1.
(…)
ジッドの狭き門。多分読み方はかつてとは異なっている。こうして他が何も残らない、廃墟のような状態だとよくわかる(「神ならぬ者は、、、」)。 そして、アリサの心持ちに多分に曲解に近い共感を覚える。「私は年老いたのだ。」というアリサのことばの重み (これはその場を取り繕ったことばではない、 と今では思える)があまりに直裁に胸をつく。書棚を整理し、キリストにならいてを読む、という心情にも、ずっと身近なものを感じる。 書棚を、CDを、楽譜を処分して、一旦自分の周りに築き上げた世界を崩して、その価値を自明のものとは見做さない姿勢をとること。 アリサがパスカルの偉大さに対して感じる苛立ちが、今の私には我がことのように思えてならない。例えばマーラーの音楽の偉大さは、 その壮大な身振りは、まさにパスカルのそれにアリサが苛立ったように、今や私を苛立たせるのだ。ジッドは狭き門において、 アリサのような生き方に対する批判を試みたと言っているらしいが、もしかしたら、ジッドが恐れたのは、それが芸術の、 彼が他の全てを犠牲にした文体の放棄に繋がるからではなかったか。文体を放棄し、自己を放棄したアリサが古典的と 形容される精緻な文体によって描き出されるのは、矛盾ではないのか?
ジャック・リヴィエールがこの作品をジッドの制御を受けることの最も少なかったものであると評したようだが、 これは全く正しいようだ。ここにはジッドの自意識の醜悪さ、自尊心の病はない。ジッドはそこから解き放たれることを望んだ当の領域の中でこそ、 もっとも自由であるようにすら見えてくる。私がジッドの他の作品を読めない理由は、恐らくそこにある。ジッドはこの作品を書かずにはいられなかっただろう。 だが、この作品を書いてしまえば、後は自意識の楼閣を、様々な意匠を借りて築いては壊すことを繰り返す他ない。行き止まりに見えたものが実は 通路であって、自由な空間に見えたものが、実は堂々巡りに過ぎなかったのだ。それは10年後の「田園交響楽」に明確に現れている。彼はそこで どこにもいけず、「背徳者」の砂漠を彷徨うしかないことを認めている。しばしば「狭き門」は「背徳者」のネガであると言われるが、ここではベクトルの向きの 逆転は決定的だ。他者を犠牲にすることと、自らが犠牲になることは全く異なることを忘れてはならない。
「狭き門」はジッドのいわば特異点だ。だが後世の読み手は、その「特異点」のみに 注目して、そこからどこに辿り着けるかを問うことができるし、100年後にジッドのその後も含めた20世紀の不毛がいよいよ明らかになったかに見えるだけに、 もう一度そこから出発してみるべきなのではないか。
2.
「狭き門」における音楽の役割に留意しておこう。リュシル・ビュコランの弾くショパンのマズルカ。
Le soir, après dîner, Lucile Bucolin ne s’approchait pas à notre table de famille, mais, assise au piano, jouait avec complaisance de lentes mazurkas de Chopin ; parfois rompant la mesure, elle s’immobilisait sur un accord…
ブルジョワの子女に相応しく、ピアノを弾く習慣はリュシルからアリサとジュリエットの姉妹にも引き継がれる。以下でピアノを弾いているのはジュリエットだ。
– À présent, laisse-moi. Ce n’est pas pour causer avec moi que tu es venu. Nous sommes depuis bien trop longtemps ensemble.
Elle s’enfuit en courant vers la maison et un instant après je l’entendis au piano.
Quand je rentrai dans le salon, elle causait, sans s’arrêter de jouer, mais indolemment à présent et comme improvisant au hasard, avec Abel qui était venu la rejoindre. Je les laissai. J’errai assez longtemps dans le jardin à la recherche d’Alissa.
ついでクリスマスの場面、ジュリエットがテシエールとの婚約をする場面でプランティエの伯母とジュリエットが話をしている場面で、家具調度の 一つとしてピアノが描写される。
Les portes du salon et de l’antichambre étaient ouvertes ; j’aperçus, dans le salon maintenant désert, mal dissimulée derrière le piano, ma tante, qui parlait avec Juliette.
引き続き、ジュリエットに関する記述。今度はジュリエットがエドゥアール・テシエールと婚約した後、彼の趣味に合わせて、読書とピアノを 止めてしまったことを告げるアリサの手紙の一節。まずジュリエットが夫に合わせて音楽を放棄することが告げられる。アリサはそれを悲しんでいる。
Juliette paraît très heureuse. Je m’attristais d’abord de la voir renoncer au piano et à la lecture ; mais Édouard Teissières n’aime pas la musique et n’a pas grand goût pour les livres ;
だが、アリサ自身、理由は異なるのだが、ジェロームとの再会に合わせるように、修理を口実にピアノを片付けてしまう。ジェロームはピアノがなくなったことに驚くが、実はそれは 読書も含めた、ジェロームとの精神的な圏から身を引き離すことによる自己否定の最初の徴候である。ここでアリサの父もまた、自らは弾かないまでもアリサの弾くピアノを 聴いていたこともまた記される。娘の心の動きに対する(ジェロームと同様の、というべきだろうか?)父の察しの悪さの証言として。そしてアリサの行動が、ジェロームの意に反するだけでなく、 ジェロームとの結婚を当然のことのように思っている父親の意にも反するものであることもまた、告げられているのだ。
Le soir, entrant dans le salon, je m’étonnai de ne plus retrouver le piano à sa place accoutumée ; à mon exclamation désappointée.
– Le piano est à regarnir, mon ami, répondit Alissa, et de sa voix la plus tranquille.
– Je te l’ai pourtant répété, mon enfant, dit mon oncle sur un ton de reproche presque sévère : puisqu’il t’avait suffi jusqu’à présent, tu aurais pu attendre le départ de Jérôme pour l’expédier ; ta hâte nous prive d’un grand plaisir…
– Mais, père, dit-elle en se détournant pour rougir, je t’assure que, ces derniers temps, il était devenu si creux que Jérôme lui-même n’aurait pu rien en tirer.
– Quand tu en jouais, reprit mon oncle, il ne paraissait pas si mauvais. :
最後はアリサの日記で、ピアノを弾くこと、というより練習することがアリサにとってどういう意味合いを持つものであったのかが記され、ついでにそれが 外国語の書物を読むこととパラレルであったことが告げられる。アリサのプロテスタント的な完全への志向、絶えざる向上心といった性向の証言ともなっている。
J’aimais l’étude du piano parce qu’il me semblait que je pouvais y progresser un peu chaque jour. C’est peut-être aussi le secret du plaisir que je prends à lire un livre en langue étrangère : non certes que je préfère quelque langue que ce soit à la nôtre ou que ceux de nos écrivains que j’admire me paraissent le céder en rien aux étrangers – mais la légère difficulté dans la poursuite du sens et de l’émotion, l’inconsciente fierté peut-être de la vaincre et de la vaincre toujours mieux, ajoute au plaisir de l’esprit je ne sais quel contentement de l’âme, dont il me semble que je ne puis me passer.
「狭き門」において音楽がほぼピアノという楽器によって象徴されているのは、社会学的な視点からそれなりに分析が可能であろう。だがここで、音楽が彼女にとって、 放棄の対象となっていることに注目すべきだろう。プロテスタントではカルヴィニズムでの礼拝における音楽の排除というのはあったが、アリサがジェロームと共有していた 精神的な空間においては、音楽は寧ろ必要欠くべからざるもの、価値あるものと認識されていたようだ。
ショパンはリュシルの側に振り当てられ、ジュリエットはテシエールの趣味に合わせて音楽を放棄し、アリサも最終的にはピアノを拒絶する。 最後には音楽のかわりに沈黙が、寂静が支配するだろうか?音楽の拒否ではなく、音楽上のジャンセニズム、静寂主義を考えることが できるだろうか?他方で、ジャンケレヴィッチのように沈黙に向かう音楽というのを考える可能性も存在するかも知れない。ただし、具体的な 作品としては、ジャンケレヴィッチの圏にはほとんど接点を見出しえないだろう。寧ろ、ジャンケレヴィッチが追求した存在論的な領域、 「何だかわからないもの」「ほとんど無」を、デリダの幽霊についての思考、「憑依論」、今は亡き「灰」についての思考に引き寄せるとき、 アリサの日記の存在領域を画定することが可能なのではないだろうか。デリダに関連しては、その「郵便効果」に関する思考に対して、 「狭き門」が手紙という形式をその構造上の一つの核に据えている点に接点を見出すこともできるだろう。総じて、「散種論」から「幽霊論」 へのデリダの思考の推移の過程を通じて「狭き門」を読むことができるように思われる。
具体的な音楽としては、例えば、時代は異なるが、アルヴォ・ペルトのような音楽 がアリサには相応しいのかも知れない。ブレンターノの詩につけた「何年も前のことだった」のことを思いうかべてもいいだろう。あるいは ピアノ曲としては、「アリーナのために」のような作品を思いうかべてもいいだろう。ベンヤミンが見抜いた「エデンの園」に相応しい音楽という意味でも、 沈黙と語りの(もしかしたら欺瞞をそこに認めうるかも知れない)弁証法を見出しうるという意味でも、ペルトの音楽は、「狭き門」という作品に 相応しい質を備えているように感じられる。 狭義では宗教的なものであるか、典礼的な意味合いでの祈祷の音楽であるかは問題にならない。寧ろペルトが選び取った貧しさ (ティンティナブリ)による祈りの形をした音楽の産出(それは本当に無名性を目指しているだろうかと疑問を呈する人がいても不思議はない。)よりも、 日記で「うまく書けた」と感じた部分を破棄するアリサのパスカルの雄弁に対する拒絶の方が、ペルトが会ったというあの修道僧の言葉 (「祈りの言葉は用意されているのだから、新たに作る必要などない」)に忠実ではなかったかと思えるのだ。 だが、もしそうであるとするならば、一見すると表面的な雰囲気こそペルトの方がより相応しく見えながら、実は、三輪眞弘のモノローグ・オペラ 「新しい時代」が提起する問題圏の方が、一層アリサには相応しく、「新しい時代」の少年こそが21世紀のアリサであり、彼の参入する儀式こそ、 アリサが辿った過程の純化・抽象化なのかも知れない。その危うさも含めて。
もう一人、ジッドのほぼ同時代で生活環境等にも共通点があり、かつ、フランシス・ジャム(ちなみに彼はアリサを評価する立場に立って「狭き門」を絶賛する 評を書いている)が友人であるという点で共通点のあった作曲家、アンリ・デュパルクを思いうかべることができるかも知れない。デュパルクは数百曲あったとも 言われる歌曲の大半を回心の経験とともに破棄し、わずかに遺すことを認めた十数曲の歌曲(それはまた、「狭き門」の物語の少なくとも前半部分の雰囲気には 相応しく、プリュドム、ルコント・ド・リールといった高踏派の詩人やボードレールの詩に付曲したものである)をもってフランス音楽の中に確固たる地位を占めているが、 そうした彼の生の軌跡をアリサのそれを重ね合わせ、かつ上述のペルトについても触れつつ、私はかつて以下の様な文章を記したことがある。
残された作品を見る限り、ジャムの回心前の詩篇「暁の鐘から夕べの鐘まで」に比べてもなお、デュパルクの作品は、あまりに時代の空気に敏感すぎたのであろう。己が曲を付けた詩の価値自体について否定することはなかったけれども、意に満たなかった多くの歌曲とともに、ロマン主義の時代に繰り返し取り上げられた、「無心さ」ゆえに人を破滅させる「オンディーヌ」の物語(プーシキンには「ルサルカ」に取材した作品は2つある。1つは1819年作の詩で、これは修行僧が水の精に会って破滅する、より民話的な内容のもの、もう一つは1828年頃着手されたが未完に終わり、没後1932年に出版された劇詩であり、これは自分を裏切った王子への復讐が主題の物語である。デュパルクは自分で台本を書いたようで、その内容は音楽同様破棄されたため正確に知ることはできないようだが、いずれにせよ後者に基づいていることは確からしい。)に取材したオペラを破棄せずにはいられなかったデュパルクの心情について、私は否定的にコメントすることなどできない。 数学者をやめて「パンセ」を書いたパスカルの回心同様、デュパルクの後半生の宗教的な隠遁を「不毛」とか「損失」と評価する声も理解できないではないにせよ。勿論、こと音楽の創作という観点から見た場合にはそれは評価というよりは事実なのだろうし、更に言えば、デュパルクの自作破棄がもっと徹底したもので、永らく破棄されたと思われてきた1870年出版の初期作(5つの歌曲)のうちの3曲のみならず、「旅へのいざない」も「前生」も「フィデレ」も遺さなかったとしたら、と考えたら(しかもそうした想定は決して極端なものではないだろう)、確かにそうした評価にも一定の価値は認めざるを得ないかも知れないとは思う。ミームというのも結局は存続したもの勝ちなのだ。デュパルクが作品を一つも残さなかったらジャムの件の詩は書かれただろうか。更に(ジャムはそういう人ではなかったが)ジャムが宗教的信念に基づき回心後の詩作を絶つようなことがあれば、私はデュパルクその人を知りえただろうか。(レムの「ビット文学の歴史」に情報量の観点から神秘主義者の著作を分析し、神の沈黙を証明するという(コンピュータ「が実施主体」の)プロジェクトがあったが、ここでは話はもっと極端なのだ。そもそも分析する著作すらないのだから。一方でデュパルクのことを考えていて、ふとアルヴォ・ペルトが修道僧に会った時のエピソードを想い出した。ペルトは祈りのために音楽を書いていると言ったのに対し、修道僧は、祈りのことばはもう用意されているから新たに何も付け加えることはない、と言ったらしい。だがペルトは作品を書くことを止めなかった。私はその話を読んだときにペルトの態度の方を不可解に感じたのだった。そう、デュパルクの態度の方が遥かに一貫していないだろうか?もっとも、あえてそうしたエピソードを明かしたからにはペルトは多分答えを持っているのだろうが。だが、私思うに件の修道僧はそのペルトの答えを決して認めないだろう。もう一つ。ジッドの「狭き門」で、アリサがパスカルを批判する件がある。数学者をやめたことを惜しむどころか、「パンセ」を遺したことすら問いに付されうる、というわけだ。「私は年をとってしまった」というアリサのジェロームへの言葉の意味は、要するに相転移の臨界のこちら側に来てしまった、という意味なのではないか。「ルサルカ」を破棄したデュパルクと同じ側にいる、ということなのではないか。)
だが、そうした仮定を積み重ねることにさほど意味があるとは思えない。結局そうしたぎりぎりの均衡のところでデュパルクの作品は残った。否、より正確には後半生の「不毛な」デュパルクも全ての作品を破棄しようとしたわけではなく、ある作品は遺したのだ。1911年出版の13曲の歌曲はそうした作品たちだろう。そして何よりも大切でかけがえのないことに思えるのは、遺された作品のうち少なくとも幾つかは、そうした臨界的な状況に見合った実質を備えているように感じられることだ。状況のアウラというのがあるかも知れないとは思う。だが多分、そういうことを知らずに聴いても、そうした作品の持つ不思議な輝きの持つ例外性は感じ取れるのではないかとも思う。一見時代の好尚に合った「流行の」作品に見えて、実際にはそれらの作品は、それぞれが「行き止まり」なのだ。それがペルトの言う「偉大な芸術家にとって、もう芸術を創造しようとしたり、創造したりする必要のないとき」を迎えたということなのかどうかについては、デュパルクの場合には慎重であるべきかもしれない。少なくともデュパルクの作品は、祈りの音楽ではないし、書かれた時にはペルトが考えていたような問題を意識していたわけではない。だが、だからこそ、逆説的に、もし「エデンの園」の音楽というのがあるのだとしたら、それに相応しい無邪気さがあるのだとしたら、それは寧ろデュパルクの場合こそ相応しいのではないかという気がしてならない。それを求めていたわけではないが故に、この音楽の裡には自己放棄と自己実現の弁証法のようなものはない。そうした弁証法を技法の次元であれ、創作の契機の次元であれ、音楽自体の素材として取り扱うという危険からこの音楽は偶然にも(奇跡的に、というべきだろうか)自由なのだ。あるのは一方通行の自己放棄だけだし、それは徹底して音楽の外(つまり音楽そのものの破棄)にしかない。(勿論、無意識にそうした自己放棄を手探りしていた痕跡が、その音楽に無いとは言えないだろう。もしかしたら、その音楽の持つ不思議な輝きこそ、その反映であると言うことが出来るかもしれないのだ。臨界的な状況は、時代の趣味に規定される素材としての詩の、あるいは作曲技法の選択を超えて、その音楽に痕跡を遺しているのだと思う。)いずれにしてもヴァルザーがブレンターノを主人公にして書いた散文にあらわれるあの薄暗い大きな門前に相応しい音楽があるとすれば、それはデュパルクの作品なのではないだろうか。その向こう側には沈黙が広がる、相転移の地点のほんの手前の音楽、それがデュパルクの作品なのだと私には思えてならない。
そうした「エデンの園」の音楽を、より身近なところで見出そうとするならば、再び三輪眞弘の「新しい時代」の系列の一連の作品(ここでは 「言葉の影、またはアレルヤ」もそこに含めることにする)を考えてみるべきだろう。
3.
かつて私が最初に読んだのは、今から35年近く前、丁度マーラーの音楽と出逢い、「カラマーゾフの兄弟」と出逢ったのと同時期であり、それ以来、 この作品は、遠ざかっているときでも或る種の基調音として、時折は明確に主題的に自分に問いを突きつけるものであった。 最初に読んでから4,5年してからだろうか、しばらく距離をおいてから、改めて読み直したことがある。(ちなみに、最初に読んで以来、 私は山内義雄訳でずっと読んできて、しばらくしてから原文で読むようになったが、その後も翻訳の中では山内訳に拠ることが多く、他の翻訳は 比較対照のために参照するに過ぎない。)その時に特に強く感じたのは、アリサの父の振舞いがアリサに及ぼした影響であったのを記憶している。 勿論、その影響が直接的に、実際の対話的な状況で発現したのが、ここで問題にしている場面であるのは当然である。ここでアリサは否応なく、 過去を思い出し、自分が置かれている状況をその文脈に置かざるをえなくなる。その結果アリサは、相転移が起きる特異点に達して、 そこを踏み越えてしまうのだ。第7章の「聖らかさ…」という呟き(– La sainteté… si bas que, ce mot, je le devinai plutôt que je ne pus l’entendre.)、そして、『十二夜』を引きつつの« Assez ! pas davantage ! Ce n’est plus aussi suave que tout à l’heure. »という言葉。アリサの日記に読み取るべきは、こうした言葉を導き出さしめた動因であって、ジェロームの鈍感さに よって読み取られなかったアリサの心の動きなどではない。それは(仮にジェロームの言葉を信じて、彼が読み取れなかったことを認めたとしても、 -もっとも、彼のそういう言い方には、回顧する心の働きによる或る種の加工があると思うべきで、彼はそう言うほどには読み取れていなかった わけではないかも知れない可能性を寧ろ考えるべきだろう)第7章を読む「読者」にとっては明確なことではないのか。アリサの日記によって明かされるのは、 彼女が、ジェロームの明確な結婚に対する希望の表明に対して、先延ばしにしたりすることなく、即座にあの様な返答をするに至った ジェロームの知らない間に起きた出来事である。アリサはもう、後には引き返さない。迷いはあるし、絶ち難い心の動きはあるけれど、 それらを寧ろ利用して反発力を得るかのように、パスカルを捨て、ピアノの練習を捨て、遂には家を出てしまうに至る。「私は年老いたのだ。」という 第8章のアリサの決定的なことばの重みは、一見するとそのように読めるにも関わらず、そしてその時のジェロームがまさにそう誤解してしまったように、 その場を取り繕ったことばであるわけではない。この言葉は、誰よりもアリサ自身にとって、ありのままの風景、展望であったろう。 彼女は相転移の向こう側の領域にいるのだ。だからジェロームの見ているのは、文字通り「幻」なのである。
裏返せば、アリサは初めから相転移の「向こう側」に居たわけではない。「私は年老いたのだ。」という言葉を文字通りに受け止めるとどうなるか。 まず年老いる、とは以前のようではない、以前とは変わってしまった、相転移が生じて、 以前とは別の相に既にいるのだ、ということに他ならない。アリサの日記は、その異なる相から響いてくるのだ。アリサはある一線を越えてしまった。ヴァルザーの描く、 ブレンターノが入っていったというあの門が思い浮かぶ。(それはカトリックへの帰依に関するものだったから、寧ろ10年後の「田園交響楽」のジェルトリュードに こそ相応しかったのかも知れないが。)
勿論、アリサもまた、正統的なキリスト教の教義からすれば、逸脱した恣意的な理解に陥っているのだろう。 ジッドはニーチェをプロテスタンティズムの極限点と見做していたらしいが、ニーチェの歩みをアリサの歩みと類比的に見る見方(山内義雄が紹介している)は 必ずしも的外れではないと感じられる。極限点は、向こう側なのだ。ただしそこでは何も許されない。「狭き門」はそれ自身閉ざされる。二人で通れないのではない。 門は常に、その人のものだ(ここからカフカの「掟の門前」に、そして「審判」に補助線を引くことができるだろう)。門をアリサは自ら閉ざした、という人がいても 不思議はない。
遠藤周作は、「狭き門」について「一見、”純粋にみえる”(原文傍点)恋愛のかげに不毛な神への追求の悲劇が巧妙にかくされている」のであって、 最後の「さあ、目をさまさなければいけないわ…」というジュリエットの言葉が作品の鍵だと述べているらしい。しかしこの評は(若林のそれも似た点があるが)、 隠されてもいないものを「隠している」と言い、もはや恋愛でないものに変質しかかっていることに当事者達が(別々の仕方でだが)気付いていることを あからさまに描いているにも関わらず、「純粋にみえる恋愛」などどいう言い回しをしている点で、奇妙である。ジッドが企図したことがピューリタニズムへの 批判、或いは自分がその裡にあったことへの、そしてそこからとうとう脱出できないことへのルサンチマンであるとして、まるで論点がずれているし、 しかも批判するならするで、例えばモーリヤックやデュ・ボスのような論点を提示するならともかく、上記のような言い方は少なくともジッドに対して フェアではないと感じられる。(ちなみに、私はモーリヤックやデュ・ボスのジッド批判は妥当であるし、ジッドの問題点を射抜いていると思っているから、 その点でジッドを擁護するつもりはもともとない。)上のような評をするならば、では一体、みせかけでない「純粋な恋愛」とは一体何なのかを示すべきなのだ。
4.
