2025年5月28日水曜日

三輪眞弘について生成AIに聞いてみた(15):Gemini Deep Research with 2.5 Proが「虹機械」について論じる

 これまで4回にわたり、最新の生成AI(いずれも無料版で利用できるChatGPT 4o 検索あり、 Gemini 2.5 Flash, Claude Sonnet 4)に対して、以下の問い合わせを行った結果を報告してきました。

  • 三輪眞弘の虹機械はどのような作品ですか?
  • 三輪眞弘の「新調性主義」について説明してください。
  • 三輪眞弘の「逆シミュレーション音楽」について説明してください。
 そしてこれまでの記事で、本企画での検証対象としている商用生成AI(ChatGPT, Gemini, Claude)の全てにおいて、無料版で使えるモデルでもWeb検索が併用でき、結果として妥当な回答が得られるようになっていることを確認できました。以前は「幻覚(Hallucination)」によるフェイクを含む答が返ってきて、使い物にならなかったものが、を起こして起きたことについて、わずか3か月にも満たない短期間でそれなりに使えるものになったわけですが、前回まで再検証で用いたモデルは、各商用生成AIの最高のモデルではなく、無料版で利用できる、性能的には制限のあるバージョンに過ぎません。現時点では無料版においてすら、GeminiやChatGPT ではDeep Researchという、より深い推論が行えるLLM(Gemini では2.5 Pro、ChatGPTでは o3)を用いたレポート作成機能が利用可能になっています。そこで今回からは、同じ質問をGemini のDeep Research(現在は2.5 Proを使用)に与えて得られたレポートをご紹介したいと思います。

 今回は虹機械についてのレポートをご紹介します。ご利用になった方はご存じのことと思いますが、Deep Researchでは、与えられた課題解決のための調査計画がまず作成されて提示されます。ここではDeep Researchの検証が目的なので、提示された計画に対しては介入を控え、そのまま承認してリサーチを行うことにしました。

 数分後にレポートが出来上がって来るのですが、それに至る前の検索と推論の過程も表示され、レポートに採用されたものだけではなく、検索したが採用はしなかったものも含めて、検索された情報を確認することができます。当然、その速度は人間を大幅に上回るものですから、仮にレポートの内容自体は意に沿わないものであった場合でも、検索された情報のリストは活用できる可能性があります。ここでは煩瑣になるため、検索された情報のリストの方は割愛しますが、最初に提示された計画の方は、参考までに以下の報告に含めることにします。実験は2025年5月22日・28日に行いました。作成されたオリジナルなレポートには、明らかな誤認が認められたので、何度か誤りの指摘と訂正の指示を行った結果が以下に報告するレポートです。これも煩瑣になるため改訂履歴を全て示すことはせず、その代わりに、追加でプロンプトとして与えた誤りの指摘と訂正の指示を示しますので、それによって人間の介入がどのようにして行われたかは確認頂けると思います。なおレポートはGoogle DocumentoにしてExportすることが出来るので、ここではExportしたものを更にpdf化したものを以下からダウンロードできるよう公開しましたので、ご興味のある方はご確認頂ければと思います。
 レポートをお読みになってどう思われるかは、人それぞれかも知れませんが、私は、(1)まず数分でこれだけの分量のレポートが作成されたこと、(2)検索されたWebの情報の量の2点において明らかに人間を凌駕しており、(3)レポートとしての体裁を備えており、(4)レポートの中味については突っ込みどころがないではありませんが、ナンセンスとか出鱈目ということは全くなく、一読に堪えるものであると感じました。内容の独創性とか新規性とかを言い出せばきりがなく、そもそも仕組みからいってもそうしたものを求めるのは筋違いだと思いますが、例えば誰かが、Gemini Deep Researchi作であることを伏せて、あたかも自作であるかのように公開したとしたら、AIが生成したものと見抜くのは率直に言って困難なのではないかと思います。

(2025.5.28)

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→ プロンプト:三輪眞弘の虹機械はどのような作品ですか?

