2026年4月25日土曜日

「20世紀の三輪眞弘展」について(2) 演奏会 (2026.4.11)

20世紀の三輪眞弘展

演奏会

2026年4月11日 13:30開演

としま区民センター 多目的ホール


ピアノとチェロ(コントラバス)のための「極東の架空の島の唄 I」(1991)

 コントラバス:布施砂丘彦、ピアノ:川村恵里佳

ハンス・リヒター「午後の幽霊」のための音楽(1995):日本初演

フルートとピアノのための「極東の架空の島の唄 II」(1992)

 フルート:梶原一紘、ピアノ:川村恵里佳

架空木管五重奏のための「BQMOVM1E」(1986)(スピーカー版):日本初演

架空木管五重奏のための「BQMOVM1E」(1986)(人力演奏版):世界初演

 フルート:梶原一紘、クラリネット:岩瀬龍太、オーボエ:大木雅人、

 ファゴット:塚原里江、ホルン:岸上穣、リアルタイム楽譜化機能制作:後藤天


トーク:畠中実、三輪眞弘

ピアノ、アンサンブルとコンピューターのための「東のクリステ」(1993):日本初演

 指揮:馬場武蔵、フルート:内山貴博、クラリネット:岩瀬龍太、

 ヴァイオリン:松岡麻衣子、ヴィオラ:迫田圭、チェロ:下島万乃、

 コントラバス:布施砂丘彦、ピアノ:川村恵里佳、

 音響:磯部英彬、Maxパッチ再制作:松本祐一

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三輪眞弘さんのドイツ時代(1978~1996)にフォーカスした展示、当時についての三輪さん自身や三輪さん知る方々へのインタビューを中心にして構成されたドキュメント映像および作品演奏の映像の上映会、演奏会よりなる企画が、としま区民センターにて開催されました(上映会は4月3日、12日の夜の2回、展示は4月9日~12日、演奏会は4月11日の午後)。私はそのうち、上映会の1回目と演奏会を訪れたので、その感想を記しておくことにします。上映会については別稿で記していますので、この文章では、演奏会の感想を書き留めて置きたく思います。

先回りして最初に申し上げておきますが、三輪さんの友人の羽山さんの企画になる一連の催しの、いわば「メイン・イベント」たるこの演奏会は大変な盛況で、用意された客席が概ね埋まり、会場が常ならぬ熱気に満ちた中で行われました。演奏会後半に三輪さんとトークをされた畠山実さんもそうですが、会場を埋める客席にも、これまで三輪さんの活動を支えて来られた多くの方がおられたようで、演奏会が始まる前も、休憩時間中も、会場後方の席の三輪さんにひっきりなしに色々な方が挨拶に見えられて、どこか華やいだ雰囲気すら感じられ、まずその雰囲気に圧倒されてしまったというのが正直な印象です。それもあってか、思わず、三輪さんの音楽に出遭って間もなくの頃——それは残念ながら今回演奏された作品が作曲された同時代ではなく、遅れること約10年を経て21世紀になってからのことでしたが――三輪さんの作品の演奏会に足を運んだ時の自分が感じた、或る種の寄る辺なさのようなものが甦るように感じた程でした。もっともこれには、個人的な理由で新型コロナウィルス感染症の蔓延以降、流行が収まってからもイベントに参加することを控えてきたという事情も関わっているに違いありませんが。

いずれにしても、こと今回の演奏会については、三輪さんの音楽の最上の聴き手が集った訳ですから、、私が感想を記す事は凡そ無用であり、蛇足であるとしか感じられません。そしてこの演奏会の様子は主催者によって収録され、記録として残されるようですから、その場に偶々居合わせただけの人間の不確かな記憶に基づく記録もまた無用に違いありません。従って以下はあくまで、丁度三輪さんの音楽に出遭った時期に録音で接して圧倒された作品の実演に接することがようやく叶った、その聴取から受けた主観的な印象を、専ら自らの備忘のために記しておくものに過ぎず、それ以上の意味はありません。そうであってみれば、そもそも公開することなく筐底に秘しておけば済むのかも知れませんが、その一方で、幸運にもこの貴重な場に居合わせることが出来たからには、それを証言することが義務であるようにも感じます。かくしてその義務を果たさんがためだけに、拙い備忘を公開する次第です。以下、記録としての意味合いを踏まえ、基本的には演奏された順番に記載していきます。

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最初の作品は「極東の架空の島の唄 I」で、これは別途4月3日の夜と4月12日の夜に行われた上映会でも別の演奏の記録映像が上映された作品です。実は事前に頒布されたイベントのチラシでは、この作品は演奏会のプログラムには含まれておらず、上映会の映像のみで接することができる筈でした。しかしながら実際には、演奏会で実演にも接することができ、更に付け加えれば、映像版がチェロによるリアライズであるのに対して、この日の実演はコントラバスによるものでしたので、この催しを通して、両方のバージョンに接することができたことになります。これは後のトークの際に三輪さんが披露された事ですが、三輪さんがこの作品について抱いていた「極東の架空の島の「インディアンのおじいさんが星空の下で子供たちに昔話を語っている」」イメージ」に添うべく、ガット弦を用いた演奏とのことでしたが、ビブラートをほとんど用いない奏法のためか、コントラバスがもともとヴァイオリン属よりはガンバ属のヴィオローネの系統を色濃くひいていることも相俟ってか、どことなく「私の好きなコルトレーンのもの」でのヴィオラ・ダ・ガンバの音色との繋がりを想起させるような感じを受けました。

実演の順序としては、続けて演奏されたのは「ハンス・リヒター「午後の幽霊」のための音楽」でしたが、ここでは順序を変えて、その後に演奏された「極東の架空の島の唄 II」について先に記します。この作品は題名が示す通り、「極東の架空の島の唄 I」と同じ、柴田南雄さんの『音楽の骸骨の話』に基づく'Minyou'アルゴリズムによって確率的に生成された五音音階旋律を素材とした作品ですが、聴いて直ちにわかる通り、全曲を通して途切れなく旋律が継起する、単一楽章の「極東の架空の島の唄 I」とは異なって、五楽章からなる組曲のような構成を持ちます。それだけに、楽章構成のような要素も加わって、どこまでが自動的に生成されたもので、どこから作曲者の編集的介入が行われたのかを区別することは一層難しく、聴いた感じからは、一から人間が作曲したものを思う人が居ても不思議はありません。もっともこの点は、程度の差はあれ、「極東の架空の島の唄 I」や「私の好きなコルトレーンのもの」にも共通して感じられることではあるのですが。