献辞の問題。というのもこの作品の被献呈者はアルファベットで示されるばかりで、決して名前が明らかにされることはない。にも関わらず、 誰に宛てられたかについて翻訳者も解説者も無頓着にさえ窺える。あたかも翻訳者にとって、そして多くは翻訳者であると同時に文学研究者で あることを考えてみれば、研究者にとっては自明のことで、今更言及にするまでもないかの如くである。そればかりか、献辞が略されている翻訳すら 存在する。淀野訳、中村訳、新庄訳、須藤・松崎訳および1960年の世界文学全集版の山内訳においては献辞は訳されていないのである。 例えば中村訳の場合、併録されている「田園交響楽」でもそうであるから、出版側の方針ともとれるが、淀野訳、新庄訳、須藤・松崎訳、 および1960年の世界文学全集版はそうとは言えない。「田園交響楽」では、献辞を端折っているのは圧倒的な少数派で、堀・神西訳、神西訳 くらいなものだろう。
5.
Efforcez-vous d’entrer par la porte étroite.(Luc, XIII, 24)という銘が題名を直接指示してしまうという率直さ。だが一方で「狭き門」の コノテーションは極めて広大である。ドストエフスキーとカフカはジッド自身が参照しているから、カフカの「審判」「掟の門前」はどうしても 浮かび上がって来る。カネッティの説自体は受容し難いとしてもなお、フェーリツェ・バウアーとカフカ自身の関係が「審判」とある種の構造的な 対応を示している(お互いがお互いの変換された像の如き関係にある)とするならば、そして寧ろカネッティに抗して、カフカにとっての「門」 とは何であったかについて考えるならば、それがアリサにとっての「門」と対比して論じることができるような構造上の位置づけを持っていることが わかるだろう。であるとすれば、そのカフカの「掟の門前」「審判」を扱ったデリダの「掟の門前」論、更にはデリダもまた言及する、 カントの「実践理性批判」の末尾に登場する「狭き門」を経て、ゴロソフケルとは二重の意味で逆向きに(一つは自明だが、もう一つの方は、 純粋理性批判のアンチノミーでなく、ここでは実践理性批判におけるアンチノミーの方からアプローチすることになるからだが)ドストエフスキーに 到達することができるだろう。(ヤコブの天使との格闘との対比。ここでは闘争は一見したところなさそうに見える。だがそれは見せかけだ。 問題は寧ろ、その闘争が何を目指してのものかという点に存するのでは?再び門を閉ざしたのは誰か、門は本当に閉じたのか?門の向こうには 何があるのか?門の向こうに何があるかが問題なのか、それとも門を通過すること、あるいは力学的な軌道の方程式の特性が問題なのか?etc.)
「狭き門」の門はルカ伝第13章24節から採られており、作品中でも冒頭の第1章で、この物語の発端となるアリサの母、ジェロームにとっては叔母にあたる リュシル・ビュコランの出奔があった直後の教会での礼拝における説教で取り上げられた部分として参照されることになる。 「狭き門」で思い出される参照点として、カフカの「審判」の中に埋め込まれた「掟の門前」の物語がある。それを生きたままくぐることはできないのに、それは まさにその人のためだけに用意された門。アリサの軌跡をカフカ的な文脈で解釈してみる必要があるかも知れない。いずれにせよ、そこに門がある。 そのままの姿では通り過ぎることの出来ない門、通り過ぎたら二度とこちら側に戻ってくることができない門、つまり或る種の相転移が生じる臨界点なのだ。
もう一つの門。一見したところ、カトリックへの改宗という外部的な一致から、寧ろ「田園交響楽」との対比が適当のようにも見える。
Ein Jahr oder auch zwei Jahre vergehen. Er mag nicht mehr leben, und so entschließt er sich denn, sich selber gleichsam das Leben, das ihm lästig ist, zu nehmen, und er begibt sich dorthin, wo er weiß, daß sich eine tiefe Höhle befindet. Freilich schaudert er davor zurück, hinunterzugehen, aber er besinnt sich mit einer Art von Entzücken, daß er nichts mehr zu hoffen hat, und daß es für ihn keinen Besitz und keine Sehnsucht, etwas zu besitzen, mehr gibt, und er tritt durch das finstere große Tor und steigt Stufe um Stufe hinunter, immer tiefer, ihm ist nach den ersten Schritten, als wandere er schon tagelang, und kommt endlich unten, ganz zu unterst, in der stillen kühlen tiefverborgenen Gruft an. Eine Lampe brennt hier, und Brentano klopft an eine Türe. Hier muß er lange, lange warten, bis endlich, nach so langer, langer Zeit des Harrens und Bangens, ihm der Bescheid und der grausige Befehl erteilt wird, einzutreten, und er tritt mit einer Schüchternheit, die ihn an seine Kindheit erinnert, ein, und da steht er vor einem Mann, und dieser Mann, dessen Gesicht mit einer Maske verhüllt ist, ersucht ihn schroff, ihm zu folgen. »Du willst ein Diener der katholischen Kirche werden? Hier durch geht es.« So spricht die düstere Gestalt. Und von da an weiß man nichts mehr von Brentano. (Robert Walser, Brentano)
門の通過。クリプトへの下降。ランプ。扉。待機。仮面をつけた一人の男。カトリック。「狭き門」の末尾、過去を封印したクリプトのような部屋。ジュリエットは、 だが、ここでは逆向きに部屋を出ようとして挫折する。書き手=老いたジェロームは部屋に留まっている。(この出来事を1年前に起きたこととして語っている ジェロームは、今、どこでこの物語を書いているのか?「田園交響楽」は手記であり、しかも第2部では時間が同時性に収斂し、末尾の「砂漠」に至って時間は 停止するのに対し、「狭き門」の時間は、トーマス・マンが「魔の山」の序で語ったように、それ自体が絶対的な過去に属している。日記は寧ろ、その 過去の記録、歴史的な文献資料の如きものだし、「狭き門」という物語自体、1人称視点で書かれていることによって、小説的な体裁を拒絶し(彼にとっての 小説は「贋金作り」のようなものだったようだが、そのこと自体が、マンやドストエフスキー、カフカに比べ、ジッドの辿った経路の不毛を、その作品自体に よって告げているのだが)、歴史的事実の証言といった事実性を仮構しようとしているかに見える。それは独立することなく、第1章の冒頭に直接置かれた、 筆者の言葉(D’autres en auraient pu faire un livre ; mais l’histoire que je raconte ici, j’ai mis toute ma force à la vivre et ma vertu s’y est usée. J’écrirai donc très simplement mes souvenirs, et s’ils sont en lambeaux par endroits, je n’aurai recours à aucune invention pour les rapiécer ou les joindre)が、その置かれた位置そのものによって証言している。 (もし仮にこれに更に序文をつけるなら、物語の全く外側から、第3者の手によって書かれるものになるだろう。例えば物語自体の語り手である ジェロームが名付け親となったジュリエットの末娘のアリサによって書かれるものになるだろう。)
6.
ただし、結論から見ればあまりに直裁に過ぎる題名も、作品自体の執筆の紆余曲折と難渋に寄り添うようにして、複雑な変遷を遂げたことは 留意しておいてもいいだろう。勿論、結論が「狭き門」であるという事実は蔑ろにすべきではないが、その結論が容易に獲得されたものではない という事実が物語るものもまたあるのだから。物語着想の発端は、1884年5月に起きたジッドの母ジュリエットの家庭教師であったスコットランド生まれの 女性、アンナ・シャクルトンの死であったらしい。彼女はアリサがそうであったように、療養院で知己の誰にも看取られることなく孤独の裡に没した ようだが、彼自身も文芸・絵画・音楽への嗜好を形成する上で影響を受けたこの女性の死について書くことが企てられた物語のタイトルは 「良き死の試み」(1891)であり、1894年にそれが「マドモワゼル・クレールの死」に変わり、「狭き道」を経て、最後にようやく「狭き門」となるのである。 (ちなみにアンナ・シャクルトンは、最終的に「狭き門」となった物語においてもミス・アシュバートンとして登場している。いわば登場人物の中での 重心が移動していったといった見方も全く不可能ではないし、不当でもないし、ことによったら、そうすることで見えてくるものがあるということすら 考えられる。)
ジッドは「狭き門」を「背徳者」と相補的な作品と考えていたが、執筆の順序としては「背徳者」が先行する。上記の来歴が物語るのは、 「アンドレ・ワルテルの手記」で一度既に取り上げている主題を再び取り上げることは、実際には上記のような構想を具体化する過程で 浮上してきたということだ。勿論、この主題を獲て、ようやく書き始めることができたという事実は重視されねばならない。執筆開始は1905年6月、 冒頭のアリサの描写でベアトリーチェが参照されるが、実際、執筆の初期にジッドはダンテの「新生」を読んでいる。だが執筆は遅々として捗らず、 翌年の3月末には妻マドレーヌ宛ての手紙を読み返したりしている。執筆が捗るようになったのは、1907年の初めに書かれた「放蕩息子の帰還」 を書き上げ、発表して後のこと。ようやく4度目の新規書き直しに挑むことになる。一応の完成は翌年の1908年10月のこと。着想からの年月という 点では、「田園交響楽」もまた同様の長い時間の経過を経て書かれているが、執筆にかけた時間の長さは1905年を起点としても、3年半近くに渉る。 後述するように、その間、ヒロインの女性の名前の変遷もあり、この作品が決して霊感の迸るがままに一気に書かれたものではないことを告げている。 (その文章の彫琢は、そうした事実を知らなくても、この作品が慎重に表現を吟味されて書かれていることを窺わせるに十分すぎるほどであるが、 一方で、その凝縮度の高さと雰囲気の一貫性ゆえ、作中の時間も差し渡し10年にも及ぶ経過を持つにも関わらず、リヴィエールの言うように 一息で読ませる作品であることを考えれば、この創作史における難渋ぶりは驚異的ですらある。)
7.
「狭き門」が何故、例外的な「成功」となったのか?ここでいう成功は、いわゆる作品としての出来といった側面からの評価を伴う。 ジッドの時代が過ぎ、時代遅れの過去の作家となり、ジッドの他の作品が(おそらく「田園交響楽」を例外として)ほぼ読まれなくなったとき、 だが、「狭き門」のみが生き延びるとしたら、「法王庁の抜け穴」や「贋金づくり」を評価し、あるいは「背徳者」「地の糧」を評価する側からすれば、 それはあまりに一面的な、歪んだ受容ということになるだろう。だが、この受容の歪みは、おそらくは作者自身が持っていた偏奇に由来するものだし、 たとえばポジ・ネガの関係にあるとされる「背徳者」との比較においてさえ、著しくバランスを欠いているのは、ある意味で当然なのだ。
ジッドの処女作が「アンドレ・ワルテルの手記」であることには留意して良い。決して彼は反対側から登り始めたのではないし、 後の彼が明確に作品としての出来に批判的であったとしても、そして確かに作品としての出来の評価としてはそれは全く妥当であるとしても、 作者が書く「理由」を、衝動の出所を示しているには違いない。それはいわば「狭き門」の原型なのである。ある意味では、書きたい衝動に 忠実で、だが書くことそのものが要求するある種の自己放棄、優れた作品が作者に要求するそれに対しては従うだけの力を持たなかった彼は、 回り道の挙句に、「狭き門」によって、最初に書きたかったことを書き遂せてしまったのだ。その衝動の最後の発露が「田園交響楽」であり、 彼は芸術には奉仕し、時として欺瞞に満ちた自意識に対して(卑劣にも)誠実たろうとし続けるが、彼の奥底の彼自身すら見通すことのできない 深部に潜んでいた衝動はもう涸れてしまったかのようだ。
「アンドレ・ワルテルの手記」との対比において、アンドレ・ワルテルの場合には書き手が死に至ったのが、「狭き門」では、アリサが 死に至るという役割の交替が指摘されることがある。この指摘は妥当だが、だが、それは単なる入れ替え操作であり、結果は同じというわけではない。 「狭き門」では、それが結局のところ「私」の観念であり、記憶であったとしても、「理念」はアリサという他者の側に移動する。 後に田園交響楽では再び語り手自身が、ただし今度は手記ではなく、日記という体裁で物語の枠づくりをするのに対し、「狭き門」では 日記を残すのはアリサの側であり、それゆえそれは語り手の「私」の同時性を逃れ、私がかつて同時性の裡にいて、だから決して辿り着くことが できない絶対的な他者の過去の痕跡たりえている。それが作品という虚構の中であれ、作品自体の枠として、自分を虚しくしてアリサについて 書くこと、私がどう思っていたかはあくまでも事後的にアリサの日記との照合を行うために語られるに過ぎないのだが、その点を重視せずとも、 少なくとも作品中における声の二重化が、多声性が存する点は決して些末ではない。逆説的に、真のポリフォニー、中心的な視点のない、 等価な複数の展望を意図したらしい「贋金づくり」が、それでもある作者の作品として企まれている点において、その多声性が却って衝動を 中和してしまう方向に働いているのに対し、ここでの多声性ははっきりと非対称であり、一見したところ冒頭にそのように宣言されるレシであるかに 見えて、最後に挿入されるアリサの日記によって、過去の、今や幽霊としてのアリサの声を直接響かせる構成により、展望主義の不毛と、 自己意識の欺瞞性の両方から奇跡的に逃れえているのだ。ここでの日記が力を持つのは、寧ろこれがレシの空間の中に埋め込まれている「外部」だ からであり、その制約のないところでの日記は単なる媒体の多様性に基づく選択肢の一つに退化してしまっている。
アリサの声は書き手の声そのものではない。アンドレ・ワルテルの手記とのこの当たり前の相違が、だが結果的には全く違った結果を もたらすことになる。性の差異(ジッドにおいては、それ自体、抜き差しならぬ意味を持ってしまう)がもたらす異化作用に留意すべきなのだ。 注意すべきは、初めから女性が語り手の作品とも異なるという点である。 しかもそれは、ジッドの最初の書くことの衝動をもっとも自然に、自発的な仕方で発露するための装置ともなった。そうした幸運の重畳が 「狭き門」を例外的な作品にしているのだ。中に空隙が穿たれたレシ。だがその空隙こそが作品を成り立たせている構造的な 特異点なのだし、そのことによって、「狭き門」という作品自体が、ジッドの作品系列中のある種の空隙、構造的な特異点たらしめているのだ。
そしてその構造は、内容上の問題やら事後的に作者自身が説明した主題の問題に対しても無関係ではない。
8.
多くの評者は、ジッド自身が後に語った言葉をそのまま受け止め、ここにプロテスタンティスムの批判があるという立場を採るようだ。 だが、本当にそうだろうか。ジッド自身、アリサのようなあり方を批判しおおせなかったことが、逆説的に「狭き門」を他のジッドの作品のような 醜悪さから救っているのではないか。ジッドがそこから身を振り解きかたっかプロテスタンティズムの、ありえたかも知れない極限がここでは示されている。 アリサの日記が終わった後の後日譚、作品冒頭の「現在」に戻っての去年の出来事は、アリサが決して記憶から拭い去られていないことを示している。 ジェロームはアリサといる筈であった場所、だがその時には自分をそこに見出すことができず、それを望まなかった場所に、今いるのだし、今後もい続けるであろう。 これが批判の筈がない。
掉尾の「目を覚まさねば」というのは、遠く、「白痴」のエパンチン将軍夫人の言葉と共鳴するが、ジュリエットはその言葉を全うできないことが 暗示されている。「狭き門」の結末を「白痴」の結末と比較することは興味深いだろう。「白痴」が悲劇と或る種の失敗の翳に強く覆われているのに対し、 「狭き門」のそれも悲哀の翳が濃く立ちこめているとはいえ、ここには失敗の色調は全く感じられない。あるのは静かな受容であり、もしかしたら、控えめな 肯定すら含意されているのかも知れない。齢を重ねてプランティエの叔母に似るようになったジュリエットは、齢を重ねてエパンチン将軍夫人リザヴェータに 似るようになったアグラーヤではないか。現実のアグラーヤはしかし、ジュリエットとは異なって(否、より適切には母親のリザヴェータとは異なって、 というべきかも知れない)、いわば「妥協」することはなかった。ナスターシャと直接対決することを選択した彼女は、「カラマーゾフの兄弟」の エカチェリーナに寧ろ似ている。ジュリエットはアリサと争うことはしなかった。その違いが結末の構図の違いとなっている。もしかしたら、 エパンチン将軍家の三姉妹については、寧ろ長女のアレクサンドラがジュリエットに近く、アリサはアグラーヤに近接するのかも知れないが、 それよりも自己否定の傾向において、ナスターシャにより近づくのは疑いないし、結局「目を覚まさねば」と語って物語を留める役割を果たすという点で、 エパンチン将軍夫人リザヴェータこそ構造的にジュリエットの位置にいて、アグラーヤが母親のようになれなかったことは、 リザヴェータが語りかけるのがムイシュキンその人ではなく、ムイシュキンを引き取ったエウゲニーであること、そのエウゲニーはレベージェフの 娘のヴェーラと結婚していることと構造的にはまさに対応しているのだろう。
リュシル・ビュコランの《発作》は、その娘であるアリサがドストエフスキー風には「聖痴愚」であることの記号かも知れないが、ここではその点は指摘に留める。 だが、「おしばい」であるとされるこれは、もう一人の娘ジュリエットに伝播してしまうことに留意すべきだ。ヒステリーと癲癇の発作の違いについての 加賀乙彦の指摘を参照のこと。いずれにしてもジュリエットのそれを「おしばい」と言う者はいないだろう。
ジッドはもう一人「白痴」を描いた。「田園交響楽」のジェルトリュードである。ジェルトリュードは寧ろ「白痴」のナスターシャに似るが、アリサもまた、 原稿のかなり後の段階まで、ジェルトリュードと名付けられていたということを考えると、アリサとジェルトリュードが或る種相補的な関係におかれていることに 気付かざるを得ない。正確には最初期にはジュヌヴィエーヴであったのが、ジェルトリュードになり、最後のタイプ稿を作成が進んだ段階、すなわち ほぼ物語の流れが決まり、文体上の調整作業を行う段階になってアリサに変更されたことが訂正の書き込みの含む自筆稿やタイプ稿より 知ることができるようだが、それゆえ「アリサの日記」は一度は「ジェルトリュードの日記」と題されていたのである。
9.