Gemini Deep Research with 2.5 Pro が提示した計画:
三輪眞弘 虹機械 作品解説
 
ウェブサイトをリサーチ
  1. 「三輪眞弘 虹機械」の基本的な概要を特定し、それが音楽作品、インスタレーション、またはその他の形式の作品であるかを確認します。
  2. 作品の構成要素、使用されているメディア、楽器、技術(例:特定の楽器、電子音、視覚要素、アルゴリズムなど)を詳しく調査します。
  3. 作品の背後にある三輪眞弘の制作意図、哲学、コンセプトを深く掘り下げ、どのような思想が作品に反映されているかを調べます。
  4. 作品の構造や形式について分析し、それが固定された楽譜に基づくものか、アルゴリズムによって生成されるものか、あるいはインタラクティブな要素を持つものかを確認します。
  5. これまでに「虹機械」がどのように発表されてきたか、その公演や展示の歴史、場所、時期などを確認します。
  6. 作品に対する批評家や研究者の評価、一般的な受容について調査し、関連する論文、レビュー、インタビューなどを探します。
  7. 「虹機械」が三輪眞弘の他の作品群の中でどのような位置づけにあるのか、彼の全体的な創作活動との関連性を考察します。
結果を分析
レポートを作成
数分で完了予定

→ リサーチを開始。 

リサーチが完了しました。フォローアップの質問や変更の希望があれば、お知らせください。

三輪眞弘 虹機械 作品解説 完了済み

→ 修正指示のプロンプト(1):三輪眞弘 虹機械 作品解説の注13のトークショーは《虹機械-擬き》の制作よりも前に行われており、関係ありません。《虹機械-擬き》ではLSTMによる機械学習の結果が用いられており、生成AIは使われていません。修正をお願いします。

Gemini の応答(1):

承知いたしました。ご指摘いただいた箇所を修正し、レポートを更新します。

「《虹機械》シリーズの全体像と、その革新性」のセクションにおいて、「生成AI技術」を「機械学習技術(特にLSTM)」に修正しました。また、「《虹機械》シリーズの作品群と構造的特徴」のセクションでは、「《虹機械-擬き》と生成AIによる展開」の小見出しを「《虹機械-擬き》と機械学習による展開」に変更し、本文中の「生成AI技術」を「LSTMによる機械学習技術」に修正し、注13のトークショーに関する記述を削除しました。
→ 修正指示のプロンプト(2):「はじまりのうた」のテーマに基づく「永遠の変奏曲」と《虹機械-擬き》は同一の作品です。この点を踏まえて《虹機械》はじまりのうた (2015)と《虹機械-擬き》と機械学習による展開に関する記述を更新してください。

Gemini の応答(2): 
承知いたしました。ご指摘いただいた点を踏まえ、レポートを更新します。
「《虹機械》シリーズの全体像と、その革新性」のセクションにおいて、「虹機械」はじまりのうたのテーマを用いた「永遠の変奏曲」が、学習済みモデルによる「虹機械-擬き」として24時間生成されていることを明記しました。また、「《虹機械》シリーズの作品群と構造的特徴」のセクションでは、「《虹機械》はじまりのうた (2015) および《虹機械-擬き》」として記述を統合し、表も更新しました。
→ 修正指示のプロンプト(3):ありがとうございます。でも「「虹機械」はじまりのうた」は、「はじまりのうた」のテーマに基づく「永遠の変奏曲」ー《虹機械-擬き》とは独立の作品ですので、2作品を区別した記述に訂正してください。

