2026年3月8日日曜日

火星——赤い地平の向こう(3)(地球外からの「極東の架空の島」の眺望・外伝・第1部)

 


第2章 マリナーからサンプルリターンへ——火星探査史と風景の出現

この章は単なるミッション列挙ではなく、火星像がどのように更新されてきたかを描く。火星は「死の惑星」として発見され、「かつて水があった惑星」として再定義され、そして「風景を持つ惑星」へと変貌していった。

2.1 マリナー以前——曖昧な円盤

20世紀前半、火星観測は依然として地上の望遠鏡に依存していた。観測条件は限定的であり、火星が地球に接近する時期にのみ詳細な観測が可能であった。火星の公転周期は約687日(地球日)であり、およそ2年2ヶ月ごとに地球との会合が訪れる。さらに、約15年から17年ごとに「大接近」と呼ばれる特に近い会合が起こる。

地上望遠鏡による観測では、火星表面の明暗の模様、極冠の季節変化、時折発生する黄色い砂嵐などが確認されていた。だが大気の揺らぎ(シーイング)により、詳細な地形を識別することは困難であった。

火星はまだ「投影の場」であった。観測データは断片的であり、解釈の余地は大きかった。極冠は水の氷なのか、それとも二酸化炭素(ドライアイス)なのか。暗い領域は植生なのか、それとも単なる岩石の色の違いなのか。季節によって暗い領域が変化するのは、植物の繁茂を示すのか。

こうした問いに対する答えは、推測の域を出なかった。運河論争の残響はまだ完全には消えておらず、火星に何らかの生命——少なくとも植物のようなもの——が存在する可能性は、依然として議論の対象であった。

2.2 マリナー4号(1965)——運河の死

1965年7月14日、NASAの火星探査機マリナー4号は、史上初めて火星のフライバイ(接近通過)に成功した。探査機は火星から約9,800キロメートルの距離まで接近し、22枚の画像を撮影した。

だがこの22枚の画像が地球に届くまでには、時間がかかった。探査機からのデータ伝送速度は極めて遅く、1枚の画像を送るのに数時間を要した。

NASAジェット推進研究所(JPL)の技術者たちは、最初の画像データが届くのを固唾を呑んで待った。データは数値として送られてくる。0から63までの明るさを示す数字の羅列。これを印刷し、濃淡に変換して初めて画像になる。

だが技術者たちは、コンピュータによる画像処理を待てなかった。

彼らは印刷された数値表を壁に貼り、色鉛筆を手に取った。0は黒、63は白。その間の数値を、茶色、灰色、白の色鉛筆で塗り分けていった。手作業で、数字を画像に変換したのである。

こうして、手塗りの最初の火星画像が完成した。そこに映っていたのは、クレーターであった。

このエピソードは、火星探査史における象徴的な瞬間である。数字が風景に変わる瞬間。データが画像になる瞬間。そしてその変換を、人間が待ちきれずに手で行った瞬間。

やがてコンピュータが処理した正式な画像が公開された。送られてきた画像は、期待とは全く異なるものであった。

火星表面は、クレーターで覆われていた。月のように、隕石衝突の痕跡が無数に残る、荒涼とした風景。運河のような直線的構造は一切確認されなかった。大気圧は予想よりもはるかに低く、地球の約1パーセント未満であることが判明した。これは液体の水が安定して存在できない圧力である。

衝撃——火星は死んでいる。

マリナー4号の画像は、19世紀的火星像を完全に崩壊させた。ローウェルの運河は存在しなかった。火星は、生命を育む惑星ではなく、月のような死の世界であるかのように見えた。

このショックは、科学者だけでなく、一般の人々にも広がった。火星に対する期待は、一気に冷めた。火星は、ロマンスの対象ではなく、地質学的に不活発で、生命の痕跡など期待できない岩石の塊であるかのように思われた。

だがこれは、物語の終わりではなかった。むしろ始まりであった。マリナー4号の撮影範囲は火星表面の約1%未満に過ぎないし、これは後からわかったことだが、たまたま古いクレーター高地を写したに過ぎなかった。つまり「火星は死んでいる」と断定したのは、科学的結論というより心理的反応だったのである。

そして色鉛筆で手塗りされた最初の画像——数字から風景への手作業の変換——は、火星が常に媒介を通じて現れる存在であることを、象徴的に示していた。

2.3 マリナー9号(1971)——死の惑星から動的惑星へ

1971年11月、マリナー9号は火星の周回軌道に投入された。史上初めて火星を周回する人工衛星となった探査機は、火星全球のマッピングを開始する予定であった。

だが到着時、火星は全球的な砂嵐に覆われていた。表面はほとんど見えず、探査機はただ待機するしかなかった。数週間後、砂嵐が収まり始めると、マリナー9号のカメラは驚くべき光景を捉えた。

オリンポス山——太陽系最大の火山。高さ約21キロメートル、基底部の直径は約600キロメートル。エベレストの2倍以上の高さを持つ巨大な盾状火山。

ヴァレス・マリネリス——全長約4,000キロメートルに及ぶ巨大な峡谷系。深さは最大7キロメートル。地球のグランドキャニオンと比較にならない規模。

そして、古河道——かつて水が流れた痕跡と思われる、樹枝状の谷地形。

火星は再び動き始めた。

マリナー9号がもたらした発見は、火星像を根底から覆した。火星はクレーターだけの死んだ天体ではなかった。巨大な火山、峡谷、そして何より、水の流れた痕跡。火星は過去に活動的であり、おそらく液体の水を持っていた。

ここで火星は、「現在は死んでいるが、かつては活動的だった惑星」として再定義された。問いが変わったのだ。火星はいつ、なぜ、どのようにして現在の状態になったのか。

2.4 バイキング計画(1976)——生命探査という転換

1976年、NASAのバイキング1号と2号がそれぞれ火星に軟着陸した。史上初めて、探査機が火星表面に降り立ち、その場で観測・実験を行う時代が始まった。

バイキングのランダーは、火星表面のパノラマ画像を撮影した。赤茶色の大地、岩が散乱する風景、遠くに見える地平線。そして薄い空。

だがこの「空の色」をめぐって、興味深い出来事が起こった。

バイキング1号が最初に送ってきたカラー画像が公開されたとき、火星の空は青く見えた。地球と同じような青い空。NASAはこの画像を1976年7月21日に公開した。

だが数日後、画像は修正された。実際の火星の空は、青ではなく、ピンクがかった色であった。

何が起こったのか。

カラー画像は、複数のフィルターを通して撮影されたモノクロ画像を合成して作られる。その際、色のバランスを調整する必要がある。最初の画像処理では、地球の空のように青く調整されてしまったのだ。