実際には「極東の架空の島の唄 I,II」のみならず、この日は演奏されなかった――後のトークで畠中実さんが指摘されていたように既に再演が行われており、私はその場に立ち会うことができたのですが――「東の唄」もまた同じ'Minyou'アルゴリズムを発展させて作曲された、謂わば「姉妹作」のような作品なのですが、こちらは「東のクリステ」と同様、人間の演奏にリアルタイムなフィードバックシステムによるインタラクションが加わっていることから、「コンピュータ音楽」であることが一聴してすぐにわかります。また、三輪さんが日本に戻った後に作曲した、決定論的なアルゴリズムにより生成された音の系列をそのまま用いた作品もまた、多くは無窮動的な、リズムの変化のない音の継起として実現されることもあって、作品が「アルゴリズム」に基づくものであることを感じ取ることは容易です(というよりそれと気づくように意図的に仕組まれているわけですが)。それに対して「極東の架空の島の唄 I、II」および「私の好きなコルトレーンのもの」は、結果として確定的に楽譜に定着された音の系列を人間が演奏した時に、「機械的に作られた」ということを感じさせないという点で異彩を放っているように思われます。それがコンピュータが生成したものかどうかを判定するクイズのような趣向は「音楽」の本質からはズレていて、さしたる意味はありませんが、恰も人間がその場で即興的に紡ぎ出しているかの如く自然に聞こえる「作品」が、コンピュータに規則を与えることによって生成された出力を素材として用いているという事実は、作曲するというのがどういうことなのか、もっと言えば、人間と「音」との関わりがどういったものであるのかを問うているように思えます。

その一方で、そうした音の系列が「音楽」に聴こえることにとって、人間の演奏者が演奏をすることが本質的な要素であることもまた、「極東の架空の島の唄 I、II」のような作品の演奏に接することによって強く認識させられることのように思います。実際、楽譜を一見すればわかることなのですが、これは後年の「虹機械」などがそうであるのと同様に、「極東の架空の島の唄 I、II」や「私の好きなコルトレーンのもの」でも、例えば弦楽器パートにおける弓使いや弦の指定、鍵盤楽器パートにおける右手・左手への配分は勿論、ダイナミクス、アゴーギクの指定も一切なく、辛うじて速度と簡単な発想指示があるだけで、聴いた時の印象とは裏腹に、恰もコンピュータが生成した音の系列をそのまま譜面に起こしたかのように見えます。従って、弓使いや息つぎとかフレージングといった旋律を奏でるにあたって最も基本的な事柄すら、演奏者がいわば「発見」し、「解釈」を加えていかなくてはならないのですが、これがこの日の演奏のように、優れた演奏者の手にかかれば、恰も初めからそのように演奏するように全てが決められていたかの如く感じられて、かくも自然な音楽が、必然的にすら感じられるフォルムを備えて紡ぎ出されていくことに驚き、感動させられました。その度合いは、私に限って言えば、この日のプログラムの中で一際会場の大きな反応を引き起こしたように見えた「架空木管五重奏のための「BQMOVM1E」」の人力演奏版の妙技にも劣らないものでした。

もっとも、考えてみればこれは実は「普通」の音楽についても言えることかも知れません。記譜法の知識がなければ、楽譜を読むことはできませんし、楽譜の情報をMIDIシーケンサで打ち込んたものを再生して聴いてみればすぐにわかることですが、それだけでは単なる音の系列が再生されるばかりで、「音楽」らしくは聞こえません。同じ楽譜を人間が演奏する際には、——勿論、技量の裏付けがあってこそという前提はありますが、――無意識の裡にも「解釈」が入り込んでしまうものです。人間は生成される音の系列を「解釈」し、自然とそれを「音楽」にしてしまうものなのです。況してやこの日の演奏のように、卓越した技量を持つ演奏家の手にかかると、「同じ」曲が、どんなに表情豊かで多彩な変化に富んだものになるかは、通常の音楽においても常に生じていることであり、けれどもそうした当たり前のことが、「アルゴリズミック・コンポジション」という技法を通して眺めることによって、増幅され、明瞭に認識されるというのがこの日の演奏に接して感じたことでした。これは後年の三輪さんが提唱した「逆シミュレーション音楽」において「解釈」の相で示されることになるわけですが、その点は20世紀の三輪眞弘作品でも変わることがないように思えます。

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上演順序からすると「極東の架空の島の唄 II」の前に戻ることになりますが、次に「ハンス・リヒター「午後の幽霊」のための音楽」について記すことにします。この作品は幾つかの点で三輪さんの作品の中では異色の作品に感じられます。まずこの作品は、その制作過程として、先行して存在する無声映画に後から音楽を「当てる」というやり方を採っている点が特異で、時間的な構造の主導権が映画の側にあり、音楽はそれに合わせるという点において、独特の自律的な時間構造を持つ他の三輪さんの作品の中にあって異彩を放っているように思えます。そしてその印象は、実際に作品に接すると更に決定的なものとなります。映像とのシンクロが丁寧になされており、映画音楽の制作方法としては一般的ですが、この日演奏された他の「アルゴリズミック・コンポジション」の作品と異なって、映像に合わせて音楽を書いていったように思え、一見したところ「アルゴリズミック・コンポジション」が介在する余地がないようにさえ感じられます。

その一方で、その上演形態は映画音楽としては風変りで、通常の映画音楽ならサウンドトラックとしてスピーカから(通常は映画そのものの音響と一緒になって、でも今回の場合は無声映画だから音楽の音響だけが)再生されるものだと思うのですが、この日の上演では、舞台上にプレイヤー・ピアノが置かれ、映画のカットに合わせて自動演奏を繰り広げるといった形で行われました。それはかつての無声映画の時代に、映画館での上映に際して、映写される映像に「音当て」するような仕方で、その場で演奏家が音楽を実演したことを喚起せずにはおきません。一見すると、劇やバレエ、パントマイムのような舞台作品に対して、ピットに収まった演奏者が音楽を奏するのと類似しているようにも見えますが、既述の通り、それと決定的に異なるのは、時間構造の決定に関して、事前に収録されて再生・上映される映像が主導権を握り、音楽は専らそれに合わせるしかなく、そこには相互作用が存在しない点で明確に異なります。従って一見したところ、人間がその場で演奏するならともなく、プレイヤーピアノの自動演奏であれば、その場で楽器がリアルに音響を発するという点のみが、録音された音響を同期して再生するのとの違いになっているように見えます。