Gemini の応答(3):
承知いたしました。ご指摘いただいた点を踏まえ、レポートを更新します。
「《虹機械》シリーズの全体像と、その革新性」のセクションにおいて、「虹機械」はじまりのうたのテーマに基づく「永遠の変奏曲」が、学習済みモデルによる「虹機械-擬き」として24時間生成されていることを明記しました。また、「《虹機械》シリーズの作品群と構造的特徴」のセクションでは、「《虹機械》はじまりのうた (2015)」と「《虹機械-擬き》と機械学習による展開」を独立した項目として記述し、それぞれの作品の特性を明確にしました。表もこれに合わせて更新しています。
→ 修正指示のプロンプト(4):ありがとうございます。《虹機械 公案-001》の特異性に記載された、「五度音程の積み重ねを基本原理とするセルフフィードバック・システム」は、この作品のみに特異なものではなく、虹機械シリーズに共通した原理です。

Gemini の応答(4):
承知いたしました。ご指摘いただいた点を踏まえ、レポートを更新します。
「《虹機械 公案-001》の特異性」の記述を修正し、「五度音程の積み重ねを基本原理とするセルフフィードバック・システム」が《虹機械》シリーズに共通した原理であることを明確にしました。

Gemini Deep Research with 2.5 Proが作成したレポート:


三輪眞弘の《虹機械》:アルゴリズム、新調性主義、そして人間存在の探求

はじめに:現代音楽における三輪眞弘と《虹機械》の位相

現代音楽の領域において、三輪眞弘は作曲家およびメディアアーティストとして、その革新的なアプローチにより独自の地位を確立している。1958年に東京で生を受けた三輪は、1974年にロックバンドでの活動を開始し、その後1978年にはドイツに渡り、ベルリン芸術大学で尹伊桑、ロベルト・シューマン音楽大学(デュッセルドルフ)でギュンター・ベッカーに師事するなど、西洋音楽の伝統的なアカデミズムに深く根ざした教育を受けた 1。

1980年代後半以降、彼はコンピュータを用いた作曲、特に「アルゴリズミック・コンポジション」(アルゴリズム作曲)という手法の可能性を精力的に探求し、この分野の先駆者として数多くの独創的な作品を発表してきた 1。彼の活動は国内外で高く評価されており、1989年の第10回入野賞第1位、2004年の芥川作曲賞、2007年のプリ・アルスエレクトロニカにおけるグランプリ(ゴールデン・ニカ)、そして2010年の芸術選奨文部科学大臣賞など、数々の権威ある賞を受賞している 1。また、教育者としては情報科学芸術大学院大学(IAMAS)の教授を務め、音楽と情報科学の融合領域における次世代の研究者育成に貢献している 2。

三輪眞弘が1980年代後半から一貫して「コンピュータを用いたアルゴリズミック・コンポジション」を追求し、さらに情報科学芸術大学院大学(IAMAS)の教授を務めているという事実は、彼が単にテクノロジーを音楽制作の道具として利用する作曲家ではないことを示唆している。彼の作品は、計算論的思考に深く根ざした理論的探求の成果であり、音楽、数学、コンピュータ科学の交差点における理論家であり、思想的開拓者としての側面が強く現れている。彼の音楽は、単なる美的表現に留まらず、概念そのものとしてのアルゴリズムを追求しているのである。

彼の作品の根幹をなす考え方の一つに、コンピュータにおける演算アルゴリズムをモチーフに作曲する際、「人間が介在すると必然的にエラーを内包するものとなり、失敗によって曲のありようが変わってゆく」という認識がある 3。これは、一見すると厳密な決定論的システムに見えるものの中に、意図的な変動性や非決定性を導入する彼の哲学の中核をなすものである。この「エラー」や「失敗」は、単なる欠陥ではなく、作品の動的な変化の源となり、三輪眞弘が人間と機械の関係性、あるいは創造性の本質について問いかけるための重要なメカニズムとして機能している。

《虹機械》シリーズの全体像と、その革新性

「虹機械」は、三輪眞弘が長年にわたり探求してきた音楽的・哲学的な思想を具現化する中心的なプロジェクトであり、単一の作品名ではなく、共通のコンセプトと手法を基盤とした一連の作品群、またはコンセプト全体を指すシリーズ名である 4。このシリーズは、彼が2008年頃から提唱し始めた独自の作曲システム「新調性主義」に深く根ざしている 7。

