1. 目的と対象
三輪眞弘《虹機械》の2作品(「虹機械 はじまりのうた」本稿では以下、Hamamatsuとラベル付け、「虹機械 公案-001」本稿では以下、Koan-001とラベル付け)について、既存の五度圏ピッチクラス重心分析の枠組みを適用し、8作曲家55楽章の西欧交響曲コーパスとの対比によって、その構成原理の異質性が具体的にどのような重心軌道の特徴として現れるかを検討した。
両作品は4/4拍子・16分音符による単旋律の無窮動であり、直前の音を入力とする状態遷移機械の出力である。同時発音のピッチクラス集合ではなく、4音単位(拍)・8音単位(半小節)・16音単位(1小節)の3段階でピッチクラスを窓ごとに集計し、各窓の重心を求めた。
2. 方法上の前提
2.1 比較可能な指標の限定
虹機械は単旋律を人工的な音数窓でピッチクラス集合化しているため、窓内の異なり音高数に直接依存する指標(Harmonic_Coverage、Avg_PC_Count、Texture_Volatility、および窓内音高数×半径で定義されるAvg_S)は、複数声部の実テクスチャに基づく交響曲データと構造的に比較不能である。同様に、Avg_Step・Step_Rate_100・PC_Densityも、単旋律のステップ単位が交響曲の和声変化単位と定義的に異なるため除外した。
比較には、五度圏上の位置と広がりそのものを表す5指標——Avg_r(窓内重心の平均半径=局所的凝集度)、SD_r、Tonal_Focus(調的焦点度)、Centroid_Dist、Spatial_Dispersion(作品全体を通じた重心分布の広がり)——を用いた。
2.2 重心計算のweighting
重心計算は、各小節・拍において「あるピッチクラスが存在するか否か」のみを重みとする二値重み方式で統一している(存在すれば重み1、出現回数や声部数による重み増加はない)。三輪作品側についても、この二値重み方式でコーパス側と揃えて計算した。
頻度重み(出現回数をそのまま重みとする方式)と二値重みは、同じピッチクラス集合に対して異なる値を返しうる。たとえば同一の3音(C・E・G)から成る窓でも、頻度重みではCの反復回数が増えるほどrが単調に増加する(0.644→0.683→0.727、k=5・反復1〜3回の場合)が、二値重みではrは反復回数によらず一定である。単旋律である三輪作品は、多声の交響曲パートよりも同一ピッチクラスへの反復(旋律的な回帰)が窓内で生じやすいため、weighting方式の選択は結果に大きく影響する。本レポートは二値重みに統一することで、この影響を排除している。
2.3 サンプル規模の限界
虹機械側は2作品×3粒度=6点のみで、かつ同一曲の入れ子集計であり独立標本ではない。以下の統計量は「粗視化に対する頑健性」の記述として扱い、有意性検定の対象とはしていない。
3. 主な結果
3.1 Avg_r——window=4・8ではコーパス範囲外、window=16では範囲内
55楽章コーパスのAvg_r範囲は0.316(Pettersson Sym10)~0.618(Haydn Sym96)。虹機械6点は次の通り。
window=4・8では虹機械のAvg_rがコーパス最大値を上回るが、window=16(1小節単位)ではコーパスの正常範囲に収まる。局所的凝集度の突出は、より細かい粒度(4分音符・半小節単位)に限定される、粒度依存の現象である。
3.2 局所的凝集と大域的滞留の関係——window=16では乖離が消失
コーパス内ではAvg_rとTonal_Focusに中程度の正相関がある(r=0.501, p<0.0001、回帰式 Tonal_Focus ≈ 0.402×Avg_r − 0.076)。虹機械をこの回帰に当てはめると:
window=4・8では実測のTonal_Focusが予測値より2.0~2.9標準偏差低く、瞬間ごとの音高集合が極めて凝集しているにもかかわらず、それが作品を通じた単一の調的中心への滞留には結びついていない——西欧の機能和声的コーパスにおける「局所的凝集=大域的調的焦点」という結合を欠いた構成原理を示す。