実はそうした上演形態は、この作品にとっては必然的な形態であり、ここでプレイヤー・ピアノがやっているのは、確定した音の系列のリアルタイムの再現ではなく、映像のカットに合わせて、アルゴリズムに基づいてリズムや旋律を生成するという、いわば即興演奏をしていたというのが種明かしになります。つまりこの作品もまた、「アルゴリズミック・コンポジション」の手法を用いて作曲されているのです。但し、近年のテクノロジーの進展を踏まえれば、映像からカットを自動的に認識して…というところまで踏み込むことも可能になりつつあるのかも知れませんが、20世紀に制作されたこの作品では、映像のカットと音楽のタイムコードによるシンクロは事前に人手で設定されていて、「アルゴリズミック・コンポジション」は創作プロセスとしてはその先で、リアライズにおける時間としてはシーンの内部でのみ動いています。

確率的な挙動を行うプログラムに基づくこの作品は、仮にもう一度演奏すると、映像は同じものの繰り返しであっても、生成される音楽は異なったものになった筈です。ご教示頂いた情報によれば、1995年11月9日にボンのドイツ連邦美術館において、同美術館主催のフェスティバル「映画音楽週間」の一環として初演された後、翌年にもケルンやデュッセルドルフで何度か「再演」された記録があるとのことですが、それらも都度異なったものであった筈だし、今回の上演もまた、過去のどの上演とも異なったものということになります。この点はこの日、後に続けて演奏された(但し作曲順としては先行する)「BQMOVM1E」にも共通していますが、そういう意味での一回性が存在することにも目くばせしておきたいように思います。この点は、三輪さんが、一般にはこれもコンピュータ音楽の典型的な形態である、録音媒体に固定され、基本的には同一の音響が再生されるテープ音楽のような電子音楽にほとんど背を向けている――私が接したことがある作品としては「ディテュランブ」と「再現芸術における幽霊、またはラジオとマルチチャンネル・スピーカーシステムのための、新しい時代」くらいしか思いつきません――ことと裏腹の関係にあることにも留意すべきでしょう。

尤もそのことは一度聴いただけでは区別することは困難で、上演が反復されるのに繰り返し立ち会うことによってしか知る術はありません。今回の上演で初めてこの作品に接した場合、状況証拠に基づく「推理」によって、そうした可能性に思い当たることは可能かも知れませんが、この作品については当日配布されたプログラムノートにも解説がないため、この点については演奏会後、三輪さんに確認して教えて頂いたことを記しておきたく思います。(尚、この作品の解説がない点については、意図的に判じ物を演出した訳ではなく、単に、この日演奏された他の作品がいずれもCDに収録されることになったのに対し、この作品だけは、映像を伴うという上演形態の特殊性も恐らくはあって、その機会がなかったこともあって、解説を用意する時間的な余裕がなかったとのことです。)

また「アルゴリズミック・コンポジション」と並んで、この時期の三輪さんの作品の多くが持っている特徴の一つとして、リアルタイムなインタラクションを機械が行うことが作品のコンセプトの中核に置かれていることを挙げることができると思いますが、この作品はその点に関しても例外ではないという見方が可能かも知れません。但し既述の通り、ここでのインタラクションは一方的なものですし、他の作品のような人間と機械の間のインタラクションではなく、謂わば機械同士のインタラクションになっている点が異なります。つまり、この作品にはリアルタイムの「上演(=即興)」というファクターは存在しますが、「人力による」というファクターの方は不在です。その意味では、コンピュータが生成した音を楽譜に書き留めて、リアルタイムにではなく事後的に「人力」で再現することが前提となっている「極東の架空の島の唄 I、II」とは相補的な関係にあり、上演プログラムの配列の妙が感じられます。

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そのように考えると、上演プログラム前半の掉尾を飾るのが、架空木管五重奏のための「BQMOVM1E」(1986)の2つの上演形態によるバージョンであることもまた、極めて一貫したものであることに気付かされます。この作品もまた、アルゴリズムに基づいたコンピュータによるリアルタイムの「即興」というコンセプトの作品であり、同じ作品を2回繰り返して演奏するとは言うものの、通常の作品の場合とは異なって、同一の音の系列が反復されるのではなく、実際にこの日の上演でも、全く異なる音響がリアライズされることになりました。ここで興味深いのは、「再演」という言葉の実質が、通常の作品のそれとは全く異なったものになってしまっていることです。通常の再演は、仮にそれが最初は即興であったとしても、それが録音されるなり、楽譜に書き留められたものを再現することで、そこでは音の系列の同一性は担保されているのに対して、ここでの再演にはそれがありません。尤もこの点は、それが「アルゴリズミック・コンポジション」でなくても、人間の即興演奏でも成り立つことであることには留意が必要だと思います。とはいうものの「アルゴリズミック・コンポジション」における作品の同一性が、通常のそれとは異なる点は看過できない相違として書き留めて置くべきかと思います。

しかし、この日上演された2つのバージョンの違いが単にその点に留まらないことは明らかであり、そこで示されたのは、その後のトークでもその点が指摘され、繰り返し論じられたように、コンピュータが生成する音の系列がリアルタイムに楽譜化されて表示されているのを読み取り、即座にリアライズする人間の演奏家の、驚異的と言う他ない演奏技術の高さであり、単なるアクロバットの披露に留まらず、実現される音にニュアンスを付け、或る時は奏法を変えて意味を与えていく芸術性の高さでした。事前に三輪さんが、その辺りの背景を会場に向けて説明したこともあり、演奏が進むにつれて会場全体が緊張に包まれ、白熱した感じにさえなったように感じられ、この日の演奏のハイライトとなったように思います。

