの墓/インターナショナル」についての感想において、あえて「パースペクティブ」を「由来」と呼び、上記のような区別を踏み越えた ことがある。だがそこにに私は「ユーモア」を、イロニーを、あるいは批判的な毒をも含めたつもりであった。寧ろ、上記のような区別が仮定されているにも 関わらず、「パースペクティブ」の内容が含み持つ様々な側面が、わけても「ソーカル事件」を思い起こさせるような、まるで出来の悪いカルチュラル・スタディーの 論文のような似非哲学的、擬似理論的な装いが、そうした区別を破壊し、意図してか意図せずしてか「カバーストーリー」の側に倒れこんでしまっているのでは、 いずれにしてもそこにユーモアが生じているのでは、という疑念を呈したのであった。それは「お化け屋敷」の「厄除け札」についても同様で、 それに対して「宣言」については、そうした疑念を抱くことなく、三輪さんの意図する区別の通りに受け止めらるように私には感じられたのであった。)

続く藤幡さんの問題提起、「メディア」の問題をもっと掘り下げて扱うべきであるという指摘もまた、正鵠を射ているように感じられるとともに、 三輪さんの発言、それが「宣言」の範囲を超えてしまうというコメントも納得がいくものであり、私としては三輪さんにというよりは「フォルマント兄弟」に、 藤幡さんが浮かび上がらせた来るべき「論考」を期待したいと思いはするものの(違った文脈で、しかもそこでは寧ろ専ら「理論」に関する「専門家」であるはずの 「フォルマント弟」に対して私はそれを再度求めたばかりであるし)、更にメディアについて、しかもスティグレールの研究で知られる東京大学の情報学環との 過去のジョイントプロジェクトに言及しつつ「亡霊」について言及されたことから、私はその後の議論の展開を期待した。

だが実際には、メディアについての議論は藤幡さんが「亡霊」を呼び出した途端に、まるで憑き物が憑いたかのように変調を来たし、 以下のような指摘の連鎖、論理的にはアクロバットにしか感じられない「離れ業」が続く。私は論理の飛躍についていけず、発言の意図や 含意も把握できずに途方に暮れてしまう。これは非常に強い既視感を伴う光景であると思って反芻してみるに、メディアアート系の対談の類で割合と 高い確率で遭遇しているのだということに気付く。もしかしたら私には秘められた「論理」があって、講義の当日にその場にいた人、「メディアアート」のムラの 住人には簡単にわかることなのかも知れないという懸念は常に(強迫のように)私に憑いているが、今回の打ち合わせでそれが一層強化されたように感じる。 或る種のシボレート(その意味合いについてはデリダを経由しつつ受け取っていただいて構わない)なのだろうか。少なくとも「子供にもわかること」では なさそうに感じたが、もしかしたら「子供にわかる」ことが私にはわからないのかも知れない。だが、それをここで反芻しても仕方ないので、以下には 感じた疑問を単純に並べるだけにする。

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1.亡霊、だがここではただちに「エジソンの亡霊」の問題。事実関係は擱くとして、いわゆる一般的な本物(?)の亡霊と、複製芸術におけるアウラの消滅や 事後性(フロイト的な意味合いで)の文脈での「亡霊」概念、非常に単純化して言えば「再生」されたものは「幽霊」でしかあり得ないといった主張における 「亡霊」「幽霊」(だからこれは本来は別の事態を指し示すための言い換えとまずは見做すべきなのだ)とを単純に結びつけ、 エジソンの晩年の活動を「象徴的な例」と見做すのは、議論の余地はないのだろうか。そこには不当ではないにしても慎重であるべき踏み越えが、あるいは ここでは転倒がないと言い切れるだろうか。心霊写真、聖骸布、そして今度は亡霊との通信。象徴でも喩でも結構だが、私にとって興味深いのは、 何故、メディアアーティストやらメディア理論家やらが、文化的・歴史的背景の違いを易々と乗り越えて、ほぼ1世紀前の欧米の、 進化論(ダーウィン)と唯物論(マルクス)と無意識(フロイト)の脅威に晒され、神の死を 宣言され(ニーチェ)て既存の宗教的権威に最早頼ることができなくなった人々がその時、その場で向かった途を、違う時、違う場所である、今、 ここで「象徴」視するのかの方である。それは基本的な問題が変化していないから、つまり違う時、違う場所にいるという認識に過誤が潜んでいる ということなのだろうか。(「子供」は単純に、それに異議を唱えるのではなかろうか。)「昔むかし」という「枠」すらなしの、メディア論の文脈で繰り返される 「物語」、メディア論の研究者に、メディアアーティストにまさに憑いているかのような亡霊の物語は、一体何を背後に秘めているのだろうか。

2.その一方で、輸入された外来語をそのまま翻訳せずに使うことに起因する誤解や、翻訳という変換過程で異なる概念やモノが混同され、区別がなくなる ことに起因する誤解について、藤幡さんは非常に敏感である。一方でdevice/apparatus, instrument/tool, utility/applicationの3つの例示 (ここでそれぞれの当否、対立そのものの是非についての判断は行わない)によってこれらの区別の認識にまつわる問題が例示され、 他方でカタカナで表記される外来語に対する理解の限界についての言及があり、更には後述のように、その敏感さは「図書館」の「輸入」における「誤解」、 文化的誤訳にすら及ぶのだ。 だが私見では上述の「亡霊」「幽霊」の方も、控えめに言っても同程度には翻訳の問題、文化的な背景の違いの問題を抱えている筈である。にも関わらず この感度の差異は一体何に由来するのだろう。その一方で、そうした誤解が問題であることを一旦認めるにせよ、その上でそうした状況への対処については どう考えられているのかは結局明確に示されなかったので、そもそもそうした問題提起の意図は何なのかについても理解できないままとなった。 要するにそうした問題はメディアアートや音楽のみの問題もないし、「芸術」一般に限定されるのですらなく、非常に一般的な問題であって、だからここでは そうした理解の限界が「芸術」においてはどういう影響を生じているのか、あるいは「芸術」においてそれにどう対処しうるのかといった点もまた、杳として 知れないままに終わってしまったのである。そう、何たることか、ここでもまた「芸術」の言い落としが生じているという感覚を免れるのは非常に難しい。