「虹機械」の初演に際し、三輪眞弘は自身の核となるコンセプトである「逆シミュレーション音楽」を、伝統的な「西洋音楽」の文脈に「接続せよ」という命令のもとに位置づけたと述べている 10。これは、単なる現代音楽の実験に留まらず、西洋音楽史の文脈そのものを再解釈し、その未来を提示しようとする壮大な試みである。彼は、西洋音楽の歴史と、その前提として「すでに与えられたもの」とされてきたあらゆる要素(楽譜、演奏技術、楽器の存在など)を徹底的に疑い、その先に新たな音楽の可能性を探るという、極めて前衛的かつ挑戦的な姿勢を明確に示している 10。彼の言葉「西洋音楽の歴史を続けるならその先はこうなるしかないでしょう?」は、彼のアルゴリズム的・計算論的アプローチが、西洋音楽の歴史的発展の論理的帰結であるという確固たる信念を表明している。

近年では、「虹機械」はじまりのうたのテーマに基づく「永遠の変奏曲」が、学習済みモデルによる「虹機械-擬き」として24時間生成されるなど、最先端の機械学習技術(特にLSTM)との連携も積極的に進められている 4。この展開は、三輪眞弘の芸術的探求が、単なる「作品」の制作に留まらず、「生成プロセスそのもの」や「システムの生命性」へと深化していることを示している。楽譜として固定された作品から、学習済みモデルによる24時間生成という動的な、常に変化し続ける作品形態への進化は、彼が音楽の「作品」の定義自体を拡張しようとしていることを示唆している。これは、音楽が単なる静的な「成果物」ではなく、「生成し続けるシステム」そのものであるという、彼の根源的な問いかけを具現化したものと解釈される。

《虹機械》シリーズの作品群と構造的特徴

三輪眞弘の「虹機械」シリーズは、共通のコンセプトと手法を基盤としつつも、その編成や発表形態において多様な展開を見せている。

  • 《虹機械》 (2008)

    シリーズの最初の作品として、2008年にヴァイオリンとピアノのための楽曲として初演された 5。演奏時間は約25分である 11。この作品は、その後の「虹機械」シリーズの基礎となる概念を提示した。

  • 《虹機械第二番 七つの照射》 (2009)

    ピアノソロのために作曲され、2009年10月17日に田中翼によって東京ワンダーサイト本郷で初演された 5。この作品は、三輪眞弘が2008年から提唱する「新調性主義」コンセプトの下での第2作目として位置づけられている 7。

  • 《虹機械》はじまりのうた (2015)

    ピアノソロのための楽譜として、2015年3月15日にマザーアース社から出版された 12。演奏時間は約7分である 12。この作品は、シリーズのテーマをより集約した形で提示している。

  • 《虹機械-擬き》と機械学習による展開

    「虹機械」はじまりのうたのテーマに基づく「永遠の変奏曲」は、三輪眞弘とソフトウェア技術者である山崎雅史(山崎よじべえ)による協働作品であり 2、これが「学習済みモデル」による「虹機械-擬き」として24時間生成されている 4。この《虹機械-擬き》は、LSTMによる機械学習技術を用いた制作の具体的な例であり、アルゴリズムを使ったピアノ演奏と結びつく形で紹介されている 4。この展開は、三輪眞弘が音楽の「作品性」の概念自体を再定義し、静的な成果物から動的な、常に変化し続ける現象へと焦点を移していることを示している。

