2025年11月18日火曜日

「ごはんのうた(カメルーンの旋律より)」におけるポリフォニーの実現についての分析

 本稿では「ごはんのうた(カメルーンの旋律より)」において、状態遷移規則に従って変化していく状態がどのようにポリフォニーに変換されているかについて分析した結果を報告します。「ごはんのうた(カメルーンの旋律より)」は、2025年10月30日に豊洲シビックセンターホールにて、作品の委嘱者であるヴォクスマーナにより初演された、6人の女声歌手と3人の男声傍観者のための作品です。初演に接した記録については、別稿「「ごはんのうた(カメルーンの旋律より)」初演を聴いて」として公開しているので、そちらをご覧頂ければ幸いです。本稿では、分析の対象である作品の構造について、分析の説明上必要な範囲に限り言及することとさせて頂きます。ここで言及されている内容が作品の全てではなく、その一部に過ぎず、この分析は作品の或る側面に照明を当てることを試みたに過ぎません。作品にはここでは言及しない重要な側面が数多く存在することに留意の上お読み頂き、一見すると禁欲的でシンプルにさえ感じられる作品が繊細で豊かな多様性を含み持つことをお伝えすることができたならば、本稿の目的は達せられたことになります。


1.状態遷移規則について

この作品で用いられている状態遷移規則は、3つの状態(以下、{0,1,2}とします)を持つ3進数の変数7つに対して定められたものです。7つの変数は、作品上演にあたり舞台中央に円陣を作って坐る、指揮者1人と女声歌手6人に割当られます。

状態遷移規則は、三輪さんの多くの作品で用いられている(一例だけ挙げれば、「ごはんのうた」と同様、藤井貞和さんの詩「ひとのきえさり」に基づく作品である「59049年カウンター」もそうです)「蛇居拳算」です。「蛇居拳算」は、相手の値と自分の値が同じであれば同じ状態を保ち、異なれば、相手の状態とも自分とも異なる第3の状態に遷移する規則ですが、ここでは演算の相手となるのは、円周上で時計回りに3つ先の奏者です。演算は時計回りに1ステップずつ行われ、7ステップで1ラウンドとなります。

指揮者を起点にして、円周を時計回りに指揮者(C)の右隣の歌手が最後になるように各奏者(f1~f6)の状態に対応する変数を並べて1行とし、各ステップの演算によって得られた次の状態を1ラウンド分(=7ステップ)並べていくと、例えば以下のような系列が得られます。下線付きボールドが演算主、下線なしボールドが演算相手、斜字は演算結果によって前の状態が更新された後の新しい状態を表します。なお、以下の例の初期状態からの状態遷移系列は、実際に作品で採用されているものです。

[C f1 f2 f3 f4 f5 f6]  = [2 2 1 0 2 1 0](初期状態)→[1 2 1 0 2 1 0] → [1 2 1 0 2 1 0] → 

[1 2 1 0 2 1 0]→[1 2 1 0 2 1 0]  →[1 2 1 0 0 1 0]→[1 2 1 0 0 0 0]→[1 2 1 0 0 0 2]→ …

この演算規則によれば、演算主と演算相手が同じ状態だと値が変わらないため、前後のステップで全体として同じ状態のままである場合があること、変化が起きる場合でも、それは必ずどこか1箇所に限られることがわかります。

一方、この状態遷移系列は、それがそのまま音響的なパターンの系列ではなく、変換規則に従って状態遷移系列に対して旋律ないし行為への対応づけが行われることで音響・行為の実現の仕方が決定されます。以下では、まずは旋律および行為のパターンを示し、続けて変換規則を示します。


2.旋律および行為について

旋律および行為のパターンは4小節からなり、1ステップで1回歌唱・行為が行われます。各奏者の状態は、上述の演算規則により7ステップ=1ラウンドにつき1回だけ変わるので(変わらない場合もありますが)、4小節のパターンが7回繰り返されることになります。女声歌手のパートとして4種類の異なった旋律が、傍観者のパートとして3種類の旋律ないし行為が与えられます。

女声歌手に割当てられる4種類の旋律はそれぞれ異なりますが、その歌詞(藤井貞和さんの詩「ひとのきえさり」の一部、但し比較するとわかる通り、必ずしも詩句そのままではなく一部改変されて用いられます)との対応を示すと以下の通りです。

  • V1:「ひとのきえさり」を節を変えて2回繰り返す
  • V2:「ひらめくうたの/ひつぎねむる/つぶやくものら」
  • V2+:「うみのさくれつ/りくのしょうめつ」
  • V3:「へどろのみずを/うけてのみほせ」

男声傍観者に割当てられる行為ないし旋律は以下の通り。

  • L:スマートフォンでインターネット上で配信されているガザ地区からのライブ映像を視聴
  • P:旋律にのせて1ステップ毎にハミングと「いきものたちすべて」を交互に
  • W:手を叩きながら、ピッチのないささやきで「むかえびたらし/つぶやくものら」


3.変換規則について

状態遷移規則を奏者が歌う旋律や行為に変換する規則は以下の通り極めてシンプルなものです。

  • 女声歌手 f1 ~ f3 の状態と旋律の対応は 0: V3 / 1: V1 / 2: V2+ 
  • 女声歌手 f4 ~ f6 の状態と旋律の対応は 0: V2 / 1: V1 / 2: V2+
  • 男声傍観者3人の旋律・行為と指揮者 Cの状態との対応は 0:L / 1:P / 2:W