3.「美術館」「コンサートホール」によって美術ないし音楽が「守られている」というのは間違いであるといったニュアンスの発言について。まず、それが 間違いであるかどうかはおくとして、そうした通念がどこで蔓延しているのか、それによってどのような(恐らくはネガティブな)影響が出ているのかといった 前提の部分が私には共有できていないので、それらが「なくなってもいい」と「なくなっても不思議ではない」を同一視しているのか、区別されているのか、 もっと言えば後者はどういうニュアンスで論じられているのかもわからなかった。そもそも三輪さんが「コンサートホール」を引き合いに出したのは、 仮にアコースティックで電気を使っていない作品の演奏であっても、それが「コンサートホール」という場でリアライズされる以上、 電力に依存していること、コンサートホールへの交通アクセスがそもそも電力に依存していることから伺えるように、 表面的ないし局所的な「電力」への絶縁は、何ら本質的な解決になっていないということであった筈である。仮に「メディアアート」は最早 既成の「美術館」のような「装置」なり「制度」を必要としていない、だから津波で流されてしまっても、地震で破壊されても困らないという意味だとしたならば (例えばフランス語ならここは条件法で、スペイン語なら接続法で書くところであるが、日本語ではそれができずに、 ややもすると「誤解」を生じかねないのは遺憾である)、それはそれで結構だが、せめて三輪さんの「中部電力芸術宣言」の文脈に立ち返って、 「美術館」に代わる、ただし「電力非依存」のプレゼンテーションの場が、わけても「メディアアート」についてどのように可能なのか、 具体的に示していただきたいように感じる。否、もっと端的に、「電力非依存」の「メディアアート」が如何にして可能か、場合によっては定義をずらしたり、 変更したりするのは結構だが、その場合には(自作も含めて)従来、メディアアートと呼ばれてきた作品はどうなるのかの説明がなければ不誠実と いうことになるであろう。

4.「美術館」や「コンサートホール」と対比するように「図書館」の方がより大きな問題であるという主張がなされ、図書館が、ここでもまた外来の 制度であって、無理解なまま取り込まれた結果、その意義のすり替えが生じ、結果として「ハリーポッターが50冊も架蔵される」「貸本屋」のような 状況になっているといった現状への批判的な認識が語られる。図書館の「本来的な」「真正な」存在意義に ついての議論の当否そのものはおくとして、一体そのことが例えば直接に「中部電力芸術宣言」に、あるいは間接的に(最初にそう自ら宣言されたように) 三輪さんの活動の紹介に繋がるのかがやはりよくわからなかった。仮にこちらは逆に「中部電力芸術宣言」の文脈との関連は問わないことにしても、 3月11日以降の状況下で物流が麻痺し、書店に届いた雑誌や書籍をまわし読みするような状況が一時的であれ生じたり、公的・私的を問わず、 「貸本屋」すら維持が覚束無い状況が場所によっては継続しているこの時期に、一体どのような意図での発言なのか私には全く 理解できない。実のところ「図書館」のあるべき姿についての主張そのものについては、恐らく私個人としては同意できる点も見出せるのではないかと思うが (念のため繰り返すが、「電力非依存」の方をここでは括弧に入れる前提で)これまで図書館に求められていた機能は、電子アーカイブ等による代替によって その一部をより一層本来の意図に叶った形態で実現できる可能性があるのではないか。個人的に私は「ハリー・ポッター」を読んだことはないし、読む気もないが、 それが必要とされているのであれば、その需要を充たす機能を果たすものがあって何故いけないのか、どういう価値に基づいてか、それを否定し、奪い取る 権利を「芸術家」が有するのか、説明をしていただきたいと感じずにはいられなかった。(藤幡さんはコメントの開始にあたり震災や原子力災害といった ような事態に直面した芸術家はしばしば極端な発言をしがちだが、三輪さんの発言の内容は聴講者にとって共有できるものではないかといったことを 述べたが、私には逆に、藤幡さんのコメントの特に後半部分、つまり「亡霊」が召喚されて以降のそれに、ごく素朴に、些か子供じみた反応だとは 思いつつも、芸術家ならではの極論を感じずにはいられなかった。)

念のため繰り返すが、極めて即興的に行われた印象を持つ藤幡さんのコメントについてこうした疑問を述べることの妥当性、そこにあまりにも論理的な 整合性を要求することの正当性については私は確信が持てないでいる。だがその一方で、これらのコメントは三輪さんの講演内容を補足する意図で 為されている筈(藤幡さん本人がそう「宣言」している)であるのだから、その「宣言」の遂行の首尾について抱いた上記のような疑問を書き留めることは 不当とはいえないだろうと思う。そしてこれらの一連の疑問には、一般には私の側の不勉強とされるであろう文脈、知識の欠如、とりわけ藤幡さんの 活動に対する情報の欠落に起因するものもあるだろう。論理の飛躍を感じられたものも、文脈がありさえすれば容易に補完できるものでありえよう。 藤幡さんの言う「共闘」の結果の成否についても、勿論私は判断の留保をせざるをえない。

(もっとも、藤幡さんとの接点が、この講演のコメントの 1点に限定されるわけではないことはここで断っておくべきだろう。私は3月11日に先立って「フォルマント兄弟の”お化け屋敷”」を訪問したときに、ふとした 偶然で藤幡さんの「モレルのパノラマ」に接する機会があったのだが、思い起こせばそこでも、「エジソンの亡霊」と同様のパースペクティブのずれや、 論理のアクロバティックな流れ、そしてやはり「翻訳」にまつわる違和感(ただしそこでは、何故作者が「モレルの発明」を日本語の「翻訳」で読むのか という点に関する素朴な違和感だったのだが)を感じたのだった。だからわずかに2点で接しているのみとはいいながら、実は印象は一貫しているようにも 思われるのだが。)