  • 《虹機械 公案-001》の特異性

    この作品は大井浩明のために書かれたもので、「虹機械」シリーズの重要な一角をなす 1。この作品は、他の「虹機械」シリーズと同様に、「五度音程の積み重ねを基本原理とするセルフフィードバック・システム」によって自動生成される単旋律を主要な原理としている 1。このシステムは、音域や調性の明瞭度を刻々と変化させ、それに伴って音楽的な「気分」も移り変わっていく。三輪眞弘は、この変化し続ける音型パターンに対して、人間が繊細に、そして「機械のように」反応して「気分」を生み出すという事実に「不思議」を感じていると述べている 1。この考察は、機械的生成と人間的知覚の間に存在する複雑な共創関係を浮き彫りにしている。音楽の「気分」や「感情」といった主観的な要素が、客観的なアルゴリズム的パターンと人間の「機械的」とも言える知覚反応の相互作用によって創発されるという、知覚の哲学にまで踏み込んだ洞察がここには存在する。

表1: 《虹機械》シリーズ主要作品一覧

作品名作曲年編成演奏時間初演情報
《虹機械》2008年ヴァイオリン、ピアノ25分2008年10月11日、新宿文化センター小ホール(ROSCO) 11
《虹機械第二番 七つの照射》2009年ピアノソロ不明2009年10月17日、東京ワンダーサイト本郷(田中翼) 7
《虹機械》はじまりのうた2015年ピアノソロ7分楽譜出版(2015年3月15日、マザーアース) 12
《虹機械-擬き》 (永遠の変奏曲)最新作学習済みモデルによる生成24時間生成中オンライン配信 4
《虹機械 公案-001》2017年ピアノ不明大井浩明のために書かれた作品 1

この表は、「虹機械」が単一の作品ではなく、時間とともに発展し、異なる編成や技術を取り入れてきた多様なシリーズであることを明確に示している。特に、楽譜として固定された作品から、AIによるリアルタイム生成へと展開している点は、三輪眞弘の創作における継続的な探求の方向性を視覚的に捉えることを可能にする。

《虹機械》を貫く二大思想:逆シミュレーション音楽と新調性主義

三輪眞弘の《虹機械》シリーズを理解する上で不可欠なのは、彼の提唱する二つの主要な思想、すなわち「逆シミュレーション音楽」と「新調性主義」である。これらは彼の作品の根底をなす哲学的・方法論的基盤を形成している。

逆シミュレーション音楽:定義と実践

概念的枠組み:人間行為と計算の連関

「逆シミュレーション音楽」は、三輪眞弘が提唱する音楽概念の中核をなすものであり、彼の作品群、特に「虹機械」シリーズの根底に流れる哲学的・方法論的基盤である 5。この音楽は、「単純なアルゴリズムによって生み出される純粋行為としての音楽」と定義される 13。その最大の特徴は、人間の行為が「繰り返し計算」によって得られる数列に基づいて行われる点にある 13。これは、通常の音楽制作が作曲家の意図や演奏者の解釈によって行われるのに対し、計算結果が行為を規定するという逆転の発想に基づいている。

驚くべきことに、そのコンセプトとは裏腹に、この音楽は「音楽の専門知識も演奏技術も必要としない単純なもの」であると説明されている 13。この定義は、伝統的な西洋音楽の専門性やヒエラルキーに対する根本的な問いかけである。彼は、音楽の価値が演奏者の技巧や作曲家の複雑な意図にのみ存在するのではなく、単純な規則と人間の行為の相互作用から創発されるという、音楽の民主化、あるいは新たな美学を提案している。専門知識が不要であるという側面は、音楽の創造と享受が、特定の訓練を受けたエリート層に限定されるべきではないという思想を示唆する。彼の音楽は、複雑な美的判断や高度な技術的再現性よりも、規則に従うという行為そのものと、そこから生まれる予測不可能な結果に焦点を当てている。これは、音楽の「本質」が、完成された音響作品そのものよりも、その生成プロセスと、それに従事する人間の「純粋な行為」にあるという哲学的転換を意味する。

規則、繰り返し計算、そして解釈のプロセス

「逆シミュレーション音楽」は、その実践において3つの「相」(「間(ま)」「間(あいだ)」「間(はざま)」)に基づいて構成される 13。これらの「相」は、概念、生成、解釈、命名といった多層的なプロセスを包括している。