何人かが指摘する箇所。
Pauvre Jérôme ! Si pourtant il savait que parfois il n’aurait qu’un geste à faire, et que ce geste parfois je l’attends…
例えば川口篤は、「『狭き門』で作者が書きたかったもの、書かねばならぬと信じたものは何か?アリサのピューリタニスムという表面のテーゼに対する 裏面のアンチテーゼではあるまいか。」とし、それが上記の「一句に要約されるかと思う。」としている。そしてそれを敷衍して「つまり、人間性の 回復とでも言ったらよかろうか。」とし「『狭き門』は、自己抑制の行き過ぎ、を戒めたものと解したらいかがであろう?」としている。
これとほぼ同じことを淀野隆三も言っている。曰く、「ジェロームとの應接の度ごとにますます宗教的になつてゆくアリサの姿は、一見、 アリサ自身の自發的な精進の結果によるように、この小説では極めて自然でデリケートな筆で描かれているので、ジェロームの無知に 由来する應接の齟齬は讀み過されやすい。」「ジェロームはあまりにも察しがなさすぎる青年に書かれている。彼とアリサの應接は最初 讀者をはらはらさせるが、しまいには腹立たしくさえなる。」そして、それが作者の狙いであると、つまり、「もしジェロームにして今少し 氣がきけばアリサはこうはならなかつたであろうと別のアリサを想像する氣持を讀者が起こすことを、ジイドは豫期しているのだ。だから この小説では、ジェロームに對する讀者の忿懣が作者の批判に代わるのであつて、ジイドは批判をすべて讀者に委ねている。」 更には、「ジイドはアリサの禁欲主義を決して肯定していない。」として上の部分を引用するのだ。
だが、そもそも、ジイドが全面的に淀野が読み解いたように読者を誘導している と言えるだろうか。淀野のような言い分は、いわば「白痴」のエウゲニーによるムイシュキンの行動への批判のようなものだ。それは妥当な 批判だが(ムイシュキン同様、ジェロームもそれを認めるだろう)、一点だけ抜け落ちている点があって、だがその一点が 致命的なのだ。それは個別的な対他関係の「すべて」をわかった上でのものではないし、いわばアリサの「顔」が見えていない批判 なのだ。(奇しくもムイシュキンがエウゲニーに答えた内容と見事に一致している。) 百歩譲って、ジイドの意図がまさに淀野の言うとおりだとして、作者の意図通りに読者が読まないといけないことはない。
一方、若林真は、以下の部分について、「ある夜など彼女は、しどけなく長椅子に寝そべってみたりしますが、彼女らしからぬこの姿勢は、 彼女が激しく憎みつづけてきたあの淫奔な母親の好む姿勢ではなかったでしょうか?ジェロームから男性的な一つの行為、、大胆な一つの 攻撃がありさえすれば、アリサの前に立ちはだかっている「徳」の壁も、あるいはくずれ落ちたかもしれません。」と書き、こともあろうに ジェロームの無作為を責め、彼の理念の犠牲者であると決め付けてみせる。
J’étais assise sur le canapé, ou plutôt – ce qui ne m’arrive presque jamais – je m’étais étendue, je ne sais pourquoi. L’abat-jour abritait de la lumière mes yeux et le haut de mon corps ; je regardais machinalement la pointe de mes pieds, qui dépassait un peu ma robe et qu’un reflet de lampe accrochait.
そもそも若林の所論は或る種の転倒、心理的な動力学に対する無視の上に築かれている。アリサは「衰えをかくすために、日に日に 「徳」の厚化粧をしていかざるをえ」ない訳では全くない。ジェロームが「盲目でその間の事情をいっこうに察しない」かどうか、 「アリサの本心を知ろうともせず」かはおくとしても、「日々苦しみもだえている彼女に感嘆し、ますます恋心をつのらせ、自らも恋人に ふさわしく苛酷な戒律に生きようとする」と言うに至っては、別のレシをでっち上げていると言わざるを得ない。「たまりかねたアリサは、 幻に恋をしてはいけないとジェロームに訴え」るにも関わらず、「雲の上を歩んでいる彼にはまったく通用しない嘆き」であるとはどういうことか。
アリサの中で、「霊の女」と「肉の女」が葛藤するというのは間違いではないだろうが、その葛藤はアリサの内部に内面化されているわけで、 ジェロームはその葛藤に対して(ナスターシャの葛藤に対してムイシュキンがそうであったように)無力であったに過ぎない。その葛藤は、 ジェローム自身の物でもあった筈だ。時間的にはアリサの日記の上の叙述は第7章に対応している、そこでジェロームは Car si je ne trouve aujourd’hui nul pardon en moi pour moi-même de n’avoir su sentir, sous le revêtement de la plus factice apparence, palpiter encore l’amour, je ne pus voir que cette apparence d’abord et, ne retrouvant plus mon amie, l’accusai… と記している。若林の「盲目でその間の事情をいっこうに察しない」「アリサの本心を知ろうともせず」は、ジェローム自身のこの回想に基づいているのだろうが、 「幻に恋をしてはいけない」というアリサの訴えは、厚化粧をした自分を幻だと言っているのではなく、過去の自分に恋をしているといって ジェロームを責めているのであって、少なくとも正確ではない。結婚を、幸福を望んでいたのはジェロームの方であって、それを拒んだのはアリサなのは 厳然たる事実なのだ。
同じ第7章の少し前で、ジェロームはこう言っている。
Hélas ! je ne soupçonnais pas la subtilité de sa feinte, et j’imaginais mal que ce fût par une cime qu’elle pourrait de nouveau m’échapper.
ここで言っているアリサの駆け引きの微妙さは、「徳」と「愛」のベクトルのずれの認識についての決定的な誤解によるものであって、単にジェロームは その2つが最終的には一致し、従ってその折には「幸福」に到達できると考え、アリサは一致を最終的に拒んだということに過ぎない。 「最終的には」というのは、アリサの心も時間の経過とともにある軌道を描いているのは確かだからだが、けれども、ジェロームが「遅すぎた」のかと 言えば、結局のところそうではないだろう。ドストエフスキーの「白痴」のムイシュキンとナスターシャの関係は、一見したところまるで異なるように見える。 だが、アリサの裡に巣食い、最終的にアリサを支配するに至った或る種の自己破壊・自己否定の衝動は、ナスターシャのそれとどこかで通じているのだ。
総じて、作者がジェロームに語らせる事後的なコメントは混乱を極めているように思われる。一方では、 Eh ! sans doute elle avait raison ! je ne chérissais plus qu’un fantôme ; l’Alissa que j’avais aimée, que j’aimais encore n’était plus… Eh ! sans doute nous avions vieilli ! と言いながら、直ちに、Sitôt abandonnée à ellemême, Alissa était revenue à son niveau, médiocre niveau, où je me retrouvais moi-même, mais où je ne la désirais plus. といった凄まじい無理解(これでは、物語の結末の、Peut-être plutôt à l’idée qu’elle se faisait de moi…も空疎なものに感じられかねないほどだ)を示すかと思えば、VIII.の末尾では、はっきりと、 Mais la retenir, mais forcer la porte, mais pénétrer n’importe comment dans la maison, qui pourtant ne m’eût pas été fermée, non, encore aujourd’hui que je reviens en arrière pour revivre tout ce passé… non, cela ne m’était pas possible, et ne m’a point compris jusqu’alors celui qui ne me comprend pas à présent. と、まさにムイシュキンがエウゲニーにしたのと 等価な抗弁をしてもいる。個別的な対他関係の「すべて」をわかった上でのものではないし、いわばアリサの「顔」が見えていない批判は 皮相である、というのはここでの問題にとって、決して表面的なものではない。寧ろ、こここそがポイントなのだ。ナスターシャの 選択に対するムイシュキンの無力と、アリサの選択に対するジェロームの無力は厳密な比較に値するだろう。そうしてみればジッドと ドストエフスキーのその後の軌道の懸隔は大きい。ここで一度両者の軌道は交わったものの、ジッドには「カラマーゾフの兄弟」が書けなかった。 勿論、ここでの無力に抗する仕方は、若林が持ち出すような男性的な一つの行為、大胆な一つの攻撃などでは断じてない。 恐らく、ジッド自身、「狭き門」を仮に批判とイロニーを込めて書いたにせよ、さすがにこうしたあまりに粗雑な「解決」には 怖気を奮って否定したのではないかと私は思うが、一方で、ジッドには解決の糸口が見えていなかった、あるいはわかっていても それを拒んだらしいのは、後の「田園交響楽」、恐らくジッドにとって最後の機会であり、しかもその機会をジッドはまたもや 批判とイロニーによって自ら引き受けることを避けることで逃してしまったことからも想像がつく。
若林の主張は或る種の勇み足であるとして、だが翻訳者が揃いも揃って同じ箇所を参照し、同じことを言うのはどうしたわけか? 何かそこには、この作品を取り巻く環境からの投影があるように感じられる。例えば、ジッドがこの作品についてどう言っているかから始まって、 ジッドの創作の全体の中でのこの作品の位置づけ、ジッド自身のより一般的な考え方や行動、あるいはもう一度作品に寄り添うならば、 作品の成立史に纏わる伝記的事実などがそうした環境を構成しているのだろう。勿論、こうした環境の中で作品を解釈すること自体は 間違っていないどころか、研究としては寧ろ正しいことですらあるだろう。だが、個別の作品が含む、必ずしもそうした全体の展望に整序しきれない 力動は、そのようにして無視され、見失われてしまう。
例えば作者の意図ということを取り上げてみても良い。作者の意図というからには、それは意識的なものだろう。ここでは無意識的な抑圧された欲望を ロールシャッハテストのように作品に読みとろうとしているわけではなく、意識の平面に話を限定したとして、作品は作者の思想や心情に対して 必ずしも忠実ではない。おそらく「狭き門」においてそうであるように、批判的な意図をもって書かれたのに、批判にはならなかったり、逆に「白痴」の ように、意図が結果的に十全に実現できない場合もあるだろう。だが、意図の達成の度合いと作品としての価値は必ずしもぴったり一致するわけではない。 寧ろその一致は僥倖のような稀な出来事ではないか。
10.
同じ箇所は、アリサの日記と(ジッドがその一部を利用していることが知られている)マドレーヌ・ロンドーの日記とを比較した小坂の論文においても 論じられている。しかし小坂の指摘において重要なのは、それよりもbelle/jolieの使い分けに関するものだ。確かに第1章でジェロームはまず アリサの母をbelleと形容し、アリサ自身には副詞による強調つきでjolieという形容詞を配分したあと、妹のジュリエットに再びbelleを今度は比較表現の中で 割り当てる。だが、アリサ自身が日記の中でLorsque j’étais enfant, c’est à cause de lui déjà que je souhaitais d’être belleと記している。小坂はここに ジェロームの側の精神的盲目を指摘するのだが、それは上で検討してきた多くの指摘と軌を一にするものと言えるだろう。だがしかし、アリサにとって ジェロームから遠ざかることが自然な選択ではなく苦痛に満ちたものであることについては、別段そこに留意せずともアリサの日記を読めば 明らか過ぎるほど明らかなことではないか。そしてこのことをもって「こうしてアリサの実りのない生き方と悲劇的な最期を示した『狭き門』は、 ジッドの言うように«une certaine tendance mystique)»への批判の書となるのである。」という結論に至るのは、この作品の持つ、ジッドのそうした 後付けの定義を超えるものを捉え損ねることになりはしまいか。
jolie/belleの翻訳での対比は、ほとんど正確には為されていない。どちらも「美しい」と訳してしまうようだ。「田園交響楽」では敏感であった白井訳すら、 いずれも「美しい」である。山内訳は、リュシルについては「いたってきりょうよし」(きりょうよしに傍点)にしているのに、アリサとジュリエットのjolie/belleは どちらも美しいで、配分が異なっている。同じことが村上訳にも言えて、リュシルの「いたって美貌」に対してアリサとジュリエットは「美しい」。川口訳、 新庄訳はリュシルを「美人」としている。菅野訳、白井訳、中村訳、淀野訳、小佐井訳はリュシル、アリサ、ジュリエットともすべて「美しい」。 それらに対して須藤・松崎訳はbelleを「美しい」、jolieを「きれい」と訳し分けている。若林訳ではリュシルが「たいへんな美女」であるのに対し、 アリサもジュリエットも「綺麗」とされていて、やはりjolie/belleの対立を訳し分けていない。
ところで、jolie/belleの対立を考えるとき、小坂が言及する箇所の対比のみで事足れりとするには些か早合点の謗りを免れないだろう。というのも、 女性たちを巡るjolie/belleの形容は、何も上掲の箇所に限定されるわけではないからだ。例えば第1章の末尾、題名の由来となる「狭き門」に纏わる 説教に触れられ、更にジェロームの母の死の後、伯母のフェリシー・プランティエがジェロームに向かって話す部分で、ジュリエットの美しさに言及する部分がある。 j’avais pensé… elle est si jolie, si gaie.ここでは、ジュリエットに対してjolieが用いられている。 勿論これは話者が異なるので、jolieという語の使用基準は異なっていいのだが、いずれにしてもこの小説の空間内で、ジェロームの評価と伯母の評価に ずれが設定されていることには留意されて良い。小坂の説の傍証たりうるとする解釈も可能だろう。エピローグにおいて以下のようにジュリエットが、 まさにそうした形容を行ったプランティエの伯母に擬せられている(勿論、ジェロームによって、である)ことにも注意しよう。 Une bonne me fit monter dans le salon où, quelques instants après, Juliette vint me rejoindre. Je crus voir la tante Plantier : même démarche, même carrure, même cordialité essoufflée.
フェリシー・プランティエの言葉がどう訳されているのかについても、以下に纏めておくことにしよう。
- 中村訳:「…あの娘はとてもきれいだし、とても明るいし。」
- 若林訳:「…あの子はとっても綺麗で、ほがらかだしね」
- 白井訳:「あの娘(こ)はとてもきれいだし、とても陽気だし。」
- 小佐井訳:「…あの子はとても綺麗だし、陽気だし」
- 菅野訳:「あの娘はとてもきれいだし、とても明るいし」
- 須藤・松崎訳:「…あの子はとてもきれいだし、とても明るいし」
- 村上訳:「…あの娘(こ)はとても器量よしだし、なかなか快活でもあるしね」
- 山内訳:「…あの子はずいぶん"きりょうよし"(原文傍点)で、なかなか陽気だし」
- 新庄訳:「…あの子供はとてもきりょうよしだし、それになかなか快活な子だね」
- 川口訳:「…あの娘(こ)はすてきな美人だし、とても快活な娘(こ)だからね。」
- 淀野訳:「…あれはなかなかよいきりようなうえ、とても陽気な娘(こ)だからね」
一方で、jolie/belleの対立などありはしないのだ、という立場もあるだろう。事実上、ほとんどの訳者は対立を意識してはいないし、上記のフェリシー・プランティエの 例は対立があるとの主張の反例と見做すこともできるだろう。だが、それ以上に、アリサ自身の用法に対立の存在を疑わせる例があるのだ。アリサの日記の日付がない部分、 ジェロームが、フォングーズマール滞在の時期のものとしている部分に、Lorsque j’étais enfant, c’est à cause de lui déjà que je souhaitais d’être belle. という一節がある。 少なくとも子供の頃のアリサは、belleであろうとしていた、と日記を書くアリサは記しているのだ。だが、まずこれは子供の頃のアリサがそう望んだという話であって、現在のアリサがそう望んでいるということではない、アリサは自分もかつては妹のジュリエットが体現しているような美しさをジェロームのために己のものとしたいと願っていた(が、今はそうではないのだ)ということが出来るだろうし、何より、jolie/belleの対立はまずもってジェローム固有のもので、アリサ自身のものではない(し、勿論、フェリシー・プランティエが区別すべくもない)、 という反論も考えられよう。するとこれは、ジッドが仕組んだ、ジェロームの観念とアリサのそれの食い違いを示唆するための仕掛なのか?だがそれは更にもう一度 覆って、ジェロームの観念の犠牲にアリサがなったことを告げているというよりは、ジェロームがアリサの思い(それは観念ということばで片付けることはできない、いわば 実存を賭けた重みがあるのだが)を、少なくともその当時は受け止め切れなかった、ジェロームがそう思ったのとは逆に、アリサの高みにジェロームが達し得なかった ことを告げていると考えるのが妥当だろう。
11.
もう一点。ジッドは「狭き門」を書きあぐねて、マドレーヌが若き日に(つまりマドレーヌが丁度アリサのような立場にあった時期に)書いた日記を 見せてもらい、その一部を利用しているらしい。ジッド自身は、ほとんど収穫がなかったような言い方をしているらしいが、それでも文脈を変え、 幾つかがマドレーヌの日記から取られているのは実証できるようだ。しかし、それ以前に、マドレーヌがジッドに送った書簡は、その一部はほとんど 文字通りそのまま作品に取り込まれていること、失望することになった再会という物語中の出来事は、実際にマドレーヌとジッドの間にも生じたもの のようなのである。
そのような実証の傍らで、いわゆるテキスト批評的、内在的な読解の試みがあり、そちらはといえば、主人公がアリサであることに異を唱え、 語り手であるジェロームの機能を重視する。一見すると多声的に見えるアリサの書簡や日記の引用も、ジェロームの検閲による編集、取捨選択を 経ているという指摘自体は妥当なものであろうが、ジェロームの誠実さを疑い始めれば、果てはなくなる。文脈のすり替えによる意味の捏造、 言い落としによる事実関係の歪曲、果てはアリサの死に内心責任を感じているジェロームが、自己弁護のために語っているという解釈にさえ辿り着く。 まるで殺人犯が自分の犯行を隠すために書いた手記であるかの如き分析が、探偵気取りの文学研究者によって行われるのである。しかし、そうした 読みは、内在性を主張しつつどこかで恣意に陥らざるをえない。テキストのみを信じ、内在的な矛盾のみに限定した読みは、だがそうして次々に 見つかる矛盾や、不審な点を列挙するに留まらず、その背後にある何かを描き出そうとしたとたんに、それが仮説の身分であれ、フィクションを 構築せざるを得なくなる。だが、そもそも対象となるテキスト自体、フィクションである筈のものではなかったのか。
更にはそうした矛盾を登場人物に帰するべきなのか、作者に帰するべきなのかという問題を避けることはできない。仮に後者を禁じてしまえば、 登場人物について整合性のある像を得る保証は原理的には存在しない。所詮はジッドが構築した物語なのだから。そしてジッド自身の意図や 意図せざる無意識の欲望を読み取る解釈は、結局、上記のような伝記主義的実証に戻らざるを得ない。
今一度、作者ではなく、テキストの次元の内部に留まったところで、物語の語り手(ジェローム)の無意識を、登場人物の行動の無意識を 読み取ろうとする解釈は、(ドストエフスキーにおいて山城が陥ったのだが)その解釈の裡に読み手の側の欲望を書き込まずに済ますことができない。 そして、作者ジッドの欲望をそこに読まないのは、構造的にはひどく恣意的な制限を設けていることになる。
ジェロームを疑うことは幾らでもできるし、ここで描かれたアリサがジェロームの観念の産物であったとして、それではその外側には 一体何を読み取ろうとするのか?ジェロームの観念にアリサが殉じたという側面を認めるとして、なおそうした選択をアリサが行い、 ジェロームがそれを記録するという事実は残るし、そのような物語をジッドが作り上げたという事実も残る。アリサ自身も自覚しているように ジェローム抜きのアリサを考えることは難しい。それをその時代のフランスのブルジョワの女性が置かれた社会的な立場の制約と 見做す解釈があるのも承知の上で、だが、端的に無色透明な、自立した人間というのがいるのか?それこそジッドが一生とりつかれて 逃れようともしなかった幻想であろう。結局はそうした観念の、価値の間の机の叩きあいしかない。中立の無色の立場はないし、そういう意味では 無償の行為など幻想に過ぎない。結局のところ、文脈を超え、時代と文化の制約を(あるいはその間にある避け難い誤解をも)越えた地点で 人はアリサに対して何かを見出す。それがこの物語の不滅性の源泉であるに過ぎない。そのとき、結局のところ読み手にとってジェロームは 全面的に信頼できないまでも、アリサを理解し、最後まで忠実であり続けようとした点で、まさにそうすることによって同じ観念に殉じた だけであったとしてもなお、読み手にとって貴重な証人なのではないのか?
勿論、それでもなお、このように問うことは有効だろう。アリサをではなく、ジェロームと「田園交響楽」における牧師とを対比させて、 ジェロームを牧師のような自己欺瞞に満ちた人間であり、(ジッドが物語を作るために素材として用いたマドレーヌの書簡や日記に 対する操作との違いについては一旦置くことにして、)一方では自分にとって好ましいアリサ像を永続化し、その一方では 狡猾にも、自分がアリサを死に追いやったプロセスは巧妙に隠蔽するために物語を記したのだと仮定しよう。その上で、それぞれ アリサとジェルトリュードを死に追いやったジェロームと牧師との間にどのような差異があるのか?