但し、これはその場限りの印象ではありますが、アルゴリズムにより生成された音の系列そのものの興味深さに関して言えば、最初のバージョンの方がより興味深いものであったと私には感じられました。これも三輪さんから補足説明があった点ですが、この作品のマクロな構成原理として挙げられる、スタックを用いたパターン生成の効果による構造的なまとまりについては最初のバージョンの方がより明確に感じられたように思えます。また、あたかも組曲のように複数の楽章が継起するのですが、その楽章間のコントラストについても、個人的には前のバージョンの方がうまく行っているように感じられました。尤もこれは、スピーカー版の楽器の音色が合成されたものであり、平板でニュアンスに乏しいものであるが故に、却ってそうした点に注意がより多く向いたに過ぎないかも知れません。

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なおこの作品はもともとは作曲当時(1986年)の開発環境であるATARIコンピュータ上でC言語プログラムとして作成されたものを、最終的には最新のMAX/MSPで動作するパッチに松本祐一さんが移植したものとのことです。これまでも「夢のガラクタ市」、「赤ずきんちゃん伴奏器」、「東の唄」といった作品のシステム改訂版の作成、演奏が行われてきましたが、それに今回、この「BQMOVM1E」と、この後演奏された「東のクリステ」が加わったことになります。一方で、であれば同様に「ハンス・リヒター「午後の幽霊」のための音楽」については「システム改訂」は不要だったのかという疑問が浮かびます。「MIDIピアノ」という楽器=媒体が相対的にはロバストで、数十年の時間の隔たりを乗り越えたため、改訂は不要だったということなのだろうと推測されます。するとここにも、通常の、アコースティックな楽器により演奏される音楽作品とは異なる、作品の同一性のゆらぎが存在することになりそうです。つまり「改訂」の意味合いが通常の作品とは異なり、寧ろそれは他の楽器へのトランスクリプションに近いものなのかも知れません。つまり異なるのは、作品をリアライズするための環境である「媒体=メディア」であり、即興の場合とは逆向きに、ここでは改訂によって作品の「見た目」が変わってしまうことはありません。

これはテクノロジーの進歩のスピードの「ツケ」のようなものなのでしょうが、「媒体(メディア)」という点では同じ位置にある筈の「楽器」に比べて、その変化のスピードが桁外れに早く、一人の作曲家の経歴の内部で既に初期作品の再演が物理的に困難になるというのは、広い歴史的展望に立った時、いわゆる電子音楽・コンピュータ音楽の「特徴」の一つということになるのかも知れません。勿論、意図された事ではないですが、世代を超えた継承、一旦断絶したものの復元という観点では、楽器のようなものに比べて脆弱であるということを改めて認識しました。勿論、楽器だって時代とともに変わっていき、例えばヴィオラ・ダ・ガンバやチェンバロのような復元楽器は「システム改訂」されたものに近いのでしょうが、三輪さんの周辺の復元楽器の事例として、木戸敏郎さんによる「箜篌」を思い浮かべれば、楽器の復元と「システム改訂」ではタイムスケールが異なることに気付かされます。

音楽の音響的実現のタイムスケールは(ケージのOrgan²/ASLSPのような例外はあるにせよ)概ね基本的には生きている人間の生理的時間に即したものになるわけですが、音楽作品の上演の反復・継承という側面では、逆に、生物学的人間の進化のタイムスパン、道具の進化のタイムスパン、テクノロジーの進化のタイムスパンという別のタイムスケールが浮かび上がってくるように感じます。そして前者(=音楽の音響的実現のタイムスケール)は生物学的人間の進化がのろくて、オケゲムやバッハの時代と現代とで大まかには同じであるのに対して、後者については「20世紀の三輪眞弘」と21世紀の三輪さんで、既に同一ではないということになります。三輪さんの定義する「音楽」は、前者だけではなく、後者も包含し、それを構成要件として(「相」というかたちで)含んでいますから、その定義から導かれる系として、こうした側面も「音楽」の本質的な側面であって、決して「おまけ」的な技術的な細部ではないのだ、ということが示されているように思えます。

結果として、作曲当時の最新のテクノロジーを駆使した作品は、その機種依存性故に、数十年の後の再演にあたっては「システム改訂」が必須ということになります。その具体的なプロセスは個別のケースで異なり、「BQMOVM1E」の場合であれば、当時の開発環境であったATARIコンピュータのエミュレーションから始まって、C言語プログラムの解析(教えて頂いたところによれば、生成AIが強力なツールとして役立ったとのこと)、MAXパッチへの移殖という非常に複雑なプロセスを経たものであり、今回のシステム改訂の作業は実体としては再構に近いものとなったようです。更に加えて、人力演奏にあたっては、コンピュータが生成した音の系列を人間が読んで演奏できるように、リアルタイムで楽譜化する必要があり、そちらは後藤天さんが開発されたとのことです。この時「リルタイム楽譜化」プログラムは「人力演奏」のためには必須のものであり、作品の一部という見方もできるように思えます。

かくして「システム改訂版」の作成というのは、既に演奏の伝統の途絶えた楽器の復元や、作品の(作品を記録した記譜法の解読、奏法の推定も含めた)復元にも比較できるような作業であり、同一システムによる再演の際の同定のために、或いは更なる技術の進歩により、将来更に異なったの改訂版が複数作成される可能性も踏まえて、スピーカー版を「2026年松本版」、人力演奏版を「2026年松本ー後藤版」といったように改訂版作成者の名前を冠して呼ぶのが妥当なように私には感じられます。お二人の業績に敬意を表しつつ、この点について特に記しておきたく思います。

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休憩の後は、畠中実さんと三輪さんの対談によりプログラムが再開されました。内容は、特に休憩の直前に演奏された「BQMOVM1E」の人力演奏版の印象を中心にして、後年、「逆シミュレーション音楽」において「解釈」の相として定式化される人間による「演奏」の重要性の話題が前半を占め、後半は、畠中さんが的確にも指摘、言及された、この企画がフォーカスした時代に執筆・上梓された三輪さんの著作『コンピュータエイジの音楽理論』に関連したやりとりとなり、とても興味深いお話を伺うことができたように思います。