これは単なる技術的ミスではない。それは、人間の期待が画像処理に無意識に反映された事例である。私たちは火星に、地球と同じ空を見たかった。技術者たちも、無意識のうちにそう期待していた。

だが火星の空は、地球とは違う。火星の大気は主に二酸化炭素であり、微細な塵(ダスト)を含んでいる。このダストが光を散乱させ、空はピンクがかって見える。青い空ではなく、ピンク色の空。これが火星の現実であった。

この「空の色」の修正は、科学的正確性を追求する過程であると同時に、私たちが火星に何を投影し、何を期待しているかを示す事例でもある。火星の画像は、単なる客観的記録ではない。それは、色調整、フィルター選択、合成方法という、人間の判断の連鎖を経て構成される。

この問題は、のちにスピリットとオポチュニティの時代に、より自覚的に扱われることになる。ジム・ベルが述べたように、火星の画像を「実際の風景に最も近い表現」にするためには、「写真の芸術的、美学的側面」を担う人間の判断が不可欠である。

バイキングの「空の色」の修正は、その先駆的な事例であった。

だがバイキング計画の最大の目的は、画像撮影ではなかった。それは生命の探査であった。

バイキングは三つの生物学的実験を搭載していた。

1. Labeled Release (LR) 実験
火星の土壌サンプルに放射性炭素で標識された栄養液を添加し、代謝反応によって放出される気体を検出する実験。もし微生物が存在すれば、栄養を消費して気体(二酸化炭素など)を放出するはずである。

2. Gas Exchange (GEX) 実験
土壌サンプルに水と栄養を加え、酸素、二酸化炭素、窒素、メタンなどの気体の変化を測定する実験。

3. Pyrolytic Release (PR) 実験
土壌サンプルを放射性炭素標識された二酸化炭素と一酸化炭素の雰囲気下に置き、光を照射した後、加熱して有機物の生成を検出する実験。光合成のようなプロセスを検出することを目的とする。

加えて、Gas Chromatograph-Mass Spectrometer (GC-MS) によって、土壌中の有機物を直接検出する試みも行われた。

結果は曖昧であった。

LR実験は陽性反応を示した。栄養液を加えると、急速に気体が放出された。これは代謝反応に似ていた。しかしGC-MSは、有機物をほとんど検出しなかった。有機物が存在しないのに、代謝反応が起こるというのは矛盾している。

この矛盾をどう解釈するか。多くの科学者は、LR実験の陽性反応は生物的なものではなく、化学的な反応であると結論づけた。更に後年、フェニックス探査機によって過塩素酸塩が検出され、バイキングの結果の再解釈が進んだ。火星の土壌には過塩素酸塩(パークロレート)などの強酸化性物質が含まれており、これが水や有機物と反応して気体を放出した可能性が高い。また、火星表面は強い紫外線に曝されているため、有機物が分解されやすい環境にある。

バイキング計画の公式見解は、「生命の証拠は発見されなかった」であった。

だがここで重要なのは、実験そのものよりも、その実験が露呈させたことである。生命とは何か。代謝するものは生命なのか。有機物の存在は必須なのか。地球型生命を前提とした実験設計は、火星で有効なのか。

バイキングは、火星を「生命の可能性を持つ惑星」から「生命を検証する惑星」へと変えた。そして結論は曖昧なまま残された。火星は再び沈黙した。

そして「空の色」の修正が示したように、火星の画像もまた、常に人間の判断と期待の中で構成される。火星は、客観的に「そこにある」だけではない。それは、観測され、処理され、解釈される中で現れる。

2.5 再評価の時代(1990年代)

バイキング以降、火星探査は長い停滞期に入った。1980年代、火星へのミッションはほとんど行われず、火星は一時的に注目を失った。

だが1990年代、火星探査は復活する。

**マーズ・グローバル・サーベイヤー(1996–2006)**は、火星を周回しながら高解像度のマッピングを行った。この探査機は、火星表面に水が流れた痕跡と思われる地形——ガリー(gully)と呼ばれる侵食された溝——を多数発見した。これらの地形は、比較的最近(地質学的な時間スケールで)形成された可能性があり、火星には現在でも間欠的に液体の水が存在するかもしれないという仮説を生んだ。

また、堆積地形——かつて湖や海が存在した可能性を示す層状構造——も確認された。火星は、かつて水に覆われていた時代があったのかもしれない。

**マーズ・パスファインダー(1997)**は、小型ローバー「ソジャーナー」を搭載し、アレス・ヴァリス(Ares Vallis)に着陸した。ソジャーナーは重量わずか10.6キログラムの小型探査車であったが、火星表面を自律的に動き回り、岩石を分析した。

ソジャーナーが撮影した画像は、バイキングのそれよりも親しみやすいものであった。ローバーの視点——地表から見上げる視線——は、あたかも人間がそこに立っているかのような錯覚を与えた。火星は、遠くから眺める対象ではなく、歩き回ることのできる場所として現れ始めた。

ここで火星は、「かつて水があった惑星」として再定義された。問いはさらに深まった。いつ、どのくらいの期間、どのような形で水が存在したのか。そして、その水の中で生命は誕生したのか。

2.6 ローバー時代の始まり——スピリットとオポチュニティ(2004)

2004年1月、二台の火星探査ローバー、スピリット(Spirit)とオポチュニティ(Opportunity)がそれぞれ火星に着陸した。当初の設計寿命は90日(火星日、Sol)であったが、両機ともそれをはるかに超えて活動を続けた。スピリットは約6年間、オポチュニティは驚異的なことに約15年間にわたって探査を続けた。

