2016年11月10日木曜日

「赤ずきんちゃん伴奏器」「東の唄」の再演を聴いて

2016年11月6日 アーツ千代田3331 2階体育館
「メディアパフォーマンスとは何か?IAMAS20周年から考える」

三輪眞弘:メゾソプラノとコンピュータ制御による自動ピアノのための「赤ずきんちゃん伴奏器」(1988)
ソプラノ:太田真紀

三輪眞弘:2台のピアノと1人のピアニストのための「東の唄」(1992)
ピアノ:寒川晶子

テクニカル・サポート:松本祐一
音響エンジニア:ウエヤマトモコ
ステージ・マネージャ:後藤天
司会:松井茂



三輪さんの「赤ずきんちゃん伴奏器」「東の唄」の約四半世紀ぶりの再演に立ち会った感想を以下にまとめておく。

近年、三輪さんの初期作品の再演が続いていることについては、今年の2月に再演された 「歌えよそしてパチャママに祈れ」の演奏の感想にも記した通りで、今回の再演により、 CDアルバム「赤ずきんちゃん伴奏器」所収の作品のうち、いわゆる「テープ音楽」で上演の契機を欠く Dithyrambe以外の3作品が総て再演されたことになるし、三輪さんの初期作品群の頂点であることについては 衆目が一致するであろう「東の唄」の再演が、今後も続くらしい一連の再演のプロセスの節目の一つと なるであろうことは間違いない。コンピュータ音楽ならではの機種依存性のために、エミュレーション環境を 用意しなくてはならないといった技術的な困難に加え、自動ピアノ2台と、島唄を流すための スピーカシステムを必要とする作品の上演には高いハードルがあることは容易に想像される。

こうした再演が可能になったのは、文化庁「メディア芸術アーカイブ推進支援事業」の一環として 行われているIAMASの「三輪眞弘メディアパフォーマンス作品の保存・修復・資料化プロジェクト」の 枠組みあってのことらしく、この演奏会も、メディア芸術祭20周年企画展の連携企画として行われた 「メディア・パフォーマンスとは何か?IAMAS20周年から考える」というコンサートとシンポジウムの 2部構成からなるイベントの第1部として行われたものであった。会場は(近年よくあることだが) 神田にある元公立学校の建物をイベントスペースとして活用したアーツ千代田3331の2階の体育館。 周囲の元教室ではメディア芸術祭20周年企画展が行われていて、来場者で賑わっており、 イベントの入場も含めて無料ということもあって、通常のコンサートとは雰囲気を異にしたものであった。

或る種の記念イベントであることを考えれば、メディア芸術の祭典の奉納儀礼の一つとして、 それは三輪さんの作品のコンセプトに相応しくもあり、他方で、コンサートホールやスタジオではない、 元体育館での演奏は、音響的には凡そ理想的とは言い難く、後述のように、演奏を聴取するという観点からは 制約があるものであったが、例えば能楽が奉納の目的で行われる場合を考えれば、それは副次的なもの であると考えるべきなのかも知れない。演奏会場たるホールもメディアの一部には違いなく、 演奏会の文脈もまた、広義では「媒体」の一部を為すものであろうが、イベントのタイトルにある 「メディア・パフォーマンス」の観点から、今回の企画自体がどうであったかについては、 門外漢の私に語る資格はなく、また、時間的な制約から、第2部のシンポジウムを聴くことが叶わず、 会場を後にしたこともあって、以下に記録するのは、あくまでも通常の音楽の聴取の感想であることを 事前にお断りしておきたい。三輪さん以外に日本の電子音楽についての大著のある川崎弘二さん、 芸術学の伊村靖子さんが登壇し、松井茂さんがモデレータをされたシンポジウムがどんな内容であったかは その内容に相応しい別の方が報告してくださることであろう。

(前書きの終わりに個人的な文脈について記しておきたい。「歌えよ、そしてパチャママに祈れ!」の 再演の感想の末尾で、三輪さんの作品の演奏に立ち会うことが、私にとっては「巡礼」のサイクルの一つ、 それを欠けば後でそのことを必ずや惜しむことになるに違いない一つであること、 私個人の聴取の姿勢というのは、それが能楽であろうが、クラシックのコンサートであろうが、 あるいは美術展であろうが、最早対象を問わず、ある種の「巡礼」でしかないこと、 それは聴取に限らず、何某かそこに意義があるとしたら、その意義は、その行為が「巡礼」であることに 帰着するように感じられることを記した。そしてそのコンサートの行われた渋谷のホールのある場所は、 北村透谷にゆかりのある聖ヶ丘教会のすぐ近くで、私個人としては、そちらの「巡礼」ルートの 近傍であることを意識せざるを得なかったことを記した。そのすぐ後の「スポーツ劇」の公演会場は、 若き日の透谷が通訳のアルバイトに通ったかつての外国人居留地で、建物の脇には、 その当時の建物の一部が保存されていたのだが、今回もまた、その「巡礼」の続きとなったことを、 これは専ら個人的な備忘として記録しておくことにする。今度は透谷が後に妻となる美那と再会した場所、 後に透谷の義父となった石坂昌孝の別宅「慶令居」があったとされる本郷龍岡町が比較的近く、 私にとってはいずれも最寄りが千代田線湯島駅ということで、「透谷巡礼」の経路との交錯をまたもや 経験することになった。)

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会場である体育館の時計で開演予定の15時30分を5分ほど過ぎて、イベント全体のモデレータである 松井さんの挨拶があり、各作品の演奏の前には、三輪さんのかなり詳細な作品の説明が行われた。 この点も通常の演奏会とはやや性質を異にする点だったかも知れないが、現代音楽のコンサートでは しばしば見られることでもあり、シンポジウムの基調講演に相当するものと考えれば、寧ろ自然でさえあり、 違和感はない。「赤ずきんちゃん伴奏器」は1988年の作品の再演ということで、 三輪さんが冒頭に触れたのは、その当時のテクノロジカルな環境のことで、ワープロはまだ専用機の時代、 携帯電話は普及する前、Webはまだ存在せず、インターネットがようやく日本の大学で利用され始めた 時期という特徴づけをされていた。個人的には卒業論文をフランス語入力に苦労しながらワープロ 専用機で書き上げ、就職した先ではすぐ隣の部署で、今はIAMASの学長をされている吉田茂樹さんが インターネットの管理をされていた時期であり、当時もまたAIの流行の最中であったことを思い出す。 当時は三輪さんの活動を知るべくもなく、UNIX上で文字認識システムや自然言語処理システムの 開発の末端に連なりながら、あっという間にLPレコードにとって替ったCDで音楽を聴き、 ごく偶に、ある時期には職場のすぐ隣に物理的には存在していたサントリーホールでコンサートを聴く、 といった状況であったことを思い出す。当時の私が具体的に接することができたコンピュータを用いた 音楽は、ほぼクセナキスの試みに限定され、高橋悠治さんが翻訳された「音楽と建築」から刺激を 受けていた私が三輪さんの音楽に出会うのは、丁度、現在までの期間の中間点あたりのこと、 CDで聴いた「赤ずきんちゃん伴奏器」と「東の唄」を通してであった。 音楽、特に現代音楽を専門としている人にとっては事情は異なるだろうが、私のような 普通の市井の音楽の聴き手にとっては「録楽」が、三輪さんの音楽に接する唯一の経路であったし、 作品のみならず、「東の唄」CDに含まれていた自動音声読み上げシステムによる自作品解説は、 やっと自分が漠然とイメージしていた「音楽」を実際に実現しているということを実感させる上で 決定的であり、その活動をそれまで知らなかったことに愕然としたことが思い出される。