特に私が興味深く感じたのは、三輪さんが、この企画が取り上げる「20世紀」における作曲手法と、その後の日本に戻ってからのそれとの違いを説明したところで、乱数発生器を喩えとして持ち出して、その後の作曲におけるアルゴリズムの決定性を説明した点です。これは、基本的にプログラムが確率的な動作をするか、決定性の動作をする有限状態オートマトンかの違いを強調するためだと受け止めましたが、細かく見れば、例えば「虹機械」では(突然変異を惹き起こす放射線のそれに因んで「照射」と呼ばれていますが)音の系列がアトラクターに捕まって同じパターンの繰り返しになってしまった時に、そこから脱出する手段として、生成された音をランダムに「突然変異」させてその後の軌道を強制的に変えるといった操作が行われていますから、どちらかというと確率的な挙動が何を目的に用いられるか、つまり 「サイコロを振る」理由が違う、ということだと考えることもできます。状態遷移自体が確率分布に従うのであれば、結果として得られる系列は、初期値が同じであってもプログラムを動かす度に、都度違ったものとなりますが、決定性の動作をする場合には、「照射」による突然変異が起こるまでは、全く同一の系列が生成されることになり、初期値の選択が持つ意味合いがより大きくなります。結果として、20世紀の三輪作品では、用意されたアルゴリズムが生み出す音の系列の多様性にフォーカスされ、その根拠となるプログラムの作り方に興味が集中したのに対して、21世紀の三輪作品では、生成される音の系列は、一聴した感じでは、普通の意味合いでは「機械的なパターン」が感じられるものとなり、取りようにとっては或る種の単純化が起きたように見える一方で、より厳密に限定された音の系列が如何にして「音楽」となるかのプロセスにフォーカスが移動しているように思われます。「規則の生成」だけではなく、「解釈」を、更には作品の由来に相当する「命名」の相を必須の条件とする「逆シミュレーション音楽」が提唱されたのは偶然ではなく、寧ろ「音楽」をそうした過程全体を包括するシステムと捉える立場が前面に出るようになります。

更に加えて、次に演奏される「東のクリステ」の紹介の中で、20世紀の作品の特徴の一つが人間の演奏と機械の演奏におけるリアルタイムなインタラクションへの関心であり、それがその時々に利用できる最新のテクノロジー積極的な利用という姿勢に繋がっていくことが指摘されます。それが数十年の歳月を隔てた再演の可能性を狭めてしまう原因となったことについては既述の通りです。

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そして続けてこの日の公演プログラムの最後を飾る「東のクリステ」の演奏となります。「東のクリステ」は当時の最新のテクノロジーを用いたリアルタイムのアナログ音響のフィードバックシステムが利用されており、ピアニストが叩くピアノの特定のキーがコマンドとなって、7人の演奏家の演奏がその場で録音、変形、再生され、演奏と再生が混然一体となった状況が更に録音、変形されていくというプロセスを持つ作品です。それ故、その後の技術の進展の結果、最早作曲された当時の環境を再現することができず、事実上、再演不可能な作品となっていたもので、同様の状況にある他の作品同様、「システム改訂」なしに今回の再演は不可能でした。従って、ここでもオリジナルのプログラム(この作品の場合には、当時のバージョンのMAXパッチ)を、それが記録された媒体——特殊な機器を用いた場合には、記録媒体自体も特殊であることがしばしばですが、この作品についてもそれが当て嵌まったようです――から読み出して、最新の環境で動作するように移植を行う必要があり、その作業は松本祐一さんによって行われたとのことで、今回の「再演」は「システム改訂版=2026年松本版」の初演が行われたと言うのが事情に即した言い方だと思われます。

繰り返しになりますが、ここでのシステム改訂の目的は、オリジナルの可能な限り忠実な再現にあるので、その限りで、いわゆる作品の改訂と同一視はできませんが、その一方で、例えばパイプオルガンのような楽器=一つの装置(しかも基本的にはウニカートなもの)を復元して、その楽器で演奏された作品を蘇演するようなケースとは一定のアナロジーが成り立つように思われます。そういう意味では、一見関係なさそうであるばかりか、アナログな手作りであるという点では寧ろ対立するかに見えて、マーチン・リッチズのウニカートな自動演奏機械を用いた/のための作品が後に書かれることも、どこかで繋がっているように思えます。これはあくまでも結果論であり、寧ろ偶然の為せる業であり、もともと意図された訳ではないのですが、確率の採用や、解釈行為の重視が「音楽」というプロセスの一回性を志向するのとは別に、一つ一つの作品自体もまた、創作におけるその都度の状況に即した一回性の刻印を帯びており、単純な反復としての「再現」を拒んでいるようにも見えます。マーチン・リッチズの楽器のための作品もまた、世の中にたった一つしかない楽器が壊れてしまって修復が不可能になれば「再演」不可能になるように、高度なテクノロジーを駆使した精密機器が壊れてしまい、交換部品がなくなって修理ができなくなれば「再演」は不可能になります。技術の進歩のスピードが上がり、製品のライフサイクルが短くなれば、「作品」の「寿命」も短くなるという逆説的な状況が浮かび上がってくるように感じます。

「システム改訂版」はオリジナルと同一か、という問題は、言ってみればそれを実現する「解釈」の相における違いの問題の一部と位置付けられるわけですが、今度はその問いを作曲のプロセスに差し戻すと、「アルゴリズミック・コンポジション」を行うにあたり、最初に三輪さんがやったようにC言語でプログラムを書くことと、MAXのパッチをそれ専用の環境でGUIを使って作成することと同じなのか、更には同じことを今日の生成AIに対してのように、自然言語で行うことは同じなのか、という問になっていきます。差し当たりの答としては、こと「アルゴリズミック・コンポジション」を自然言語を介して生成AIで行う場合に限れば、本質的には半世紀前にC言語のプログラムを書いていた時と、大筋においては異ならないと言うことができるように思えます。作品のオリジナリティは、人間がかつては普通のコンピュータにプログラミング言語の形で手順として与え、今なら生成AIに自然言語で与える「指示」の中味にあって、それは「解釈=リアライズ」の環境の変化に対して、「システム改訂=移植」によって対応可能なように、手順の表現媒体が変化しても、原理的には移殖可能なものと言えるのではないでしょうか。つまりあくまでも原理的な水準に限れば、「BQMOVM1E」のプログラムを自然言語に「移殖」することは可能です。

