先行するショートノート「ショートノート(1):「虹機械」2作品の五度圏重心軌道分析——西欧交響曲コーパスとの対比」「ショートノート(2):「虹機械」2作品のピッチクラスDFTスペクトル分析——f1-f6全モードによる西欧交響曲コーパスとの対比」は、《虹機械》(《はじまりのうた》《公案-001》×窓幅4/8/16の計6分析点)について、旧9指標によるPCA投影とDFTの2層にとどまり、拡張指標(Rbar_full、Anisotropy_Ratio、Attractor_Number、Residence_Entropy、Dominant_Residence_Ratio、Origin_PCSet_Ratio、Exact_Triadic_Ratio)を扱っていなかった。本稿はこの空白を埋めるとともに、先の速報「ラヴェル――骨格は持続し、内容だけが非三和音化する」が報告した特徴(高いf5優勢率・低いExact_Triadic_Ratio)との異同を具体的に検証する。
比較の背景として、三輪眞弘には《東の唄》《東のクリステ》など、ラヴェル(《クープランの墓》)を素材として用いた別作品群がある。すなわちラヴェルは、三輪の創作において、他の作曲家にはない特別な参照先としての位置づけを既に持っている。本稿が報告する定量的な近接・乖離は、この既知の参照関係とは独立に見出されたものだが、両者を重ねて読む余地があることを付記しておく。
本稿の背景となる方法論および各指標の定義については「五度圏ピッチクラスセット重心の方向性指標拡張——方法論編レポートI」を参照されたい。
なお《虹機械》の分析点には、窓幅4・8・16という3種類が含まれるが、このうち窓幅16には特別な位置づけがある。《虹機械》は4/4拍子であり、窓幅16は1小節に対応する。ペダル指示のある箇所では、小節内に含まれるピッチクラスが音響上同時に鳴ることになるため、窓幅16こそが、この作品の和声的単位として最も妥当なサンプリング粒度である。したがって拡張指標の報告は、6分析点の平均ではなく、窓幅16の2点(《はじまりのうた》・《公案-001》)に基づいて行う。
1.三和音性は、ラヴェルよりもさらに低い
《虹機械》2曲のExact_Triadic_Ratioは、0.161(《はじまりのうた》窓幅16)、0.250(《はじまりのうた》窓幅16)であり、平均は0.205である。これは全作曲家中最低であったPettersson(0.135)は上回り、ラヴェルの平均(0.248)に近いが、これを下回る数字であり、本研究で確認された中で、かなり低い三和音性を持つという点でラヴェルと特徴を共有する。
一方、f5優勢率はすべてでf5がDominant_Modeとなり、100%である。こちらもラヴェル(80.0%、全作曲家中2位)を上回る。

図1. 左:f5優勢率とExact_Triadic_Ratio平均。緑のひし形は《虹機械》の2作品。右:Fourier_Concentration平均の作曲家別比較(《虹機械》(緑)を含む)。
左図を見ると、《虹機械》はラヴェルと同じ「f5優勢率が高く、三和音性が低い」という象限に位置し、しかもラヴェルよりもさらに極端な方向にある。ここまでは、全く異なる作曲技法(人間による半音階的書法の探求と、状態遷移機械によるアルゴリズム生成)から生まれた2つの対象が、同じ特徴量の組み合わせへ向かうという、注目に値する近接である。
2.しかし、f5優勢の「内実」はラヴェルと正反対である
右図(Fourier_Concentration)を見ると、様相は一変する。《虹機械》の平均Fourier_Concentration(0.078)は、本稿で比較した全作曲家の中で突出して最大であり、ラヴェル(0.022)の3.5倍以上、《虹機械》に最も近いモーツァルト(0.036)のそれでも2倍以上である。
これは、「ラヴェルの速報」で確認した対比の構造を踏まえると、きわめて重要な違いである。ラヴェルのf5優勢は「安定して勝ち続けるが、際立って圧勝するわけではない」という性格だった。これに対し《虹機械》のf5優勢は、「他のモードを完全に置き去りにして、圧倒的に勝つ」という、正反対の性格を持つ。
すなわち、《虹機械》とラヴェルは、Exact_Triadic_Ratio(三和音からの距離)という軸では近接するが、Fourier_Concentration(f5がどれだけ際立って勝つか)という軸では対極にある。 「f5優勢・低三和音性」という組み合わせだけを見れば両者は似ているが、その内実を一段深く見ると、同じ現象ではないことが分かる。