一方window=16では残差がほぼゼロ(+0.05~+0.24SD)になり、局所的凝集と大域的滞留の関係はコーパスの回帰式が予測する通りの、平凡な値に落ち着く。すなわち「局所的凝集と大域的滞留の乖離」という現象は、window=16では観測されない。
この結果は3.4節・4節で述べる別の発見(Fourier_Concentrationの窓依存性)と対比すると重要な意味を持つ。
3.3 全指標のz-score(55楽章コーパス基準)
(Sp_Disp = Spatial_Dispersion)window=16ではAvg_r・Tonal_Focusともにコーパスの正常範囲(|z|<1)に収まる一方、Spatial_Dispersionは依然としてHamamatsu-16でわずかに負、Koan-16で+1.51と、6指標の中で最後まで異常値を保つ指標である。Centroid_Distはいずれの窓でもコーパス範囲内に収まっている。
3.4 小標本バイアスの検証——超過集中度は窓幅8でピークを持つ
方向統計学では、平均合成ベクトル長(mean resultant length、ここでのrに相当)は標本数が少ないほど上方バイアスを持つことが知られている——n=1では恒等的にr=1となり、真の集中度がどれほど低くても、nが小さいうちは期待値が系統的に高く出る。この影響の大きさを見積もるため、「調的構造を一切持たない完全ランダムなピッチ生成器」(12音を独立一様分布から抽出し、コーパス全体と同じPC≥3フィルタを適用)をヌルモデルとして、窓サイズ4・8・16それぞれでのAvg_rの期待値をシミュレーションした(各窓サイズ10万試行)。
超過分(観測値−ヌルモデル)はwindow=8でピークを持つ山型になる。window=4→8では増大するが、8→16では減少に転じる。この山型パターンは、3.1〜3.3節の知見(局所的凝集の突出はwindow=4・8に限定され、window=16では消失する)と整合している。
なお、ここで用いたヌルモデルは「ピッチクラスが完全に一様分布する」という最も保守的な仮定に基づく。虹機械の状態遷移機械が生成する実際のピッチクラス出現頻度分布(一様でない可能性が高い)に基づくサロゲートデータでの検証は、より精緻な補正として今後の課題である。
3.5 PCA平面上の位置——window=16はコーパスの範囲内に収まる
比較可能5指標(Avg_r、SD_r、Tonal_Focus、Spatial_Dispersion、Centroid_Dist)でコーパス55楽章のPCAを行った。
PC1(寄与率57.8%):Tonal_Focus(+0.520)・Centroid_Dist(+0.546)の正の寄与とSD_r(−0.477)の負の寄与が支配的で、「機能和声的な調的凝集の強さ」を表す軸。正の極にHaydn・Mozart(Haydn_Sym100-1bが最大値+4.42)、負の極にMahler・Pettersson・Shostakovich後期が位置する。これは既知の知見(対称的ピッチクラス集合による原点収束)と一致する。
PC2(寄与率28.3%):Spatial_Dispersion(寄与+0.791)とAvg_r(寄与+0.577)が支配的な、「局所的凝集の強さ×大域的な広がり」を表す軸。コーパスのPC2範囲は−2.59~+2.09。
虹機械6点の投影は以下の通り。
PC1方向では、虹機械6点はいずれもコーパスの範囲内(−2.32~+4.42)に収まっている。PC2方向では、window=4・8ではコーパスのどの楽章も到達しない領域まで大きく突出するが、window=16では両曲ともコーパスの範囲内に収まる(Hamamatsu-16はほぼ原点、Koan-16はコーパス上限近くだが範囲内)。
すなわち、虹機械がコーパスの変奏の延長線上になく、PC2方向へ直交する軸として逸脱するのはwindow=4・8に限定される現象であり、コーパスと最も比較可能な粒度(1小節単位)で見る限り、虹機械はPCA平面上でコーパスの範囲内に収まる。
4. 解釈(作業仮説)
三輪自身が《虹機械》を「新調性主義」と呼んでいることを踏まえると、window=4・8で観測される現象は次のように定式化できる。西欧の機能和声的コーパスでは「局所的な五度圏上の凝集」と「作品全体を通じた単一調的中心への滞留」が相関的に結びついているのに対し、虹機械はこの結びつきを、より細かい粒度において切り離している。