*   *   *

「子供でもわかることに気付くこと」。それは芸術家のみに課せられているのだろうか。それは「ムラ」の外にいる私にも課せられているのではなかろうか。 この講義は、リアルタイムのそれも一般に公開されていたし、ライブストリーミング、アーカイブのストリーミングによる再生についても 「デジタルデバイド」の問題を除けば、誰でも利用し、視聴できる。だからこそこうして外部の人間である私が視聴した感想をまとめることが可能なのだ。 私はこの点に関して、 東京藝術大学芸術情報センター(従って、その長である藤幡さんに対して)、およびこの講義の企画をされた先生方、配信を実現するために尽力された方々に 対して率直に感謝の意を表したい。藤幡さんは「エジソンの亡霊」に関連して、電力供給の中央集権化の弊害と、それへの対策として自家発電による 分散を主張されていたが、是非、東京藝術大学芸術情報センターにおける自家発電の実現を期待したい。勿論、 芸大のサーバーやネットワークが落ちないだけでネットワーク配信体制の維持ができるわけではないが、芸大を起点とする自家発電のネットワーク化の 実現の意義は非常に大きいと思われる。

三輪さんの宣言もまた、知人たちのネットワーク、例えばSNSの空間内で公開されたのではなく、やはり誰でもアクセス可能な(ただし、 電力の供給と一定のメディアリテラシーが前提であることを、くどくても確認しておこう)場に公開されている。私のような芸術家ならぬ部外者は お呼びではないのかも知れない。改めて「共に」と語る権利はないのかも知れない。だが事実として三輪さんの宣言は私に届き、 私はそれにこうして繰り返して、改めて返答する。三輪さんに宛てて秘密裡ではなく、返答をこのように公開することによって 宣言の行為遂行性に応えるべく。「子供でもわかることに気付くこと」が自分にはひどく困難であろうこと、その意味でも改めて応答の困難さを認識しつつ。

その代わりといっては何だが、「共同体」になくてはならない複数性に思いを致しつつ、もう一度、「いま中部電力芸術宣言について考える」のは「誰」だろう。 それは決して単数ではない。まず「宣言」が他者に対する呼びかけであり、「お友達」の多少に関わらず、否、事実上不在であろうが、「宣言」は予め他者に宛てられている。 そうした差し向けの行為について考える人は、この場合の差し向けた当人である「私(=三輪さん)」(だがそれは厳密に同じといいうるだろうか?)だけでもなければ、 ネットワークの海の対岸に辿りついたその「宣言」を受け取ったこの私(だが、こちらも単数ではない。「宣言」の差し向けは、常に複数の「他者」に対してのもので しかあり得ない)だけでもなく、勿論のこと、二者だけでもない。閉じた送受信の、コミュニケーションの回路が形成する「われわれ」の閉鎖性を、「宣言」の構造は 許容しない。常に少しずつ、それぞれがそれぞれに遅れて、別の場所で、それでもなお「共に」あることを願って。或る閉じた「われわれ」のためのだけではなく、 先行した者の、遅れてくる者のためにも、なおかつ、その都度違った「われわれ」によって、繰り返し、繰り返し(…) (2011.6.30未定稿のまま暫定公開, 7.1,2誤記訂正・欄外注記加筆, 7.4誤記訂正・加筆)

2011年6月26日日曜日

「舞楽 算命楽」日本初演を聴いて

聲明付「舞楽 算命楽」 日独交流150周年<創造する伝統>委嘱作品(日本初演)
雅楽:東京楽所
舞人 <東の舞人> 笠井 聖秀 <西の舞人> 小原 完基
鞨鼓 松井 北斗
太鼓 高多 祥司
鉦鼓 金澤 裕比子
笙 野津 輝男 中村 容子
篳篥 山田 文彦 四條 丞慈
笛 片山 寛美 植原 宏樹
声明:真言宗法響会・天台聲明音律研究会

2011年6月19日:東京オペラシティー コンサートホール

(…)ここでもまた、日付の跨ぎ越しが起きていることに気付かざるを得ない。3月11日という日付の前にドイツで「算命楽」が初演されたという情報を耳にし、 日本初演が6月19日であることを私は知っており、その初演に立ち会うつもりでいたし、その旨を明確に周囲に表明していた。3月11日の後、「算命楽」の 初演を含むコンサートもまた「自粛」の対象になりえただろうし、実際にそのような検討は行われたようだ。勿論、それを「自粛」と呼ぶのは不正確であるにせよ、 聴き手の側である私もまた、そうした問いをすることもありえただろう。否、実際に何度と無く逡巡し、反芻したには違いないのだが、実のところふとした巡り合せで コンサートの日に他のことを優先させるということは常にあり得ることで、必ずしもそうした全てを日付を跨いだことに帰するのは、 それはそれで不正確で不誠実なことだろう。 例えば当日、激しい頭痛に見舞われて音楽を聴くどころではないという理由だってありうるのだ。 途中で聴き続けることを断念し、コンサートホールを後にすることも、また。

あるいは更にまた、プログラムに含まれる「作品そのもの」(だがそれは、どこから始まり、どこで終わるのだろう。とりわけても、雅楽の場合には、、、) とは一見外的に見えるかも知れないことが理由になることも。例えば当日入場の際に受け取った公演の冊子には、もともと予めそうであったはずの 「日独交流150周年<創造する伝統>ドイツ国ツアー凱旋東京公演」という添え書きに加えて「東日本大震災 追悼公演」と明記されている。 これを事前に知っていたら、それはコンサートへの参加にどう作用しただろう。更に第2部の「舞楽法会」と題された上演の最後に 「読経 般若心経 東日本大震災 哀悼をご唱和頂ければ幸いです。」という言葉を、更に冊子に挟み込まれたこれもまた「東日本大震災 慰霊」と添え書きされ、 日付と場所とコンサートのタイトル「雅楽の未来 奇跡の聲明」が記された般若心経を含むコピーを不意打ちされるようにその場で受け取り、 発見するのではなく、そのように予告されていたとしたらどうだろう。