とはいうものの、実際の作曲のプロセスにおいては、どういう手段で、ということ自体も本当は重要で、本質的です。メディアは透明で交換可能なものではなく、丁度、生物としての人間にとって感覚器官が生得のもので取り換えが利かないのと同様に、利用できる媒体は、器官の延長であり、身体の一部であると考えれば、そんなに簡単に取り換えが利くものではないでしょう。人力でプログラムを書くプロセスはそれを端折って自然言語で指示するのとはやはりどこかで違ってくる筈だし、「道具を使って考える」とするならば、道具が異なれば、それに応じて作品も異なってくる筈で、移植可能性は、実際の作曲のプロセスが環境としての道具に対して透過的であることを意味しません。それはコンポーザー=ピアニストの場合のように、作曲が特定の楽器に強く拘束されることがあったり、オペラや歌の作曲にあたって、特定の歌手の声(三輪さんの場合なら、さかいれいしうさんの声)をイメージして曲を書いたりといったこととパラレルとも言えるでしょうし、ことによったら、特定の奏者が演奏することを念頭においた作品(例えばモーツァルトやブラームスのクラリネットのための作品)もまた、その延長線上に位置づけられるのかも知れません。更にまた、記譜法のシステムが作曲の仕方を事実上規定していること(例えばマーラーの交響曲の作曲は、記譜法システムの存在なしには不可能であり、それが或る種の外部記憶装置として機能していたに違いありません)も同様でしょう。極端なケースでは、作曲するのに利用しているハードウェア、ソフトウェアが別のものに切り替わること(生成AIの登場もその一つとして数えることができます)が、作曲のプロセスに本質的な影響を与える可能性もある訳で、実際に、対談の中でも言及されたように、かつてはごく一部の許された人しか使うことができなかった(ことによったらウニカートな)計算システムと等価なことが今やPC上で誰でもできるようになってしまえば、そこから生み出される音楽は違ったものになってくるのではないでしょうか。今回の企画は、そうした作曲を取り囲む環境の変化と作品との関係を再確認する貴重な機会を提供するものであったように感じられました。

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しかしながら、私が「東のクリステ」の今回の再演に接して最も強く感じたことはまた別の位相に属することでした。その契機は、実はこの演奏会に先立って開催された4月3日の上映会で観たドキュメント映像の中で、「東のクリステ」の初演者のクリスティー・ベッカーさんの指摘に接したことにありました。曰く、この作品は追悼の作品である、けれどもそれは重苦しいものではなく、寧ろ、彼女の属する音楽の伝統の中では、古楽で聴くことができるような質を備えているといったようなことを証言していたと記憶します。そしてそのことは、この作品がラヴェルの「クープランの墓」のフーガを「引用」していることと密接に関わっています。実はラヴェルの「クープランの墓」が引用されるのはこの作品に限ったことではなく、同時期に作曲された「東の唄」ではトッカータが引用されており、その意味では両作品は姉妹作といって良い関係にあると言えます。人間の演奏が、演奏者が発するコマンドによって録音され、変形され、再生される点でも共通していますが、「東の唄」では、それが掛け声によって行われ、2台目のプレイヤー・ピアノとの合奏という形態をとるのに対して、「東のクリステ」では上述の通り、ピアニストの打鍵をコマンドとし、7人の合奏の全体が、録音・変形・再生の対象となる点が異なります。また「東の唄」では日本民謡が引用され、それが更に録音・変形・再生の対象となるのに対して、「東のクリステ」では、日本民謡に加えて日本国家やグレゴリオ聖歌が引用され、それらもまた録音・変形・再生の対象となるといった対応も見られます。

しかしながら、私にとってこの「東のクリステ」が、或る種独特の重みを持つ作品であるのは、まさにクリスティー・ベッカーさんが指摘した点、この作品が追悼の音楽であるという点に存します。ラヴェルの「クープランの墓」もまた、クープランの名前で代表されるフランスの古楽へのオマージュであると同時に、その古楽において「墓(トンボ―)」と名づけられた、亡くなった友人への尊敬と哀悼を表す、リュートやヴィオラ・ダ・ガンバ、クラヴサン(チェンバロ)のための曲のジャンル・形式に倣った、第一次世界大戦で戦没した彼の友人達への追悼の音楽でした。今日、ラヴェルのこの作品は、必ずしも追悼の音楽として聴かれる訳ではないでしょうが、三輪さんがこの作品を引用したのは、まさに三輪さん自身の作品もまた、「墓(トンボ―)」のジャンルに、少なくともその精神において連なるということを企図しているからに他なりません。それに応じて、最新のテクノロジーを駆使した、リアルタイムのアナログ音響の録音、変形、再生によるフィードバックの意味合いもまた変わってきます。三輪さんはプログラムノートで、「人間の体験が記憶として常に新しく書き込まれ、繰り返し呼び出され、また呼び出されたものと結び付けられて書き込まれていくような「記憶の構造」をイメージ」したもので、「(…)一瞬前に演奏された音楽の記憶、子供の時の記憶、そしてひとりの人間を越えた民族の記憶、という作曲家の記憶に対するイメージから取り上げられたものである」と記していますが、そうした記憶によって呼び起こされるのは、追悼の対象となった個人の姿に違いありません。(ここで一言記しておきたいのは、ここで果たされた「追悼」が、後に、更に別の作品によって、継承され、繰り返されていることです。それは1999年に作曲され、同年5月に初演、10月には改訂版による再演がなされたという記録が残っている、2人のピアニストとコンピュータのための「18さいのし」です。残念ながらこの作品もその後再演の機会に恵まれないようで、もしかしたら当時は認識されていたかも知れない繋がりについて、その後語られたのを寡聞にして知らず、それ故、「東のクリステ」再演に因んでこの点を記しておきたく思います。)

勿論、人はラヴェルの作品を、そうした文脈から切り離して聴くことを自由に行えますし、その作品は単なる追悼のための機会音楽を超えた価値を持っていると広く了解されているでしょう。三輪さんの「東のクリステ」もまた、追悼という「由来」を超えた価値を持つ作品であることに異論の余地はありません。けれども一方で、そうした由来を全く持たないという意味において無色で中立的な「音楽」というものに対して、ラヴェルの作品も、三輪さんの作品もプロテストしているように私には感じられます。寧ろそれは作品が成り立つ必須の要件であって、勿論、その「由来」を知らずに聴くことは可能だし、それが不当な訳でもないけれども、一旦、そうした由来があることを知った以上は、聴き手は作り手が宣したその意図に対するコミットメントをせずにはいられないといった作品なのだと私には思えます。