ということで、この2曲についてはCDに付された解説もあり、更に「赤ずきんちゃん伴奏器」については 三輪さん自身による詳細な紹介が「コンピュータエイジの音楽理論」に収められてもいるので、 作品自体についての説明は割愛して、上演に立ち会った印象のみを書き留めておくことにしたい。
 
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最初の太田真紀さんの歌唱による「赤ずきんちゃん伴奏器」の実演は、この作品の面白さを十二分に伝える 素晴らしいものであり、再演がこれ一度きりというのが残念なほどであった。 太田さんの表現の幅の広さと歌唱技術は、狭義では音楽的な表現を超えた側面を持つ作品に対して、 余裕を感じさせるほどの自在さで、三輪さんが、いわば苦し紛れに用意した「狂った母親」の 歌い聞かせという枠組みは不要、寧ろ自在に自動ピアノの反応を引き出す魔法使いであるかのような、 圧倒的な独演パフォーマンスであったと思う。実演に接してみると主人公は実は歌手である人間であり、 高度に訓練された人間のプロフェッショナルの歌唱者が、如何に鋭敏に機械の反応に対して フィードバックを行って自分の演奏を組み立てていくが目の前で鮮やかに繰り広げられるのに 圧倒されたというのが率直な印象である。当日は楽譜も展示されており、幸い「赤ずきんちゃん伴奏器」の 方は手にとって確認することができたのだが、何箇所かの歌唱パートの楽譜が付されている以外は 読み上げるべき言葉とインストラクションのみの情報で、細部は演奏者に委ねられている上に、 最初に述べた四半世紀前のコンピュータ上で動いていた作品を現在の環境で動かすという技術的な困難から、 リハーサルの時間も限定されたものであったことが想像できるだけに、寧ろ人間という音楽自動演奏機械の 能力の高さを強烈に印象づけられることになったように感じられる。この作品の本来の価値は、 実演でしか感じ取れないものではないかと思うが、それでもなお、CDに加えて、これまで写真から 想像するしかなかった演奏の映像の記録が残ることは特にこの作品の場合には貴重であり、今回の アーカイブの価値は極めて大きいと思われる。

二曲目の「東の唄」の前にも三輪さんの事前説明があったが、その中でゲネプロでは演奏の終盤で システムが落ちてしまい、自動演奏が止まってしまったという説明があった。その後での演奏では、 まず最後まで落ちずに辿り着けるかが何よりも気になってしまうのは致し方の無いことである。 エミュレーション環境のWindowsへのリソース割当の問題であったらしく(この曲の最後のパートが 「メモリ・オーバーフロウ」と名づけられているのは偶然にしては出来過ぎだが)、設定を変更しての実演は 無事に最後まで辿り着いて何よりであった。こうした反応は、何度も繰り返し演奏されてきた作品の 解釈を享受することに重きが置かれ、超絶技巧を要求する難曲を弾きこなす名人芸にフォーカス されることはあっても、「芸術性」は二の次のような扱いを受けることが多いクラシック音楽の コンサートを基準にとれば、本質的でない部分に気を取られているという判断を下されかねないが、 これを奉納と考えれば、間違いなく最後まで演奏がされることが第一義的となるのは当然のことである。 日本の伝統芸能では「翁」の例が思い浮かぶが、高度に「芸術」化され、演者の解釈が問われる能においても、 「翁」のみは別格で祭礼としての側面を濃厚に遺しており、それ故に演者の注意は、 第一義的には間違いなく、滞りなく上演が為されることにフォーカスされるようであるし、 三輪さん自身の作品でも、後年の「逆シミュレーション」音楽でも、そこでは間違いが 状態遷移のエラーを惹き起こすという構造的な特性もあって、間違いなく演奏されることが重視されることを 思えば、こうした状況は別段異様なこととは言えないだろう。

一方で、「東の唄」の演奏では、会場が体育館であるが故の音響の制約を感じずにはいられなかった。 私が聴いた位置が自動演奏されるピアノの正面であったことや、島唄が再生されるスピーカーの正面でも あったこともあり、2台のピアノとスピーカーからの音響が交錯する音響的な頂点では飽和が起きて、 寒川さんの弾くピアノの音響が埋没しがちな印象を受けたのである。一方で、いわば「遠慮なく」鳴り響く 再生装置の音響や、MIDIシーケンスを自動再生するピアノの音響と、寒川さんが弾くピアノのタッチの 異質性もまた際立ったものと感じられた。(ラッヘンマンならそれは「異なる楽器」であると言うのでは なかろうか。)近年ではピアノの自動再生の技術の進展も著しく、人間のタッチの再生の追求も行われて いるようだが、この作品では寧ろ、差異が際立つことこそが想定されていたのであろうことを思えば、 どれもが全て等しく、スピーカーから再生されてしまう「録楽」ではなく、実演に接することの意味は やはりこの作品においても極めて大きいものと思われる。人間の演奏者が、自分の演奏したフラグメントの 再生も含めた周囲の音響に対して敏感に反応して「音楽」が実現されていく圧倒的なプロセスを経験することの 意義については「赤ずきんちゃん伴奏器」と同様である。

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既述の通り、演奏会が終わった後、休憩を挟んでのシンポジウムは残念ながら聴くことができなかったので、 そこでどのような議論が為されたかは知るべくもないが、まさに「メディア・パフォーマンス」として、 どちらの作品も、実は人間の演奏者の独演である、というのが実演に接した私個人の印象であることは 再度強調しておきたい。顕著なのは、人間が機械に合わせる反応の側面であって、周囲の音響に反応する ということ自体は人間同時のアンサンブルでもそうなのだが、ここでのそれは人間だけのアンサンブルとは 異質なものであることがはっきりと感じ取れるのである。つまり、ここでの機械のリアクションは アンサンブルにおけるリアクションではなく、コミュニケーションは双方向に見えるが、 実は異なる性質の向きの異なるコミュニケーションがあるのであって、それぞれは一方通行なのだ。 これは、AIの初期、つまり今回再演された作品以前に既に、「チューリングテスト」同様の 文字での機械との対話において、人間の側が構成する認知的なフレーム、志向的スタンスにより あたかも機械を人間であるかのように思い為す機制ともどこかで通じていて、それはテクノロジーが 進展した現在では、ロボットやアバターと人間とのコミュニケーションでも起きていることでもあり、 そうした側面を、当時の技術的な制限下で、その制限を逆手に取るように作品のコンセプトとした 先見性は、まさに驚異的なものだと感じられる。勿論それは、CDの演奏記録を通じても感じ取れたし、 だからこそ10年以上に亘って三輪さんの活動を追うことになったのだが、初めて実演に接して改めて、 その凄みのようなものを感じたことを記録しておきたい。