他のコンサートにおける演奏家のキャンセル、それに伴うコンサート自体の中止や演目変更が頻繁に起きる最中で、これらは些細なことかも知れない。 否、文脈に応じてコンサートの意図を調整し、それを聴き手に向かって表明することは、敬意を表すべきこと、賞賛されるべき行為でこそあれ、 批難は勿論のこと、いかなる留保の対象にはなりえないのではないのか。

確かにそうなのだろう。恐らくは。

だが、しかし。にもかかわらず、後ほど、遠回りの後に改めて言及するように、私は留保ををしたいと感じているのだ。それが些事拘泥であるとしても。 例えば私がなぜメシアンを「実演」で聴くことを繰り返し、常に断念し続けてきたか、今後も「録楽」としては聴きながら、 恐らくは「実演」を拒絶し続けるかの理由、 逆に何故三輪さんの音楽に限っては例外的に「実演」で聴くことに拘るのか、それを少なくとも「逆シミュレーション音楽」以降の三輪さんが創作者として 意図していることへの応答という点を擱いたとしても(しかし多分、全く無関係ではないと考えている理由によって)なおそれに拘るのかの理由、更には 色々な事情で回数を絞ることを余儀なくされつつ、私が香川靖嗣さんの能の実演に立会い、三輪さんの作品の実演に立ち会うことを止めない、 否、止められない理由は、結局のところ他の人にとっては些事に過ぎない、つまらない理由によるのではないかと感じているし、それを 偏狭と見做され、その結果としての視界狭窄や展望の一面性を指弾されても仕方ないと思っている。しかし私は例えば批評をするためにそうしているのではなく、 単に生きていくためにそうしている(つまり私は批評をすることで生きているのではない、というように受け取っていただいても構わない)のだから、私としては どうしようもないことなのだ。

「算命楽」そのものではないそうした様々な要因が「算命楽」を取り囲み、文脈を形成する。否、「黄鐘調音取」、「越天楽残楽三返」、「西王楽 破」に 先行され、休憩を挟んで「舞楽法会」に後続されるプログラム構成にしても同様であり、私の場合に限れば、クラシック音楽のコンサート、 現代音楽のコンサートの多くを、そのプログラム構成ゆえ拒否したり、断念したりを繰り返しているのであれば、ここでもそうした可能性が原理的にはあるのだろう。 色々な音楽に接するという「啓蒙的な意図」によるプログラム構成、だがどれが「マージナル」なのか、どれが「目当て」なのかはコンサートホールを訪れる 個々の人それぞれだろう。このコンサートの場合には雅楽の聴き手(その一部は演奏者の知人であったり、演奏者に雅楽を習っていたりするかも知れない)、 声明の聴き手(その一部は演者の知り合いかも知れない)、現代音楽の聴き手(こちらは木戸さんや三輪さんの知人や学生、木戸さんの国立劇場以来の試みの同伴者や 三輪さんの音楽の聴き手であり、私は最後に分類されることになるのだろう)が混在し、だがこうしたケースの常でそれらは多くの場合相互に交わることはない。

そして例えばそういう立ち位置の私の雅楽への接し方は以下のようになる。ガムランに比べれば雅楽については遥かに多くの文脈を私は偶然にして持っていて、 だが実演に接したことは未だない。あるいはまた現代雅楽についての文脈、例えば武満の「秋庭歌一具」は知っているし、細川やシュトックハウゼンの試み (新作雅楽として委嘱された点を除けばほとんど共通性のないこの2つを並列にしたことに何らかの意図や予断を読み取っていただいて構わない、 この2つ以外に言及しないことも含めて)を知っている。西欧における雅楽の受容の一部、例えばラッヘンマンの「マッチ売りの少女」のことや、 メシアンの「七つの俳諧」のこと(やはり共通性が希薄なこの2つを並列にしたことにも何らかの意図や予断を読み取っていただいて構わない、 やはり同様に、この2つ以外に言及しないことを含めて)を知っている、等々。こうしたこともまた、今回の「算命楽」の日本初演に立ち会う背景として 書きとめておくべきだろうか。

*   *   *

「算命楽」は、それでは三輪さんの創作の文脈において、どうなのか。三輪さんの作品の常で(「フォルマント兄弟」の作品ではそうでないことに留意しよう) カバーストーリーを備え、アルゴリズム・コンポジションであり、規則に従って描かれる軌道を持つ力学系であるそれ、だが「音楽」としての実現においては その系列を間違えることなく踏破する訓練を積んだ人間を必要とし、結果的にほぼ「逆シミュレーション音楽」の要件を充たしているそれ、しかもここではある 伝統、ただし「新調性主義」とは異なって非西欧のそれではあるが、伝統の下に高度な技能を備えた演奏者を目がけて書かれたその「作品」は三輪さんの近年の 創作の集大成として捉えることができるだろう。三輪さんには木戸さんの復元楽器を用いた作品が存在し、その多くは木戸さんの企画するコンサート・シリーズの 委嘱作だが、その中には「逆シミュレーション音楽」の傑作、箜篌のための「蝉の法」が含まれる。この作品は西陽子さんという優れた奏者による素晴らしい リアリゼーションにより、西欧音楽の文脈における後の「新調性主義」を予告するような作品だが、箜篌は正倉院に保存されていた古代楽器であり、 恐らくは雅楽にも用いられたらしいことを思えば、三輪さんが雅楽を作曲することには意外感は全くない。