確かに不均衡があるとはいえ、やはりここには相互性が存在するのは間違いない。それが巧妙な思いつきであるにせよ、 とにかくジェロームはアリサの書簡と日記をそのままのかたちで自分の物語に埋め込むことで、他者を自己の物語の内部に クリプト化しているには違いない。どちらかというと物語の創作技法上の結果として、例えばアリサの日記の引用のされ方、 選択の仕方は、その外側の先行するジェロームの物語との対応がなければ、それ独立で読むことは難しい。だが、 ジェロームの物語も、アリサの日記を予め示すように書かれているわけではない。つまりアリサの日記はジェロームの証言を 裏付ける証拠物件でしかないわけではない。ジェロームの記述をそれが注釈し、批判する機能が確かにそこには存在している。 要するにそこにある対位法は見せかけの偽装されたものではなく、どちらかが他方に従属しているわけではない。探偵の 推理を裏付ける証拠探しとは異なるのだ。
そして他方ではアリサが犯人でジェロームが被害者であるという主張も存在することを忘れてはならない。そしてエピローグで ジュリエットが言うとおり、ジェロームには、少なくともアリサの死後、別の生き方をする選択肢が存在しなかったわけではなかろう。 アリサの自己破壊衝動は(ドストエフスキーの「白痴」で黙示録の解説者、レーベジェフの言ったことを思い出そう)、それ自体、 ミームの詭計でないと言い切ることができるだろうか?彼女はこの世での幸福を拒絶し、その代わりにジェロームに記憶され、 物語に記録されることによって、永遠の生命を獲た。他の者に対してであれば、それは単なる気休めの如きものにしか 響かないかも知れないが、アリサの場合には事情は異なる。それが彼女が望んだことでないと言い切ることは難しいだろう。 ジェロームの物語に詭計を嗅ぎ取るのであれば、アリサの日記に同じものをどうして嗅ぎ取らないのか? アリサが孤独の中に死ぬことは、アリサ自身にとってそんなに否定的な価値しか持たなかったのだろうか?それは彼女が 寧ろ自ら望んだことではないのか?そしてそれがミス・アシュバートンとなったアンナ・シャックルトンの最期でもあり、 それを記録することがジッドの最初の意図であるとするならば、アリサを批判するというのは実はそちらの方が後付けの 理屈であって、物語の音調自体が告げるように、ジッドは決して批判がしたかったわけではないのだろう。 アリサが自らの幸福を自覚的に拒絶する地点において、アリサに対して最後に否定的な価値を おく研究者の評価は、研究者自身の信念なりイデオロギーの押し付けに過ぎなくなる。確かに「狭き門」はニーチェのそれにも 比することのできるニヒリズムの極限を示しているのかも知れない。そこでは価値自体が宙に吊られてしまう。 一見してわかりやすい「地の糧」、「法王庁の抜け穴」、「贋金作り」といった作品におけるジッドの姿勢よりも、 一見するとそこで批判されている側に存在する、一般には基本的な価値観であると了解されているものに対する否定の方が 一層たちが悪いとも考えられる。アリサを否定するものは、同じ刀でパスカルを切り捨てることができるだろうか?
アリサに対する総括として、母の行動に対するトラウマから、そちらの方向に進むことを自らに禁じ、 ジュリエットとの葛藤とそれに対するジュリエットの行動によって、策略どおりに欲するものを 手に入れつつ、手に入れたものを今度は捨てることで自分の人生とジェロームの人生を、これもまた恐らくは欲したとおりに 破壊してしまうというような書き方を、(ある水準においてはジッドの注文どおりに)アリサを批判する研究者は選択するが、 ジェロームはそうした選択をしなかった。作者ジッドはそうさせなかった。それはジェロームを無作為の殺人犯に仕立てたがる研究者にしても同じなのだ。アリサはジェロームの行動に自分への(意図しない、無意識なものであれ)悪意を、 もっと言えば殺意を感じているだろうか?ジェロームの無行動(メルヴィルのバートルビーとの比較をすることさえできるだろう、 ジェロームの唯一の「行動」は、アリサの死後に物語を語ることだけであるという見方もできるだろう)は未必の故意 なのか?もし殺人犯がいるとしたら、それは寧ろ、この物語をこのように語ることを欲した作者ジッド自身ではないのか? 勿論、アリサが破り捨てたとジェロームが記す日記の一部は、実はジェローム自身が(そこに自分に都合の悪いことが書かれているので)破り捨てたのだというような仮説が可能であるならば、最早何でもありになることは明らかだろう。 だが、そうした物語を書いたジッドは一体、どのような衝動に動かれてこのような物語を書いたのか?そしてこのように書かれた物語を、かくの如きに解読する研究者は、一体どのような衝動にかられて、そうした読解をするのか?
もう一つ追加しておけば、アリサについてしばしば言われる神秘主義的傾向からの隔たりは、確かに彼女を苦しめることはあったかも知れないが、例えば「アンドレ・ワルテルの手記」との比較において、あるいは「田園交響楽」に対する比較に おいてさえ、ジッド自身が持っていたらしい神秘主義的なものへの傾向に対する批判的契機たりえているという見方ができるだろう。 アリサの日記(これまた「アンドレ・ワルテルの手記」や「田園交響楽」の牧師の手帖と同じく二部よりなるのだが)の後半部分の記述はアリサが宗教的法悦を経験し、異言を語り、幻影を見、神のお告げを聴くような聖女からは懸け離れた存在であることをはっきり告げている。それだけに、この後半部分のアリサの日記の記載に、例えばパスカルに対するジェロームの物語での発言との矛盾を指摘して、アリサは戯画化されていて、そこにジッドの揶揄を見ようとするような批評は、批評家自身がアリサとは全く異なったタイプの、全く異なった世界に住む人間であることを告げているに過ぎない。そもそもアリサには認めたくないらしい 「神秘的経験」をパスカルには認められる批評家、基本的には主観的なものでしかないその経験の質を云々できる批評家というのは一体どういう立場に自分を置いているのだろうか?神秘的経験の質が問題なら、現在の脳神経科学の知見により、脳のある部位を刺激すると得られるらしいそうした経験の欠如が、一体どのように価値判断に寄与するというのだろうか?
結局のところ、この物語に欺瞞と悪意と嫉妬をしか見出すことのできない人間は、アリサの衝動を我が事として 感じ取ることができないに違いない。もしそうなのであれば、客観性と科学性を装ったテキスト論的な内在分析とて、 それを実行する人間が備えているセンサーの検出能や解像度と独立ではありえない。あるいはそれを実行する人間の持っている「人間」の心理についてのモデル、前了解の外に出ることはできない。そしてそのことは、例えば 文字を持たない人間(動物を考えても良いだろう)にとって書物が燃料や包装材、巣の素材等といった役割しか果たさないのと程度の差しかない。
「狭き門」の物語の持つ曖昧さ、一体アリサとジェロームのいずれが加害者でいずれが被害者なのか自体の認識においてすら 読み手の意見が分裂してしまうこと自体、それがジッドが意図したことではなかったにせよ、この物語で語られる出来事の持つ、 他のジッドの物語にはない、或る構造の存在を告げているのではなかろうか?ジッドがアリサに対する批判を試みたにせよ、 それに抗して、一部の(だが少なからぬ)評者がジェロームの告白に欺瞞と事実隠蔽の臭いを嗅ぎ取るにせよ、彼らが辿った生の プロセスは彼ら自身が選択したもの、違う可能性への分岐をある時には一瞬夢見つつも、結局はもともと自分達が(必ずしも 事前に協議して、合意に基づくものではないにしても)選択したものであり、決して一方が他方の犠牲になったというような 構造を持っていないことが、この物語に他にはない独特の色合い、ベンヤミンがドストエフスキーの「白痴」とともに特定の 作品を取り上げる契機となるような色合いを帯びさせていることは間違いない。
12.
私はずっと「狭き門」は山内訳で親しんできたし、原文で読むようになってから以降は、この翻訳が、ジッドの文章の雰囲気を最も良く伝えていると 考えてきたが、それでもなお、幾つかの翻訳を比較するのは、原文を読み取る上で、自分の思い込みや自明と考えている解釈を相対化する上で 示唆的である。ここでは気付くまま、2点程挙げてみるに留めるが、この2点はそれなりに解釈に対して本質的な意味を持ちかねない(絶対に持つ とまで言うことはできないにせよ)部分と私は考えている。
(1). VII.の冒頭のアリサの父のジェロームへの言葉。何でもないフランス語– Alissa t’attend dans le jardin,が実は日本語の翻訳の場合には、日本語の 特性ゆえに問題を孕みうるのである。つまり「アリサは」とするか、「アリサが」とするかの選択がありえて、実際、翻訳はこの2つにわかれている。
- 「が」:白井訳、川口訳、中村訳、菅野訳、若林訳
- 「は」:山内訳、淀野訳、村上訳、須藤・松崎訳、小佐井訳、新庄訳
どちらでもいいではないか、という見方もあるだろうが、どちらかが誤解というわけではないにせよ、両者が同じでないのは当然だろう。「が」であれば 「自分の娘が庭で待っている」という単なる事実の情報提示に過ぎないという見方もできるが、見方によっては、この情報をいきなりジェロームに提示したのであれば、この事実こそがその場面では喫緊の話題であるとアリサの父が認識していたことを物語るとも言える。あるいは更に想像を拡げれば、アリサが父に対して、ジェロームにそう言付けたかも知れない。つまりこれは事実上アリサの伝言なのだとも考えられる。一方「は」であれば、 今度はアリサの父は、ジェロームがアリサに会いに来たのだという前提の下で、彼女が「どこで待っているのか」を情報として提示したという事が できるだろう。特に「が」の場合には色々なケースが考えられる以上、どちらが適切かを断定することはできないだろうが、前の章の終りや、この後の 話の流れからすれば、「は」の方が自然であり、「が」を用いた発話が提示されると、視点が一旦語り手のジェロームから離れて、いわば一人称的ではなく、 三人称的な視点での記述になっているというようにも考えられるだろう。しかしより興味深いのは、このどちらを採用するかでアリサの父のアリサに 対する態度、ジェロームに対する態度に微妙な差異が生じるということだ。仮に訳者が両方ありうることを意識し、その両者を並べて上で一方を選択したにせよ、そうではなくて、恰も当然の如くに自分の選択した方に飛びついたにせよ、読み手にとっては随分と違った印象を与えるのは避け難い。
(2). VIII.におけるジェロームに宛てられたアリサの言葉、À présent j’ai tourné la page.の訳文は、この部分だけ取り出して仏文和訳の問題として出題すれば、 何の迷いもなく、中村訳のように「今はわたくしはページをめくってしまったんですもの。」といったように訳すであろう。だが、この部分の原文を読んだ私は 驚いたものである。なぜなら、私が親しんできた山内訳では「もうページはめくられてしまったんですわ。」と態を交換し、非人称的な文章になっていたからである。 当然、後者の場合には、ページを捲ったのが誰かはわからないのだが、こういう言い方(いわゆる被害の受身として読むことが可能だ)をアリサがする以上、 アリサが自分で意識的にしたというように考えるのは困難で、アリサはそうした状況の変化に対して、少なくとも受身の受容を行ったように読み取れてしまうのは避け難い。 そこで他の訳もあたってみると以下のようになっていた。
能動
- 中村訳:「今はわたくしはページをめくってしまったんですもの。」
- 若林訳:「いまわたしはね、ページをめくってしまったの」
- 白井訳:「今はもう、わたしは頁をめくってしまったんですもの」
- 小佐井訳:「今はもう、わたしはページをめくってしまったのですもの」
- 菅野訳:「わたくしはページをめくってしまったんですもの」
- 須藤・松崎訳:「今はもう、わたしはページをくってしまったのですわ」
- 村上訳:「今はもう、ページをめくってしまったんですもの」
受動
- 山内訳:「もうページはめくられてしまったんですわ。」
- 新庄訳:「もうページはめくられてしまったのよ」
- 川口訳:「もう頁はめくられてしまったのですもの。」
- 淀野訳:「もうページはめくられてしまいました。」
勿論、これもここだけで一見すると原文に忠実ではない受身による非人称文を誤訳とすることはできない。というのも、あえてそうしたのは解釈あってのことに相違なく、であればその解釈の是非の方が問われるべきだからである。村上訳のように能動で訳しつつ、エージェントを省略してしまっている場合もある。 もし補えばアリサが補完されるのは確実だから、その点では解釈が変わるわけではないが、もしかしたらページをめくったのは自分を含む或る種の状況であることを言外に篭めているのかも知れないし、もしかしたらアリサがページをめくったこと(この意識がアリサにあったのはどのみち確実なことだ)にはジェロームも 関与している、つまり共犯なのだ、ということを言いたいのかも知れない。受身の訳についても同様で、直訳すれば、それがアリサの行為であり選択であったとしても、 アリサがそれを自己に反してしていることは後のアリサの日記により明らかになるわけだし、前後のアリサの言葉からも既に十分に読み取れるように、 理由はどうであれ(とはいえ私はジェロームが鈍かったからという解釈は絶対に採らないが)アリサが望まずしてページを繰らざるをえなかったのだというアリサの 心情を慮れば、受動にするのも全く妥当性を欠いているとは言えないだろう。だがいずれにしても翻訳で読めば、それに読み手の解釈は左右されるのは 避け難い。一方で、一見中村訳に近いように見える若林訳だが、その違いは実は他の訳と中村訳の違いに比べて寧ろ大きいといっても良いだろう。 À présent を冒頭に立てた文章での複合過去形の使用を、他の訳者は(受動で訳している訳者も含め)、完了のニュアンスで捉えている。それは「もう」 という、一見すると原文のどこにもない語句を補っていることからもわかる。そればかりか「今」という語が含まれない訳すらあり、とりわけ受動で訳している 場合には、このページが既にめくられてしまったという完了のニュアンスに(ページをめくったのは誰かという点を差し置いて)フォーカスを当てることに狙いがあることがわかる。「もう」を補わずに訳しているのは、そもそも全くÀ présent を訳していない菅野訳を除けば、中村訳と若林訳のみになるが、 実は中村訳では「今は」という言い方になっていて、それが動詞の「しまったんですもの」の完了のかたちと相俟って、既に自分がページをめくったことにより、 今はページがめくられた状態になること、自分のページをめくる行為が、既に完了済みであることを明確に示している。それに対して若林訳は、 まるでページをめくる行為が「いま」の広がりの中で行われ、それがたった今済んだかのようなニュアンスになっている。現象学的な意味合いでの広がりのある現在の中の第一次過去把持において「ページをめくる」行為が捉えられている。その他の訳は、現在の広がりの中ではページがめくられた状態にあるという点のみがあり、その因果的過去として、いわば第二次過去把持としての想起の相に「ページをめくる」という行為が位置づけられているような受け止め方も可能である。要するに、若林訳のみは、この第8章での対話の場面における一連のやりとりの中でのアリサの行為が「ページをめくる」ことに他ならないとアリサが考えているというようにしか読めない。この解釈の成否は当然、すぐに後続するアリサの日記との照合によって為されるであろう。
明らかに言えることはこうだ。この第8章での出来事が「ページをめくること」ではないのは明確だ。彼女の日記は「犠牲」を成し遂げたと彼女が 認識したのは、ずっと前のことであるを告げているし、「仕事の完成」まであと2ヶ月という記述も、第8章の件に対応した部分ではなく、 遥かに時系列的に手前に現れている。そしてもし、彼女がそれらの成就を、完成を否定するのだとしたら、それは第8章のこの会話の後の 時点でもそうなのだ。寧ろこの第8章の会話に対応する部分は、この行為が「ページをめくる前」の残影であることをこそ明らかにしているのではないか。 勿論、紫水晶の十字架をジェロームに渡すことが、長大な「ページをめくる」行為の最後の一ピースであったのではという主張は不可能ではない。 けれども、「ページをめくる」という行為が、一度の会話で、一つの現在の裡で済んでしまうような性質のものではない点に留意すべきではないのか。 私見では「私は年をとってしまった」と第7章でアリサが語ったとき、アリサは既に相転移の向こう側にいて、従って「ページはめくられてしまった」 状態にあったと考える。
13.
– Imagines-tu cela, Jérôme : le meilleur !
この一見したところ単純な語りを日本語にするのがどんなに大変なことかは、訳者達の工夫を見てみれば明らかである。imaginerというフランス語の動詞を 現在形で使って質問するとき、それは語っているその瞬間の行為についてたずねているのではないことは明らかだろう。「想像するか?」とそのままにするのは 日本語として不自然だからといって「想像している」を使ってしまうと、同時性における継続を含意してしまって、不自然ではないかと思うのだが、それでは 代替案はといえば、「想像したことがある」といういわゆる経験の有無を尋ねるような表現になるようだ。山内訳を筆頭に、「たことがある」派が多くを占めるが、 さりとてそれは「過去の」経験の有無の質問ではないのだ。 そうしたニュアンスを嫌ってか、「ている」で訳している翻訳も幾つかあるが、これは学者、研究者の 訳としては「正確」(というより「保守的」というべき)かも知れないが、私見では明らかに文脈にそぐわない。この文脈では、まるで今、それを考えているのかを 問うているようにしか思えない。あるいはここしばらくずっとそのことを考え続けているのかを聞いているようにしか思えない。なぜそれではいけないかといえば、 この直前の部分でアリサは、 Tu te souviens de ce verset de l’Écriture, qui nous inquiétait et que nous craignions de ne pas bien comprendre : « Ils n’ont pas obtenu ce qui leur avait été promis, Dieu nous ayant réservés pour quelque chose de meilleur… » というように、過去のことを思い起こしているからで、ここからいきなり、今それを想像しているかと急に聞くのは、まるで後だしジャンケンのようなものだからだ。
実際には、またしても中村訳を目にしてびっくりして、慌てて山内訳を再度確認し(私の頭の中には基本的に山内訳のニュアンスで記憶されているから)、 それから原文にあたったというのが順序なのだが、逆にこの状況で日本語で言うならどうするかを考えれば、寧ろ「想像することができるか」という訳語が 適切であるという人がいてもおかしくないだろう。(Dorothy Bussy の英訳は、まさに Can you imagine it, Jerome ? - Some better thing ! としていて、 そうした見解を支持しているようだ。) かつて意味がよくわからないと二人で言っていた章句の解釈について、改めてアリサはジェロームに、 今ならわかるのかと聞いているのである。その後、あなたはその章句の意味を考えてみたか?という問いは自然だろうし、今ならあなたには想像できるか? というのも自然だが、今考えているかという質問はありえないだろう。先蹤としての山内訳の見事さと、作家とは思えない中村訳の文章上の想像力の欠如に驚きを禁じ得ない。
「たことがある」
- 山内訳:「勝りたるもの!ジェローム、あなたはそれを考えてみたことがおありになる?」
- 新庄訳:「ジェローム、それを、その《勝りたるもの》を考えてみたことがあって?」
- 川口訳:「ジェローム、あなたはその『勝りたるもの』を考えて見たことがあって?」
- 淀野訳:「ジェローム、あなたはその《勝りたるもの》を考えてみたことがある!」
- 若林訳:「勝りたるもの!それを思いうかべたことがおあり、ジェローム」
- 村上訳:「ジェローム、あなたはあの『よりすぐれたもの』を想像してみたことがある?」
「ている」
- 中村訳:「ジェローム、考えているの?その「勝りたるもの」のことを!」
- 白井訳:「ジェローム、あなたはそれを考えているの?その<勝りたるもの>のことを!」
- 菅野訳:「ジェローム、あなたはそれを考えていらっしゃるかしら?その『勝りたるもの』のことを!」
- 小佐井訳:「ジェローム、そのことを考えているの?その”より良きもの”のことを!」
「る」
- 須藤・松崎訳:「ジェローム、あなたはあのことを考えるかしら《勝りたるもの》もののことを!」
14.