  1. 規則による生成: この段階では、音楽を生成するための規則が設定される。これらの規則は、「高度な科学的知識を持たない人々(例えば子供や古代人)でも、計算可能かつ考案可能」であるべきとされ、その結果は「演奏開始時に特定の状態(=初期値)が同じならその後も常に同じになる」ような、決定論的なものである必要がある 13。これは、システムの透明性と再現性を重視する姿勢を示している。

  2. 解釈: 生成された規則と計算結果を、人間がどのように受け止め、行為に反映させるかのプロセスである。解釈は「一生を費やして訓練し続ければ地上の人間ならば誰でも実行できるようになる」べきであり、規則による計算結果が「他者がきるだけ明瞭に識別できるよう工夫」され、「現象全体の特性や多様性をできるだけ明瞭に知覚できるよう工夫」されるべきである 13。これは、人間の身体性を通じた音楽の具現化の重要性を示唆する。

  3. 命名: これは作品タイトルや規則の名前、解釈で行われる行為、使われる物などに名前を与え、またそれらの「由来」を解説することを含む 13。「命名は逆シミュレーション音楽作品を固有の物語に位置づけ人間社会に登録することである」とされ、単なる音響現象を超えた、文化的・意味論的な側面を付与する行為として位置づけられている 13。この「命名」というフェーズの存在は、三輪眞弘の作品が単なる音響的実験やアルゴリズムの具現化に留まらない、深い文化人類学的・社会学的考察を含んでいることを示唆している。彼は、抽象的な計算結果を、人間の言語と物語を通じて社会的な意味空間へと統合しようとしており、これにより、芸術作品の意味生成プロセスそのものを作品の一部として提示しているのである。

「好ましい逆シミュレーション音楽」の条件と哲学

三輪眞弘は、「好ましい逆シミュレーション音楽」の条件として、実践的な側面と概念的な側面の両方を提示している。具体的には、訓練によって「反射的に行えるようになる規則や解釈」、そして「解釈者が誤りを犯しにくい規則」が好ましいとされる 13。これは、彼の音楽が、複雑な思考を介さずに身体的に実践される「儀式」に近いものであることを示唆している。

また、「単純で多様な結果を生み出す規則」が好ましいとされ、特に「繰り返し計算によって生み出される数列が反復しないような規則」が推奨される 13。これは、予測不可能性と創発的な複雑性を重視する彼の美学を反映している。ただし、「短く正確な数列の反復は好ましくない」とされつつも、「反復ではない、規則によって引き起こされる特徴的な現象」は好ましいと、微妙なニュアンスで区別されている 13。作品の「命名」に関しては、「名前や由来はイメージしやすく、事実と信じられるものが好ましい」とされており、作品の物語性や受容におけるリアリティの重要性が強調されている 13。

さらに、本来は規則による計算をしながら演奏を続けるのが理想的だが、それが現実的に不可能な場合は、あらかじめ計算結果を記譜し、それに従って演奏を行うことも許容される 13。ただし、これは「本来好ましくない逆シミュレーション音楽」であるとしつつも、「規則に従い解釈と命名が行われている限り逆シミュレーション音楽のひとつの領域である」と、その受容範囲を示している 13。この記述は、三輪眞弘の作品における理論的理想と実践的妥協の間の緊張関係を示している。彼の探求が純粋な概念的厳密性だけでなく、現実の演奏環境や人間の能力との相互作用の中で、いかに「音楽」を成立させるかという実用的な側面も考慮していることを示唆している。

音楽における「儀式」の再考と人間の役割の顕在化

三輪眞弘にとって、「音楽」と「儀式」は「ほぼ等価である」という極めて重要な哲学的命題を提示している 14。彼は、音楽が音響現象に特化している点で儀式と全く同じではないものの、その本質においては同じであり、神のような超越的な存在に「奉納する」ものであると考えている。この考え方は、日本の伝統芸能が神に奉納されるという前提や、ベートーヴェンのピアノリサイタルでさえも、本質的には同様の「儀式」的側面を持つという彼の持論に基づいている 14。