ほぼ類似の構造(ここでいう構造は当然のことながら、結果として生成される音響のそれに限定されず、「音楽」という行為総体のそれのことであるが)を 備えた作品として、例えばガムランのための「愛の賛歌」を思い浮かべる人もいるだろう。いずれも声と身体(舞)と器楽合奏というメディアの複合である点も 共通しているかに見えるかも知れないが、類似はそこ迄だ。まず「愛の讃歌」はカバーストーリーを持たない。(これは決して三輪さんにおける「音楽」にとって 外的ではない。カバーストーリーはデリダ風に言えば「パレルゴン」のようなものなのだ、と言えば端的な説明になるだろうか。)更に言えば、 「愛の賛歌」でいわば「外付け」であったのが舞であったのに対し、ここでは声、即ち声明が「外付け」である点が異なるし、それ以上に規定となる アルゴリズムが雅楽のみならず舞の所作をも規定する点に注意する必要があるだろう。つまりここでは「音」と「所作」の間に支配・従属関係もないし、 どちらかが権利上先行するわけでもなく、同じアルゴリズムの2つの実現なのだ。 一方でそれに対して声明は、歌における「歌詞」に相当する言葉ともども、「算命楽」の外に置かれている。勿論「声明」の入りは時間的に 厳密に制御されているのだが、それでもそれはあくまでも「付加」されているのだ。

西欧音楽の伝統においてはまず「音楽外」と見做され、従って「作品そのもの」の価値を問題にするという自己了解を持つ西欧的な評価の観点からは 敢えて無視されるであろうカバーストーリーは、だが三輪さんの「音楽」の「仮象性」を担保する装置であって、「…という夢をみた」という枠が音楽の儀礼性を 境界付け、無効を宣言しつつ、同時にアウラを保つことを可能にするために必須のものなのだが、「算命楽」においてはそうした「仮象性」は例えば舞人の 持つレインスティックのような棒によっても補強されている。レインスティックを中南米の楽器であると見做せば、舞楽に対しては異質な要素ということになるが、 似た楽器は例えばインドネシア等にもあるようだし、そもそも今でこそ日本の伝統音楽であり、式楽である雅楽も、中国・朝鮮半島や東南アジアから 流入した要素が混淆したハイブリッドな存在であることに思いを致せば、「算命楽」こそ「極東の架空の島」の式楽に相応しいということになるだろう。

レインスティックは雨乞いの、従って豊饒の祈願と結びつくようだが、ここで用いられているアルゴリズムがフィボナッチ数列を用いているのは、フィボナッチ数列が 自然界における様々な事象の時間的発展のパターンの背後に見出すことができることを思えば極めて「自然」なことである。その一方で アルゴリズミック・コンポジションに纏わる、いつ始まり、いつ終わるのかといった問題に対してこれまでも三輪さんは、例えば 「新しい時代 布教放送」において権利上、永遠に続くこと(ただし電力が供給される限り、という制限を三輪さんがつけていたことを思い起こそう。それはまさに 「中部電力芸術宣言」と照応する。ここでは主題的には扱えないが、それは3月11日以後の音楽にとって本質的な問題であるし、それが「儀礼性」や「超越性」の 契機とこのように交差することは恐らく偶然ではないのだということを、大急ぎで付け加えておこう)により問題を消去して解決するような、 単なる技巧に留まらない本質的な対応をしてきているが、今回のケースは上記のフィボナッチ数列をベースとした演算により得られる系列が偶々60段で 1周期をなすことから、その1周期分を作品の持続と定義することで作品を終わらせる合理的で自然な方法を得るとともに、四季の巡りのような円環的な時間を 示唆することによって、作品の数理的な構造に儀礼性を埋め込むことに成功していたと思う。だがこれも、そもそもが雅楽の伝統においては調性と季節が対応し、 一部楽器の移調上の制約を逆手にとって、同じ作品名の下に季節によって異なる旋律を持つ作品が演奏されたりといったことが行われ、 季節が一巡りすれば同じ音楽が、同じ風景が戻ってくるのであって、ここでは作品はいわば円環的な時間の一部分であることを考えれば、完全に異質な発想とは思えない。

(ちなみに「管絃音義」によると黄鐘調は南の方角・赤・夏・火、それに対して例えば盤渉調は北の方角・黒色(紫)・冬・水で あるという。するとここでは三輪さんが「369」の一連の作品で取り上げたシネステジア(共感覚)を話題にすることができるだろう。私は弱いながらも 色と音の共感覚を持っていて、西欧音楽では調性と音の結びつきは比較的明確に感じとれる。黄鐘調の雅楽の響きはどうであったか、それが他の調との コントラストでどうなのかはわからないが、明色系(朱やオレンジに近い)の、温度は高く、でも湿度が低い風の流れが自分の頭の中を吹き抜けるような 印象を覚えたことは記録しておきたい。それはコンサートホールの実際の明るさ、空調により制御され、肌に感じられる温度とは別であり、しかも血のめぐりの ようなものに直接影響する。例えばの話、そうした調子に浸ることで、頭痛がふと和らいだりということすら起きるのだ。更にもう一点付け加えると、 西欧風に言えば「献堂式」にはコンサートホールを焼き払う火を招きよせることを避けてば黄鐘調は避けられ、盤渉調が用いられるいうのを、 これは能楽の囃子の文脈でだが聞いたことがある。(雷の能「賀茂」の替の合狂言、田植えの狂言である「御田」の前に奏でられた盤渉楽の色合いと 温度感の印象を書き留めたことを思い出す。)ここでは逆に、地震と津波による被災を思えば、 季節による選択の結果とはいえ黄鐘調は如何にも相応しい。ところで、原子力災害に対しては、一体どの調性が相応しいのだろうか。 そしてこうしたことどもを背景に三輪さんの「新調性主義」をもう一度考えてみても良いだろう。ちなみに「算命楽」には 鮮明な共感覚を感じることはなかったが、これが作品における数と音の対応のさせ方と関係があるのか、それとも偶然なのかは現在私が持っている情報では 判断できない。しかしながら、それが西欧の伝統のそれであれ、あるいはメシアンのそれのような個人的でありながらシステマティックな拡張であれ、 全く異なる伝統に属する雅楽のそれであれ、こうしたことを話題にできるためには、「音楽」が作曲者の主観的な感情なり感性の表現、「心から心へ」の、 ある「コミュニケーションモデル」のそれではない、形式・システムを備えた一連の「行為遂行」であることが要件となることに注意しよう。)