スピリットはグセフ・クレーター(Gusev Crater)に着陸し、オポチュニティはメリディアニ平原(Meridiani Planum)に着陸した。両者の発見は、火星の水の歴史を明らかにする上で決定的であった。

オポチュニティは、ヘマタイト(赤鉄鉱、Fe₂O₃)の球状粒子——「ブルーベリー」と呼ばれる——を大量に発見した。ヘマタイトは地球では水の存在下で形成されることが多い鉱物である。さらに、硫酸塩鉱物や、水中で堆積したと思われる層状の岩石構造も確認された。

スピリットは、かつて熱水活動があった証拠を発見した。シリカに富む土壌、硫酸塩、そして水の作用を受けた火山岩。これらは、火星が過去に温泉のような環境を持っていた可能性を示唆した。

火星は、「乾いた死の世界」から「湿潤な過去を持つ惑星」へと変貌した。

そして何より重要なのは、スピリットとオポチュニティが撮影した膨大な画像である。火星の地平線、岩の質感、砂丘の模様、夕暮れの空。ローバーは単なる測定装置ではなく、視線を持つ存在として火星を経験した。

火星は初めて、風景を持つ惑星になった。

2.7 キュリオシティ(2012)——居住可能だった惑星

2012年8月、火星探査ローバー「キュリオシティ」(Curiosity)がゲール・クレーター(Gale Crater)に着陸した。キュリオシティは、それまでのローバーよりもはるかに大型であり(重量約900キログラム)、より高度な分析装置を搭載していた。

ゲール・クレーターは、中央に「シャープ山」(Mount Sharp、正式名称Aeolis Mons)と呼ばれる高さ約5,500メートルの山を持つ。この山は堆積岩から成っており、火星の気候史を記録している可能性がある。キュリオシティは、クレーターの底から山の斜面へと登りながら、地層を調査している。

キュリオシティの最も重要な発見の一つは、有機分子の検出である。火星の岩石を掘削し、加熱して分析した結果、チオフェン、ベンゼン、トルエン、プロパンなどの有機化合物が検出された。これらは生物起源である必要はなく、非生物的なプロセスでも形成されうるが、それでも火星に有機物が存在することを示す重要な証拠である。

さらに、キュリオシティは古代の湖環境の痕跡を発見した。細粒の堆積岩、粘土鉱物(スメクタイト)、そして中性に近いpH環境を示す証拠。これらは、ゲール・クレーターがかつて淡水湖であった可能性を示している。

ここで火星は、「居住可能だった惑星」(habitable planet)と呼ばれるようになった。「居住可能」とは、実際に生命が存在したという意味ではなく、生命が存在しうる環境条件——液体の水、エネルギー源、適切な化学物質——が揃っていたという意味である。

火星は、生命の可能性を完全に失った惑星ではなかった。少なくとも過去のある時期において、火星は地球と同様、生命を育みうる環境を持っていた。

2.8 パーサヴィアランス(2021–)——サンプル保存という未来

2021年2月、最新の火星探査ローバー「パーサヴィアランス」(Perseverance)がジェゼロ・クレーター(Jezero Crater)に着陸した。パーサヴィアランスは、キュリオシティとほぼ同サイズであるが、新たなミッションを担っている。それはサンプルリターンの準備である。

ジェゼロ・クレーターは、約35億年前に存在した古代のデルタ地形を持つ。デルタとは、川が湖や海に流れ込む地点で堆積物が積み重なって形成される地形である。地球では、デルタは生命の痕跡が保存されやすい環境として知られている。

パーサヴィアランスは、火星の岩石や土壌のコア試料を採取し、密閉保管する。これらの試料は、将来のサンプルリターンミッション——別の探査機が火星を訪れ、サンプルを回収して地球に持ち帰る計画——のために保管される。NASA/ESAのMars Sample Return計画では、2030年代にこれらのサンプルが地球に到着する予定である。

サンプルが地球に持ち帰られれば、火星探査は新たな段階に入る。火星の岩石を地球上の最先端の分析装置で調べることができる。同位体比の精密測定、有機物の詳細な分析、そして何より、生命の痕跡——バイオシグネチャー——の探索が可能になる。

パーサヴィアランスにはもう一つ、歴史的な装置が搭載されている。小型ヘリコプター「インジェニュイティ」(Ingenuity)である。

2.9 インジェニュイティ——火星の空を飛ぶ

火星で初めて空を飛ぶ

2021年4月19日、インジェニュイティは火星で初めての動力飛行に成功した。高度約3メートル、飛行時間約40秒という短い飛行であったが、これは歴史的瞬間であった。地球以外の惑星で、人類が作った機械が空を飛んだのである。

火星の大気は地球の約1パーセントの密度しかない。これは地球の高度約30キロメートル(成層圏)に相当する。このような希薄な大気中で揚力を得るため、インジェニュイティのローターは毎分約2,400回転という高速で回転する(地球上のヘリコプターは約500回転)。

インジェニュイティは、当初5回の飛行を予定していたが、最終的に70回以上の飛行を成功させた。そして2024年1月に通信が途絶え、火星の空を飛んだ最初の機械は、静かに沈黙した。

新しい視点——斥候としての機械

インジェニュイティが撮影した空中からの火星の風景——オービターよりも低く、ローバーよりも高い視点——は、火星を三次元的に経験する新たな方法を示した。

しかしインジェニュイティの役割は、単なる実証実験に留まらなかった。インジェニュイティは、パーサヴィアランスの「斥候」として機能した。ローバーが進む先の地形を空から偵察し、安全なルートを確認する。岩の配置、砂丘の形状、クレーターの縁。これらを上空から撮影することで、ローバーの経路計画に貢献した。

これは、視点の獲得における新たな段階である。オービターは、遥か上空から全体を見渡す。ランダーは、地表に固定された視点から周囲を観察する。ローバーは、地表を動き回りながら視点を変える。そしてインジェニュイティは、ローバーの「目の高さ」と「鳥の視点」の中間に位置する。それは地表に近いが、地表には縛られない。自由に移動し、上空から偵察する。