彼は、芸術が単なる「エンターテインメント」に堕することなく成立するためには、神のような超越的な存在が不可欠であると主張する 14。そして、現代において「神は死んだ」と言われる中で、現代人が最も信じている「科学と数学、つまりアルゴリズム」を、この超越的な存在に代わるものとして選択したと述べている 14。これは、アルゴリズムを単なる作曲ツールではなく、音楽に意味と権威を与える現代の「神」として位置づける、彼のユニークな思想である。

この哲学に基づき、「逆シミュレーション音楽」では、アルゴリズムで楽曲を生成しても「絶対に人間が演奏しないと意味がない」と強く主張する 14。コンピュータが100倍の速度と正確さでできることを、あえて生身の人間に行わせるのは、そうしないと「音楽」や「儀式」にならないからであると説明している 14。彼は「儀式」は自動化できるものではなく、人間がやることによって初めて意味を成すものだと考えている。

さらに、この音楽には「集団的なレベルでの身体」が深く関わるとされる。個人個人の身体は分かれていても、集団で何かを行うことでトランス状態になるように、実は繋がっている部分があることが重要なポイントだと説明している 14。人間が演奏することで生じる「差異」もまた、彼の作品にとって不可欠な要素である。例えば、鈴やカスタネットの鳴らし方における微妙な強弱、あるいは声の高低、性別、年齢による複雑な差異など、機械では完全に制御できない人間特有の要素が、音楽として受容される上で重要であると彼は考えている 14。アルゴリズムによって規則に従えば音が鳴る順番はシミュレーションで確認できるが、実際の演奏では、人間が混乱したり焦ったり、余計なことを考えながら行う「人間らしさ」が音楽を成立させる上で不可欠であると強調している。完全にルールで決まったことをやったとしても、人間がやる限り完全に同じことは絶対にできない、そして彼はそれを顕在化させたいと考えているのである。これは、音楽の根源的価値が、人間の不完全性や偶発性の中にこそ見出されるという、彼の哲学的な立場を明確に示している。

新調性主義:アルゴリズムによる調性の再構築

「新調性主義」は、三輪眞弘が2008年に提唱した独自の作曲システムであり、特に《虹機械第二番 七つの照射》においてその概念が具現化されている 7。このシステムは、無調音楽でも既存の三和音に基づく調性音楽でもない、独自の調性音楽の理論体系を構築し、それを音楽生成アルゴリズムとして表現しようとする試みである 7。

《虹機械第二番 七つの照射》における「新調性主義」の具体的な音楽的特徴は以下の通りである 7:

  • 形式と調性: ピアノソロのための単旋律という形式をとり、変ホ短調の「調性」を持っている。
  • 構成: 演奏者による「さっ」という7回の掛け声で区切られた8つの部分から構成されている。
  • アルゴリズム: 五度サークル上の音の移動の仕方を規定するアルゴリズムが用いられており、中心音への引力(調性音楽の力学)が表現されている。
  • 音楽生成: 16分音符12個が一小節をなし、この一小節のそれぞれの音の高さが決まると、次の一小節が規則から一意的に導かれる(ただし同音が続いた場合発音されない)。これを次々と反復して音楽が生成される。つまり、最初の一小節(初期値)が決まれば自動的に全体が決まる仕組みである。
  • 力学系としての解釈: この反復は数学的には離散力学系であり、一般に力学系がどのような初期値から始めてもアトラクタと呼ばれる集合へと引き込まれていく現象を、三輪眞弘は調性音楽の「中心音への引力」として解釈し、「調性」を形式化している。これは、数学的モデルを用いて調性を再定義し、その本質を力学的な概念として捉え直す試みである。
  • 人為的な介入: 7回の「さっ」という掛け声は、アトラクタに引き込まれて音楽がもはや進行しなくなった瞬間に、16分音符が一つ人為的にずらされ、力学系の軌道がそれる合図となっている。これにより、音楽の新たな進行が始まる。これは、宇宙線の照射(radiation)によって遺伝子の突然変異が起こり、生物種の停滞が打ち破られるかのように例えられている 7。この人為的な介入は、決定論的なシステムの中に偶発性と生命性を導入し、予測可能なパターンの中に予測不可能な変化を生み出すことで、音楽に新たな展開をもたらす役割を担っている。