三輪さんが選択したアルゴリズムがもたらす時間発展の構造は、段のようなユニットが規則に従って変容しながら継起し、円環的に巡回して反復する、 それゆえ始まりもなく終りもない(どこを起点にとってもいい)ものだが、これは西欧(とはいえ古典派以降限定だが)のソナタ形式のように対比するユニットを 建築的に組み上げて弁証法的なプロセスを実現したり、大きなパネルのようなユニットをコントラストに留意しながら併置するような構造とは全く異質であり、 だから芥川作曲賞を受賞した管弦楽曲はラヴェルのそれに目配せしつつ「ボレロ」を僭称したものだったが、ここでは少なくとも巨視的には遥かに違和感無く 雅楽の持つ時間的な構造に馴染むように感じられた。

例えばソナタ形式の音楽がそうであるような別の場所に向かう旅ではなく、線的で終末論的な時間ではなく、何度でも反復されうる円環的な時間の把握の 伝統が、ここではまさに継続が反復であるアルゴリズムによって事後的に再構成されているのである。 恐らくは客席の多くを占めていたであろう、普段から雅楽か声明かのいずれかを聴くことに馴染んでいる方々にとって、そして何より演者にとって「算命楽」が どの程度「変」であったり「不自然」であったりするのかについてはガムランとは異なって雅楽については多少の文脈があるとはいうものの、私自身には 判断することができないが、様々な点で明らかに異質でありながら、あたかも過去、既に伝承が途絶え残ってはいないが、どこかに似たようなヴァリアントが あったかも知れないという感じを与える程度の自然さを私は感じずにはいられなかった。繰り返し演奏されることで「伝統」として定着しうるような「接木」に 成功しているという印象を受けたのである。繰り返しになるが、伝統的な「雅楽」そのものが少なくとも日本においては輸入品であり、「接木」の産物であることを 改めて確認せずにはいられない。

思えば雅楽においては、西欧の音楽なら作品の外にあるチューニングが「音取(ねとり)」として作品の中に取り込まれ (能なら開曲前のお調べがそれにあたるだろうか)、あるいは参入音声(まいりおんじょう)・退出音声(まかでおんじょう)のように、まさに儀礼の枠そのものを 音楽が担うこともあり、作品の境界のあり方がゆらいでいる。こうした「音楽」の「制度」の中に「逆シミュレーション音楽」という「制度」を置き、あるいはその一部を なすカバーストーリーを置いてみれば、三輪さんの試みは、一見したところ全く異質な発想に基づくものに見えながら、実際には見たより遥かに自然なものであり、 寧ろ相違は三輪さんの試みが極めて(現象学的な意味合いで、ただし現象学の対象としてではなく、主体としての意識、但し構成され、それ自体還元の 対象となる「私」ではない、現象学的還元の主体であるところの意識という意味で)意識的、(カント的な意味合いで)批判的に行われているという点に存するのである。

*   *   *

だが、初演に立ち会った総体的な印象ということになれば、私は躊躇なく、能なら「翁」を連想させるような儀礼性を非常に強く感じたことをまず挙げるだろう。 「翁」は能にあらずと言われ、非常に儀礼性が強い。実際に接すればすぐわかるが、それは作品というより豊饒を祈念する儀式に近く、演者に求められるのは 「間違えずに最後までやること」が第一であるようだ。とはいえ優れた演者による「翁」の持つ効果はまさに呪術的と呼ぶに相応しい、どんな能とも異なった独特で 非常に強い身体への働きかけを持つことを私は身をもって経験している。「算命楽」の日本初演に接して、私はこの作品が繰り返して上演されることによって 「翁」と同じような力を備えた作品となる可能性を垣間見たように感じたのである。初演にも関わらず、新作であるにも関わらず、あるいは「前人未踏」の試み であるにも関わらず感じられる「既視感」「既聴感」、一度目でなく既に何度目かの繰り返しである(実際、演者にとってはそうだったのだが)という感じ。或るはまた、 開始と終了にあたり、コンサートホールに相応しく(あるいはそれが雅楽鑑賞の「ルール」なのかも知れないが)拍手が起きたが、拍手は不要であるといった感じ。 (私は原則として能の上演では決して拍手はしない。勿論「翁」で拍手は論外である。)それはこれが端的に「奉納」であるという印象を受けたということなのだろう。 「奉納」を行うというのは、世界認識の構造を抽象化・象徴化して提示する(ただし聴衆に対してではない)こと、「奉納」に立ち会うというのは、そうして提示された 認識の様態を肯定的・同調的に(ホワイトヘッド的な意味合いで)「感受」することであり、そこには一般的な意味での個人の感情表現の介入する余地はない。 「超越性」というのはそうした条件下で可能になるのだ。

近年活発な「フォルマント兄弟」の活動においては、メディアの持つ「幽霊性」を取り扱うことが意図されながら、その実現については私個人としては違和感を 抱き続けてきた。今回、三輪さんの単独作である「算命楽」の演奏に接して感じたのは、「儀礼性」や「超越性」(もっともこの2つを「や」で結ぶことの妥当性に ついては慎重な検討が必要だろうが)が欠如しているが故に「フォルマント兄弟」の作品では「幽霊」が取り扱えないのでは、ということであった。 実は「フレディの墓/インターナショナル」についての感想において私は既にこの点について触れているのだが、それを改めて裏側から確認したようなものである。 あたかも三輪さんの作品が、あるいはその作品を支え、「逆シミュレーション音楽」の定義のようなかたちで定着された「音楽」についての豊饒なパースペクティブが それ自身、「フォルマント兄弟」の作品が今のところ抱えてしまっているかに見える限界を浮かび上がらせ、批判しているような感覚に囚われてしまうのである。