一般に思われている以上に、文学作品における間テクスト性というのはありふれた出来事だ。ある作品の持つ固有の圏というのが、その作品の中で 言及され、参照されている他の作品が構成する星座によって浮かび上がってくるという側面は否みがたく、逆にそうした側面を持たない作品、 そうした側面がとりたてて問題にならない作品というのは珍しい。端的に言えば、作中人物が書物を読む習慣を持ち、それがその人物の人格形成に とって本質的な意味を持つように作者が設定してしまうのはごくありふれたことだ。ある意味では、どのような書物が好きかを記述することは、 その登場人物の性格描写の仕方として、安易なやり方であると考える人がいても不思議は無い。ジッドは、引用が織り成すコラージュ作品とさえ 言っても良い「アンドレ・ワルテルの手記」を出発点に持ち、それが自伝的な作品であることが告げるように、本人がいわゆる本の虫であった。 そして何よりも、甚だしい恣意性と自分の文脈への牽強付会が目立ち、曲解・誤読と呼べるものさえ少なくないとはいえ、終生手放さず、 その自由解釈をやめることのなかった「聖書」がある。
「狭き門」自体が参照するテキストによるインターテクスチュアリティ。聖書、パスカル、トマス・ア・ケンピス(「キリストに倣いて」)、 ダンテ、ラシーヌ、シェイクスピア(「十二夜」)、、、だが、邦訳において誰も注をつけないアリサの日記の5月24日で出てくる hic nemusこそ興味深い。これはヴェルギリウスの「牧歌」(Bucolica)の引用に違いない。hic nemus: hic ipso tecum consumerer aevo.(10,43) アリサの姓がビュコランであること、そしてその姓を用いた地口がアリサの母リュシルの駆け落ちの相手の若い中尉によって語られたことを 思い起こそう。5月24日の日記は、キリスト教的というよりは神話的な雰囲気の中で書かれている。ヴェルギリウスがダンテの神曲において 果たした役割を考えれば、この引用はこの文脈にまことに相応しいように思われる。そしてこうしたインターテクスチュアリティに関して言うならば、 「狭き門」は、ほぼ「アンドレ・ワルテルの手記」と同じ圏に属していて、他の物語・小説と鋭い対照を為す。
「狭き門」を取り囲む書物の圏を簡単にスケッチしてみよう。まずは「聖書」、そしてパスカル(「パンセ」と書簡)。トマス・ア・ケンピスの 「キリストに倣いて」、それからダンテ(「神曲」よりも寧ろ「新生」のベアトリーチェ、カンツォーネ)、(ジャンセニストとしての)ラシーヌの讃歌と シェイクスピアの「十二夜」、ヴェルギリウスの「牧歌」の遠いエコー、ラ・ブリュイエール、クロティルド・ド・ヴォー、ゲーテ、ボードレール、 名前のみであればコルネイユ、スウィンバーン、マールブランシュ、ライプニッツ、シェリー、キーツ、バイロン、ユゴー、シュリー・プリュドムの詩や ラシーヌの「ブリタニキュス」の科白のもじりなども登場する。これらは例えば、その一部は「アンドレ・ワルテルの手記」と共通するが、 同じ素材に基づく作品でありながら、寧ろ目立つのは相違の方だし、その相違は作品の主題と無関係なものではない。
ドン・キホーテはジュリエットに求婚し、夫となるテシエールを形容するのに用いられているのに注意すべきだろう。ジェロームとムイシュキンの 比較は結構だが、「白痴」と「狭き門」の比較自体は興味深くとも、山本が行っているようなムイシュキンを経由してジェロームをドン・キホーテに擬する類の解釈は、 少なくとも作者の意図に対して逆らった読み方をしていることは間違いない。単なる一途さだけをもってテシエールとジェロームの同一性を 引き出し、ドン・キホーテに擬するのはあまりに粗雑であり、実際、その直後に、ジェロームがドン・キホーテ的でない点を直ちに挙げるという ことを平気でやってのけることになる(山本和道「『狭き門』管見」)。では一体、あえて作者がテシエールをドン・キホーテ的であると、 まさにジュリエットがジェロームに対して語る言葉の中での形容として言わせているのは、どういう意味があるのかを考えてみるべきだろう。
山本のそういう一見すると明快でわかりやすく見える断定は、「傲慢な人間は破滅に至る」というジッドの指摘がアリサに当て嵌まるということも言っている。一体、では破滅とはどういう状態を指すのか。アリサが傲慢でなければどういう状況になりえて、それが破滅ではないというのはどういった状態のことなのか?次に、アリサが傲慢であるというのは、如何なる点においてか?彼女は「自己肯定」を行っているのか? これが「自己肯定」ならば、「自己否定」とは一体どういう行為を指すのか?彼女が行為として何をしたか、それを「カラマーゾフの兄弟」の カチェリーナ・イワーノヴナ、いやアグラフェーナ・アレクサンドロヴナとさえ、比べて見るが良い。あるいは「白痴」のナスターシャとアグラーヤとの比較でも良い。ナスターシャは結局、アグラーヤと直接会ってみると、自分が身を退くという決断を貫けない。ある意味では彼女達は アリサほど自己の意志に忠実でなかったという点で、傲慢ではなかったのだ。傲慢さと破滅の関係は、そんなに単純ではないだろうし、「傲慢な人間は破滅に至る」は全称命題なのかどうかも自明でないし、更には「傲慢でなければ破滅に至らない」を論理的には含意しない。 こうした凡そ論理的とは言えない短絡をジッドとジッドの研究者は憚りも無くやって恥じることがないらしいのを次から次へと見せ付けられると、アリサが気の毒に感じられる。恐らくは、「一見したところとは異なって、実は」という解釈を示したいのだろうが、そうした解釈は、それこそ傲慢な知性の産物ではないと言えるのだろうか?
勿論、この問いは山本に対してのみならず、ジッド当人に突きつけてみるべきかも知れないが、 想像するにこの文脈では、恐らくはアリサほど「傲慢」ではなかったということになるのであろうマドレーヌ・ロンドーがジッドと結婚してどうなったかを考えてみれば良いだろう。それは破滅ではないのか?そもそもアリサが到達した地点を「破滅」と呼んでいいのか?実のところジッド自身はそれに対する答えなど持っていはしない。彼はどうすればいいのかなどわからないし、そもそも最後のところで考えもしない。知性と意志を放棄することが神の国への途である、という言葉は、如何にジッドがドストエフスキーを理解できていなかったか、ドストエフスキーが拘った区別を蔑ろにしたかを端的に示している。この理屈でいけば「贋金作り」や「法王庁の抜け穴」こそ、(皮肉ではなく文字通り)「神の国」であるという結論になるだろう。知性と意志を放棄して盲目の衝動に身を任せればいいのであれば、「すべてが赦される」ことになる。 別にそれが「神の国」だと言うのならそれでも結構だが、であるならば、それは一般的な通念や理解とは途絶したものなので、 そう断ってからやるべきなのだ。ついでに「田園交響楽」の結末も、盲目の牧師が知性や意志を放棄して自分の欲望に忠実になった結果到来した「神の国」であるというべきなのだ。それが言えないのであれば、初めから論理は破綻しているのだ。
恐らくは全く逆であろう。「狭き門」こそ、ジッドの賢しらな知性、悪魔の囁きにつけ込まれて、自己の機能と限界を忘れてしまう知性に対するアンチテーゼなのだ。アリサは知性と意志でジェロームを拒んだのではない。ジェロームを愛したのも、ジェロームを拒むのも、実際にはその根本の衝動は知性の働きとは別のところに由来するし、意志の力と衝動を見分けることは、結局のところ出来はしないのだ。 ジッドは何故この作品を、大変な辛酸を舐めつつ書き上げたのか?その苦心惨澹を支えた衝動はなんだったのか?逆説的だが、 この作品こそ、ジッドが自己の最も深奥の衝動に忠実に、寧ろ意に反して書かざるをえなかった作品ではないのか?
15.
「狭き門」は「アンドレ・ワルテルの手記」のいわば書き直しである。「田園交響楽」で回帰することになる2つの手帖(ただし「田園交響楽」がしばしば指摘される第一の手帖のみならず第二の手帖も含めて偽装された物語なのに対して、ここでは物語は背景に退いて直接 語られることはなく、物語の登場人物の主観的な反応の記録たる独白や膨大な引用を介して浮かび上がってくるように仕組まれているのだが)に対して、「狭き門」の特質は回想=物語が直接語られること、にも関わらず末尾にアリサの日記が置かれることで、まるで推理小説の探偵による謎解きの部分や法廷物における検事や弁護士の陳述のように、別の声で同じ物語が別様に語られる、しかも両方ともに物語としてではなく、一方は日記という異なる形式で複層化が図られている点にあるだろう。 「狭き門」に比べると、後続の物語は寧ろ「手記」や「背徳者」のモノローグに逆戻りしているかのようだ。
だが何故、もう一度語るのか。そして二度と語らなかったのか?(その後は回想や日記、自伝という形態を専ら採用し、物語的虚構を拒否している。勿論それが「事実」を語ることに繋がるわけではないのだが。)しばしば言われるのは、「アンドレ・ワルテルの手記」では主人公が狂気に陥り死んでいくのに対して、「狭き門」ではアリサが死んで主人公は生き残るという比較だが、実際にはこれはあまりに乱暴で粗雑な要約だ。「アンドレ・ワルテルの手記」においてもエマニュエルは主人公より前に死んでいる。寧ろ違いは、「アンドレ・ワルテルの手記」では母のいわば遺言でエマニュエルが他人に嫁ぐことになったのに対して、「狭き門」では母の死を契機として主人公が婚約を申し込むのをアリサが拒んだという点にある。
ところで、現実には「アンドレ・ワルテルの手記」自体がマドレーヌの婚約拒否の原因となったのはジッドの母が没する前のことであり、「アンドレ・ワルテルの手記」におけるように、彼らの結婚に反対していたらしいジッドの母の死を契機として、マドレーヌはジッドの求婚を受け入れて結婚をしている。「狭き門」はマドレーヌを妻として娶った後で書かれているのである。何故、そうしたタイミングでもう一度 「アンドレ・ワルテルの手記」の書き直しをしたのか?同じインターテクスチュアリテイが生み出す精神的な圏に還帰したのか? 物語においてジッドが意図したテーマを巡っての解説よりも、こうした点についての解説が欲しいところだが、そんなことには興味がないようだ。
「アンドレ・ワルテルの手記」と「狭き門」に共通するのは、そのいずれもが強い衝動によって、自己中心的な動機に基づいて物語が書かれていること、少なくともそう宣言されていることだ。ここでは(社会を含めた)他者に対するプロテストいったものはない。逆説的だが、 それゆえにこそ寧ろそれは、自分の経験を永遠に定着させるための投壜通信に近いのだ。
その一方で、「アンドレ・ワルテルの手記」と「狭き門」には決定的な違いがあることに留意すべきだ。そしてこの違いは、 芸術的な完成度と相俟って「狭き門」をまさに真の投壜通信たらしめているのだ。
単純に言えば、「アンドレ・ワルテルの手記」が膨大な引用の集積からなっていたとしても、それはある自意識の周囲に取り集められたものに過ぎず、ここには「対話」がないのに対して、「狭き門」は二声の対位法になっている点、 つまり同じ出来事を二人の視線で、しかも一方は物語のかたちで、一方は日記のかたちで、前者が後者をいわば ドキュメントとして抱え込む構造になっている点であろう。そしてこのことは、アリサの自己犠牲が、アンドレ・ワルテルの 内向と狂気とも、背徳者の自己中心的な快楽の瞬間への耽溺とも異なり、それが出発点としては観念的なものであったとしても、極めて実践的なものであること、その一方でジェロームの側もまた、アリサが日記を破棄しなかったことへの応答のように、アリサの物語を書きとめることによって、更なる他者である読者への投壜通信を行おうとしたこと、つまり 「アンドレ・ワルテルの手記」では手記と作品(「アラン」)といういずれも自己意識の運動の産物であるものの間の選択でしかなかった投壜通信への衝動が、「狭き門」では自分自身というよりはまずはアリサという他者のためのものであることと対応しているのである。ジェロームの物語は(遅すぎた)アリサへの応答なのだ。
作者ジッドはこれを或る種の批判として書いたと述べたそうだが、この作品が他の作品と比べてなお一層、イロニーの トーンから逃れているとすれば、そうしたジッドの意図に反して、ジッドは密かに、そうした論理においては天秤の一方に 過ぎないはずの、こちらの側に優越を認めていたからなのだろう。寧ろ、天秤の逆側に振れることができたのは、 こちら側に重心があったから、反対側への運動が行き詰まり、窒息し、枯渇したときに、こちら側が渇きを癒し、 作品を生み出す、いわゆる「霊感」の泉であったからなのだ。そうした運動は、「狭き門」を中心とした前後に 反対側の頂点が来ていることからも裏付けられる。(そういう意味では「田園交響楽」の圧縮と、特に第2の手帖に おける翳の存在は、真の小説を企図した「贋金づくり」の価値論的にも混乱した、混沌とした広がりに対応している。 「田園交響楽」でいわば戻りそこなって、「背徳者」と「狭き門」の統合をしてしまった彼は、その後はもはやこちら側の泉に 創作の上ではもどることがない。それは衝動が尽きてしまったから、つまりこちら側の泉を「田園交響楽」で汲み尽くしてしまったからなのだ。その結果、作家としてのジッドは終わってしまう。後期のレシの三部作は、今度は「贋金づくり」の 混沌の色褪せた残影をレシの連作のかたちに定着させたものに過ぎないし、それは実際には未完で放棄されてしまう。)
勿論そのことは、ジッドが「狭き門」において、自らの実験の結果を登場人物に押し付けて、彼らを犠牲とすることで、 まるでカタルシスを得るかのように、自分はその結果を引き受けることがなかった、その無責任と無関係ではない。 自己批判であったとして、それを物語の形で行うことで、ジッド自身はいわば「悪魔祓い」をしたようなものなのだ。 だが、そういうジッド自身が省みられなくなっても、アリサの方は永遠の生命を得ることになる。それは虚構の中でであれ、 アリサが自分の選択の結果を自ら最後まで引き受けたからだし、作者のジッドがとうとう逃れられなかった、それを他人に見せびらかしたりする露悪趣味から自由であったからでもある。しかもそれは、いわゆる「芸術の否定」にさえ至っていることに留意しよう。回心したパスカルすら、まだその懐疑ゆえに批判を免れない。ピアノの演奏を捨て、 滋味豊かな文学を捨て、無味乾燥な説教集を選択する彼女の行為は、宗教的回心が芸術の放棄に繋がるものでありうることを示している。それは到底ジッド自身が受け容れることができる結論ではなかったから、ジッドはそれを アリサに押し付けて、自分は物語る側に回り、しかも自己批判の身ぶりすら忘れることがないが、そうした自意識の小賢しさを作品自体が、登場人物の形象そのものが上回ってしまう。ジェロームに託した語りの衝動、それも作品として「でっちあげる」 ことへの拒絶を含んでいるのだが、ここではそうした衝動が一度きり、作品の芸術性と両立しているのだ。まるで、シュティフターの決意を引き継ぐように、ここには純粋でないものの入り込む余地がほとんどない。ジッドの批判的な意図に反して、 この作品は、シュティフターの小説の主人公の克己と諦観とに隣り合うかのようだ。例えばアンリ・デュパルクの回心の経験にも 比すべきものがここにはある。アリサ自身は決して物語作者にはならない。ジェロームは、晩年のブレンターノのように聖女の言行を記録する係を引き受ける。ジッドの作品は一見したところの雰囲気に相違して、宗教的な深みに欠ける という批判をしばしば受けるようだが、こと「狭き門」についていえば、ヴェーベルンの作品がそうであるように、既成の宗教からは 自由であるけれども、にも関わらず宗教的としかいえないものがきちんと存在している。つまり、ここには超越的なものへの眼差しがあり、「今から主のうちにあって死するものは幸いである」という認識がある。マーラーの宗教性をリルケのそれと同様、 紛い物、装飾に過ぎないと断罪したのはハンス・マイヤーだったが、それと似た事情があるのだろう。だが、アドルノの言う 「救い主の危険」は、こうした紛い物めいたものの裡にこそ見出されるものかも知れないのだ。「狭き門」には、真の小説を名乗る 「贋金づくり」やそれに準ずるソチ「法王庁の抜け穴」には実際には欠けている、本当の意味でのポリフォニーがあり、それと相関して、レヴィナス的な意味での絶対的他者がいて、超越への、無限への眼差しが宿っているのだ。そしてそれが一度限り、 芸術的な文体を持つ物語として語られている。ジェロームの語りの衝動は、ジッド自身の語りの衝動と二重になり、「背徳者」にもない、「田園交響楽」にもない、だが「アンドレ・ワルテルの手記」にもない「終り」がここでは時間論的に可能になっている。それら3作品の結末は語りの現在の状況の地獄を示しているが、「狭き門」のみは真の物語に相応しく、 物語られた内容を絶対的な過去として回顧する視点が存在する。そうした差異を軽んじて、(ジッド自身がしたように) この作品を他の物語と同列に扱い、ただ批判される対象のみ入れ替わっただけだという見解は、作者ジッドには忠実だが、 作品自体に対しては不当なものなのだ。
16.
いわゆる「語りの現在」をどう訳すか?例えばIにおけるリュシル・ビュコランの不義の現場に遭遇する部分。
Vous/Tuの使い分け。決定的なのは、VII.のアリサとジェロームの会話の中で、ジェロームによって為されるそれだろう。 Hélas ! je ne l’invente pas. Elle était mon amie. Je la rappelle. Alissa ! Alissa ! vous étiez celle que j’aimais. Qu’avez-vous fait de vous ? Que vous êtes-vous fait devenir ? アリサに対してTuを使っているジェロームがVousで呼びかける相手は、 「かつてのアリサ」に対してである。否定しながらも、ジェロームは会話の相手のアリサと、かつてのアリサを区別してしまっているし、 それを認めてしまっている。(だが、注意すべきは、だからといってアリサはここで、変わってしまったありのままの自分を愛さないことについてジェロームを責めているのではない。ここの場面では、アリサの言葉は、それを意に反したものであるということを考慮したとしても、まさにそうした行動を選択することにおいて、既に相転移の向こう側に居る自分の正確な記述になっている。 若林をはじめとする評者のように、ここでジェロームが「男性的な行動」を起こしたとして、アリサが再びこちら側に戻ってくる だろうか?否、それは最早ないだろう。百歩譲っても、これまたアリサの言う通り、ページは既にめくってしまった後であり、 最早手遅れなのだ。)
17.