その上で、門外漢であることを前提に敢て言えば、メディア・アートにおける「メディア」という 言葉の肌理の粗さを感じずにはいられない。それはメディア・アート「ではないもの」の側の大きさを 逆説的に示しているように思われる。勿論実際には、メディア・アートではないものにも テクノロジーの浸蝕は進んでおり、そこではメディアは不可視で透明なものとして、気づかれないことも 多いだろう。従って勿論、それを可視化して、主題化することの意義は疑うべくもないが、 もしそれを「定義」とするならば、勿論、例えばスティグレールのように長大なパースペクティブを 持つ例もあるとはいえ、一般にはその射程の短さが気になってしまう。音楽の領域で一例だけ挙げれば、 例えば記譜法のシステムは、音楽的思考と表裏一体の関係にある。白色定量記譜法による音楽を 現在の記譜法に書き直して演奏することを考えて見れば良い。一対一の対応は成立しえず、ムジカ・ フィクタのような側面や小節線を考慮した「翻訳」がそこには入り込むのだが、裏返せば、 当時の人間と同一の認知が可能であり、完全な復元が可能であるというのは虚構に過ぎず、 そもそも音の重なりをどのように聴いていたのかは、推測により構成するより他ないのだ。 だとしたら、今回のように技術的な困難が克服され、エミュレーションによる再現が 可能になったとして、それでは聴く側は四半世紀前と同じように聴いているのだろうかという疑問は残る。

それはメディアについてのラディカルな思考に裏付けられた作品こそが人に突きつける問いではなかろうか。 単に既成のメディアを利用して作品を制作すればメディア・アートであるというような安直なものは論外として、 同じメディアを用いても、それが主題化されなければメディア・アートではないのだろうか? それを主題化した受容をしなければメディア・アートではないのだろうか?メディア・アートの側の 事情は詳らかにしないが、結局、あまりその点には私は関心が持てそうにないのである。 寧ろ、メディア・アート以前から常に行われてきた素材との格闘(そこでは当然、素材は意識化されるが それ自体が主題化され目的と化することは決してない)と、それによって何が実現できたかが 問題ではないのか。メディア・アートの評価基準がそうでないのだとしたら、そしてその結果として、 単に媒体へのコンセプチュアルな問題意識だけで評価されてしまう、実現としては陳腐にしか感じられない もの(そういうものはたくさんあるし、それが評価されていることも知っているし、その事実に違和感と 苛立ちを感じずにはいられないのだが)こそがメディア・アートなのだとしたら、 私にとってそれは疎遠なもの、端的に言って不要なものと言う外ない。 しかもそうした水準に留まるものは、一見したところそれが批判していると思っている当のものに 容易に反転しうる危険を孕んでいることが多い。個人的にはそれは「アート」とは別のものであると 言いたいように感じる。「アート」はそれとは別のものに価値を置いていて、それゆえ、そうした 脆弱さから逃れうるものではないだろうか。

私見では三輪さんの作品にも、そうした危険を孕むものがないではないけれども、少なくともこの2作品は そうではないし、逆シミュレーション音楽以降の近年の作品もそうではないと思う。 2つだけ例を挙げれば、(その音楽が同時代に置かれた状況も含め)オケゲム、パレストリーナや バッハの音楽に通じるもの、そして「東の唄」で幾たびか煌めく、ラヴェルの音楽の持つ或る種の質、 寒川さんのピアノのタッチが捉えている何物かを三輪さんの作品が備えていること、そのことが 作品を「音楽」たらしめているように思うのである。勿論、「メディア・アート」というコンセプトが 重要な意義を持つ文脈が存在することを否定するつもりは全くないが、少なくともここでは、 メディア・パフォーマンスであるかどうかといったことは二義的なものに過ぎないように私には感じられる。 端的に言えば、たとえ保守的と言われようと、私は三輪さんの「音楽」を聴きたいし、 三輪さんの「音楽芸術」に向きあっていたいのであり、それが「メディア・アート」としてどのように 評価されるかは副次的な問題に過ぎないのである。

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今回は個人的に三輪さんの「音楽」を知るきっかけとなった2枚のCDに収められた作品の再演ということで、 一際感慨深いものがあった。こちら側に進歩がないのではという疑念も頭をもたげてくるが、 「覚え書」を書いて三輪さんにコンタクトをした時に「録楽」を通して予感していたものが、 ようやく接することのできた実演においても確認できたことは感慨深い。思えば少し前に、 ペルゴレージの「スターバト・マーテル」の自動音声合成アコーディオンと人間による「重奏」の オルガン伴奏での演奏の際に、「新しい時代」の再演も行われ、これまたCDでの歌唱のみで知っていた さかいれいしうさんの歌唱に接した折、「赤ずきんちゃん伴奏器」の実演も是非聴いてみたいと 三輪さんに伝えたことがあった。まずはそれを実現していただけたことに対して、三輪さんをはじめとする 関係者の方々に感謝しなくてはならないのだが、ファンというのは欲張りなもので、それならば、 という想いが次々と湧いてくるのを抑えることは難しい。

例えば、コンピュータのリアクションを利用した作品にはその後の三輪さんは取り組んでいない。 かつては素材であるテクノロジーに存在した制約を逆用して書かれた作品の方は、四半世紀の時を 経て再演され、それが時代を超えた価値があることが確認された。だがその実現のために、実際には わざわざエミュレーションが行われているのである。それでは現在の技術を用いたらどうなるのか? 室内楽の演奏に自動ピアノが加わるようにさえなりつつある現在のテクノロジーを前提にした場合、 同じ枠組みであったとしても、結果は同じにならず、全く異なる作品となることだろう。 ある意味では、これは時代の制約に基づく産物を期待していることになり、それは三輪さんの活動が、 もっと先に行っていて、アーカイブされて時代を超えて記録されようとしている現在には相応しからぬ 問いなのかも知れない。実際、近年の三輪さんの作品でも、機械と人間との合奏そのものは 存在する。既述の「スターバト・マーテル」のようなフォルマント兄弟名義での活動もそうだし、 「ひとのきえさり」のような自動演奏機械との合奏作品もある。だが、そこでは機械は、人間の 補綴的な器官として、迂回してではあるが人間の操作する道具であるか、超然としていて、人間の 側がそれに寄り添うしかないかのいずれかであるように思われる。今一度、現在のテクノロジーで、 例えば「逆シミュレーション音楽」のコンセプトの延長線上で、機械からのリアクションを伴う 人間と機械の合奏を期待するのは聴き手の勝手な夢、現在の状況には相応しからぬ、 禁じられた夢なのだろうか?それはこの再演を通じて、三輪さんから突きつけられた問いとして、 まずは聴き手が各々考えるべき問題なのかも知れない。(2016.11.10初稿公開)

2016年6月11日土曜日

「スポーツ劇」を観て

「スポーツ劇」を観て

2016年3月11日 KAAT神奈川芸術劇場・大スタジオ

KAAT×地点「スポーツ劇」

制作:KAAT神奈川芸術劇場・地点
原作:エルフリーデ・イェリネク
演出・構成:三浦基
音楽監督:三輪眞弘
(合唱隊:朝日山裕子・礒崎祥吾・宇澤とも子・大畑和樹・大道朋奈・後藤天・鈴木修平・相馬陽一郎・田嶋奈々子・野澤美希・圜羽山圜・村田結・柳内佑介・米津知実)


劇団「地点」の「スポーツ劇」の横浜公演に立ち会った感想を以下にまとめておく。
まず、普段足を運ぶ演劇といえば専ら能と狂言ということになっている私が この公演に足を運んだのは、三輪さんが音楽監督という立場で参加しているからに他ならない 事を前提として明記しておくべきだろう。従ってこの上演の音楽以外の側面については、 原則として、音楽について感想の述べるために必要となる範囲でのみ言及することにする。 この上演における演劇と音楽の関係自体、非常にユニークなものだが、それを専ら 三輪さんの文脈で眺めたらどのようなものであったかについてのドキュメントとして 捉えていただければと思う。先回りして言っておけば、上演の質は舞台、合唱隊ともども 非常に高いものであり、しかもその程度は、そうした質の高さがあって初めて実現可能になる、 メディアの自己批判(この点については以下で具体的に述べることになろう)を 可能にするに足るものであった。