自動音声合成装置は過去ではなく、未来の「復元楽器」のようなもので、その奏法や、それが用いられる伝統は端的に今は存在していないのだ。 にも関わらず、その活動はあまりに安易に(まるで「雅楽」を利用して単純に「現代音楽」を作曲するように)「現在」(と呼ばれる、だが実は時間論的には 「過去化」の結果に過ぎない「存在」)に自閉しているのではなかろうか。それは「幽霊」を予め厄払いしているから、心霊写真や聖骸布のようなものとの 比較が可能になるのではないか。これもまた既に述べたことだが、幽霊を怪談に回収するプロセスを「お化け屋敷」によってなぞってしまうことで 「幽霊性」の括弧入れを(意図せずしてか、確信犯的にか)強化してしまっているのではないか。

あるいはまた、例えば呪文のような「翁」の詞を聴き取り、「意味」を理解しようとするだろうか。音声記号を表示したり、歌詞を表示したりして 「意味が判別できる音声合成」たろうとすることはどうなのか。人工音声合成技術に基づく模倣により「事後性」を仮構することに汲々とするのではなく、 せめて「音楽」の持つ「行為遂行性」について留意すべきではないのか(「Neo 都々逸」の成功の理由の少なくとも一つは恐らくそこにあるのだ)という疑問も浮かぶ。 例えば「翁」の謡の人工的な実現はより容易なのか。私は以前、「フレディーの墓」に関して「音」と「音楽」との間を問題にしたが、更に加えて「意味」と 「音」と「音楽」との間を問題にすべきなのだろう。だがこうした問題もまた、こうしたコンサートの感想とは別に、きちんと扱わねばなるまい。

勿論ここでは「幽霊」の意味が違う、そこでは「事後性」による仮構が問題なのだという反論がすぐに起きるだろうが、本当に「意味が違う」のだろうか。 それが単なるフェイク、出来の悪い贋作以上のものであるためには、「事後性」の仮構のみでは不十分では、あるいはもっと言えば、「音楽」において 「事後性」の仮構が成功するには、単なる「コピー」とは異なった何かが必要なのではないのか。フォルマント兄弟のうち一人は公的な助成プロジェクトにおいて、 自ら「音楽家兼メディアアーティスト兼メディア理論研究者」と規定しているわけだから、せめて、通りがかりの半可通のソフトウェア技術者にこうした疑問を 抱かせない程度の「理論」を提示して頂きたいものである。勿論、今が3月11日という日付を過ぎ越した後であることを踏まえて。

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かくしてこの問題はもう一度最初の問題に、3月11日以降の問題に戻って行く。最初にこのコンサートの枠付けについて、冊子に追記がなされ、 あるいは作品の一部に改変が行なわれたことについて触れたが、実は三輪さんの作品について言えば、3月11日以後、追悼や慰霊を目的とし、 意図された追加や改変がなされているようには感じられなかった。それは最初に演奏された管弦、即ち「黄鐘調音取」「越天楽残楽三返」「西王楽 破」 についても言えることかも知れないが、震災から程なくして拝見した能「朝長」がそうであったように、ここでは表面的には何も変えずに同じことを繰り返すこと (ちなみにここでの「同じ」は、季節によって調子を「変える」という雅楽のしきたりに従うことも含んでいる)が「追悼」や「慰霊」となりうる、 ということを感じずにはいられなかった。

勿論このことはどんな作品にでも無条件に生じるわけではない。ここでは寧ろアドルノがかつて「アウシュビッツの後で詩作は可能か」と 問いをたてたこと、それに対してパウル・ツェランが実際の詩作自体によってそれが可能であることを示したことを想起しつつ、「3月11日の後で」は と問うべきなのかも知れない。震災後に音楽が必要かといった類の問いは、音楽が「儀礼性」を喪い、「超越」への契機を持たずに「娯楽」として 「消費」されているといった了解を前提としているということはないだろうか。創作と演奏と聴取の分離に抗すべく、集団作曲や集団演奏、 聴衆の参加を求める試みも数多く為されてきたが、聴取はそうまでしなくてはならないほど頽落し、毀損されてしまっているのだろうか。 そこには音楽についてのある予断が、例えばそれをメッセージの伝達としてのコミュニケーション過程に類比させて了解することにより、音楽を 矮小化した理解の中に閉じ込めるような暴力が働いているのではなかろうか。そうした予断の下、「音楽=メッセージ」の「内容」について議論され、 「意味」を外から付けなくてはならないかのような強迫が生じているかのようだ。まるで「音楽」の外に、更に祈りがなければ音楽が正当性を 喪ってしまうかのような強迫が。聴衆に参加を強制し、自分が用意したフレーム、それ自体が様々な文化的・宗教的・政治的コンテキストを孕んだ 儀礼にコンサートを予告もなしに変容させ、あるいは聴衆を「作品」に取り込み、服従させる暴力を行使しなければ、慰霊も追悼も不可能であるかの如き強迫が。 そのようにして「作品」の上演を正当化しなくてはいけないのか。それが「3月11日の後」に対する唯一可能な応答なのだろうか。それならばいっそのこと 「コンサート」でなく、端的に「慰霊式」「追悼式」と何故しないのか。コンサートホールでの「凱旋公演」に立ち会うべく、コンサートホールに入場するための チケットの費用は一体何のために用いられたのか。これもまた一種の「エシカル消費」というわけか。