中村訳は原文に非常に忠実な訳だが、あっと驚くような部分もかなりある。例えばII.の末尾、Non, non. Je t’aime autant que jamais ; rassure-toi. Je t’écrirai ; je t’expliquerai.の部分で、「安心して」と「手紙を書くわ」の間のセミコロンを無視して、「だから、安心して お手紙を書くわ。」としているので、安心する主体が入れ替わってしまっている。
VII.のアリサとジェロームの書物の関する対話の一部。 Je sais d’avance que nous ne céderons, ni elles à aucun piège du beau langage, ni moi, en les lisant, à aucune profane admiration. においてprofaneを「瀆神的な」としていて驚かされる。確かに類語であるprofaner, profanateurは瀆神といったニュアンスを持つが、 あいにくprofaneは単に世俗的な、せいぜいが異教的なといったニュアンスのはずである。
VI.の途中、気まずい再会の後の手紙のやりとりに纏わる部分で、 Dans la suite de ma lettre, protestant contre son jugement, j’interjetais appel, la suppliais de nous faire crédit d’une nouvelle entrevue. Celle-ci avait eu tout contre elle : の最後のelleをアリサのことと勘違いして「彼女」と訳していて、ひどく驚くことになる。 「すべて彼女に悪いことばかりだった。」これは単なる女性形の代名詞の強勢形に過ぎず、直前のentrevueを受けていると読むのが自然である。 出会いのための条件が整っていなかったくらいの意味で、ことさらアリサに対して何かが悪かったということではありえず、文脈上、 全く意味の通らない文章になってしまっている。
V.の中のアリサの手紙の一部。La beauté même de ce pays, que je sens, que je constate du moins, ajoute encore à mon inexplicable tristesse… この文章の途中の, que je sens, que je constate du moins,がどうしたら à mon inexplicable tristesseを修飾できるのか理解しがたいが、 「この地方の美しさが、わたくしにも感じられ、少なくとも確信しているつもりの、わたくしの説明できない悲しみを、一層、大きくしてしまうのです…」 という訳文になっている。」日本語だけ読んでも、説明できない悲しみを感じるのはともかく、確信しているつもりであるとはどういうことなのか 素直に読めば首を捻ることになるだろう。もう少し細かいところに立ち入れば、「感じられ、少なくとも確信している」という畳掛けも不自然に感じないのだろうか?自ら作家として日本語を操る人間のすることとは思えない訳文に唖然とするばかりだ。山内訳はかなり行間を補った 「このわたしの感じた、と言って言葉がすぎれば、少なくともわたしのみとめているこの国の美しさ」という申し分の無い訳文となっている。 淀野訳も「わたしの感じている、いいえ、少なくとも認めているこの地方の美しさ」としており、川口訳は「私の感じる、少なくとも認める」と 更にそっけないが、いずれにしても、心から感じることは実はできていない(そしてそのことは後続の文章でも敷衍される)、だが 頭では認めざるをえないと思っている、といったニュアンスを正確に出すことができている。いずれにせよ、関係節のかけ方のミスは致命的で、 まるで訳のわからない文章になっているのだが、これだけ多くの優れた先行訳がありながら、それらを参考にしたりはしないらしい、 ということにも驚いてしまう。文章の構造を把握しそこなうようなミスならば、他人の訳を確認しさえすればすぐに気付くはずではないか。 もっとも、新訳が過去の先人の業績から学ばないばかりか、ごく基本的な文法レベルの誤訳をして平気なのは別段めずらしいことではなく、 近年では「カラマーゾフの兄弟」でそうした訳がベストセラーにさえなってしまったから、今や絶版になっているらしいものに目くじらをたてることもない、というのが世間一般の受け止め方なのかもしれないが。
物語の頂点のVII.のアリサとジェロームのやりとりの中のジェロームの言葉から更にもう一つ。Tu parles comme si rien la pouvait remplacer dans mon coeur, ou comme si mon coeur devait cesser d’aimer.の後半の部分。ほとんどの訳者はdevoirという法助動詞に留意して訳している。 例えば山内訳なら、「…それとも、ぼくがもう君を愛してはならなくなったとでもいうように…」となっているし、淀野訳は「…或いは、僕の心は もう恋をしてはいけないみたい…」としていて、新庄訳の旧訳もほぼ同じである。ところが中村訳は、「それともまた、僕の心が愛するのをやめたとでもいうふうな。」となっていて、 モダリティが変わってしまっている。(他では新庄訳の改訳の方、菅野訳もほぼ同じである。また、若林訳も「愛情が消え失せた」としており、モダリティに関しては 同じ。小佐井訳はモダリティを意識してはいるが「やめるはずだ」というニュアンスにとっている。)この差は、この場面の重要性を考えれば、決して小さなものでない。 ここの部分は今問題にしている devait もそうだが、直前でcomme si の並列を構成する pouvait の方をどう訳すかという点も興味深いので、 上記の引用全体の訳文を比較してみることにしよう。
- 中村訳:「きみは、まるで僕の心に、アリサの代わりのものがあるとでもいうふうなことを言うね。それともまた、僕の心が愛するのをやめたとでもいうふうな。」
- 若林訳:「きみの口ぶりだと、ぼくの心の中で、アリサの代わりになるものがありうるみたいじゃないか。ぼくの心から愛情が消え失せたとでもいうみたいじゃないか。」
- 白井訳:「きみはまるで、ぼくの心になにかアリサのかわりができるみたいに話すんだね。それとも、ぼくの心が愛するのをやめなければならないとでもいうふうだね。」
- 小佐井訳:「きみは、まるでぼくの心のなかで何かがアリサにとって代れるとでもいうように、話している。あるいは、ぼくの心が愛することをやめるはずだとでもいうように。」
- 菅野訳:「きみの話を聞いていると、まるで僕の心に、アリサに代わりができるものがあるとでもいうふうだね。それともまた、僕の心が愛するのをやめたとでもいうふうだね。」
- 須藤・松崎訳:「きみの話しぶりだと、ぼくの心にはもうアリサの代りになるものができたか、でなければ、ぼくの心は愛することをやめなければいけないみたいだね。」
- 村上訳:「まるで、ぼくの心の中に何かアリサに取って代わるものができたみたいな言い方をするじゃないか。それともぼくの心がもう恋をしてはいけないとでも言うのかい。」
- 山内訳:「君の言うことを聞いてると、さもぼくの心のなかで、何かが君に取って代わったしまいでもしたか、それとも、ぼくがもう君を愛してはならなくなったとでもいうように聞えるじゃないか。」
- 新庄訳旧訳:「きみの言うことを聞いてると、まるで、ぼくの心の中にアリサに代わるものができたように聞こえるじゃないか。あるいは、ぼくの心はもうきみを愛してはいけなくなったように聞こえるじゃないか。」
- 新庄訳新訳:「きみの言うことを聞いてると、まるで、ぼくの心の中に、アリサに代わるものができたように聞こえるじゃないか。あるいは、ぼくの心はもうきみを愛するのをやめたように聞こえるじゃないか。」
- 川口訳旧訳:「君の言葉を聞いてゐると、まるで僕の心の中になにかアリサの代わりでも出来たやうぢやないか。でなければ僕の心はもう戀をしては不可ないみたいぢやないか。」
- 川口訳新訳:「君の言葉を聞いていると、まるで僕の心の中にアリサの代わりでもできたようじゃないか。でなければ、僕の心はもう恋をしてはいけないみたいじゃないか。」
- 淀野訳:「きみの言うのを聞いていると、まるで僕の心のなかで何かが君に取って代つたか、或いは、僕の心はもう戀をしてはいけないみたいじやないか。」
pouvoirのニュアンスを明確に訳しているのは、若林訳と小佐井訳だろう。白井訳は、「心がアリサの代わりになる」という全く別の意味になってしまっている。 ちなみに、comme si に率いられる半過去を完了で訳すか、未完了で訳すかもまた微妙なところがあり、まさに十人十色の訳文になっている。
ちなみに少し前のジェロームの言葉 Un tel amour ne passera qu’avec moi.の tel を「あれほどの」と訳すのは、私の感覚では非常に強い抵抗感がある。ここを遠称にしてしまえば、 ジェローム自身もまた、自分の恋が過去のものであるかのような、そうではなくても、他人事のように客観視できるかのようなニュアンスになって しまうことはないのだろうか?そうした姿勢こそ、まさにここでジェロームが必死に否定しようとしている当のものではなかったのか?もっとも、ここを遠称に訳すのは中村訳ばかりではない。寧ろ tel を敢えて訳さないのでなければ、判で押したように遠称に訳すのがほとんどなのだ。 山内訳、新庄訳旧訳、淀野訳、川口訳、村上訳、須藤・松崎訳は訳さず、中村訳、白井訳、菅野訳は遠称で訳し、 一方で、新庄訳改訳は「これほどの」、小佐井訳は「こんな」と近称に訳している。新庄訳の改訳はこの箇所に限らず、色々な部分でかなり旧訳とは異なっていて驚かされる。
18.
もう一点の検討点。folio版には、編集者のノートとして、ジッドがN.R.F.に「狭き門」を掲載するにあたり、最後まで残しながら、 最後になって削除した、幻の第8章冒頭が収められている。この部分の存在は一見したところ、「狭き門」に関して 「徳」という固定観念に殉ずることへの批判という見方を採ることを支持するかに見える。だが、勘違いしてはならない。ジッドは結局この部分を削除したのだ。近年公表された草稿ノートについてもそうだが、そうした作品創作の現場を覗き込む作業は、得てして最終的に作者が作品に残したもの、選択したものが何であったか、そしてその選択の意味するところは何かという点をおろそかにする。 「作品」を創り上げるジッドの天才を蔑ろにすることすら容認しかねない。この部分が削除されたことによって、作品はどのような意味を帯びるようになったのか。恐らくは「固定観念に殉ずること」の中にも、ジッド自身が内心許容したかったもの、そして彼が決して手放してはならなかったにも関わらず、作品の外では手放してしまったものを浮かび上がらせる機能を果たすように思える。
19.
若林は作品の解題において、「ほんらい相対的でしかない自己の価値とモラルを、絶対的なものであるかのごとくいつわって、 自他に呈示しなければ生きてゆけないのが、現代人である。」というまさに自己の見解を断定をしてみせるが、こうした断定、 すべての相対化してしまい、超越的な価値を拒絶する姿勢が、「すべては許される」に繋がる病根であることには一向に無頓着だ。 その伝で「背徳者」も「自由」という思想のとりこになることで、真の自由を失ったとされるわけだが、こうした評価は、その先にまるで 真の自由があるかの如きレトリックを備えていることで人を惑わすものだろう。かくして自由に関する本当に問題となる弁証法は こうして素通りされるのだ。ついでに言えば「一粒の麦もし死なずば」の題名の意味についても、「人格が自意識を持ち自己中心的 であるかぎり、発芽力を持たないのです。」という随分論理に飛躍のある命題をたて、「人格が生命を獲得するには」などと、 いきなり矛盾した言い方をはじめ、「いったん死に、根本的な変質をとげなくてはなりません」というような、「死」の意味を 今日ならばゲーム感覚的な捉え方をしたような説明を続け、果ては「長いこと胸中にくすぶっていた諸問題を、白日のもとに さらけ出すことで、それらを死滅させ、自己中心的でない別な生命を手中に収めようとした」というとんでもない結論に達するのである。 そしてその傍証として、その後ジッドが社会問題に目を転じることを挙げるのだ。
まず「人格が自意識を持ち自己中心的である」とはどういうことか。人格と自意識の有無の関係、そして自意識があることと 自己中心性の関係はどのようなものであるのか?自意識を持たない人格が可能なのか?それをなお人格と言うのは 何故なのかに答えられねばならないだろう。「人格が生命を獲得する」ことがどういう事態を指しているのか、読み手には遥として 知れないが、ここで問題なのは、人格が生命を獲得することなどではなく(死ぬ前には生命を持っていたのだから、それが 目的なら、改めて獲得などという必要はそもそもないだろう)、「たくさんの実を結ぶ」という表現で言われていることのはずである。 そこが押さえられていないので、「長いこと胸中にくすぶっていた諸問題を、白日のもとにさらけ出すことで、それらを死滅させ」 と死滅の主体のすりかえをやってのけ、しかも、胸中の問題を公然のものとしてカミングアウトすることによって、自己中心的でない 別な生命を手中に収めることができる」といった論理のすり替えをしてしまうのだろう。単に自意識が抱えていた問題を、 他人に告白することによって自己解放が得られるくらいのことを意味しているのだとしたら、「一粒の麦もし死なずば」という 聖句も随分と安売りされるようになったものである。一方で、タブーに属することの告白が批難を呼びおこすこと、その批難を 耐え忍ぶことがここで通過すべき「死」であるわけもない。そうした次元での把握こそ、克服されるべきものであるはずの 自意識の運動から一歩も外に出ることができていない。
勿論ただちに、「批判されるべきは若林ではなく、ジッド自身だろう。若林はジッドの主張を代弁しているだけなのだ」といった 反論が起こることだろう。もちろん、ジッド自身がそうした勘違いをしていた可能性は充分にあって、「背徳者」から「 法王庁の抜け穴」そして「贋金づくり」へと流れる不毛な歩み、それを経ての物語の三部作構成による小説化の試みが 示すように、あるいはより直接的にジッド自身の発言、記録などからも伺えるように、ジッドは間違った方向に進んでいったのだ ということは言えるだろう。だが、「狭き門」や「田園交響楽」といった作品、いわば反面教師であるはずの、あるいは過去への 後戻りであるはずの、登ったら捨てられる梯子であったはずの作品が寧ろ永い生命を持ち続け、今後もそうに違いないのには 相応の理由があって、それらの作品のうちでこそ、本当に意味での「一粒の麦もし死なずば」の探求が為されているから なのだ。ジッドはそれを登場人物にやらせて、自分は逃げたしたのかも知れないが、そうして永遠の生命を得るのは生ける ジッドではなく、作品であり、作中人物の方なのだ。ジッドの誠実さというのは、ジッドが文学者として、職人的に美学的な 観点に拘ったとき、あるいは物語る衝動に最も自己中心的に忠実であったときにこそ最大限に発揮されたというべきで、 まさにジッドが、自分が作ったのではなく、自分を通して作品が自ら生成したと述べた瞬間にこそ、「一粒の麦」の播種が 為されたのである。ジッドが自分の奥底の衝動に忠実に、もしかしたら自己の意に反して書き上げた作品である 「狭き門」こそ、ジッドの営みの中で、「一粒の麦もし死なずば」の聖句に最も忠実なものだったのだ。
従って、「想像世界のなかで築きあげた美を、作者自らの手でこわしてしまうこと」が「ジッドの作品構成法であり、お家芸」であるといった ような、あるいはジッドの作品を「固定観念のとりこになった人間の悲劇ないし喜劇を」書き続けたものであるといったような「解説」、 そして自伝「一粒の麦もし死なずば」という題名を「解説」して、「一粒の麦というのは人格を指しているのであって、人格が自意識を持ち 自己中心的であるかぎり、発芽力を持たないのです。人格が真の生命を獲得するには、いったん死に、根本的な変質をとげなければ なりません。ジッドが試みたのは、まさにこれでした。長いこと胸中にくすぶっていた諸問題を、白日のもとにさらけ出すことで、それらを 死滅させ、自己中心的でない別な生命を手中に収めようとしたのです。」といった風な「解説」、そしてその結論するところが、 「《自己》から《他者》あるいは《社会》の問題に、関心の的を移しはじめたのが、その何よりの証拠ではないでしょうか。」といった「解説」は 一見したところ、説明になっているようで、実際には問題から目を逸らすことにしかなっていない。もし、それが意図されたものであると すれば、《他者》たる読み手を蔑ろにする姿勢において、欺瞞的な姿勢だし、逆にそうではなくて、本当にそうであると信じていたとしたら、 -しかも、ジッドの自伝の背後にある私生活が、まさにその時点で決定的に破綻した事実を知った上でそうであるとしたら、そうした 解釈こそがまさにジッド風の「誠実」という「固定観念」に容易く屈しているという点で滑稽でもあり、その一方で、そうした単純化が ジッドの作品自体が提示する自意識の問題の深みを徹底的に見損なっているという点で、「解説」としては有害なものですらあるだろう。
勿論、問題はジッドを研究の対象としている者のそうした解説が語るほど単純明快な筈はないし、それは寧ろ作品を読めばわかることだ。 ジッドが病んでいた自意識の病とは、解説のようにして克服されたものではなく、寧ろジッドに憑依し続け、ジッド個人のみならずその 周囲の人間を蝕んでいった。「想像世界のなかで築きあげた美を、作者自らの手でこわしてしまうこと」がお家芸であるとしたら、 それこそがジッドの「固定観念」なのだということに、そしてそれこそが問題なのだということに気付かないのはどうしてか? あるいは気付かない振りをしているのか?ジッドが蒔いた一粒の麦、それは「解説」が述べたのとは全く異なる仕方で、発芽力を持ちえた。 まさに「狭き門」のような「固定観念のとりこになった人間の悲劇」を作品化して定着させることによって、あるいは一度限りの例外として (決して自伝「一粒の麦もし死なずば」ではなく、)「田園交響楽」に、「想像世界のなかで築きあげた美を、作者自らの手でこわしてしまうこと」 という「固定観念のとりこになった人間の悲劇」そのものをその末期的な相において、恐らくは自らの意図に抗し、意図を裏切るような 文体によって一度限り定着させることによって、「一粒の麦」となったのだ。
一見するとジッドの告白は、ゾシマが神秘的な客に対して促す告白に、イワンの譫妄状態で為される証言に似ているかに見える。 けれども、それを混同することは、逆説的に「狭き門」の末尾に「恋人を失い、純愛の夢に破れて廃人あるいは死屍のようになったジェローム」と 「現実の家庭生活の幸福を築きあげることに成功したアリサの妹ジュリエット」が涙ながらに「忠告」するという驚くべき解釈と裏腹なのだろう。 ジッド自身もまた、恐らく「カラマーゾフの兄弟」の銘に同じ聖句が引かれている、その意味合いを理解できなかったのかも知れないが、 この解釈は、ジッドの無意識が、心の奥底の衝動が、自意識の「破壊ごっこ」遊戯に抗して「作品」の中で守りきろうとしたものを毀損してしまう。 それがジッドの権威としてあちらこちらに解説を書き散らしている研究者によって為されるのであるから、絶句せざるをえない。
20.
百歩譲って、ジッドにおいてはいわば定跡のような伝記的事実との対照を取り上げてみても、構図はあまり変わらない。アリサはジッドの従姉で 妻となったマドレーヌ・ロンドーがモデルであるとされるし、マドレーヌの日記が実際に作品執筆にあたって参照された事実もあるようだ。 だが、結婚を拒まずに受け容れたマドレーヌは「幸福」を手に入れただろうか?ジッドはそういう認識をもってこの物語を書いたのか? 他の作品との関連でいけば、別の可能世界でジェロームと結婚したアリサは、後に「田園交響楽」のアメリーとなるのではないか。 伝記的事実に依拠するならば、それはどちらも同じマドレーヌなのだ。結局のところ、ジッドの伝記的現実、マドレーヌのことをここで考えても 仕方ないのだ。それは田園交響楽での変わり果てたアメリーに現実のマドレーヌを見てとろうとすることが無意味なのと変わるところがない。 アリサがジッドの真情の側に寧ろ近かったのかも知れないというのはあり得ることだ。ただしそれはアリサにジッドが似ているということでは 全くない。アリサにあってジッドに決定的に欠けているものがあるのは確実だし、寧ろアリサは、その後のジッドに対しても根源的な 批判者であり続けたのだ。だからそれは、ジッド自身のマドレーヌに対する言語道断なコメント、「狭き門」執筆当時の彼女は未だ アリサたりえなかったのが、事実が芸術を追うようにして、その後アリサのようになっていたのだといった類の主張を正当化することは 決してなりようがない。ジッドがそう望んだとしても、アリサとアメリーを同一視することは、アリサの志向の備えている強度を決定的に 損なうことになり、それはジッドが実生活においては到達できなかったにも関わらず、芸術においては辛うじて垣間見ることが出来、 定着させることができたものを破壊してしまう。ジッドに抗して、寧ろマドレーヌがアリサとならなかったが故に、アメリーが出現したのだと言わねば ならない。要するにここで問題にしたいのは、伝記的事実の側において本当はどうであったかではなく、時としてある作品は、作者の意図を裏切る、 しかも良い意味で裏切り、作者がその後自分自身は辿れなくなってしまった場所を、作者を超えて指し示し続けることがあるということである。 寧ろジッド自身に抗して、アリサは読者に対して独自の生命を持ち続けているのだと言うべきなのだ。
結局のところ、ここで幾つか参照した類の解釈というのは、一見したところ作者の意図に裏付けられ、読み過されやすい部分に注意を怠らない細心さと 緻密さを誇っているようでいて、作品自体が(場合よっては作者自身の意図をも超えている可能性すら否定できないが)提示している人物の心の軌跡を 蔑ろにすることによってしか成り立っていない。とりわけても、アリサの心情に対する粗雑で一面的な理解によるものでしかない。参照されたアリサの日記の 後続の部分でのアリサの葛藤を全く受け止めていないのだ。アリサが父にかつての母親を思い起こさせた時、アリサを苦しめたものを彼女自身はきちんと 把握していたことはこの上もなく明白なのに、寧ろ、その出来事がアリサの心をある軌道に明確に導く決定的な契機になったことが、前後の文脈から 明らかなのに、何故それを無視して、上述のような解釈のための素材として引用を行うのか。
21.
一方、白井健三郎は、フランスのルネサンス以来の伝統であるユマニスムの立場からの宗教批判が主題であるとしている。そうした視点に立つ限り 「狭き門」よりも「田園交響楽」の方に重点が置かれるのは或る種の必然で、実際、白井健三郎は明らかに「田園交響楽」を「狭き門」の発展と 捉えている。こうした文脈では、「狭き門」は「キリスト教的観念による<永遠の生>に対する対決」であり、「人間としての宗教にたいする態度を 決定しようとするものだ」という位置づけになる。白井によれば「神の永遠の生を名目として、その観念に生きるために、現実の生を抹殺することが 許されるのであるか、そのとき人間の生もまたむなしくはないか、ジードの深刻な問いは、当時の思想的・社会的背景からみても、根源的な人間の生に ついてのユマニスト的な問いなのである。アリサは<永遠の生>の観念のために自己の現実生活を犠牲にし、そして彼女の生そのものがしだいに 狭まれ、その真の生命は衰弱し、喪失される。それは<狭き門>であるどころか、人間性の否定を意味しはしないか、節度のなかのジードの 激情的な告発が、ここにあるのだ。」としている
白井の指摘の妥当性は従って寧ろ、いわゆる聖書の自由解釈の帰結するところとしての「田園交響楽」の結末によって測られるべきだろうが、 そして一見したところ、「狭き門」におけるアリサの姿を鏡とした批判としての説得力を備えていそうでありながら、どこかで決定的にずれている感覚に 捉われるのは、白井の問題の定式の仕方が抽象的で観念的であることに由来しているように思われる。<永遠の生>という観念に殉ずる姿を 描いて宗教批判とするというのは、見方によっては本末転倒としか思えないような、それ自体観念的な把握であって、そうした問いの立て方を する限り、それは解決の途を予め閉ざしたようなもので、どこにも行きつかないだろう。それは批判のための批判に過ぎない。同様に、白井の言う 「節度」というのも、全く抽象的なものでなければ、或る種の詭弁にさえ感じられる。それは白井の言うジッドの軌道を支配する力学、 節度を保ち、大胆でありながら慎重で、常に平衡をたもとうとするというように白井が述べる動きについても同じことである。平衡を保つことが 宙返りや変貌を帰結し、スキャンダルを惹き起こすのは必然ではない。勿論、もしかしたらそれはジッド自身が持っていた観念性に由来するのかも 知れなくて、その限りで白井の要約は的を獲ているのかも知れないが、だとしたらジッドのそうした態度も含めて、ジッドの問題の立て方と それに対する反応の様式が間違っている可能性にどうして気付かずにいるのか。
アリサの姿勢を狭義の意味合いでキリスト教的であると見做すのは、恐らくキリスト教が疎遠な日本の風土の中でしか成立しえず、 キリスト教の立場からは、「田園交響楽」に含まれる全ての立場と同様、アリサの姿勢についても批判があって当然であろう。 それをぎりぎりのところで宗教的と呼ぶとするなら、ニーチェをプロテスタントの極限と見做すような立場においてのみ可能だろう (ちなみにそれはジッド自身の立場であるから、その意味ではジッドの中では一貫性は保たれているのだ)。だが、同じくキリスト教の 外部の立場に立つのであれば、そもそもアリサが何故そのような観念に殉ずるような途を歩まざるを得なかったかという原因についての 追求の視点を全く欠いていることに奇異の念を抱くことがないのは何故なのか?問題は特定の観念ではなく、そうした観念を絶対視し、 それに殉じるような実存様態にあるのであるとするならば、問題はユマニスムの地平で解消されるものではないだろう。結局のところ、 白井の議論は、川口の「人間性の回復」の主張と隔たるところがなく、そんなところには問題はないのだ。作者たるジッドも含めて、 自分が直面し、作品が提示した問題を正しく捉えられなかったのかも知れない。恐らくそれは、ドストエフスキーが「白痴」で 立てて追求し、そこでは「狭き門」同様、一見したところ破壊的な帰結しか獲られず、だが、「カラマーゾフの兄弟」で再度追求された 問題と根本は同一の問題だろう。
22.