しかし、window=16(コーパスと最も比較可能な粒度)では、Avg_r・Tonal_Focus・PCA上の位置のいずれも、コーパスの正常範囲に収まる平凡な値を取る。これは虹機械の異質性そのものが消失することを意味しない。旧9指標体系(重心の大きさと2次元的な広がりのみを見る)とは独立に行ったf1-f6 Fourierスペクトル分解の結果、window=16はむしろ全データ中でFourier_Concentration(6つの対称性クラス間でのエネルギー配分の偏り)が最大化する窓であった。すなわち:
window=16での重心の大きさ(Avg_r)はコーパス的に平凡である。
しかし、その平凡な大きさの重心がどの対称軸に由来するかを6モードに分解すると、window=16は最も強くf5(五度圏)一極集中している。
この二重性——「大きさは普通だが、内訳は極端に偏っている」——は、Avg_r・Tonal_Focus・Spatial_Dispersionという2次元的な指標だけでは原理的に検出できない。実際、隣接する実音間の音程クラス分析では、全遷移の56〜61%が完全4度・5度(IC5)に集中しており(同音・オクターブ反復が次点で約22〜27%、他の音程クラスはいずれも1桁%台)、窓による集計を一切経ない曲全体の生ピッチクラス列でもf5は同水準の支配性を示す(Hamamatsu: 0.47、Koan: 0.12)。符号付きで見ても+5と+7(すなわち5度の両方向)がほぼ拮抗して出現しており、一方向へのスパイラルではなく双方向の5度往復が基本ジェスチャーになっている。つまり虹機械の状態遷移規則は本質的に「完全5度で動くか、同音に留まるか」という二択でほぼ記述でき、この生成規則が音高列に刻む幾何学的痕跡は、粒度によらず一貫して存在する。
したがって、虹機械の構成原理についての作業仮説は次のように整理できる。虹機械の異質性は、旧9指標体系が捉える「局所的凝集の大きさと大域的な広がり」という次元(これはwindow=16では正常化する)ではなく、f1-f6スペクトル分解によってのみ可視化される、特定の対称軸(f5=五度圏)への一極集中という、別の次元に存在する。これは西欧コーパスとの対比というより、状態遷移機械という生成方式そのものに内在する幾何学的偏りとして理解すべきものであり、その検証と定量化は別文書(f1-f6スペクトル分析レポート)で詳述する。
なお、Spatial_Dispersionのみはwindow=16でも完全には正常化せず(Koan-16で+1.51SD)、これは虹機械の重心が曲を通じて比較的広く移動するという性質が、粒度によらず部分的に残存することを示唆している。
5. 限界と今後の課題
サンプルが2作品6点と少なく、粒度間の値も独立ではない。他の虹機械作品や三輪の他作品への拡張が望まれる。
Harmonic_Coverage等のPC数依存指標は今回比較から除外しており、虹機械独自の「音高多様性」次元は別途扱う必要がある。
3.4節のヌルモデルは一様ランダム生成を仮定した最も保守的な検証であり、実際の音符列データを用いたシャッフルサロゲート(実際のピッチクラス出現頻度分布を保持したまま順序のみランダム化)による、より精緻な粒度間バイアス補正は今後の課題である。
f1-f6全モードのDFTスペクトル分解(Fourier_Concentration等)は、旧9指標体系とは異なる新しい指標体系に属するため本レポートでは主要な分析対象とせず、別文書で詳述する。ただし4節で述べた通り、本レポートで確認したwindow=16の性質を正しく解釈する上で、この別文書の知見が本質的な役割を果たしている。
五度圏重心軌道分析プロジェクトの一部として作成。既存9指標体系のうちPC数非依存の5指標を用いた独自PCAによる。本分析のための実験用スクリプト作成、結果の検証、レポート作成において、Claude Sonnet 5, ChatGPT 5.6 luna を用いています。
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