こうしたことに今、ここできちんとした検討を加え、結論を出すだけの時間的余裕も能力も私にはないことを認めざるを得ない。そのかわりに一言だけ、 誤解のないように念のため書いておくが、私は「追悼」「慰霊」という意図に疑問を呈しているわけでもないし、コンサートの場において企画側、 作曲者、演奏者がそうした意図を表明し、聴き手に呼びかけること自体を拒絶しているわけではない。些か乱暴な言い方を敢えてすれば (そうでないとうまく伝わらないことがままあるので)、善意を、良心を感じないわけではないのだし、そもそも私は「3月11日」のことを考えつつ、 このコンサートが「追悼」「慰霊」たりうるだろう「からこそ」、会場に 足を運ぶ判断をしたと言っても過言ではないのだ。少なからぬコンサートにおいて「追悼」「慰霊」のためにプログラム変更が行なわれ、そのための曲が演奏されて いることは頻繁に耳にするが、そうした態度表明同様、企画者や木戸さんの意図は紛うべくもなく、率直に、ここでもそうした態度表明が為されたことに 敬意を表したいと思う。

だがその一方で、だからといってそうした点に一見何も触れなかった三輪さんが、三輪さんの作品がその点においてより劣るという判断をする人がもしいれば、 そうした判断に対して断固として異議を申し立てるだろう。「算命楽」が例えばドイツでどのように評価され、あるいはこのコンサートを経て日本でどのように 評価されているか詳らかにしないが(調べようと思えばできるのだろうが、率直に言えば私には今、それをするだけの時間がない)、私は「算命楽」が 再演され、定着することを強く願わずにはいられない非常に優れた作品であると感じたし、三輪さんのこれまでの作品の中でも際立った鮮烈さを感じる 作品であると思っている。勿論、3月11日以降の文脈で、否、寧ろ、そこでこそ、なお一層。「算命楽」の初演に立ち会うことができたことは、能「朝長」の 上演に立ち会うことが出来たことと並んで、私にとってはかけがえのない経験であった。

もう一つだけ目配せをするならば、三輪さんが「中部電力芸術宣言」を3月13日に公表したこと、このコンサートに先立つ6月16日の東京藝術大学における特別講義に おける三輪さんの発言(これについては別に感想をまとめる予定なので、ここでは詳述を控える。講義の記録はストリーミングで視聴可能なので、直接参照されたい。)、 そして三輪さんには「言葉の影、またはアレルヤ」のような作品があるということを指摘しておきたい。一見したところ三輪さんの作品系列のなかでは、ここでの 文脈に対して接点が少ないと思われるかもしれないし、実際、3月11日より前に書かれた「算命楽」と関連づけようと意図しているわけでもない。 そうではなくて決定的な「出来事」の後で「音楽」が可能か、それはどのようなものでありうるかについての問いかけの記録として、上述のパウル・ツェランの 詩作に相当するものとして、思い浮かんだが故、ここで言及することにしたのである。

ともあれ少なくとも今、この場で私にできることは感じたことをそのまま書き残すことでしかない。私は音楽家でもなければ美学者でもないし、 メディア論研究者でも音楽評論家でもない。美一般、現代音楽一般、メディアアート一般、雅楽一般などについては私の能くするところではないし、 そのことについてどうしようとも思わない。仮に何かを思ったところで時間や能力の制約から、どうすることもできないのはわかりきっている。 私は私なりのやり方でコミットメントをしていくしかないし、間接的ではあるけれど、チケットを購入してコンサートに赴くのみならず、こうした感想を書き付けて 公開するのみならず、もっと別の仕方、私が自分にできる範囲で最善と考える仕方でこのコンサートを囲繞する状況にコミットメントをしたことを申し添えておきたい。

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欄外に。大急ぎで。時間の制約を受けて。

1.もう一度「電力芸術」について。「算命楽」が「電力芸術」なのは、一つには「逆シミュレーション音楽」と同様、創作のプロセスでコンピュータが用いられたということもあるし、 もう一つには、Webでも確認できる3Dアニメーション画像によって振り付けが行われ、舞人に伝達されたということもある。記譜法のシステムや 型付けの伝承のシステムは「音楽」や「舞」の継承の単なる補助ではない。それらが作品がどのように伝承されるかを決めてしまうし、 伝承が途絶えた際にはそれらのシステムが取り扱いうる要素を手がかりに復元するしかなく、事実上、復元されたものを規定してしまう。更に、コンサートという イベントが事実上、電力なしに維持できないことは否定すべくもない。それ自体は電力とは無縁のもので、少なくともかつてはあった筈の雅楽もまた、 現代においてはその拠点を電力を莫大に消費するコンサートホールに置かざるを得ない。勿論そうしたことを批難する意図は全くない。そうではなくて、 一見したところ電力とは無縁に見える伝統もまた、電力にどうしようもなく依存した生活の一部なのだということを再度確認すべきだと感じているに過ぎない。 そうであってみれば寧ろ、「中部電力芸術宣言」こそ「慰霊」に、「追悼」のためのパンフレットに相応しかったのではないかと私には思えてならないのだ。

2.もう一つの「事後性」について。こうして私は1週間遅れて、ようやく演奏に接した感想を文章に定着させようとしている。勿論、私の場合、遅れの原因は準備でも 熟成でもなく、単なる中断、延期だ。ところで1週間後には既に印象の想起でしかあり得ない。(だが厳密には、聴いた直後ですらそう言わざるを 得ないのだろうが。)ところで想起とは再構成に過ぎず、再構成とは事後性に基づく構成に過ぎない。勿論この場合には時間的にも権利的にも 先行する原体験があるように私自身には見える。だがそれは何時始まり、何時終わったのか、ある一定の時間、コンサートホールの座席に座り音楽を聴いているその 間は権利上、稠密にそうであると言い得るのか。それが消費なら、消費は何時終わるのか。それが慰霊なら、慰霊は何時終わるのか。「3月11日以降」が いつ終わるというのだろうか。コンサートホールを出れば「追悼」はおしまいなのか。否、否。そんなことはあり得ない。それは続いている。それは終わらないだろう。 (…)(2011.6.26未定稿のまま公開、30加筆, 7.4誤記修正・加筆)