この「斥候としての視点」は、代理身体としての機械の能力を拡張した。人間は火星に立っていないが、複数の視点——地表を這うローバーの視点と、空を飛ぶインジェニュイティの視点——を同時に持つことができる。火星は、歩く対象であるだけでなく、飛ぶ対象にもなった。そして飛ぶことで、歩く道が見えるようになった。

インジェニュイティの飛行音も、パーサヴィアランスのマイクロフォンで記録された。希薄な大気の中で、ローターが空気を切る音。それは地球のヘリコプターとは異なる、こもった、遠い音であった。

火星の空を飛んだ最初の機械。それは、人間が火星の空を飛ぶ前に、代理身体が先に到達したことを意味する。火星は、人間が歩く前に、機械が飛んだ惑星である。

2.10 「撮影される火星」という出来事

ここで一度立ち止まり、理論化してみたい。

マリナー4号以降、火星探査の歴史は、火星像の更新の歴史であった。だがそれは単なる科学的知識の蓄積ではない。それは視点の変化の歴史でもあった。更にそれは、火星の存在様式の変化でもあった。

オービターの視点——地図を作る

マリナー9号、マーズ・グローバル・サーベイヤー、マーズ・リコネッサンス・オービター。これらは火星を上空から観測し、地図を作成した。

この視点は、全体を把握する視点である。火星の地形、地質、気候のパターンを読み取る。クレーターの分布から地質年代を推定し、河道の形状から過去の水の流れを再構成する。

オービターの視点は、客観的で、分析的である。火星は、測定され、分類され、地図化される対象として現れる。

ランダーの視点——定点から見る

バイキング、パスファインダー、フェニックス、インサイト。これらは火星の地表に降り立ち、その場所から周囲を観測した。

ランダーの視点は、固定された視点である。360度のパノラマを撮影し、気象を観測し、土壌を分析する。だが移動することはできない。

ランダーは、火星の「ある一点」を深く知る。その場所の気温、風、土壌の組成。ただしその場所を離れることはできない。

ローバーの視点——歩きながら見る

ソジャーナー、スピリット、オポチュニティ、キュリオシティ、パーサヴィアランス。これらは火星の地表を動き回り、視点を変えながら観測した。

ローバーの視点は、動的な視点である。歩くことで、風景が変わる。岩に近づき、クレーターの縁に立ち、砂丘を越える。視点の移動が、空間の構成を可能にする。

そしてローバーは、自分の足跡を撮影することができる。車輪が砂に残した痕跡。それは、時間の痕跡であり、「ここに何かがいた」という証拠である。

ヘリコプターの視点——飛びながら見る

インジェニュイティは、火星の空を飛んだ。地表から数メートルの高度。オービターほど高くなく、ローバーほど低くない。

この視点は、地形を俯瞰しながら、細部を見ることができる。ローバーの進路を偵察し、障害物を確認する。

ヘリコプターの視点は、三次元的な移動を可能にする。地表に縛られず、空間を自由に移動する。

タイタンとの対比——視界が開けた惑星

ここで、土星の衛星タイタンとの対比を考えてみよう。

2005年1月、ホイヘンス・プローブはタイタンの表面に着陸した。カッシーニ探査機から分離されたプローブは、タイタンの厚い大気を降下しながら画像を撮影した。タイタンの画像は、火星とは全く異なる性質を持っている。タイタンの大気は厚く、メタンとエタンのヘイズ(もや)に覆われている。視界は限定的である。地平線ははっきりしない。遠くまで見通すことができない。タイタンの風景は、霧の中の風景である。

火星は、その逆である。大気は薄く、視界は開けている。地平線ははっきりと見える。遠くまで見通すことができる。この「視界の開放性」が、火星を「風景を持つ惑星」にしている。火星の風景は、地球の砂漠の風景と似ている。岩、砂、地平線。これらは、地球の経験と比較可能である。

タイタンは、異質な他者として現れる。火星は、部分同型的な存在として現れる。

月との対比——大気がある惑星

もう一つの対比を考えよう。月である。

アポロ計画によって、人間は月に立った。月面を歩き、岩を採取し、旗を立てた。月は、人間が実際に到達した唯一の地球外天体である。だが月の風景は、火星とは異なる。月には大気がない。空は真っ黒である。星が昼間でも見える。地平線は近い。月の半径が小さいため、地平線までの距離は地球や火星よりもはるかに短い。月の風景は、地球の風景とは全く異なる。それは宇宙の真空の中の風景である。

火星には、薄いながらも大気がある。空には色がある。砂嵐が起こり、雲が形成され、霜が降りる。これらは、地球の気象現象と比較可能である。火星の風景が、地球の「どこかの砂漠」を想起させるのは、この大気の存在による。大気があることで、火星は「郷愁」を誘う。それは完全に異質ではなく、「似ているが違う」場所として現れる。

ローバーの「自撮り」——私はここにいる

キュリオシティとパーサヴィアランスは、定期的に「自撮り」(selfie)を行う。

ローバーは、伸縮するロボットアーム(MAHLI カメラまたは WATSON カメラを搭載)を使って、自分自身を火星の風景の中に含めた画像を撮影する。複数の角度から撮影した画像を合成し、一枚のパノラマ画像を作成する。

この「自撮り」は、何を意味するのか。それは、「私はここにいる」という宣言である。人間はいないが、私の身体(ローバー)はここにある。火星の風景の中に、地球から来た機械が存在している。これは、存在の証明である。そして同時に、現前性の証明である。

第1章で触れた「西郷星」や霊媒が語る「火星語」といった事件では、人々は遠くの星に自分たちの姿を投影した。火星は、想像の中で、地球の鏡像として機能した。だが現代の火星探査は、その方向を逆転させた。私たちは、火星の風景の中に、自分たちの分身(ローバー)を置く。投影ではなく、配置。想像ではなく、実在。ローバーの「自撮り」は、この逆転を象徴している。そして「自撮り」という行為自体が、ある種の自己意識を示唆する。ローバーは、自分が火星にいることを「知っている」かのように振る舞う。もちろんローバーに意識はない。だが「自撮り」という行為は、自己と環境の関係を可視化する。