結論:《虹機械》が提示する音楽の未来と人間存在の問い

三輪眞弘の《虹機械》シリーズは、単なる現代音楽作品の集合体ではなく、音楽、テクノロジー、そして哲学が複雑に交錯する領域における、多角的な探求の成果である。彼の芸術活動は、1980年代後半からのアルゴリズミック・コンポジションへの傾倒に始まり、情報科学芸術大学院大学(IAMAS)での教育活動、そして数々の権威ある賞の受賞によって裏打ちされている。

《虹機械》シリーズは、楽譜として固定された作品から、学習済みモデルによる24時間生成される「虹機械-擬き」のような動的なシステムへと進化を遂げている。この進化は、音楽の「作品性」が、特定の音響の成果物から、常に変化し続ける「生成プロセスそのもの」へと拡張されるという、彼の根源的な問いかけを具現化している。彼は、西洋音楽の伝統的な前提を徹底的に疑い、「逆シミュレーション音楽」と「新調性主義」という二つの思想を通じて、西洋音楽史の文脈を再解釈し、その未来の地平を提示しようと試みている。

「逆シミュレーション音楽」は、「音楽の専門知識も演奏技術も必要としない単純なもの」と定義され、音楽の創造と享受における伝統的な専門性やヒエラルキーに根本的な問いを投げかける。このアプローチは、音楽の価値が演奏者の技巧や作曲家の複雑な意図にのみ存在するのではなく、単純な規則と人間の行為の相互作用から創発されるという、新たな美学を提案するものである。さらに、作品の「命名」が「固有の物語に位置づけ人間社会に登録すること」と定義されている点は、彼の作品が単なる音響的実験に留まらず、文化人類学的・社会的な深い考察を含んでいることを示唆している。

三輪眞弘にとって、「音楽」と「儀式」はほぼ等価であり、芸術が単なるエンターテインメントに堕することなく成立するためには、神のような超越的な存在が不可欠であるという彼の哲学は、現代において「科学と数学、アルゴリズム」がその役割を担うというユニークな解釈へと繋がる。この思想に基づき、彼はアルゴリズムで生成された楽曲であっても「絶対に人間が演奏しないと意味がない」と強く主張する。コンピュータが完璧な演奏を可能にする現代において、あえて人間の「不完全性」や「差異」、そして演奏中に生じる「人間らしさ」(混乱、焦り、余計な思考)が、音楽を成立させる上で不可欠であると彼は強調する。これは、人間と機械の共存する未来において、芸術の根源的な価値が、人間の身体性や予測不可能性の中にこそ見出されるという、深遠な人間存在への問いかけである。

「新調性主義」は、五度サークル上の音の移動を規定するアルゴリズムと離散力学系の概念を援用し、中心音への引力としての「調性」を再構築する試みである。このシステムにおいて、演奏者による「さっ」という人為的な掛け声が、決定論的な音楽の進行に偶発的な変化をもたらす要素として組み込まれている点は、予測可能なシステムの中に生命性と創発性を導入する彼の芸術的意図を明確に示している。

総じて、三輪眞弘の《虹機械》は、現代音楽の最前線において、アルゴリズムと人間、機械と身体、決定論と偶発性、そして芸術と儀式といった対立する概念を統合し、新たな音楽の可能性と人間存在の根源的な意味を問い続ける、極めて重要な作品群である。彼の探求は、音楽の未来だけでなく、テクノロジーが深く浸透した現代社会における芸術のあり方、そして人間性の本質そのものに、多大な示唆を与えている。


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