なお、言うまでもないことだが、劇団「地点」と三輪さんの共同作業はこれが始めてではなく、 やはり同じイェリネクの原作による「光のない。」があり、これは大変に素晴らしい上演で あったようだが、残念ながらこれは私は観ることができなかった。従って、恐らくは興味深い ものであろう前回との比較は、それが可能な人に委ねるほか無く、以下の感想では専ら この作品の上演に一度きり立ち会った感想に限定せざるを得ない。

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単刀直入に感想を述べれば、三輪さん独自の「逆シミュレーション音楽」が寧ろ「スポーツ劇」の方を 自己の解釈としているかの如くで、圧巻であったということに尽きる。「スポーツ劇」だけ 拝見した限り、これよりうまく行っているというのは考えにくい程の成功と感じられた。 いきなりこういう書き方もどうかと思うが、正直に言って、「恐れ入りました」という思いに囚われた 程であって、結果だけ見せられればこれはほとんど完璧といって良い、全く自然で、隙のない、恰も このようになることが当然であったかの如くにさえ感じられるような関係が、演劇と音楽との間に 成立していることに圧倒されてしまったのである。

「光のない。」は東日本大震災と、それにより引き起こされた原子力発電所の事故に対する 証言・最早不可能にしか感じられない極限における応答としてのLux aeternaを作曲、初演していた 三輪さんの当時の文脈に合致していたのに対し、ここでは表面的には、東京での開催が予定されている オリンピックが文脈となっているのであろうし、そうした側面は、ある作品をまさに「今、ここ」で取り上げる 契機として決して軽んじるべきではなかろうが、私見ではここでの音楽の在り方は、狭義のスポーツに 留まらず、演劇や音楽そのものも含めた舞台芸術をもその批判の射程に含んでいるように思われたのである。

勿論それは、音楽が舞台を圧倒していたということではなくて、それが非常に高度なレベルで拮抗して いたからこその印象であろう。音楽の側から見れば、これは劇伴などでは全くないし、さりとて オペラから能、人形浄瑠璃、歌舞伎やらに至る音楽劇でもない。「合唱隊」と名付けられていても 音楽はギリシア悲劇におけるように、あるいは能楽における地謡や囃子のように舞台上の出来事を注釈したりは しない。そういう意味では、恰も舞台上の出来事とは直接は無関係な、音響的な背景を為すように 演じられる。それは何等かの心理的・情緒的な反応を表現するのでも全くなく、強いて言えば、 「スポーツ劇」の上演全体が「逆シミュレーション音楽」おける「由来」であるといった状況が仕組まれている と考えるのが妥当のように思われる。もっともそれは、狭義の「逆シミュレーション音楽」に属するという よりは、「愛の賛歌」、「算命楽」、「59049年カウンター」、「みんなが好きな給食のおまんじゅう」、 「火の鎌鼬」といった三輪さんの一連の、所謂「シアターピース」としての性格を備えた作品系列の一つと して位置づけた方がしっくりいきそうな気もする。違いはと云えば、それらの作品においてはシアトリカルな 側面もまた、音楽を生成するアルゴリズムの制御下にあるか、そうではなくても云わば随伴的な位置づけと なっているのに対し、ここでは一見したところ音楽とは無関係に進行している点にある。

その結果として、劇伴などからイメージされる通念に対して、ここでの機能的布置には明確な逆転が 起きており、結果として「逆シミュレーション音楽」が、「つまり」「音楽」が或る意味で 「スポーツ」でありうること、更には劇の上演自体もまた或る種の「スポーツ」でありうること、 いずれもが特定の目的のために高度に訓練され、組織された身体により可能になるアクロバットであることが、 示されているように感じられる。そしてそれはこの上演の質が高ければ高い程、強く感じずにはいられない。 舞台に設えられた芝生のフィールドを模した斜面を上り下りしつつ、過剰に感じられる程の言葉の氾濫を鮮やかに こなしていく役者の方々も、舞台の両脇の2階のバルコニー部分で2時間近くに渉って、 規則に基づく音楽の演奏を繰り広げた「合唱隊」の方々も、丁度スポーツがそうであるように、 この上演に向けて周到な準備を行い、観客の前でその成果を 披露するのであり、スポーツのみならず、自身も含めた「見世物」一般、古代ローマにおける 「パンと見世物」のそれ、フランス革命期の「理性の祭典」、ファシズムや社会主義国家における スポーツ、マス・ゲーム、歌と踊りのアンサンブルといったものの持つ危険性を浮かび上がらせているのだ。 三輪さんのこれまでの活動を俯瞰し、「逆シミュレーション音楽」の来歴を確認すれば、人は直ちに 「ほとんどファシズムに見られるような制御を設けて自律性を否定し、全く廃れたポストヒューマンの 概念を持ち出してきた」という「ゴールデンニカ」の講評の中の一節を思い浮かべることになるだろう。

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このような書き方をすると、その成功がコンセプチュアルな次元のものであるというように 受け取られるかも知れない。勿論、結果として相対的な印象として行き着くのは、 コンセプチュアルな次元での一見したところ奇跡のようなコンフィギュレーションの「正しさ」の 感じなのだが、実際にはそれは一つ一つが閃きに満ちた夥しい技術的な細部の集積に支えられたものなのだ。 残念ながらそれらが有機的に連関して、全体としての「正しさ」の印象を生み出している様相を 描き出すのは私の能くするところではないけれど、せめてそれの不完全な代補として、 一際印象に残った幾つかの細部を如何に記録しておくことにする。

イェリネクの原作を知った上で上演に接した人は、まずごく表面的なレベルで、この上演が 必ずしも原作に忠実なものではないことに直ちに気づくであろう。例えば衣装についての 原作の指示は以下の通りである。(以下、引用は総て「現代詩手帖2016年3月号」所収の津崎正行訳による。)

かならず守らなければならないのは、次のことだけである。 ギリシア劇のコロスは、数人で登場するときでも、 また誰が登場するにせよ、(…)スポーツの服装をしなければならない。 (…)

私がコロスに望むのは、次のことである。 コロスのリーダーは(…)ピアスでスポーツチャンネルとつながっていて、 あらゆる注目すべきスポーツイベントや最新の結果について、 彼(彼女)の判断で、観客に知らせること。(…)

コロスのリーダーに選ばれるのは(…)即興に長けた者であること。 その人物が舞台裏に行き、演技を中断しつつ、新しい結果を告げると、 コロスはそれを受けて、声をそろえて復唱する。 それも、まさにそのことによって筋が中断されるように行うこと。

演劇ではシェイクスピアのような古典も含めて寧ろ「当たり前」で、その点では特に最近、 音楽よりも演出が全面に出る傾向にあるオペラもそうなのかも知れないが、この上演では、 少なくともこのイェリネクの指示に関していえば、それは全く守られていない。 例えば初演の際のアイナー・シュレーフの演出においては、コロスがかけ声をあげながら 四十分間に渡ってマスゲームを繰り返したとのことだが、こちらはイェリネクのコンセプトの 具現化と言うことができるだろう。それに対し、ここでは寧ろ原作の指示を逆転させるかのように、 合唱隊がではなく、舞台上の役者がスポーツウェアを身に纏い、スポーツシューズを履き、 コロスは黒づくめの衣装で舞台の両脇の2階のバルコニー部分に立ち、2時間近くに渉って、 舞台の上の出来事とは全く独立に、独自の演算規則に基く音楽の演奏を繰り広げたのである。 衣装に関して言えば、三輪さん自身は、当初体操服(ユニフォーム)を提案したものの、 演出の三浦さんと相談の上で、衣装を担当されたコレットさんが決定したものとのこと。