私はここにいる。火星の風景の中に。そしてこの画像を、地球に送る。これは、究極の現前性の証明である。

火星は初めて、風景を持つ惑星になった

ここで重要なのは、火星が「見られる対象」ではなく、代理身体(ローバー)の視点から見られる惑星であるということだ。オービターは、火星を外から見る。ローバーは、火星の中から見る。この「内側からの視点」が、火星を風景に変えた。

風景とは、単なる地形ではない。それは、視点を持つ存在によって経験される空間である。ローバーは視点を持つ。移動し、振り返り、近づき、立ち止まる。この視点の運動が、火星を風景として構成する。

火星探査史とは、死の惑星という認識から、過去に居住可能だった惑星という再構成へ至る過程であり、その過程で火星は点から風景へと変貌した。火星は初めて、風景を持つ惑星になった。

だがこの風景は奇妙なものだ。地球のどこかにありそうなのに、実際にはその風景の中に私は本質的に属していない。そしてどこかで私から決定的に断絶しているそうした風景を、それでも眺めることができるのは、まさに「テクノロジー」の力、「メディア」の力によるものなのだ。火星の風景とは、そこに存在していた風景ではなく、機械とアルゴリズムと人間の判断の連鎖によって構成された風景なのである。

2.11 ジム・ベルの視点——「写真を撮る」ということ

スピリットとオポチュニティが撮影した火星の画像は、単なる科学データではない。それは同時に、美的な経験の対象でもある。

この二重性を最も明確に意識していたのが、ミッション画像チームのリーダーであったジム・ベル(Jim Bell)である。

「画像を得る」と「写真を撮る」

ベルは、スピリットとオポチュニティのパノラマ画像集『火星からのメッセージ』(Postcards from Mars)の「はじめに」で、次のように述べている。

「バイキング着陸船とマーズ・パスファインダーで撮影された火星の風景と、スピリットとオポチュニティーが撮った風景との違いは、『画像を得る』ことと、『写真を撮る』ことの違いである。」

この区別は重要である。「画像を得る」とは、カメラが機械的に記録するプロセスである。レンズが光を集め、センサーがそれをデジタルデータに変換し、圧縮アルゴリズムがそれを地球に送信可能な形式にする。このプロセスは、原理的には自動化できる。

だが「写真を撮る」とは、それ以上のものである。それは、何を撮るか、どの角度から撮るか、どのフィルターを使うか、どのように色を調整するか、という一連の判断を含む。そしてこれらの判断は、美的・芸術的な判断である。

「実際の風景」という目標

ベルは続ける。

「すべての芸術は現実との関連性という問題に直面する。この点で、本プロジェクトは特にユニークである。これは抽象的なアートではないが、今まで人間が実際に目撃した現実でもないのである。」

ここで問われているのは、火星の「現実」とは何か、という問いである。

火星ローバーのカメラは、複数のフィルターを通してモノクロ画像を撮影する。これらを合成してカラー画像を作成する際、色のバランスをどう調整するかが問題となる。

ベルのチームは、「実際の風景に最も近い表現」を目標とした。しかし「実際の風景」とは何か。人間は火星に立ったことがない。比較の基準が存在しない。

ベルは、ローバーに搭載された「較正ターゲット」(calibration target)を基準として用いた。これは、既知の色(赤、緑、青、グレーなど)を持つ小さな板で、ローバーの甲板に取り付けられている。この較正ターゲットを撮影し、既知の色が正確に再現されるように画像を調整する。

だがこれでもまだ、判断の余地は残る。火星の砂の色をどう再現するか。岩の色をどう再現するか。空の色をどう再現するか。

ベルはこう述べる。

「私たちは、科学者であると同時に、写真の芸術的、美学的側面を担う者でもある。私たちの目標は、もし人間が火星に立ったとしたら見えるであろう風景を、できるだけ正確に再現することである。」

これは逆説的である。人間が立ったことのない場所の「実際の風景」を再現する。その再現は、機械的記録と人間の美的判断の協働によってのみ可能になる。

科学データと美的対象

ベルが作成したパノラマ画像——特にスピリットが撮影した火星の夕暮れ——は、科学的データであると同時に、美的な対象でもある。

太陽の周囲に広がる青い光。地平線に沈む小さな太陽。手前の岩の影。これらは、科学的な情報を含んでいる。大気中の微粒子の散乱特性、太陽光のスペクトル、地形の形状。しかし同時に、これらは「美しい」と感じられる。なぜか。

それは、ベルが意識的に美的判断を行ったからである。どの瞬間を撮影するか。どの構図を選ぶか。どのように色を調整するか。これらは、科学的判断であると同時に、美的判断でもある。ベルの画像処理は、機械が記録したデータを、人間が美的に判断しながら画像に変換する。その画像は、科学的に正確であると同時に、美的に魅力的である。

これは矛盾ではない。むしろ、科学と芸術の境界が曖昧になる場所である。

ローバーが撮影した「風景」

ジム・ベルが実現したのは、火星を「データの集積」から「風景」へと変換することであった。データは抽象的である。数値、波長、輝度。これらは科学的に重要だが、人間の経験とは距離がある。

ベルの画像は、火星を経験可能な場所として提示する。そこには地平線があり、岩があり、空がある。そして夕暮れには、青い光が太陽の周りに広がる。これは、人間が実際に見たことのない風景である。人間が「見ることができる」風景として構成されている。

ベルの仕事は、技術と芸術の境界において成立している。そしてその境界において、火星は初めて「風景」として現れた。

2.12 客観性の変容——ローウェルからベルへ

第2章をここまで辿ってきて明らかになったのは、火星探査史が単なる技術の進歩ではないということである。それは、火星の「見え方」そのものの変容である。そしてその変容は、科学における「客観性」概念の歴史的変化と密接に結びついている。

科学史家ロレーヌ・ダストン(Lorraine Daston)とピーター・ギャリソン(Peter Galison)は、『客観性』(Objectivity, 2007)において、18世紀から20世紀にかけての科学的客観性の概念が歴史的に変容したことを論じている。