結局のところ、私が同意できるのは、石川淳の1923年5月の日付を持つ、山内義雄訳への跋である。ここでニーチェを参照するのは全く妥当のことのように 思われる。ジェロームはアリサの生の軌跡を、上記の論者達のような仕方で乱すには忍びなかったに違いない。それが行き着くところがわかっていても、 最後の部分で、現在の時点から回顧してもなお、彼はアリサの生き方を否定しきれないし、自分が「一歩を踏み出さなかった」ことについても 後悔していない。否、寧ろ、彼もまた、かつてアリサが感じ、そのようにジェロームに対して言い、認識を促したように、「年老いた」のではないか。 「白痴」におけるアグラーヤのような役割のジュリエットもまた、「目をさまさなければ」と言いつつも、立ち上がることができない。彼らはアリサを決して 批判しないし、彼らの心情を理解する読者も、はらはらしたり、しまいには腹立たしくなったりなど決してしない筈だ。
石川淳は跋文において、ジャック・リヴィエールの説を引用している。
「『狭き門』はジッドの全著作中、彼の制御を受くることの最も少なかったものである。 彼は殆ど意に反してこの作を書いた。と云うよりも、この作が、彼に背き、彼を抑えつけ、彼の意を蔑ろにして、彼の想に写り出たのである。この作の 我々に示すものは、ジッドが云うことを禁じ得なかったもの、彼の心の奥にあって、彼がもう消えてしまったと思った時に、復上って来たところのものである。」
そう、まさにその通りだろう。少しも書き急いだところのない、それどころか何度となく吟味し直され、彫琢し尽された感のある文体(これはフランス語の原文を 読めば一目瞭然であるが、その香気を佳く伝えているのは、実に最初の翻訳であった山内義雄訳であると私は思う。)によって描き出されているのは、 だが、ジッドの他の作品を読むに耐えないものにしてしまっている自尊心の働き、自己批判と言えば聞こえはいいが、実際にはある時には無慚な自己欺瞞となり、 ある時には見苦しい自己弁護を忘れてしまったかのような、清冽さ、透明感をもった語り手の嘘偽りのない心境である。ジッドが実際にここにも篭めたかも知れず、 少なくとも後追いの理屈として、そういう主旨のことを後年繰り返して言っているところの批判は、結局のところこの作品の持つ清澄に遠く及ばない。毀誉褒貶相半ばした ジッドだが、この後の歩みは混迷を極める、寄る辺なき彷徨の繰り返しに過ぎなかった。それが20世紀の良心だというのであれば、「目をさまさなければ」ならないのは、 辛うじてそうした混乱したあり方にしか誠実さを見出すことができず、そうした誠実さを免罪符にあたかも「全てのが許される」と思いなしたその後の人間達、 ジッドに誠実さを見出したヒューマニスト達(ジッド本人も含めて)の方ではないのだろうか。
ここで再度指摘したいのは、アリサの父の振舞いがアリサに及ぼした影響の大きさである。こうしたところに原因を見ようとするのは 問題の矮小化に見えるかも知れない。だが、ジェロームにできることがあったとするならば、「男性的な一つの行為、、大胆な一つの 攻撃によって「徳」の壁をくずす」ことなどでは全くなく(それが帰結するところを知るには、「白痴」のロゴージンが到達した地点を 思い起こせば十分だろう)、そうではなくて、アリョーシャのように介護者のようにアリサに接し、それによってアリサが自己治癒する 時間的・空間的な余地を確保すること以外にはなかったはずだ。否、これに対しては、ジェロームは既にムイシュキンたりえたではないか、 そしてムイシュキンの「失敗」と、ジェロームの「失敗」は、つまるところ同じではないのか、と問うことも可能であろう。母リュシルと同一化し、 その罪を我が身に引き受けたアリサは、ナスターシャのように自己を放棄してしまう。だが、アリョーシャがグルーシェニカに与え、 グルーシェニカがアリョーシャに与えた一本の葱、恐らくはジッドの造形した人物の中で唯一アリサのみが備えていて、一方では ナスターシャが辿り着けなかった地点は、そうした自意識の隘路からの脱出の可能性を示唆している。それは(これまた ジッドが勘違いしたような)無垢な魂への回帰などではない。罪を排した、アモラルな愛の自由という、とんでもない聖書解釈に拠るものでも 勿論ない(その不毛にジッドが気付いていた、というよりは、何より現実によって異議申し立てを受けていたことは「田園交響楽」の結末 から窺えるのだが、ジッドは遂に、ではどうしたら良いのかの方向性を掴むことができなかったように見える)。全く逆に、 マルケルが、ゾシマが、アリョーシャが、そしてミーチャがそのように自覚したように、寧ろ罪を自覚し、赦すこと、その上で愛することに 存しているのではないのか。ジッドには「カラマーゾフの兄弟」に相当するような作品が書けなかった。それは恐らく、白井の言う、 あるいは川口の言うところのユマニスムの限界でもあったのではなかろうか。ジッドはソ連の、コンゴの非人道的状況を告発する 誠実さを備えていたが、それはアリョーシャやゾシマではなく、ムイシュキンの長広舌に似ている。そして彼の誠実さは、最終的には アリサを批判し去ることは出来なかった筈であると考える。だがまたしてもムイシュキンがそうであったように、具体的な顔の見える 状況において、彼の行動は無力で、却って混乱を招来するばかりであったようだ。ジッドの作品はジッド自身をも超えて、 「狭き門」において、問題を極めて純度の高いかたちで示すことができたが、彼自身はそれを解決する方向性については、 予感すら抱くことができずに、徒に「宙返り」や「変貌」を繰り返すことしかできなかったようである。寧ろ、「狭き門」の問いは、 ムイシュキンに、アリョーシャに受け継がれるものであるように今の私には感じられる。
23.
最後の場面、名付け親になること(consentirais-tu à être parrain de cette petite?)、 名前の継承(Quel est le nom de ma filleule ? – Alissa… répondit Juliette à voix basse. Elle lui ressemble un peu, ne trouves-tu pas ?)、 そしてここでは、そうした記憶の継承への同意の後で、改めて忘却と記憶が問題にされる。 (ちなみに、ここでの会話が問いも答えもQueの節によって為されていること(– Que tu espères oublier bientôt ? – Que je n’espère pas oublier jamais.) を訳文のニュアンスできちんと伝えることは非常に重要で、様々な翻訳を定位する上で一つのポイントとなると思われる。) 勿論、ここでは生き残った者達による死者の記憶の継承が証される。もし様々な論者が受容し、己の主張とする、ジッド自ら言うところの アリサへの「批判」があるのだとしても、この結末はそれを裏切っている。仮にもし、この記憶の継承自体が或る種の呪縛となる可能があるとしても、 実際にその成り行きを決定するのは、自分では知らないまま名づけられた(名づけとは常にそうしたものだ、名は自分では選べない)本人であって、 名づけた者達ではないし、ましてや作者ではないことをジッドが知らないはずはない(と私は信じている)。
姉アリサの死と末娘アリサの誕生に関するジッドの勘違いを、菅野昭正が訳注で指摘している。アリサの死を告げるジュリエットの手紙の中で、 Pour moi, qui attends mon cinquième enfant d’un jour à l’autre, je n’ai malheureusement pas pu me déplacer.とジュリエットは告げているが、 これは、物語の末尾で、Un autre garçon de dix ans allait rentrer de promenade ; c’est celui dont Juliette m’avait annoncé la naissance prochaine en m’annonçant aussi notre deuil. Cette dernière grossesse ne s’était pas terminée sans peine ; Juliette en était restée longtemps éprouvée ; と記述されており、彼は4人目の子供である。白井健三郎もまた、それに恐らく気付いて、こちらは先行するジュリエットの手紙の方を四人目と 訂正して訳してしまっている。だが、5人目がアリサであり、ジェロームが名付け親となるのであるとすれば、アリサの死と入れ違いに、まるで 生まれ変わりのように誕生するのは5人目の末娘のアリサである方が相応しいという見方さえ成り立つであろう。誰かが指摘し、かつ (「田園交響楽」でも似たようなことが起きたが、それと同様に)ジッドがいわば「確信犯」的に訂正しなかったのだとすれば、その 意図するところが、名の継承、他者への死者の記憶の継承を(もしかしたら無意識的に、リヴィエールが指摘するように、ほとんど 自意識の妨げを掻い潜って)ジッドの意識の奥の部屋の住人が望んだということに違いあるまい。
ところで小さなアリサは、アリサ自身の娘ではなかった。ジェロームがアメジストを渡すべき娘でもなかった。それはジュリエットの娘であった。 このずれの、差異の持つ意味は重要である。(私もかつて、30年後を想定したある文章を書いたとき、その文章の作者を、自分の 甥に設定したことがある。それは賞を獲得して、まさに30年後のつい先頃、それにちなんだ取材を受けることになったのだった。) だがこの差異は、例えばレヴィナスの言う「多産性」の孕む危険な方向性からも逸脱するという点においても、他者性の徹底という観点からも、 寧ろより徹底した、純度の高い継承を可能にするということを忘れてはなるまい。かくして悉く、ジッドを取り巻く文学研究者の 皮相な見解(海外の研究の単なる受け売りも含め)解釈の貧しさを白日の下に曝し、まさに芸術が、ジッド自身の意図をさえ超えて、 アリサの言うところの「勝りたるもの」を用意する契機となりうることを告げているのではなかろうか。
寧ろここに相応しいのは、「今からのち、主にあって死ぬものは幸いである。」(ヨハネの黙示録14-13)という言葉ではないのか。 (アリサの日記のほとんど終わり近く、10月15日付けの文章にこの言葉が引用されていることを思い出さなくてはならない。
Ah ! pourtant vous le promettiez, Seigneur, à l’âme renonçante et pure. « Heureux dès à présent, disait votre sainte parole, heureux dès à présent ceux qui meurent dans le Seigneur. » Dois-je attendre jusqu’à la mort ? C’est ici que ma foi chancelle. Seigneur ! Je crie à vous de toutes mes forces. Je suis dans la nuit ; j’attends l’aube. Je crie à Vous jusqu’à mourir. Venez désaltérer mon coeur. De ce bonheur j’ai soif aussitôt… Ou dois-je me persuader de l’avoir ? Et comme l’impatient oiseau qui crie par devant l’aurore, appelant plus qu’annonçant le jour, dois-je n’attendre pas le pâlissement de la nuit pour chanter ?
ヨハネの黙示録から採られたこの章句は、ブラームスがドイツレクイエムの 終曲のために用意したものであったことを思い出そう。そしてこの夜明けを待つ鳥の描写が、マーラーの第2交響曲のフィナーレの、 あの復活の讃歌の直前の音楽に通じているのだとしたら?)
これは既に死んだものたちの(ための)物語であり、今からのち死すべきものの(ための)物語である。 それは優れて死すべきものの(ための)物語である。だがその意味するところは、この後ジッドが追及した方向ではなく、 寧ろドストエフスキーが「白痴」を経て、とりわけ「カラマーゾフの兄弟」において晩年に到達したかに見える方向の裡にある。 ドストエフスキーにあっても、問いそのものが消滅したわけではないし、批判もまた一層深い形で提示されているのだが、 それはあのゾシマの兄、マルケルの物語が照らし出す光によって照らされている。そう、これはまた、ブラームスが、マーラーが 垣間見た「復活」の物語、カラマーゾフの兄弟の末尾でコーリャの問いにアリョーシャが確信を持って答える「復活」の物語でありえたかも 知れないのだ。
彼らはかつてアリサのものであった家具が集められた部屋に移動する。 だが、ジェロームに割当られている筈の書き手ないし作者は、最初からそれを明かさない。 その部屋でのやり取りが終わってから、改めて年老いたジェロームが部屋を眺めるときになってようやくそれがそうであることが告げられる。 (Je revoyais la chambre d’Alissa, dont Juliette avait réuni là tous les meubles.)これは一体なぜなのか。勘の良い読み手なら、 最初にジュリエットが言及したときに、それがそうであることに気付くであろう、ということなのか。だがしかし、ジェロームが訪れたのはニームにある ジュリエットの家であり、部屋自体にアリサが嘗て起居したというわけではない。それが回想の上でアリサの部屋と化すのは、ジュリエットが 家具をここに集めるという作為を介してのことに過ぎない。そして、この部屋がアリサの部屋と化すのは、 潮のように部屋に満ちていく夕闇の中で、背景となるニームという土地が、異なった家の一室であるという規定そのものが解け去っていき、 そのことによって初めて、そこに置かれた遺品たちが過去を語り出し始めてからなのだ。 (Le soir montait comme une marée grise, atteignant, noyant chaque objet qui, dans cette ombre, semblait revivre et raconter à mi-voix son passé.) 部屋は沈黙が支配し、それを破ろうとするジュリエットの試みは挫折する。(– Allons ! fit-elle enfin ; il faut se réveiller… Je la vis se lever, faire un pas en avant, retomber comme sans force sur une chaise voisine ; elle passa ses mains sur son visage et il me parut qu’elle pleurait…) ジュリエットはしばしばこの部屋に入ることがあったと告げている。恐らくは一旦部屋を出た後も、再びこの部屋を訪れるのであろう。 過去のある時点で時間が停止するようにジュリエット自身がいわば仕組んだこの部屋は、実際には心の奥底に同じように外界から 隔てられ、無意識の領域に存在するクリプトの如き「別の部屋」、そこから幽霊の、他者の声が時折響いて、自己意識を導く領域、 恐らくはジッド自身の心の裡にもあって、この物語を書かせた声の出所なのである。もっと言えばその部屋は、「狭き門」を構成する書き手の回想そのもののメタファーであり、この回想はこの部屋を起点に書き起こされた、この部屋で生み出されたといって良いだろう。かつての家具を 一室に集めることは、ジッドが「狭き門」で成功した古典主義的な芸術のあり方のメタファーでもあろう。不要なものを削除し、余計なものを 付加せずに、記憶を、回想を物質化し、漸近的な永遠化を図ること。 そして既に引用した、ジャック・リヴィエールの以下のコメントは、そうした消息を正確に把握したものなのだ。
「『狭き門』はジッドの全著作中、彼の制御を受くることの最も少なかったものである。 彼は殆ど意に反してこの作を書いた。と云うよりも、この作が、彼に背き、彼を抑えつけ、彼の意を蔑ろにして、彼の想に写り出たのである。この作の 我々に示すものは、ジッドが云うことを禁じ得なかったもの、彼の心の奥にあって、彼がもう消えてしまったと思った時に、復上って来たところのものである。」
ところで、この部屋を「白痴」の結末のロゴージンの部屋と対比してみたら一体何が浮かび上がってくるだろうか。同じく死者とともにある 空間、幽霊の声が響く空間でありながら、ここには絶対的な隔たりがある。殺されるために戻ってきたナスターシャとは異なって、 アリサはここから出て行ったのであって、だからここにあるのは痕跡に過ぎないからなのだろうか。ナスターシャは、後にジェルトリュードがそうした ように、アリサの「老い」を経験することなく死を選んだ。アリサは「老い」を経験し、門前に少なくとも立った。彼女は「門」であると思ったものを 通過することを拒絶することを選ぶことによって、逆説的に門の向こうに抜けてしまったのだ。アグラーヤの批判はナスターシャには有効でも、 アリサには通じない。この物語におけるアグラーヤであるジュリエットは、結果としてはアグラーヤ同様アリサの意図を受け容れないが、 その彼女でさえ、アリサを否定することはできない。エパンチン将軍夫人のように「目を覚まさなければ」と言いながら、彼女は崩れ折れてしまう。
ここの部分のジュリエットの応対は全体として、彼女もまた、過去(それは自分のものでもある)の脈絡から自由でありえないことを 示している。ジェロームばかりではなく、ジュリエットもまた、この部屋のように自分の心の裡にアリサの住まうクリプトを抱えているのだ。 人によっては、この最後の場面のジュリエットのしぐさや言葉に、かつてのジュリエットの嫉妬の再現を読み取ることさえ可能だろう。 末の娘にアリサと名付け、ジェロームを名付け親にしようとするのは、ジュリエットもまた、ジェロームと同様にアリサを自己の生命を 超えた世代の記憶に委ねる意思を持っていることを告げている。その行為自体が、「目を覚まさなければ」という彼女自身の 思いから出た行動であるかも知れないのだ。(ちなみに淀野訳および川口訳旧訳では、不思議なことに、 ジェロームの言葉Quel est le nom de ma filleule ?をまるまる訳し落としている。)
以下では、– Asseyons-nous, dit-elle en se laissant tomber dans un fauteuil. / – Ah ! fit-elle, comme indifférente, puis détournant de moi son visage qu’elle penchait à terre comme pour chercher je ne sais quoi de perdu : といったジュリエットの仕草、反応の訳し方も様々で、その違いがたち現れるジュリエットの姿の違いとなっているのを 比較しておこう。
- 中村訳:すわりましょう、と彼女は肘掛け椅子に腰をおろしながら言った。
- 若林訳:「坐りましょう」と、肘掛け椅子に力なく腰をおろしながら彼女は言った。
- 白井訳:「すわりましょう」 肘掛椅子に腰をおろしながら、彼女は言った。
- 小佐井訳:「坐りましょう」と、言いながら、彼女は肘掛椅子に腰を落とした。
- 菅野訳:「すわりましょうよ」肘掛け椅子に深々と腰をおろしながら、彼女は言った。
- 須藤・松崎訳:「すわりましょうよ」そう言うと彼女は、どさりと肘掛椅子に腰をおろした。
- 村上訳:「すわりましょう」、と彼女は言って、倒れるように肘掛け椅子に腰をおろした。
- 山内訳:「掛けましょう」と言って、彼女は安楽椅子にがっくり身を落とした。
- 新庄訳旧訳:「かけましょう」と言って、彼女は安楽いすにくずれるように腰をおろした。
- 新庄訳新訳:「かけましょう」と言って、彼女は安楽いすにどっかと腰をおろした。
- 川口訳旧訳:「掛けませう。」と言ひながら、彼女は安楽椅子にどっかりと腰を下した。
- 川口訳新訳:「掛けましょう。」と言いながら、彼女は肘掛椅子にどっかと腰を下ろした。
- 淀野訳:「掛けましょう」と言って彼女は安楽椅子にどっかり腰をおろした。
- 中村訳: まあ!と彼女は無関心な口ぶりで言った。それから私から顔をそらして、なにかなくしたものでもさがすように、床にかがみこんだ。
- 若林訳:「まあ!」と彼女は、どうでもいいことみたいに言い、ぼくから顔をそむけて、何か紛失したものでも探すみたいに、床にじいっと目を落としながら、
- 白井訳:「まあ!」と、彼女は無頓着なふうに言った。それから、私から顔をそむけ、なにか失くしたものでもさがすように、床の上に身をかがめながら、つづけた
- 小佐井訳:「そう!」と、彼女はまるで関心がないように言い、それから、顔をそむけると、床の上に何か落し物でも探すようにうつむきながら、
- 菅野訳:「まあ!」と、彼女は取りあいたくなさろうな口ぶりで言った。そうして私から目をそらし、なにかなくしたものでもさがすような恰好で、床の上に視線を注ぎながら言葉をつづけた。
- 須藤・松崎訳:「あら!」と、彼女は無関心な様子で言った。それから、ぼくから顔をそむけ、なにか失くしたものをさがしでもするように、床の上にかがみこんだ。
- 村上訳: 「そう」と彼女はいかにも無関心といったような返事をして、次にわたしから顔をそらし、何か失くしたものでも探すように、床の上に眼をやりながら、
- 山内訳:「あら」彼女は、それを気にとめないようなようすで、やがてわたしから顔をそむけると、何か失われたものをさがしでもするように床に目を落としていた。
- 新庄訳旧訳: 「そう」と彼女はむとんじゃくそうな返事をした。それから、わたしから顔をそらして、何かなくしたものでもさがすかのように床を見ていた。
- 新庄訳新訳: 「そう」と、彼女は無頓着そうな返事をした。それから、わたしから顔をそらして、何かなくしたものでもさがすかのように、床を見ていた。
- 川口訳旧訳: 「まあ!」と彼女は気のないやうな返事をして、私から眼を逸らし、何か失くし物でも探すやうに床に眼をやりながら、
- 川口訳新訳: 「まあ!」と彼女は気のない返事をした。そして、私から眼をそらし、何か失せ物でも探すように床に眼をやりながら、
- 淀野訳:「そう」と彼女は気のないような返事をして、私から顔をそむけ、何か失つたものでも探すように床に眼をやりながら、
24.