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同様に、舞台についての作者の以下の提案もまた、その通りには採用されない。

舞台そのものについては、それを横切るようにして、二つの領域に分断してもよいかも知れない。 (…)それは、二つのファンの集団がすぐにつかみ合いの喧嘩を始めてしまわないように、 たがいに、分けるためのフェンスである。(…)

実際の舞台では、舞台の最前面を覆うようにバレーボールのそれのようなネットが張られ、 ネットとネットの奥の芝生のフィールドを模した斜面には、舞台上の演技と同期して、 一定のタイミングで舞台が暗転し、轟音が響き渡る時に、合唱隊の演奏のもととなる 計算プロセスが投影されるのである。(私は初めのうち、合唱隊の行う演算がある状態に到達した タイミングで、それがトリガーとなって舞台がリセットされるような錯覚を抱いたが、 しばらく繰り返しを経験するうちに必ずしも同期しているわけではないらしいことに気づいた。 実際には舞台に映し出される画面は、暗示的なもので、作曲の際に使っていたモニター画面を 事前に録画したものを表示しているだけでありそのタイミングでの合唱隊の状態とは 同期しているのではなかったようだ。)

ちなみに、原作では様々な情報を平板化・均質化し、人々の団結を妨げるメディアとして テレビが取り上げられているのだが、この上演では舞台上にモニターが登場することはなく、 上述の斜面がスクリーンの役割を果たすのだが、結果として、舞台上で起きる出来事を、 恰もテレビを見るかのように受身で眺める(ことを強いられる)のは観客であって、 役者がスポーツウェアをまとって反復横跳びをするのを、スポーツ観戦でもするように 眺める(ことを強いられる)というように、捻りが加えられていたように見受けられた。 (ただし、それが結果としてどのように機能し、それが演出の狙いを実現したもので あるかは私には判断できなかった。問題提起、挑発としては疑いなく機能していたと思うが、 現実の状況が持っているであろう含意の錯綜を汲みつくすことの困難さを寧ろ 感じさせられたというのが正直な印象である。)

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「スポーツ劇」というタイトルにも関わらず、イェリネクの原作の「詞」を追う限りでは、スポーツの暴力も メディアの暴力も重層的なモチーフの一つに過ぎず、寧ろ「光のない。」においてソフォクレスの サチュロス劇断片が素材として用いられていたのに呼応するように、ここでは「エレクトラ」が 参照され、父の最期を看取る際の母娘の葛藤が、作者の分身とでもいうべき「声」によって 語られていくのが、いわば「主声部」であるように感じられた。ただし、それがスポーツウェアを 纏った役者によって語られることに結果的になった点を措くとしても、キリスト教的なモティーフの 挑発的な取り扱いが重ね合わせられる部分など、宗教的・文化的伝統が異なり、抑圧的に機能するイデオロギーが 全く異なる日本での上演では消化不良になっても仕方ないような原作の側面は、それが原作の骨格を為して いることもあって、あえて割愛されることなく遺されていて、このあたりの演出上の処理の困難さを感じたりもした。

寧ろ日本の文脈への読み替えという点で最も印象的であったのは、それまで演算規則に従って行なわれていた 合唱隊の演奏が、途中、明らかに「君が代」に変容した点であろう。勿論これは状態遷移の計算結果の一部で あろう筈はないが、その埋め込みは慎重に行われており、あたかも別の変奏プロセスが組み込まれているかの 印象を覚えるほどであった。実際三輪さんには、オーストリア皇帝賛歌にも転用された旋律を主題とする変奏曲を 第2楽章に持つハイドンの弦楽四重奏曲に基づく弦楽四重奏曲「皇帝」という作品があって、そこでは三輪さんが 実装した、あるアルゴリズムに基づくコンピュータプログラムが自動生成した変奏により、オーストリア皇帝賛歌が 最期には「君が代」に変容してしまうのだ。

上記の例もそうだが、私のような三輪さんの側からこの上演に接している人間にとっては、三輪さんのこれまでの 活動を参照することによって、イェリネクの作品を「今、ここの」パースペクティブの中に移し入れることに 成功していると感じられた点は数多くあった。その中で一見したところその成否がわかりにくく、だがもしかしたら 最も深い部分を探り当てているかもしれないと感じたものとして、合唱隊のが厳密に定められた規則に従って ドレミパイプを演奏しつつ囁く言葉の中に、「言葉の影」以来の「アレルヤ」の系列に連なるものが含まれていた点がある。 (上演中には、それがドイツ語であること、「血(Blut)」という言葉が含まれていること以上のことははっきりと確認できず、 そこから勝手にナチスのイデオロギーを連想してみる位が関の山であったのだが、後で三輪さんに伺ったところに よれば、囁かれていたのはシュトラウスの『エレクトラ』の、(従ってイェリネクの同郷人であるホフマンスタールの) 書いたリブレットの台詞の一部の引用であるとのこと。)付け加えて言えば、こちらは流石に偶然であろうが、 舞台の側のボディー・ビルディングのモチーフすら、寧ろ「言葉の影」の問題系へと 折り返すことによって、原作者が意図していなかったような連関を見出す可能性が暗示されていたように感じた。

スポーツウェアを着ているのに、舞台の上は父親殺しの主題系の方が支配的であったように感じられたこと自体は、 単に原作がそのように書かれているからに過ぎないかも知れないが、あまりの饒舌な言葉の氾濫の中で、 客席で「傍観」するがままの人間の耳に遺り、心に突き刺さるのは、混沌の中から、もしかしたらその混沌故に 却って文脈のようなものと剥ぎ取られて剥き出しとなった叫び、公的な歴史では抹消され、自分が生きた痕跡すら残らない、 大多数の死者たちの「どうして、私たちが全部、有名になるというわけにはいかないのでしょうか。」 という叫びであり、それと鏡像を為すかのような、作者=エレクトラの「もしもある人が死んだならば、 その人はもう帰ってこない」という叫びではなかろうか。イェリネクが仕組む様々な挑発、告発は、行き着くところ そうした「人間」の条件、限界に由来するのではないか。

だがその一方で、この2つのテーマを一つの作品に溶かし込んだイェリネクの狙いを、もしかしたら作者の意図を超えて 敷衍しつつ、自分達の課題として捉えなおそうとしたときには、これまでの「人間」概念が無自覚に前提としてきた 人間を取り巻く条件、例えば「死に向かう存在」、例えば「利己的な遺伝子の運搬体」といった個体としての 有限性のような前提条件を括弧に容れ、ポストヒューマン的な視点からの肉体や生命概念の見直しといったような文脈を こちらで補って読み取る必要があるのかも知れないようにも感じられたのである。そしてそうした感覚の由来を考えると、 これもまた、寧ろ三輪さんの主題系、更にはフォルマント兄弟の主題系において良く理解できる事柄であることに気づかされるのである。 結果として、三輪さん独自の「逆シミュレーション音楽」が寧ろ「スポーツ劇」の方を自己の解釈としているかのように感じられる ということなのだろう。

であってみれば、ここから更に進もうとすれば、この上演に先立って書かれた三輪さんの文章「コンピュータ語による詩作と朗読」を 上演の経験と突き合わせて見るといった作業が必要となるのだろうが、それを今ここですることは到底叶わない。 それゆえここでは一旦、感想を書き留めておくに止め、三輪さんの論考については後日を期して、稿を改めて 取り上げることとせざるを得ない。