第一段階:自然への真実(Truth-to-Nature)— 18世紀
第二段階:機械的客観性(Mechanical Objectivity)— 19世紀中頃〜
第三段階:訓練された判断(Trained Judgment)— 20世紀

火星探査史は、この第二段階と第三段階を体現している。

機械的客観性への移行——スキアパレッリとローウェル

19世紀後半、科学における客観性の理想は変化しつつあった。

それ以前の時代、科学的描写は「自然への真実」という理想に基づいていた。これは、個別の偶然的な特徴を排除し、理想化された典型——本質——を描くという考え方である。植物学者は、特定の個体ではなく、種の典型的な形態を描いた。

だが19世紀中頃から、新たな客観性の理想が登場した。「機械的客観性」である。これは、人間の介入を排除し、機械が自動的に記録することで客観性を達成しようとする考え方である。写真技術の登場が、この理想を可能にした。

第1章で見たスキアパレッリとローウェルの火星観測は、この移行期に位置していた。

ジョヴァンニ・スキアパレッリは、1877年にミラノのブレラ天文台で火星を観測し、火星表面に線状の模様を見出した。彼はこれを「canali」——水路——と呼んだ。

望遠鏡を通して見える火星の像は、大気の揺らぎ、光学系の収差、観察者の眼の限界によって、常に不安定であった。火星は瞬間的にしか鮮明に見えず、大部分の時間はぼやけていた。

観察者の仕事は、この断片的に見える像を統合し、恒常的なパターンを抽出することであった。これには訓練が必要であった。何百時間も望遠鏡を覗き、瞬間的に見える像を記憶し、スケッチを繰り返し、パターンを洗練させる。

スキアパレッリは、まさにそのような訓練された観察者であった。だが彼の時代は、既に写真技術による「機械的客観性」の挑戦を受けつつあった。

パーシヴァル・ローウェルは、スキアパレッリの観測に触発され、1894年にアリゾナ州フラッグスタッフに天文台を建設し、火星を集中的に観測した。彼は数百本の運河を「発見」し、それらを精密にスケッチした。

ダストン&ギャリソンは『客観性』において、ローウェルの火星観測を詳細に分析している。ローウェルは嘘をついたわけでも、意図的に捏造したわけでもない。彼は真摯に観察し、自分が見たものを正確に記録しようとした。

ただし「見る」という行為そのものが、既に解釈を含んでいた。

ローウェルの眼は、火星表面に幾何学的パターンを見出すように訓練されていた。彼は運河の存在を期待していたため、断片的な像から直線的なパターンを構成する傾向があった。人間の視覚システムは、ランダムな点や線を、意味のあるパターンとして認識する傾向がある(パレイドリア現象)。ローウェルの観測は、この認知バイアスの産物であった可能性が高い。

しかし他の天文学者たちは、ローウェルの運河を確認できなかった。

そして写真技術が、決定的な役割を果たした。写真乾板による火星観測では、ローウェルの運河は確認できなかった。写真には、明暗のまだらな模様は写ったが、明確な直線的構造は見られなかった。

機械的客観性は、人間の眼による観察よりも「真実」に近いとされた。機械は嘘をつかない。機械は期待しない。機械は客観的である。

マリナー4号——機械的客観性の勝利と限界

1965年、マリナー4号が火星に接近し、史上初めて火星表面の画像を地球に送り返した。これは機械的客観性の勝利のように見えた。

第2章2.2節で見たように、その「勝利」もまた単純ではなかった。

マリナー4号の画像データは、数値として送られてきた。0から63までの明るさを示す数字の羅列。これを画像に変換するには、コンピュータによる処理が必要であった。

しかしNASAジェット推進研究所(JPL)の技術者たちは、コンピュータによる画像処理を待てなかった。彼らは印刷された数値表を壁に貼り、色鉛筆を手に取った。0は黒、63は白。その間の数値を、茶色、灰色、白の色鉛筆で塗り分けていった。手作業で、数字を画像に変換したのである。

このエピソードは象徴的である。機械的客観性の時代においてさえ、人間の手と眼は介在していた。

さらに、第2章2.4節で見たように、バイキングの「空の色」問題がある。

1976年、バイキング1号が最初に送ってきたカラー画像が公開されたとき、火星の空は青く見えた。地球と同じような青い空。しかし数日後、画像は修正された。実際の火星の空は、青ではなく、ピンクがかった色であった。

カラー画像は、複数のフィルターを通して撮影されたモノクロ画像を合成して作られる。その際、色のバランスを調整する必要がある。最初の画像処理では、地球の空のように青く調整されてしまったのだ。

これは単なる技術的ミスではない。それは、人間の期待が画像処理に無意識に反映された事例である。私たちは火星に、地球と同じ空を見たかった。技術者たちも、無意識のうちにそう期待していた。

機械は確かに客観的にデータを記録する。しかしそのデータを画像に変換する過程には、人間の判断が不可避的に介在する。

訓練された判断の再登場——ジム・ベルの実践

ダストン&ギャリソンは『客観性』において、20世紀における科学的客観性の概念がさらに変化したことを論じている。機械的客観性だけでは不十分であり、熟練した専門家の判断が再び重視されるようになった。これが「訓練された判断」である。

しかしこれは19世紀以前への単純な回帰ではない。それは、機械的記録と人間の判断を組み合わせた、新たな客観性の形態である。

ジム・ベルの画像処理実践は、まさにこの新たな客観性を体現している。

ベルは、前節で見たように、「画像を得る」ことと「写真を撮る」ことを区別した。カメラは機械的にデータを記録する。しかしそのデータを「実際の風景に最も近い表現」にするためには、人間の判断が必要である。

どのフィルターを使うか。どの瞬間を撮影するか。どのように色を調整するか。これらは、科学的判断であると同時に、美的判断でもある。

ベルのチームは、較正ターゲットを基準として色調整を行った。それでもなお、判断の余地は残る。火星の砂の色をどう再現するか。空の色をどう再現するか。

ベルはこう述べた。「私たちは、科学者であると同時に、写真の芸術的、美学的側面を担う者でもある。」

これは、機械的客観性の放棄ではない。それは、機械的記録と人間の判断を統合した、より洗練された客観性である。

機械(カメラ)は、人間には不可能な記録を行う。火星の希薄な大気の中で、長時間露光し、複数のフィルターを通して光を記録する。

だし人間は、機械が記録したデータを意味のある画像に変換する。「もし人間が火星に立ったとしたら見えるであろう風景」を再構成する。

これは逆説的である。人間が立ったことのない場所の風景を、人間の判断によって再構成する。しかしその再構成は、恣意的ではない。それは、較正ターゲット、物理学的理解、そして美的感性の統合によって成立する。