最後に部屋に入ってくるランプの灯(Une servante entra, qui apportait la lampe.)は、何を浮かび上がらせたであろうか。 これは一体何の象徴なのか。いずれにしても、この結末は(ジッド自身の後付の理屈も含めて)この物語に関する皮相な解釈を 物語自体の持つ力、バルトが写真論で述べたあのpunctumに極めて類似した力によって粉砕してしまうように見える。
ここでは物語を語る衝動はどこに由来しているのか?なぜ語らずにはいられないのか。アリサの自己放棄の裡には、芸術的なもの、 物語ることに対する批判と拒絶がありはしまいか?アリサはパスカルを拒絶し、沈黙の中へと退隠していく。だがそうしたアリサのことを 書き留めずにはいられない衝動があるのだ。批判であると外から作者としてジッド自身が主張するにも関わらず、少なくとも物語の 内側では批判に対する最終的な留保すら宣言されてしまう。「目を覚まさねば」がそうしたジェロームに対する批判であるとしても、 物語を語るのはジュリエットではなく、そうして批判される目を覚ますことなきジェロームなのだ。一方では「狭き門」は「アンドレ・ワルテルの 手記」の題材の継承なのだが、書き手の交替は決して無視することができない。他方ではジッドは「狭き門」を「背徳者」と 一対のものと考えていたようだが、実際には一対であってもそれらは完全に対称というわけではないのだ。「背徳者」の語り手は 「狭き門」とは全く違う。当事者の一人が語るのは「田園交響楽」もそうだが、そこでは語り手=日記の書き手であり、 「アンドレ・ワルテルの手記」に寧ろ近い構造をとっている。「狭き門」は挿入される「アリサの日記」によって同じ出来事に対する 別の視点が導入される。語り手自身の日記は不可視であり、直接、物語を語ろうとする。そこには「田園交響楽」の第1の手帖の ようや装いすら用意されていない。時間的にも、「狭き門」は物語の時間である過去への眼差しがあり、結末の部分すら、 最近の出来事ではあっても冒頭よりは過去の出来事の回想である。語り手の現在は第二次想起によって回顧される 物語の時間とは何らかの意識の中断によって隔てられている。「アンドレ・ワルテルの手記」の末尾と、「田園交響楽」の末尾とは いずれもそれが「手記」の内部であるというのは虚構であり、書くことの差延を隠蔽して、あたかも書き手が経験すると同時に 手帖を書きとめているかのようだ。もし「アンドレ・ワルテルの手記」の末尾が狂気に陥った手記の書き手の妄想であるとするならば、 「田園交響楽」の末尾もまたそうではないと何故言えるのか?「狭き門」の末尾は、そうした破綻を逃れている。もっとも、若林の ように、末尾のジェロームを廃人呼ばわりする評者も存在することは存在するのだが、それが現実離れした研究者の言葉遊びの 類にしか見えず、「廃人」という言葉を軽々に用い過ぎているように私には感じられる。そう、ジェロームはアンドレ・ワルテルでも、 「田園交響楽」の牧師でもない。「廃人」と呼ぶならそれも結構だが、その「廃人」こそがここでは物語の話者に他ならないのだ。 芸術と自然の対立を云々するなら、寧ろ問題とすべきはこの位相ではないのか?一体、物語を語ること、その衝動自体は、 評者たちの問題系の中で一体どのような位置を占めているのか?
25.
だがそれでもなお、アリサに欠けていたものが何であったか、というのはジェロームとともにアリサを記憶するものにとってのみ相応しい問いだろう。 ベンヤミンの短いが重要な「狭き門」についての文章で、ベンヤミンはジッドの企てはそもそも最初の構想からして不可能事であったと 語っている。ところで、ベンヤミンは、紫水晶の十字架について、全くの勘違いをしている。それはベンヤミンの主張にとって実は致命的で、 「狭き門」の破綻を指摘するベンヤミンの主張が、今度はその一点から破綻することはないのか、読み手は慎重に見極める必要があるだろう。 恐らく、ベンヤミンの主張は無傷ではあり得ないのだ、、、にも関わらず、ベンヤミンの主張をとりあえずは受容した上で、それが無に帰したことを、 だが記憶し、記録することによって、読者が(最早恐らくはジッド自身の意志とも、意図とも無関係に)アリサに対して差し伸べるのは、 アリサ自身が拒んだ、共に苦しむ姿勢ではなかったか?否、これすらアリサに対しては言い過ぎの懼れなしとはしないだろう。逆説的なことだが、 自己放棄を拒絶する傲慢さをアリサに付与したかったらしいジッド自身が決して持とうとしなかった罪の意識をアリサは確かに抱えていた。 アリサに欠けていたのは、ジェロームの行動などでは決してない。そうではなくて、共に苦しむという姿勢、他者の歓待、対話ではなかったのか。 同情、憐みの気持ちがアリサに欠落していたとは思わない。社会的な視点が欠けていることを問題にするのでもない。(ジッドの行動とともに、 後のレシが、そうした視点の移動が何の解決にもなっていないことを証言してしまっている。)そうではなくて、ドストエフスキーが「カラマーゾフの兄弟」で 中心に据えた、あの「共に苦しむ」姿勢、レヴィナス的な意味での他者への倫理的関係、デリダ的な意味での歓待の手前にアリサがいて、 そこに到達できなかったように見えることを、アリサを記憶する者は、己の問題として引き受けなくてはならないだろう。恐らくはパスカルへの共感と、 にもかかわらず最後にはアリサがパスカルをすら拒んで、沈黙を選んだこと(それ自体はだがやはりパスカル的な挙措であると言えるだろう)の 持つ意味を突き詰めることが必要となるだろう。
26.
もう一度冒頭の問いに戻ろう。文体を放棄し、自己を放棄したアリサが古典的と形容される精緻な文体によって描き出されるのは、矛盾ではないのか?
アリサの或る種の破壊衝動には注目せずにはいられない。それは書き手のジッド自身の衝動とは相反するものである筈だから。例えば以下のアリサの日記の一部に 記された衝動が、押しとどめられることなく、そのまま実行されたなら、そもそも「アリサの日記」はなかったことになる。だが、「アリサの日記」が無ければジェロームは この文章を書いただろうか、という問いを立てることもできよう。私見では否、だろうと思う。実際にはジェロームは、この「アリサの日記」を読んで、その上でこの文章を 書いていると見做されるべきだ。たかが虚構の中の話に対してかくも拘るのは滑稽だろうか?だが、ジェロームの物語を書く衝動、アリサの日記を書く衝動は ジッド自身のものであった。その中で、まるで特異点のように書くことの否定が巣食っているのを見逃すことはできない。
J’ai déchiré toutes les pages qui m’ont paru bien écrites. (Je sais ce que j’entends par là.) J’aurais dû déchirer toutes celles où il est question de lui. J’aurais dû tout déchirer… Je n’ai pas pu.
あるいは、書棚を整理し、自らを貧しくすることを想像するだけではなく、実践すること。注意すべきは、このような登場人物はジッドの他の作品には出現しないということだ。 アンドレ・ワルテルでは寧ろ書くことに対する欲望そのものが問題だったし、その手記は、読書に基づく膨大な引用の集積と饒舌が支配していた。のみならず詩作さえ 為されたのだ。「田園交響楽」の牧師も、途中で変質したとはいえ、語りの欲望をもって手記を綴った点では同じだ。だが、ジェロームはともかく、アリサ自身は沈黙へと 近づいていく。
J’ai dû bannir de ma bibliothèque…
おしまいには、書かれたが破棄され、出されることのなかった手紙、、、
Déchiré ma lettre ; puis récrit… Voici l’aube ; grise, mouillée de pleurs, aussi triste que ma pensée… J’entends les premiers bruits de la ferme et tout ce qui dormait reprend vie… « À présent levez-vous. Voici l’heure… » Ma lettre ne partira pas.
そして聖書のみを持って、住所を捨て、名を捨てて死ぬ準備をするアリサは、日記を破り、火中に投じようとする。だが彼女は読み返して後、それを思いとどまる。 日記は彼女のものではない、というのだ。結果的に日記は遺され、ジェロームが読み、ジェロームの綴る物語の中に埋め込まれて、永続化する。 この結論は、とりようによっては辻褄合わせとも考えられるが、仮にそうであったとしても、この作品の持つ、他の作品にはない特異な力の源泉を 指し示している。そして、ここに至って、アリサに欠けていたものについての議論は、その結論に対する反論を、日記を遺す、それが自分のものではなく、他者のものである、罪の意識に由来する自己破壊の衝動の裡に没落する己れの「代理」であるそれが寧ろ自分自身よりも自分が愛した相手に相応しいとでも言うかのように、自分が遺せなかった「子供」、自分のものでありながら、自分だけのものではなく、寧ろ優れて相手のもの、相手のものであることにこそ価値の源泉があるものとして、日記を遺すというアリサの行為の中に読み取って、己の浅慮を愧じることになる。日記を通じて、アリサはジェロームと対話したのではないか?それは書いたその時点では、事実として一方的なものだったと、冷静に言うべきであろう。だが、ジェロームの手に渡った日記は、彼に書く衝動をもたらし、その内容に、決定的に遅れながらも応答するジェロームの行為によって、その回想の中に埋め込まれて生き延びる。出された手紙ではなく、出されなかった手紙の方が、まるで投壜通信のように、差出人の死亡後に、誤配のようなかたちで転送された結果、遅配されることになった手紙は、生死が分かつその絶対的な遅延と無限の距離の中で、ようやく本来の名宛人であるジェロームに本当の意味で届いたということはできないだろうか。かくして彼女に欠けていたかもしれないものは、彼女が最後に自分の衝動に忠実であることによって補われたと言ってはいけないだろうか?あまつさえその衝動は、賢しらな知性に勝って、正しい認識に過たず到達する。ジェロームもまた、決定的に遅れて応答することで、応答を記録し、他者に対して公表することで、それは最早アリサその人には決して届かなくても、自分がそれを確かに受け取ったことを証明する投壜通信を行う。そしてその中には、差出人自身の言葉がそのままクリプトのように埋め込まれている。そうすることによって、衝動が、己の起源を指し示すことを企んだかのように。まるで自分が何かを語ることよりも、そうすることで自分が歓待する相手を指し示すことが目的であるかのように。そしてそうすること自体が行為としての歓待であるかのように。かくして対話がようやく成立する。ジッドの後付の説明や、研究者の解説などからは遠く隔たって、この作品は、そうした運動の記録であることに特異性があるのではないか。ジッドの作品において唯一度きり、恐らくは彼の意に反して、対話の可能性(ただしこれは一般には失敗した対話、成立しなかった対話の物語として読まれることになるのだろうが)を指し示している点で、この作品は特異点を為している。尚もこれを、お互いわかった時には最早手遅れだったという愚かさの記録であり、こうなってはいけないという批判なのであるという読解を、作者に誘導されてするのは、ジッドその人とともに、ここでいうところの対話の成立する条件を全く見誤っているのだ。それは彼が、そしてユマニスト達が決して気付かないような仕方でしか可能ではないのだ。もし彼らが、応答をすることができたジェロームをなお「廃人」と呼ぶのであれば、寧ろ「廃人」であることの中にしか、ここでの応答の可能性はないのだ、と言うべきだろう。
Relu mon journal avant de le détruire. Il est indigne des grands coeurs de répandre le trouble qu’ils ressentent. Elle est de Clotilde de Vaux, je crois, cette belle parole. À l’instant de jeter au feu ce journal, une sorte d’avertissement m’a retenue ; il m’a paru qu’il ne m’appartenait déjà plus à moimême; que je n’avais pas le droit de l’enlever à Jérôme ; que je ne l’avais jamais écrit que pour lui.
ここでコントが晩年没頭した「人類教」の聖女こと、クロティルド・ド・ヴォーの言葉が引用されるのは示唆的だ。そのクロティルド・ド・ヴォ―亡き後、彼女の遺髪に対する祈りを続けたコントは「生者はつねに、そしてますます、死者によって支配される」、あるいは「死者は私たちにおいて、私たちによって、愛し、さらには考えるのをやめない」と言いはしなかっただろうか。ジェロームにとってのアリサの日記は、コントにとってのクロティルドの遺髪なのではないか。「狭き門」という物語は、 聖女アリサを回想し、追憶する、ジェロームの「喪の作業」そのものであり、書かれた作品はクリプトなのだ。そしてここには、コントの「永遠の喪」への接近すら認められるだろう。キリスト教の批判というなら、寧ろそちらの方向への可能性がここに開かれていたのではなかったのか。ここでは霊魂の不滅の否定が、逆説的な仕方で死者との共生に繋がっていくのである。そればかりか、喪が明けることがない、というのは、フロイト的な理解では病的な状態の固定化ということになるのだろうが、見方を変えれば、そうした心的機制への理解に潜む「正常」な状態についての前了解に対する批判の契機すら見出すことができるだろう。そういう意味では、研究者、翻訳者の誰一人として、コントへの言及すらないのは公正さを欠くと感じられる。だが、それがまさに若林等のいう「廃人」というレッテルづけに潜むイデオロギーに対する批判であるとすれば、そうした無視は寧ろ当然なのかも知れない。とはいえそうしたイデオロギーが、今日的な問題としては、例えば鬱病におけるモノアミン仮説の中でもセロトニン欠乏原因説のような根拠のない単純化に基づくSSRIのような薬物の過剰投与への行き過ぎた誘導と共犯関係にある人間の心理の不当な単純化を強化することに加担しかねないとするならば(そして既に記した若林の「一粒の麦もし死なずば」の「独創的」という外ない解釈―勿論、私は憤りつつ、最大限の皮肉を込めて、そのように形容しているのだ―を思い浮かべれば、その可能性は極めて高いと判断せざるを得ないが)、ジッド本人の後付の理屈や、それを鵜呑みにした「解説」の類に抗した読み方にこそ、この作品のポテンシャルを受け止めるために必要とされているのではなかろうか。他のジッドの物語との数多の類似性にも関わらず、こうした契機を孕んでいるという点で、「狭き門」は例外であるといわなくてはならない。 繰り返しになるが、例えばしばしば言われる「背徳者」との相補性は、それがジッド自身が意図したものであったとしても、 作品自体について見る限り、皮相なものに過ぎない。向きが逆なだけだというような批評は、他人の書いたものを消費することに慣れきった 思考の盲目性の産物であり、書物の生成というレベルを含めた全体の力学を見誤っているのだ。ジッドはこの作品を書かなくてはならなかったのだし、 この作品を書いた後は、もう同じ主題の作品を書く必要はなかった。「アンドレ・ワルテルの手記」の失敗は、「狭き門」によって贖われた。 この作品は文字通り、行き止まりであり、その前で待つか、引き返すしかない文字通りの門、まさに、それを通り抜けることができない程の狭き門なのだ。ジッドが選んだのはそこから引き返すことであり、その後の彷徨は最早どこにも辿り着くことは なかった。そして21世紀の今日、「狭き門」という作品の射程は、三輪眞弘のモノローグオペラ「新しい時代」の主人公の少年によって引き継がれているのだ。
(2013.9.15 私家版公開, 2014.6.28 本ブログで再公開, 2014.11.1 山崎与次兵衛アーカイブ:ジッド「狭き門」https://laporteetroite-gide.blogspot.com/ に移設(総アクセス数:5,539), 2018.7.7第26節に補筆,7.9修正, 2022.12.9 本ブログに移設して再公開。2026.5.13 再公開。)
原文および翻訳テキスト
- André Gide, La porte étroite, Mercure de France, 1909
- André Gide, La porte étroite, collection Folio, Mercure de France, 1959
- André Gide, La porte étroite, dans "Romans, Récits et Soties, Oeuvres lyriques" pp.493-598, Bibliothèque de la Pléiade, Gallimard,1958
- 『狭き門』(新潮社世界文学全集第26巻・山内義雄訳、1960年8月初版)
- 『狭き門』(新潮文庫・山内義雄訳、1970年改版)
- 『狭き門』(新潮文庫・山内義雄訳、1987年改版)
- 『狭き門』(新潮世界文学第28巻、山内義雄訳、1970年8月初版)
- 『狭き門』(岩波文庫・川口篤訳、1937年12月初版)
- 『狭き門』(岩波文庫・川口篤訳、1967年11月改訳版)
- 『狭き門』(講談社文庫・中村真一郎訳、1971年7月初版)
- 『狭き門』(講談社世界文学ライブラリー22・中村真一郎訳、1972年初版)
- 『狭き門』(角川文庫・淀野隆三訳、1954年6月初版)
- 『狭き門』(社会思想社、現代教養文庫・白井健三郎訳、1965年初版)
- 『狭き門』(旺文社文庫・村上菊一郎訳、1970年1月初版)
- 『狭き門』(河出版世界文学全集第33巻・新庄嘉章訳、1962年6月初版)
- 『狭き門』(河出書房カラー版世界文学全集第25巻、新庄嘉章訳、1967年11月初版)
- 『狭き門』(集英社世界文学全集 ベラージュ第62巻・小佐井伸二訳、1978年初版)
- 『狭き門』(筑摩書房世界文学全集第47巻・須藤哲生・松崎芳隆訳、1970年初版)
- 『狭き門』(中央公論社世界の文学第33巻・菅野昭正訳、1966年初版)
- 『狭き門』(学習研究社世界文学全集第18巻、若林真訳、1978年初版)
- André Gide, Strait is the gate, translated by Dorothy Bussy, 1931
文献
- Jean Schlumberger, « Madeleine et André Gide », Gallimard, 1956
- Claude-Alain Chevallier, « La porte étroite », Nathan, 1993
- Jean Maillon et Henri Baudin, Édition commentée et annotée de La porte étroite, Bordas, 1972
- Zvi H..Lévy, « Jérome agonistes : Les structures dramatiques et les procédures narratives de la porte étroite », Librairie A.-G. Nizet, 1984
- Enrico Umberto Bertalot, « André Gide et l'attente de Dieu », Lettres modernes minard, 1967
- Elaine Davis Cancalon, « Techniques et personages dans les récits d'André Gide », Archives des lettres modernes, 1970
- Pierre Trahard, « La porte étroite d'André Gide, étude et analyse », Éditions de la penseé moderne, 1968
- Critique de Francis Jammes, « La porte étroite », dans L'Occident n° 92, juillet 1909
- Critique de Henri Ghéon, « La porte étroite et sa fortune », dans Vers et Prose, avril-juin 1910
- Critique de Marcel Ballot, dans Le Figaro, 29 novembre 1909
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- ヴァルター・ベンヤミン, 「アンドレ・ジッド『狭き門』, 西村龍一訳, in ベンヤミン・コレクション2, pp.91--96, ちくま学芸文庫, 1996
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- デリダ, 「Fors」, 若森栄樹・豊崎光一訳, in 『デリダ読本 手紙・家族・署名』, 青土社, 1982
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