*   *   *

最後にもう一度巨視的な、コンセプチュアルな側面に立ち返って、その奇跡的とさえ感じられる 適切さ、正しさの印象は、僥倖によるものなのかと考えてみる。結論から言えば、それは 偶然に生じたのでは決してないように思われる。私がここでアナロジーとして思い浮かべるのは 現代数学におけるラングランズ・プログラムのことである。専門分化の進んだ数学において、 一見したところ懸け離れている領域間(例えば数論と調和解析、幾何学の間)のみならず、 量子物理学のような数学の外部との間さえ、隠された、だが強固な連関があることが 明らかになりつつあるのだが、そこではある領域でわからない事柄を、別の領域を使って解くことが できるのである。「逆シミュレーション音楽」が、音楽というものの在り方を、 根源的という意味合いにおいて「ラディカル」に問い直すものであるものであるならば、 それはまた、一見すると別の領域のある事象との間に存在するけれど、様々な表面的な装いに覆われて 隠れてしまっている、構造的で必然的な連関を浮かび上がらせるための強力なデヴァイスであり、 同様に、「逆シミュレーション音楽」を通じて他の領域で未知の事柄を明らかにすることが できるのではなかろうか。

勿論、ラングランズ・プログラムの下での探求が、それ自体はどこを辿れば良いかすら 明らかではない未踏の領域を手探りで踏破する、現代最高の数学的知性によってのみ 可能な試みであるのと同様、ここでの探求も、膨大な技術的細部における 試行錯誤を必要とする、道無き道を踏破する困難極まりない試みに違いなく、 結果として得られるものは事後的には必然の連関であったとしても、 それを探求する過程の方は、一定のコストをかければ確実に収益が得られる 類の営みではありえないだろう。少なからず偶然の働きによる幸運に恵まれることなしには 踏破は不可能でさえあるかも知れないのだが、その一方で、そうした幸運が、 見返りがないかも知れない絶えざる探求なしに訪れることはないのではなかろうか。

そのように考えれば、この「スポーツ劇」の 上演の成功は、一期一会のチャンスを捉えたものであると同時に、これまでの三輪さんの 四半世紀を超える探求がもたらした成果でもあるのは当然のことなのだろう。 私自身はまだ、三輪さんの活動を同時代人としてフォローするようになってやっと 10年余りの年月を経たに過ぎないけれど、この上演を頂点の一つして含む 三輪さんの近年の達成の数々(それは「傑作の森」と呼ぶに相応しい)は、 恥ずかしながらその都度の時点での自分の判断が見通しが利かないものであり、幾度かは、当否について寧ろ懐疑的でさえあったことを認めつつ、今、ここで 振り返ってみれば、そうした自分の予断を大きく超えて、或る種必然の帰結であるかのような感覚を拭えないのだ。 そうした稀有な達成に同時代に生きて立ち会うことができる僥倖に感謝しつつ、 ここにまた一つ、未踏の高峰の踏破が達成されたことを心から祝して、この拙い感想の結びとしたい。 (2016.3.27~6.10, 6.14指摘を受け、舞台装置の記述につき訂正。ご指摘に感謝します。7.11加筆修正)

2016年2月9日火曜日

「歌えよ、そしてパチャママに祈れ!」再演を聴いて

2016年2月5日 渋谷区文化総合センター大和田伝承ホール
「トーキョー・アンサナブル・ファクトリー vol.6 イタリアと日本の作曲家の真摯な挑戦」

三輪眞弘:「歌えよ、そしてパチャママに祈れ!-ボリビアの唄に寄せるふたつの物語-」

指揮:阿部加奈子
アンサンブル:Tokyo Ensemnable Factory


三輪さんの「歌えよ、そしてパチャママに祈れ!」の25年ぶりの再演に 立ち会った感想を以下にまとめておく。

いつもの事だが、以下は演奏会に立ち会った私的な記録に過ぎない。 プログラムを構成する他の作品については触れないし、同様に、 聴いた範囲で充実したものであったと感じられた演奏自体についての 記述も割愛させていただくことにする。 (現実には私は、途中の休憩で失礼させて頂いたので、三輪さんの作品と、 その前に演奏された作品しか聴いていない。このコンサートのタイトルが 「イタリアと日本の作曲家の真摯な挑戦」であることを思えば、 この一事をもってしても以下の文章が、このコンサート「について」の 文章ではないことは明らかであろう。)

聊か弁明めくが、そういうことになった背景について簡単に述べれば、 単純に、平日の夜のコンサートに赴くことが、私にとってはますます 困難なものになってきているということに尽きる。 単純に時間的な問題から言っても、朝7時くらいからオフィスにいて 疲れていることは否定できないということに加え、全く異なった 世界に埋め込まれているが故に、聴くための姿勢への切り替えが 難しく、殊に今回は、客先での長時間の打合せからの帰途、1時間近くの 時間をかけて直接会場に向かい、到着は開演の10分前であったこともあって、 切り替えがなかなかできなかったというのが実態なのだ。

打ち合わせの進行によってはそもそも間に合わない可能性もあり、 一度は断念した程であって、折角のチャンスに相応しい聴取ができたかかと 問われれば、全く心もとないという状態での聴取で、客観的に他の、その 作品を始めて聴く作曲者の作品について何か述べたり、これもまた初めて 演奏に接するアンサンブルの出来を云々する資格があるとは到底思えない。

前回、「火の鎌鼬」を聴いた折は休日の昼間のコンサートであったにも関わらず、 体調がすぐれず、やっとの思いでプログラムの最後まで聴いたものの、 コンサートで取り上げられた作品に対してにせよ、演奏に対してにせよ、 その客観的な質に相応しい聴取が恐らくはできなかったことも念頭にあり、 今回は途中で失礼させていただくことにした次第である。

それゆえ、ここでは何よりもまず最初に、私にとっては25年前の作品を 取り上げてプログラムに組み込むこと自体が非常に意義あることであるが故に、まずはその企画に対して、更にはその再演が非常に充実したものであったことに 対して、コンサートの企画・演奏をされた方々に対して敬意を表し、 感謝の気持ちを述べて、以下では専ら「歌えよ、そしてパチャママに祈れ!」 について、このコンサートで感じたこと、コンサートを契機に考えたことを 記すことにしたい。

*   *   *

三輪さんの初期作品の再演自体は近年は徐々にその回数が増えており、 偶々昨年の年初には、三輪さんの作品と、細川さんの作品をテーマとした大井浩明さんのリサイタルにおいて、最新作の初演とともに幾つかのピアノ作品の再演を 聴くことができた。

ピアノ独奏曲の場合には問題にならないが、特に初期作品の中には、 コンピュータ音楽ならではの機種既存性のために、再演にあたり、 プログラムの移植などの問題が発生するものが存在する。

例えば「歌えよ、そしてパチャママに祈れ!」と同じCDのアルバムに 収録されている作品の中では、既に「夢のガラクタ市」が再演されている (こちらも幸運にも、その再演に立ち会うことができた)が、 この作品は奏者とリアルタイムのインタラクションをするコンピュータ プログラムの動作環境であるコンピュータハードウェアの制約のために、 再演時に利用可能な環境でも動作するようにプログラムを移植しなくては ならなかった。移植にあたってエミュレーション環境が利用できたとしても、 リアルタイムで動作するプログラム固有の問題もあるわけで、 その困難さは容易に想像できる。