ダストン&ギャリソンが示した20世紀の「訓練された判断」は、まさにこのような実践を指している。機械的客観性の成果を前提としながら、それだけでは不十分であることを認識し、熟練した専門家の判断を再び導入する。しかしそれは、機械なしには成立しない判断である。

客観性の変容と火星探査史の対応

ここで、客観性の変容と火星探査史の対応を整理しよう。

段階

客観性の形態

火星探査における事例

時期

第一

自然への真実

(本書では扱わないが、ローウェルはTruth-to-Nature の残響を持つ移行期的存在)

18世紀

第二

機械的客観性

スキアパレッリ/ローウェル(移行期)、マリナー4号、写真技術の導入

19世紀後半〜1960年代

第三

訓練された判断

ジム・ベルの画像処理、ローバーの「写真」

1990年代〜

この対応は、火星探査史が単なる技術史ではなく、認識論の歴史でもあることを示している。

火星は、常に「そこにある」物理的天体である。しかしその火星が私たちにどのように現れるかは、観測技術と客観性概念に依存している。

ローウェルは、機械的客観性への移行期において火星に運河を「見た」。マリナー4号は、機械的客観性によって火星にクレーターを記録した。ジム・ベルは、機械と判断の統合によって火星の夕暮れを「撮影した」。

これらはすべて、火星の「真実」である。しかしその真実は、観測の様式によって異なる形で現れる。

ローウェルの「構造的正しさ」再考

ここで、第1章1.7節で触れたローウェルの「構造的正しさ」を、客観性論の文脈で再考しよう。

ローウェルの運河論は、科学的には誤りであった。しかし彼の火星描写——「地球よりもはるかに古く、進化が進み、そのために海が干上がり、乾燥し、砂漠化している」——という部分は、現代の火星科学の知見と奇妙に一致している。

火星は実際に、地球よりも速く「老いた」惑星である。磁場を失い、大気を散逸させ、水循環を崩壊させた。運河は存在しなかったが、古代の河道は存在した。

ローウェルは、細部において誤っていたが、構造において正しかった。ダストン&ギャリソンの枠組みを借りれば、これは理論的な洞察が、不完全な視覚的客観性を補完していた稀有な例と言えるかもしれない。

この「構造的正しさ」は、どこから来たのか。

一つの解釈は、ローウェルが火星全体の性質(老いた惑星)については正しい物理学的推論を行っていたが、火星表面の個別の特徴(運河)については、機械的客観性以前の観察様式の限界により誤った認識をしたというものである。

ローウェルは、火星が地球よりも小さく、したがって速く冷えたという物理学的推論を行っていた。この推論は正しかった。そしてこの推論から、「海が干上がり、乾燥し、砂漠化している」という結論を導いた。これもまた、大筋において正しかった。

しかし彼の眼は、火星表面に知的生命体の痕跡を見出そうとする期待によって歪められていた。機械的客観性が規範として確立する以前の観察文化では、このような歪みを排除することが困難であった。

機械的客観性は、この危険を排除しようとした。だが完全には排除できなかった。色鉛筆エピソードやバイキングの空の色が示すように、機械的記録もまた、人間の介入を必要とする。

そして第三段階——ジム・ベルの実践——は、機械の客観性と人間の判断を意識的に統合する。それは、両者の長所を活かし、短所を補完しようとする試みである。

火星の「現実」は構成される

ここまでの議論から、一つの結論が導かれる。

火星の「現実」は、単に「そこにある」だけではない。それは、観測技術と客観性概念の相互作用の中で構成される。

ローウェルの火星には運河があった。マリナー4号の火星にはクレーターがあった。ジム・ベルの火星には夕暮れの青い光があった。

これらは、それぞれの客観性規範のもとで成立した「現実の現れ」である。ただしその「現実の現れ」は、客観性の様式——機械的客観性への移行期、機械的客観性、訓練された判断——によって異なる形で現れる。

ダストン&ギャリソンが示したのは、客観性が歴史的に構成された概念であるということである。科学的客観性とは、時代を超えた普遍的な基準ではなく、歴史的・社会的・技術的文脈の中で形成される規範である。

火星探査史は、この客観性概念の変容を、具体的な事例として示している。

そして重要なのは、この「構成」が虚偽を意味しないということである。火星のクレーターは実在する。火星の夕暮れの青い光は、実際の物理現象である。しかしそれらを「見る」ためには、技術と判断の連鎖が必要である。

火星は、観測され、記録され、処理され、解釈される中で現れる。そしてその現れ方は、客観性概念の歴史的変化とともに変容してきた。

結語——媒介された実在

第2章を通じて明らかになったのは、火星が「媒介された実在」であるということである。

点から風景へ。観測対象から経験される場所へ。データから写真へ。

この変容は、技術の進歩だけではない。それは、客観性概念の変容でもある。

機械的客観性の登場、そして訓練された判断の再統合。この変容の中で、火星は常に新たな形で現れ続けてきた。

そして現在、ローバーは火星の地表を動き回り、自分自身を風景の中に配置し(自撮り)、火星の音を記録し、空を飛ぶ(インジェニュイティ)。

火星は、人間が直接到達していないにもかかわらず、既に経験の歴史を持つ。それは媒介された経験である。しかしその媒介は、透明ではない。媒介は、火星の現れ方を構成する。

次章では、この媒介された火星の物理的条件を、地球とのアナロジーを軸に整理する。火星は地球とどこまで似ているのか。そしてどこから決定的に異なるのか。

2.13 媒介の存在論——火星はどのように存在するか

火星の探査史は、しばしば技術の進歩として語られる。より高解像度のカメラ、より精密な分析装置、より長距離を移動できるローバー。だがここで起きている変化は、単なる観測精度の向上ではない。それは、火星の存在様式そのものの変化である。