男声傍観者3人は常にユニゾンで旋律・行為を行います。一方女声歌手の旋律の割当には偏りがあり、V1およびV2+は6人に割当てられますが、V2とV3はそれぞれ3人にしか割当られませんので、仮に各歌手毎(f1~f6)での各状態(0,1,2)の出現確率が等しいと仮定すれば、V1,V2+はV2,V3の2倍の頻度で歌われることになります。またあるステップにおける各状態(0,1,2)の分布には偏りがあり、例えば1の状態の歌手が一人もいなければV1は歌われませんし、同様に、2の状態の歌手が5人いればV2+は5人によって同時に歌われることになるのに対し、V2,V3は最大でも3人同時にしか歌われないことがわかります。またf1~f3およびf4~f6の各々のいずれか一人が0の状態で、残りの歌手の状態に1,2の両方が含まれれば、4種類の旋律全てが同時に対位法的に重ね合わせられることになります。

このようにして、時としてある旋律が消え、再度出現したり、単一の旋律のユニゾンになったり最大4声のポリフォニーとなったりという変化を繰り返しながら演奏が行われることになると予想されます。また繰り返しになりますが、女声歌手のグループの状態の変化は1ステップにつき演算主の歌手にしか起こりませんから、ポリフォニーは常に少しずつ変化していくことになります。一方男声傍観者の方は、3人が常に同時に指揮者の状態に応じて歌唱・行為を変化させますので、最短で7ステップ=1ラウンド毎に状態が変わる(前と同じ場合もあるので変わらないこともありうる)ことになり、或る種の楽段のようなものを形づくります。


4.分析

作品で採用された初期値に基づく状態遷移系列に対して、上記の変換規則を適用した時に、実際に実現される歌唱・行為がどのようになるかを計算してみました。

状態遷移系列の初期状態および最初の7ステップ=1ラウンドの状態遷移系列は、1.状態遷移規則について で示した通りですが、実際の作品は23ラウンド、171ステップよりなりますので、1ステップ毎に状態に対して変換規則を適用し、実現される旋律・行為に置換していき、各ステップ毎に、男声傍観者のL, P, Wパート、女声歌手のV1, V2, V2+, V3パートが何人によって歌われるかを計算します。

全てのステップについての計算結果をヒートマップにし、また各パートの平均と分散を計算しました。今回の集計、可視化は、状態遷移系列をcsvで用意した後、Colaboratory上でそのファイルを読み込ませて、変換、集計、可視化、保存を行うプログラムを、Geminiに指示をして書かせることにより実施しました。

以下にまずヒートマップを示します。

上記の画像は、縦がステップ、横が各パート(左から右へ男声傍観者3パート、女声歌手4パート)で、そのパートを歌っている人数によるヒートマップです。男声傍観者は常に同時に1つの同じパートを3人で行うので、緑色(3人)か紺色(0人)のいずれかになっています。一方女声歌手の方は、上で簡単に触れたように変換規則に基づく多様性が生じていることが見て取れます。

また各パートの平均・分散は以下のようになりました。

各列の平均: L 0.652174 P 1.173913 W 1.173913 V1 2.260870 V2 0.962733 V2+ 1.894410 V3 0.881988 各列の分散: L 1.540761 P 2.157065 W 2.157065 V1 1.344022 V2 0.711102 V2+ 1.320031 V3 0.554736

男声傍観者については、LとP,Mの間に偏りが生じており、PとMが同じなのに対してLはその凡そ半分の割合でしか生じないことがわかります。一方女声歌手の平均・分散をとれば、大きくV1とV2+、 V2とV3のグループに分かれますが、これは既述の通り、前者は6人全員に、後者は3人ずつに割当られているためです。興味深く思われたのは、V1とV2+が平均や分散は近いのに、ヒートマップから読み取れる実際の歌われ方にはかなりの違いがあることで、V1(ひとのきえさり)はだいたい常に歌われている感じ、V2+(うみのさくれつ/りくのしょうめつ)はメリハリがついていて、特に92ステップから5ステップにわたって5人が歌う箇所(ヒートマップ上では黄色になっている箇所)が出現するのが頂点になっていることが見て取れる点です。

状態遷移と変換規則、および状態遷移の初期状態は作曲者によって選択されたものではありますが、動作は決定性であり、恣意的な変更などの介入は全く行われていないにも関わらず、大変にうまく出来ていることが見て取れます。

状態遷移規則は決定性の動作をしますし、変換規則もそれ自体は非常に単純なものである一方、それだけにそこに仕込まれた偏りは恣意的な感じさえ受けますが、結果として生みだされた旋律と行為の系列は、まさに状態遷移の初期値の選択と変換の偏りの効果により、繊細な変化と多様性に富んだものとなっていることがわかります。

演奏時間として適当な系列長になることといった制限もある中で、恰も神様が微笑んだかのような印象を受ける程で、初演の感想で直観で書いたことが、概ねその通りになっていることにはまず安堵する一方で、事前に予想したレベルを遥かに超えて、「作品」として見事な経過となっており、計算結果が得られた時にはとても感動するとともに驚きを禁じ得ず、ここで分析で得られた結果を公開する次第です。

[謝辞]本分析を実施するにあたり、作品に関する貴重な情報をご教示頂いた作曲者の三輪眞弘さんに感謝致します。

(2025.11.18 初稿, 11.19加筆)

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