今回再演された「歌えよ、そしてパチャママに祈れ!」について言えば、 寧ろ近年の作品同様、アルゴリズミック・コンポジションの結果が人間に 演奏可能な形に記譜され、人間により通常のアコースティックな楽器で 演奏される形態の作品なので、「夢のガラクタ市」のような問題はなく、 作品の素材でもあり、構成要素でもあるボリビア民謡の一部が オートリピート再生できる「ラジカセ」さえあれば、後はシューベルトの オクテットと同じ編成の室内楽で演奏可能である。

だがそれでもなお、25年間の時の隔たりは、初演時にはエンドレステープを 用いた「ラジカセ」でのボリビア民謡の再生に関して問題を惹き起こさずにはいない。 しかもそれは決して些末な問題ではなく、この作品にとって極めて本質的な部分に 関わっていると考えられるのである。

比較のために、やはり同じCDに収録されたDithyrambeのような(最早過去の呼称だが、 当時は文字通りそうであった筈でもあり、この呼称を用いることにする) 「テープ音楽」を考えると、こちらはテープに記録された音響それ自体が作品であり、 再演は常に可能であるというより、最初の1回から同じものの反復でしかなく、 いわゆる「演奏」という契機を欠いているといって良い。 勿論、ここでも再生装置や再生される空間の条件を論じることは可能だが、 少なくとも、「歌えよ、そしてパチャママに祈れ!」におけるような 「25年ぶりの再演」というのはそもそも問題になりえないだろう。

「テープ音楽」の持つこの性質は音楽にとって(人間による)「演奏」が 必須の契機であると考える三輪さんにとってはクリティカルであり、 それゆえ三輪さんは、この作品以降、20年近く、いわゆる「テープ音楽」を 作曲しておらず、しかも、20年ぶりの作品には、後述するように、 この点に対する「仕掛け」が施されていたのである。 (とはいえ、Dithyrambeのみが例外であったという訳ではないことは、 それが「上演」された文脈を思い浮かべればわかる。デュオニソス祭の 唄に名称の起源を持つこの作品は、「結婚式」という儀式の場での 「上演」を企図されていたのであり、そのことは、他の「テープ音楽」と 異なって、この作品の場合には本質的な契機であると考えられるからである。)

それに対してこの作品は、エンドレステープに記録されたボリビア民謡の 特定の歌唱の記録の再生を「演奏」にあたっての必須の構成要素としている点で ユニークであるが、と同時に、まさにその点に「伝承」の危うさを秘めている。 すなわち録音された記録自体が喪われたり、或は再生装置がなくなって再生不可能になれば、 通常の楽譜に記譜されたオクテットのパートの記譜法・奏法の継承が続いたとしても この作品の「演奏」は不可能になるというリスクが存在するのである。

実際、今回の再演にあたっては、まず25年前に用いられたエンドレステープの所在と 再生可能性の確認から始まって、テープからCDへの媒体の変換といったプロセスが あったと聞く。今やテープレコーダつきのラジカセはすっかり少数派になったし、 テープの耐用年数は想像以上に短く、テープに録音され、そのままの形で保管された記録は、テープ自体の物理的な劣化に よって早晩再現できなくなる懸念が大きいが、今回の再演を機会にCDに媒体が変わったことで、 この作品の演奏可能性は大きく回復されたと考えることができるだろう。

口承に依存する部分が多い伝統芸能の世界では、一旦上演の伝統が途絶えた作品の復曲には大きな困難を伴い、 事実上同一素材による新作と変わらなくなることもしばしばで、それゆえ、新曲や復曲は、 継承を目的として演目に含める努力がなされていると聞くが、事情は電子メディアを用いた 「現代音楽」においても変わらない。それどころか、人間の記憶は不正確ではあっても 頑健であるのに対し、外部記憶媒体への記録は正確であったとしてもエラーに対して 脆弱であるのに加え、テクノロジーの変化の速度が速いが故に、こちらの方が遥かに 時の流れに対して存続することが困難であるとは言えまいか?

*   *   *

三輪さんの近年の他の作品との比較という観点からすれば、 「歌えよ、そしてパチャママに祈れ!」においてシューベルトのオクテットのような 特定の過去の作品が楽器編成上のモデルとされている点に関しては、例えば369 Harmonia II (こちらはシェーンベルクの「浄夜」がモデルとなっている)といった例が思い浮かぶし、 更には、その後の「新調性主義」において、特定の編成ということではないが、 西欧のいわゆるクラシック音楽の伝統により維持されている高度な演奏技術を、 アルゴリズミック・コンポジションの「演奏」に「利用する」ことが意識的に 企図されていることも思い浮かぶ。「歌えよ!そしてパチャママに祈れ!」は そうした流れの(ここではまだ十分に意識されているわけではないかも知れないが) 先駆と見做すこともできるのではなかろうか。

他方、「ラジカセ」の利用ということでは、プログラムノートに言及されている Lux aeternaもそうだが、それ以上に、上でも触れた「再現芸術における幽霊、 またはラジオとマルチチャンネル・スピーカーシステムのための、新しい時代」 (2007年2月18日東京日仏学院エスパス・イマージュ(CCMC2007))での 利用との比較が興味深い。そこでは再生される音響(もはやテープを媒体に しているわけではないが)に対して逆に「現在」を穿つかのように、スピーカシステムの 前にラジカセが置かれ、ラジオ放送が流されるのだが、再生される音響素材の方は、 街頭での布教活動であったり、「新しい時代」のイニシエーションであったりするわけで、 ラジカセが「歌えよ、そしてパチャママに祈れ!」とエンドレスで呼びかける中を、 オクテットが演奏するという、この作品におけるメディアの布置を倒立させていると 捉えうるからである。

布置は逆転しているとはいえ両作品に共通するのは、ラジカセがある種の時空を超える装置、 そこから今・こことは別の時空が垣間見られる「通路」の如きものとして機能している点であろう。ただし、「再現芸術における幽霊、 またはラジオとマルチチャンネル・スピーカーシステムのための、新しい時代」 では、図と地が反転させられており、音響の幽霊的な再生に満たされたこちら側に埋め込まれた聴き手に対してラジカセは、あちら側にある「今、ここ」への通路となっているのであって、再現芸術がそうした逆転を惹き起こす「魔法の鏡」たることを示唆していると考えられる。 だが実際に再演に接してみて感じたことは、そうした共通性そのものでもないし、ここでは「演奏」が介在する故に、こちらとあちらの関係が正常に保たれているという点そのものでもなく、「ラジカセ」のあちら側というより、寧ろ それを前提とした装置と人間の演奏との相互作用という点において、この作品がある種の マトリクス(母体)というか、アーキタイプの如きものであるという点であった。

*   *   *

再演に立ち会っての印象を端的に言えば、(作曲者自身によって プログラムノートで言及されている装置や手法そのものも勿論だが、それだけではなく、 その結果として聴き手が受け取る)音楽の触感のようなものにおいて、 その音楽が驚く程一貫していると感じられる一方で、そうした一貫性した歩みによって 四半世紀の間に踏破された距離の大きさの印象が最も大きなものであった。

作品の構造の要となる音高分析の詳細や、それのオクテットへの変換処理の 詳細を私は知らないが、それでも、実現された音響を受け止めた限りにおいて、 25年前にコンピュータが「作曲した」ことを思えば驚異的なものと感じられる一方で、 最近の作品において達成されているものを思い浮かべれば(これは意図的にしているというよりは、 どうしてもそうなってしまうだが)、その後の作品の技術的な洗練と卓越、 作品としての完成度の高まりや円熟を感じずにはいられない。