存在様式の変遷

望遠鏡の時代、火星は「遠くにある対象」であった。赤い点。明暗の模様。季節変化する極冠。これらは、地球から観測される現象であった。火星は、観測者の外部にある客体として存在した。

探査機の時代、火星は「撮影される地形」となった。マリナー、バイキング、マーズ・グローバル・サーベイヤー。これらは火星を測定し、画像化した。火星は、データとして記録される対象になった。

ローバーの時代、火星は「経験される場所」へと移行した。スピリット、オポチュニティ、キュリオシティ、パーサヴィアランス。これらは火星の地表を動き回り、視点を変え、風景を構成した。

だがこの経験は、直接的な身体経験ではない。

ローバーは道具ではない——代理身体という概念

ローバーは、単なる道具ではない。それは代理身体である。

フランスの哲学者モーリス・メルロー=ポンティは、身体とは世界との接触の形式であると論じた。身体は、外界を観察する装置ではない。それは、世界に絡み取られた存在である。盲人の杖は、単なる道具ではなく、身体図式の延長である。杖の先端で地面に触れるとき、盲人は杖を通して世界を感じる。ローバーは、この身体図式が地球外へ外在化した形態である。

人間は火星に立っていない。しかし身体はすでにそこにある。ローバーの車輪は火星の砂を踏み、カメラは火星の地平線を見、ドリルは火星の岩を削る。これらはすべて、遠隔操作と自律制御によって媒介された身体的行為である。このとき、火星は単なる物理的対象ではなくなる。それは、機械と人間の相互作用のなかで生成される現象となる。

技術による媒介——世界の変形

アメリカの技術哲学者ドン・アイディ(Don Ihde)が述べたように、技術は世界を媒介する。媒介とは中立的な通路ではない。それは、世界の現れ方を変形する。

望遠鏡は、遠くのものを近くに見せる。同時に、視野を限定し、色を変え、解像度を制限する。顕微鏡は、小さなものを大きく見せる。同時に、文脈を切り取り、三次元を二次元に圧縮する。

ローバーのカメラもまた、火星を変形する。カメラが選択する視野——何を画角に収め、何を外すか。圧縮アルゴリズムが削除するノイズ——どのデータを残し、どのデータを捨てるか。色補正が再構成する空の色——青ではなく、ピンク。これらすべてが、火星の「現れ」を構成している。火星の風景は、そこにあらかじめ存在していたものではない。それは、技術的連鎖のなかで生成される。

技術と時間——記憶の外在化

フランスの哲学者ベルナール・スティグレール(Bernard Stiegler)は、技術を「記憶と時間の外在化」として論じた。文字は記憶を外在化し、時計は時間を外在化し、カメラは経験を外在化する。

ローバーのデータは、火星における経験の蓄積である。オポチュニティが15年間にわたって撮影した数十万枚の画像。キュリオシティがゲール・クレーターで採取した岩石試料のデータ。パーサヴィアランスが記録した火星の音。これらはすべて、火星における時間の記録である。そこには、未踏の惑星でありながら、すでに履歴が刻まれている。スピリットが通過した道。オポチュニティが撮影した岩。キュリオシティが削った穴。

火星は、まだ人間が住んでいないにもかかわらず、すでに経験の歴史を持つ。それは直接経験ではない。だがそれは、媒介された経験である。

三重の距離

火星は、三重の距離によって隔てられている。

第一に、空間的距離。

地球と火星の距離は、最接近時でも約5,500万キロメートル、最も離れるときは約4億キロメートル。光速で通信しても、片道3分から22分の遅延が生じる。この距離は、リアルタイムの操作を不可能にする。ローバーは、地球からの指令を待ちながら、ある程度の自律性を持って行動する。

第二に、時間的距離。

火星の河道は、数十億年前の水の痕跡である。ノアキアン期の粘土鉱物は、約40億年前の環境を記録している。オリンポス山の最新の溶岩流は、約2億年前のものである。火星の風景は、過去の痕跡である。私たちは、現在の火星を見ながら、過去の火星を読み取る。

第三に、技術的距離。

私たちは、常に機械を通してしかそこに到達しない。カメラの視野、センサーの感度、アルゴリズムの判断。これらすべてが、火星と私たちの間に介在する。

この三重の媒介によって、火星は存在する。それは手で触れられないが、経験されうる。それは遠いが、無関係ではない。それは自然物であるが、同時に技術的構成物でもある。

機械が先に到達した惑星

2021年、インジェニュイティは火星の空を飛行した。人類史上初めて、地球外の空を飛んだ機械である。そこに人間の身体はない。存在しているのは、遠隔制御と自律飛行アルゴリズムによって維持される機械的身体である。火星は、人間が歩く前に、機械が飛んだ惑星である。

この事実は象徴的である。火星は、直接的に到達される世界ではない。それは媒介を通してのみ生成される世界である。そしてその媒介は、透明ではない。媒介は、火星の現れ方を構成する。色鉛筆で塗られた最初のマリナー4号の画像から、ジム・ベルが「写真の芸術的側面」を担ったスピリットの夕暮れの画像まで。火星は、常に人間と機械の協働のなかで、生成され続けている。

結語——どのように存在するのか

火星とは、どのように存在するのか。

それは物理的天体として存在する。約45億年前に形成され、地球の約11パーセントの質量を持ち、磁場を失い、大気を散逸させた惑星。これは科学的事実である。だが私たちにとっての火星は、常に媒介を通して現れる。

火星は、観測された対象から、媒介された風景へと移行した。それは、技術と想像力の交点において生成され続ける存在である。ローバーの自撮りが示すように、火星は「そこにある」だけではない。それは「ここに私がいる」という関係のなかで現れる。火星の存在は、単独では成立しない。それは、地球と火星、人間と機械、過去と現在の関係のなかで生成される。

次章では、この媒介された火星の物理的条件を、地球とのアナロジーを軸に整理する。火星は地球とどこまで似ているのか。そしてどこから決定的に異なるのか。


(2026.3.8 公開)

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