3.拡張指標が示す、さらに別の性格――窓幅16による検証
次いで拡張指標全体について見て行く。
ここでも際立つのは、Origin_PCSet_Ratioがほぼゼロであることである(《はじまりのうた》では文字通り0)。本研究のコーパスでは、Pettersson後期が減七和音型の対称集合へ繰り返し着地することで高いOrigin_PCSet_Ratioを示し、これが「損傷した主体」の構造的指紋の一つとなっていた。《虹機械》は、三和音性がPetterssonをも下回るほど低いにもかかわらず、対称的PC集合への着地もほとんど起こさない。すなわち、三和音という求心的な組織からも、対称集合という別種の求心的な組織からも、ともに距離を置いている。
一方、Rbar_full・Dominant_Residence_Ratio・Peripheral_Circular_Concentrationは、《はじまりのうた》と《公案-001》のあいだで大きく異なる(それぞれ0.596対0.158、0.412対0.190、0.735対0.223)。窓幅16という同一の、かつ最も妥当な粒度で見てもなお、2つの版は方向集中度・滞留構造の点で性格を異にしており、《虹機械》を単一の特徴へ還元することはできない。いずれも五度の移動を基本とする状態遷移規則に基づくことを考えると、このような性格の違いが生じることは興味深く、その由来の追及は更なる課題としたい。
4.窓幅による内部変動――方法論上の留保
3節で見た通り窓幅16が最も妥当な単位であるが、他の窓幅(4・8)との差も記録しておく価値がある。Exact_Triadic_Ratioを窓幅別に並べると、次の通りである。
窓幅4・8では、ペダルによって本来同時に鳴っている和声が、より細かい単位へ分割されて記録される結果、三和音としての完全な一致が検出されにくくなっている可能性がある。これは、3節で窓幅16を基準として採用したことの、事後的な妥当性確認としても読める。
5.小結
《虹機械》は、窓幅16(1小節=この作品の和声的単位)で見てもExact_Triadic_Ratioが0.161〜0.250ときわめて低く、f5がDominant_Modeである。ラヴェルと同じ「f5優勢・低三和音性」の象限に、ラヴェルよりもさらに極端な形で位置する。
ただし、f5優勢の内実はラヴェルと対照的である。 ラヴェルは「僅差で安定的に勝ち続ける」型、《虹機械》は「圧倒的に勝つ」型であり、Fourier_Concentrationで見ると両者は対極に位置する。
拡張指標(窓幅16)では、Origin_PCSet_Ratioが両版ともほぼゼロであることが分かった。《虹機械》は、三和音という組織からも、対称的PC集合という別の組織からも、ともに距離を置いている。一方Rbar_full等では《はじまりのうた》《公案-001》の2版が大きく異なり、単一の特徴には還元できない。
窓幅4・8でExact_Triadic_Ratioが窓幅16より低く出る傾向は、ペダルによる同時的和声が細分化されて記録される効果である可能性があり、窓幅16を基準とすることの妥当性を事後的に補強する。
全体として、本稿の結果は「ラヴェルと《虹機械》が同じ特徴を持つ」という主張を支持しない。 支持するのは、「三和音からの距離」という1つの軸ではきわめて近接しながら、「その距離がどのような力学のもとで生じているか」という、より深い水準では異なる経路をたどっている、という、より精密な近接と乖離の構造である。これは、方法論レポートIIが述べる「共通の幾何学的指標群が、異なる生成過程に対しても適用できる」という主張を、単なる類似の発見としてではなく、類似と相違を同時に切り分けられる解像度を持つという形で裏付ける事例だと考えられる。三輪の創作において、ラヴェル(《クープランの墓》)が《東の唄》《東のクリステ》等を通じて既に特別な参照先であったことを踏まえるなら、この定量的な近接と乖離は、その参照関係の内実を考えるための、一つの手がかりになるかもしれない。
(2026.10.12)
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