だがその一方で、一見したところ、当時の技術的な可能性の範囲内での、 今日から見れば、ともすれば素朴で、人によってはある種のぎこちなさのようなものさえ 感じかねない試みと見えるものでありながら、そこで獲得された地平は、実際には その後の作品においてすらなお、未だに汲みつくされてはいないのではないか とも思えるのである。

今まで私はこの作品をCDに録音されたかたちでしか聴いてこなかった わけだが、それと比べると(演奏の巧拙とは別の次元で)、ラジカセから 流れてくるオスティナートのような民謡の断片の反復に、如何にその場での 演奏が(そして聴取が)「引き込」まれていくかというプロセスを克明に 体験できた点が私にとっては鮮烈だった。 これまたプログラムノートで、作曲の過程の再現は「意図されているわけではない」と 書かれているが、意図せずとも、そして恐らくは全く同一ではなくても、 音楽はそうした引き込みを引き起こしてしまう。 その後の作品では、その点は勿論もっとソフィスティケートされ、 都度微妙に違ったかたちで扱われているのだが、この作品では その点が非常にストレートに聴き取ることができるように感じられたのである。

例えばトーマス・マンの「魔の山」の結末近くで降霊術と並置される蓄音機が 既にそうであったように、録音された歌はテクノロジーの力によって時空を超える。 録音された時期は定かではないが25年前には既に過去であったボリビアのどこかで 行われた筈の、その祈りの場に私はいた訳ではない。 それは今日のアメリカなどで盛んに行われている「布教放送」のように、 技術的に「今、ここ」を騙し取ろうとする試みではないが、寧ろそれゆえに、 ここではラジカセが、PA装置やアクスモニウムとは異なって、あたかも提示されるものが 「今、ここ」であるかの如き仮想の現実を指向するのではなく、寧ろ、 そこから聞こえてくるものを端的に「今、ここ」においては非在の「他者」として提示することにより、 「今、ここ」での音高分析の結果の変換の再現作業としての演奏行為と聴取行為を(自分の体験したことのない 絶対的な)過去の記憶の継承とするのではなかろうか。

これは頭で考えた類推の結果というよりは、寧ろ、聴体験の質による連想作用の産物であると いうべきなのだが、過去の記憶を継承する自動機械と人間の合奏という点では、 寧ろこの作品に直接繋がるのは、自動演奏機械の再生する過去の記録への応答という 儀礼の装いを持つ「ひとのきえさり」なのではないかという気がしてならない。

「歌えよ、そしてパチャママに祈れ!」は、一見そうは見えなくても、同時期に書かれた他の 作品と同様に、やはり人と機械の相互作用に着目した音楽であり、ただしその相互作用は、 後の作品においてのように、演奏の場においては機械に人が引き込まれるという方向に 限定されたものであって、強いて言えば、この作品を取り上げて(再び)演奏しようとする というメタのレベルにおいて、人間の側からの働きかけが見出されるようなタイプの作品なのだ。 そしてそういう意味合いにおいて、確かにこの作品は、とりわけ逆シミュレーション音楽以降の、 一見すると人間の自律性を否定しているかにさえ見えた(その端的な現われは「ゴールデン・ニカ」の両義性に満ちた講評で確認することができる)が、例えば「ひとのきえさり」等の近作においては最早そうではないことが明らかになっている探求の遠い先駆けと見なすことが できるように思えるのである。

更に言えば、例えばこの作品の演奏の録音を更に(多分、エンドレスで)聴く時、 その外側では一体何が起きるのだろう?と問うことができるのではなかろうか。だがしかし、それはまさにこれまでCDによって何度となく してきたことの筈ではなかったか?にも関わらず、今回の再演に立ち会うことで、そうした聴行為の 意味合いはその様相を全く変えてしまったように思われる。しかもその反応は恐らくは 不可逆的なものなのだ。それは単なる受容ではなく、この作品の演奏の録音をラジカセで (多分、エンドレスで)再生しつつ、更にそれを分析、変換してそれを演奏する、 という自己再帰的な構造・自己複製的なプロセスに寧ろ繋がっていくものではなかろうか。

そうして考えてみると、他ならぬこの作品にとって「再演」というものが持つ ユニークな意味が浮かび上がってくる。ことこの曲について言えば、他の曲にも勝って、 CDで演奏記録を聴くことと実演に接することとの差異は本質的なものであり、 「ラジカセ」に、意図してか、意図せずかを問わず引き込まれてゆくプロセスを 奏者とともに聴き手が共有することが求められているのだ。

そして「ひとのきえさり」がそうであるのと同様、この作品におけるアトラクタとしての 「ラジカセ」への引き込みは、機械に対する人間の自律性の喪失などではないのでなかろうか。 いつでも「ラジカセ」は止めることができるのだし(もしかしたら、うっかり自動再生の ボタンを押し忘れて演奏を始めてしまうという事態だって考えられるが)、 「ラジカセ」はここでは、「再現芸術における幽霊、またはラジオとマルチチャンネル・ スピーカーシステムのための、新しい時代」とは逆に、「ひとのきえさり」の Singing Machineがそうであるように、過去の人間の祈りの記憶そのものなのであり、 スティグレールの第三次過去把持が明らかにするように、進化の盲目の詭計によって 有限の生命に閉じ込められた人間の、無限を目がけての自己超越のための媒体なのだから。

*   *   *

超越的なものへのまなざしが形骸化して、 廃墟と化しているかも知れない形式を必ずしも纏わずに(或る時には、 その不可能性の証言とともに)、ある種の祈りが遂行されること。 一見したところ、それが私の「今・ここ」、即ち普段生きている世界からかけ離れているようでいて、 どこかで奇妙な仕方で繋がっていることを確認すること。 自分がそれに立ち会うことで、そのことの困難と危険のいずれをも感じつつ 自分もまたそこに「引き込まれ」ること。 勿論「コンサート」という制度はそうした契機を保証などしないし、 今日の「音楽」もまたそうであって、それを批判することなど無意味な事ではあるが、 にも関わらずそうした契機を欠いた「コンサート」や「音楽」は、 それが別の観点からすれば高い価値を有するものでありうるだろうことを 認めた上で、残念ながら私にとっては疎遠なものという他ない。

一方でこれは、私にとっては別の「巡礼」のサイクルの一つ、 それを欠けば後でそのことを必ずや惜しむことになるに違いない 一つであったに違いない。私個人の聴取の姿勢というのは、 最早対象を問わず、ある種の「巡礼」でしかない。否、それは 聴取に限らず、何某かそこに意義があるとしたら、その意義は、 その行為が「巡礼」であることに帰着するように感じられる。 それは能や狂言の上演かも知れないし、西欧のクラシック音楽に属する 作品の上演かも知れないが、それだけではなく、もっと日常に近い ものでもありうるだろう。例えば今回のコンサートの行われたホールの ある場所は、北村透谷にゆかりのある聖ヶ丘教会のすぐ近くで、 私個人としては、そちらの「巡礼」ルートの近傍であることを 意識せざるを得なかった。それゆえ、この記録は全く私的な性質の 「巡礼記」でしかないけれど、そうした経験、記述することの困難な 経験をこの日のコンサートですることができたという事実の証言には 何某かの意義があることを願いつつ、この文章を閉じることにしたい。 (2016.2.9初稿公開, 2.11加筆修正)