そしてそれは、三輪さんの創作の歴史において、後続する時期に為された幾つかの「ノンフィクション作曲」に繋がっていくことになりますし、その音楽観は「逆シミュレーション」の3つの相という形でマニフェスト化され、明確な「由来」を持つ作品が次々と書かれることになります。時としてそのカバーストーリ―は虚構の形を取ることもあり、それが聴き手の混乱を招くことすらあったわけですが、一貫しているのは、音楽というのが価値中立な、意味を持たない、何の感情を呼び起すこともない音響の連なりであるという、西洋音楽のある時期以降、支配的になった「絶対音楽」的なイデオロギーに対する批判であり、音楽が持っている祭祀性の再認であり、その場に存在しない幽霊的・超越的な存在への眼差しとの不可分性の認識でした。そうした展望に立った時、「東のクリステ」はそうした流れの一つの原点とでも言うべき作品として浮かび上がってくるように私には感じられてならないのですが、この日の実演に接する事によってその認識を新たにしたように思ったのです。

演奏については、残念ながら私にはその素晴らしい演奏から自分が受取った印象を的確に表現する言葉の持ち合わせがありませんが、前半の「極東の架空の島の唄I,II」、「BQMOVM1E」同様、それが非常に高度な技術に裏打ちされた精度の高い演奏であったこと、単に正確であるに留まらず、特にこの「東のクリステ」については、人間の演奏ならではの歌に満ちた、聴き手に強い情緒的な反応を引き出さずにはおかない際立って強い力を備えた演奏であり、感動的なものであったということは証言しておきたく思います。機械によるリアリゼーションについては、人間の演奏と同等の言葉を用いることは不適切なのでしょうが、恐らくバグなく、正しく機能した(勿論、それは特にピアニストが正しいタイミングで制御することが前提となっているわけですが)のではないかと思います。これは実際には、当たり前のことではなく、実際に、過去の「システム改訂版」の演奏中(あるいはリハーサルの途中で)、想定通りの動作が為されなかったこともありますから、今回の演奏は、松本さんのパッチのクオリティに加えて、幸運に恵まれたということなのだと思います。

無事演奏が終わって、会場が拍手に包まれて、カーテンコールが行われている間、私は、丁度、能舞台が無事に上演を終えた時の安堵感に近いものを覚えていました。それは演奏から受けた感動とは少し別の位相のもので、どちらかといえば上演が「手順通りに」無事に終わったことをその場で確認できたことに由来しており、寧ろ祭祀に立ち会った時に受ける感じに近いもので、追悼が規則通りに恙無く行われたことへの感謝の気持ちのようなものを含んでいたように感じます。更に付け加えるならば、追悼の祭祀は、それが繰り返されるものであっても、その都度、取り換えの利かない唯一の出来事であり、絶対的な日付を持つものです。私はこれまでこの作品を、演奏の記録(録音)でのみ知っていましたが、ようやくにしてあるべき形で接することができたということ自体に感無量の思いでいたように記憶します。勿論それは他の作品についても基本的には変わるところはない筈なのですが、とりわけこの作品についてはその感覚を一際強く持ちました。

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にも関わらず、あるべき姿に接した時に感じたことを記そうと思うと、様々な想いが去来して考えがまとまらず、そもそも書き始めるのに10日余りの時間を要し、その後も手探りするようにして、継ぎ足すようにして言葉を紡いでいます。今ならば、文章を書きあぐねた時には生成AIの助けを借りるというのが普通になっているのかも知れませんが、これは別のところでも記した通り、私見では「感想」こそは、最後までAIに書かせることができないものではないかと思います。AIに指示を出そうと思ったら、出力させようとする文章を自分が全て入力として用意しなくてはならないので、単に効率の点から言っても、結局のところAIが出る幕はありません。まず「感動」は自分の中にしかなく、AIでなくても他人には書けない。次にAIは感動しないので、私のそれを、私に替わっては勿論、一人称的に、自分の「感想」を書くことはできない。そこでの一人称は常に既にフェイクです。AIは経験しないから、「出来事=イベント」への「応答」というのは原理的に成り立たないのです。結果としてこの感想も、一から十まで自分で書いては推敲を重ねることになるのでペースは上がらないことになります。

そうしたことを考えていた時に、思い当たったことが一つあります。それは三輪さんが、「うた(リート)」は、「アルゴリズミック・コンポジション」によってではなく、一から自分で作るとおっしゃっていたことです。例えば「夢のガラクタ市」の「リート」。或いは「新しい時代」の最後の昇天少年の歌。その出来上がったものの姿を見れば、三輪さんの作品と私の文章には雲泥の差があるわけですが、構造的にはどこかで接点があるのではないかと思いました。

更に今回の演奏会で「あるべき姿」で接することが叶った「東のクリステ」に関連して思い当たったのは、三輪さんの「引用」です。「東のクリステ」のラヴェルのフーガ。「引用」は一般的な了解では作品の素材ということになりますが、「アルゴリズミック・コンポジション」の文脈においてみると、通常の「引用」とは違って機能するように感じます。

以前、「東の唄」の再演を聴いた時、(感想文でも言及しましたが)寒川さんが弾き出すラヴェルのトッカータが、震えが来るほど美しく感じられました。会場の音響のせいでちょっと埋没気味だったけど、タッチのしなやかで繊細な美しさは感じとれたように思います。感想では「タッチの異質性」という言い方をしましたが、同じ音形をプレイヤーピアノが再生したものは、それに到底及ばないと思いました。これまたその感想でも述べたように、この差はいずれテクトロジーが埋めてしまう可能性があるかも知れませんが、私がそこで「人間にしか弾けないもの」を感じ取ったのと同様に、ラヴェルが書いた旋律は、三輪さんが引用することによって、作品の中における或る種の特異点、「人間にしか書けないもの」としての「うた」に相当する機能を帯びているのでは、というように思えてきたのです。それには勿論、ラヴェル自身がそれを「墓」として書いたから、ということが前提としてあるとも思います。

今回の川村さんが弾いた「東のクリステ」のフーガも本当に美しく響いて、特に最後の部分のフーガの引用には、胸が締め付けられる気がしました。ここは録音されたものの再生ではなくて、人間が弾かなくてはならないし、幸いにして、(仮にテクノロジーがタッチの差異を解消したとして)実演では人間がそれを弾いているのを目の当たりにすることができますし、ピアノの音は会場の空気の中を直接伝わってきます。サラマンカホールでの「新しい時代」の演奏で、その場でオルガンが出している音とスピーカーから聞こえる音の違いがはっきりと聞き取れたように、両者は、その場で聴けば違うものとして伝わってきます。

勿論、「東の唄」「東のクリステ」の2曲については、CDの演奏も素晴らしいものですが、でも上に記したような印象は、まず最初に実演に接して起きたことで、但し一度起きてしまうと、CDで聴いた時にもその記憶が呼び起される、といったことが生じているように思います。お気づきかも知れませんが、これはまさに「東のクリステ」で三輪さんが試みたこととパラレルな構造になっているように思えます。「東のクリステ」のような作品は、それを更に「録楽」で聴くこと自体が記憶の階層を一つずらしてしまって、実演と同じ経験をすることができないように感じます。ピアノはその場で響かなくてはならない。それは録音されたものの再生であってはならないのだと思います。そしてそれは、「追悼」がその場にいる行為を意味して、「追悼」の記録に接することは、どこまで行っても「追悼」そのものにならないのと同じことのように思えます。

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冒頭述べたように、終演後はこの重要な催しに相応しい、どこか華やいだ解放感に包まれているように感じられましたが、私はどことなく所在なさを覚えて、すぐに席を立ち、会場を後にしました。これまた既述の通り、その後、雑事に紛れて10日余りが経過した後ようやく、自分が経験したことの記録をこのようにして綴っている訳ですが、今尚、当日そうした気持ちになった理由がきちんと説明できるようになった訳ではありません。けれども思い当たったことは幾つかあって、そのうちの一つは、この演奏会で取り上げれた作品は、いずれも新作ではなく、全て再演であること、それに加えて、「ハンス・リヒターの「午後の幽霊」のための音楽」以外は、三輪さんの音楽に出遭った当時——それは最早20世紀ではなく、既に21世紀になって間もなくのことでしたが――から録音記録によって接しており、特に強く惹き付けられた作品ばかりであるという状況に起因するものがあるように思います。勿論、自分が生きている場所とか環境の制約はあるので、所詮、その全てを遍くとなりはしないのですが、同時代に生きるものとして、その後今日に至るまでそうしてきたように、リアルタイムにその作品の誕生に立ち会うことだってありえたかも知れないにも関わらず、そうできなかったことは、それが詮方ないことで、こうした反応が不条理なものであるとはわかっていても、自分の中で、或る種の後悔のようなものとして蟠り続けてきました。トークで畠中さんが言及されていた『コンピュータエイジの音楽理論』にしても、古書で入手が叶ったのは約一年後、出版からは既に10年を隔ててのことであり、私は「遅れてきた者」であることを痛切に感じていました。かてて加えて、私は音楽に関してはいわば部外者に過ぎず、その後もずっとその立場は変わっていないのですが、その辺りの消息は、三輪さんについての最初の文章である「覚え書」に記した通りで、「今まで門外漢には口をはさむ余地などまったくなかった近隣分野の達人が、 自分とひじょうに似た問題を抱えている状況に出くわすことが起きてきたのである」(『コンピュータ・エイジの音楽理論』p.118)という言葉を、遅ればせながら己のこととして実感したのでしたし、その思いはそれから20年近い歳月を経た今も全く変わるところがありません。

その後幸いにも「夢のガラクタ市」「赤ずきんちゃん伴奏器」「東の唄」と、システム改訂版による「再演」には立ち合い、それ以外にも例えば「歌え、そしてパチャママに祈れ」の再演には、幸運にも接することが出来ました。そして今回のこの——トークの冒頭で、畠中実さんが最初におっしゃられたように――客観的に見ても極めて大きな価値を持つ催しが企画されたことによって、私がとりわけ惹かれ続けてきた作品の再演に接することができた訳です。それ故、企画された羽山さん、システム改訂に関わられた松本さん、後藤さん、そして勿論、演奏者の方々、更には当日の会場の設営・進行に携わられた方々に対しては、適切な言葉が見つからない程に感謝しているのですが、その一方で、この催しの末席に連なることは、恐らくは会場に多くおられたであろう、「20世紀の三輪眞弘」を知る方々、今回再演された作品の初演に立ち会うなど、リアルタイムで作品に接した方々に対して、自分が「遅れてきた者」であることを強く再認識させられることでもありました。勿論、そうした、多分に偶然の巡り合わせに左右される事柄に拘ることにはさしたる意味もないことだとは頭では理解しているつもりですが、この日の演奏会で私が受取ったものの大きさが、そうした了解を無効なものにしてしまうという事実をどうすることができないのもまた、確かなことです。奇妙な喩えかも知れませんが、この日更に増えた負債は、顧みれば、もともとの出発点における遅延によって、そもそものはじめから返済不可能であったということを改めて確認したといったような気分と言えば、多少は私が感じたことの説明になるかも知れません。

そして勿論、そうした認識を新たにしたところで、何か出来ることが変わるわけではなく、寧ろ、それが不可能であることを強く感じるばかりではあります。冒頭述べたことを敢えて繰り返しますが、こと今回に限っては、会場にあれほど多くの三輪さんの音楽の本当の聴き手が集ったのであれば、私が感想を書くことにさほどの意味があるとも思えません。ましてや速報的に演奏会の記録を公開することは不要に感じられてなりませんでした。お読み頂いておわかり頂けるものと思いますが、私は今回の催しを通じて、あまりに多くの色々なものを受取り過ぎて(丁度「東のクリステ」の末尾のように)「オーバーフロー」が起きている状態であること、その状態が今尚続いていることを自ら感じています。それゆえ、それを復旧しながら(あるいは復旧するために)整理をして言葉を紡ぎ出していくしかありません。そのかわりに今回の経験は私にとってはかけがえのないものですから、それを受取ったことを証言すること、「応答」することは、いつもにも勝って、その場に立ち会った者の義務であるという感じもまた強く持っていて、その思いのみを頼りにこの記録を綴ったような次第です。そう、これもまた私の「巡礼」のサイクルの不可欠の一つ、 それを欠けば後でそのことを必ずや惜しむことになるに違いない一つであり、幸いにしてそれを果たすことができたことの証言・記録なのです。

最後に改めて、催しを企画された羽山さん、システム改訂に関わられた松本さん、後藤さん、演奏者の方々、更には当日の会場の設営・進行に携わられた方々に、そして何より三輪さんに感謝の気持ちを述べてこの文章の結びとさせて頂きます。

(2026.4.25 公開)


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