目次
1.1.この表は何を目的としているのか?
1.2.この表は何を表しているのか?
1.3.この表は何を意図しているのか?
2.1.幾つかの理論についての注記
2.2.「二分心」についての注記
3.1.三輪さんとの関わり
3.2.議論:新たな語彙の獲得に向けての幾つかのトピック
4.1.これまでの発表への応答
4.2.提唱(まとめに替えて)
1.1. この表は何を目的としているのか?
・三輪さんの活動を理解するための主観的なパースペクティブのチャート化(darstellen)。
・まずは自分の立ち位置からの展望を伝えたい。
・オリジナリティはない。他者の声の交響する空間が「私」であることの表示。
・意識に関係した様々な理論や学説を一覧
・乱暴ではあるが学問領域・諸学説の横断を試みる。
・諸学説の間に整合性があると考えているわけではない。
・各学問領域について、網羅的でないし、網羅的であることを意図していない。
・三輪さんの活動に応答するための準備作業:議論のきっかけになれば…
⇒「三輪学」の提唱。
1.2. この表は何を表しているのか?
・横軸:共時的・階層的・個体発生における発達の段階(右に行くほど高度)
・縦軸:通時的・物語論的・系統発生的な進化の段階(下が古く、上に行くほど新しい)
基準準拠枠:
・歴史的フレーム:ジェインズ「二分心」(bicameral mind)仮説から
カーツワイル「シンギュラリティ(技術的特異点)」(technical singurality)まで。
※過去方向へは更にファインバーグ・マラット『意識の進化的起源』で遡行。
・脳神経科学的なフレーム:ダマシオ『自己が心にやってくる』:
原意識/原自己→中核意識/中核自己→延長意識/自伝的自己
・進化論的・発生論的フレーム:
系統発生軸:藤井「物語論」:古代歌謡・「フルコト」・「物語」
個体発生軸:やまだ「質的心理学」:「うたう」・「ものがたる」の重視
(cf. ピアジェの認知機能発達モデル)
※チャン『現象学と唯物論的弁証法』
⇒ 構成主義的ロボティクス(喜多村『ロボットは心を持つか』)で参照。
※共時/通時を対立的に捉える立場をとらない。藤井貞和さんの区分は、考古学的・
歴史学的編年を廃し、それぞれが重層し、通時が共時に入り込んむ様相を示し、
構造に動的過程を読み取ることに重点がある。
1.3. この表は何を意図しているか?
・「二分心」以降「シンギュラリティ」以前を1つのエポック:
「意識」の時代=「隠れたる神」の時代として扱う。
※ここでの「意識」はジェインズの定義に従う。「延長意識」を備えた「自伝的自己」の水準。
・「意識」に対するアプローチ
「自伝的自己」を自明視・普遍化・絶対化せず。神秘化せず、歴史化・自然化するが、消去せず。
・意識についての学(A)。意識にとっての/のための学(B)。
人文学との関係:昔はどちらも人文学。今は(A)は人文学から離れつつある。
⇒だが(B)は残る。(A)も、自己参照性・再帰性の構造(cf. 解釈学的循環)が残る。
※ 人文学の絶滅を示しているわけではない。
2.1. 幾つかの理論についての注記
・複雑系について
カオス力学系やオートポイエティックなシステムのような複雑系は、伝統的な「科学」の対象外。
カオス力学系:微分不可・解析的に解けない(「病的」)・決定的だが予測不能(精度の問題)。
スケジューリング:効率的なアルゴリズムが原理的に存在せず、現実的な時間での求解不能。
→シミュレーションや構成主義的アプローチの有効性(nachkomponierenへ)。
→新しい数理的「語彙」の必要性。(フラクタル、非線形力学…)
→量子計算によるブレイクスルーのようなパラダイムチェンジの可能性も。
・「シンギュラリティ」をめぐって
深層学習はブレイクスルーだが、「シンギュラリティ」は現時点でのAI技術だけでは到達不可能。
AIは生物でない。記号接地問題とフレーム問題は遠近法的倒錯の産物。
記号接地問題とフレーム問題はアフォーダンス主体としての生物にとっては存在しないが、
「意識」を備えた人間は、病理的な状態では直面しうる。(cf. 統合失調症、自閉症…)
・AIの「鬼子性」について
AIは定義上「人間を尺度とする」。それゆえ複雑系を扱うことになる。
構成主義的な工学的アプローチが有効。(→nachkomponieren)
正統的な工学からの懐疑:道具主義的な工学にはなれない(そうなったらAIではない)。
ポスト・ヒューマンと言っても所詮は「人間」が尺度→AIの研究は「人文工学」そのもの?
「シンギュラリティ」の向こう側ではアントロポモルフィスムは成立しない?→我々は手前にいる。
2.2. 「二分心」についての注記
・「二分心」は理論的極限と見做すべき。「自伝的自己」も同様。
(プロトタイプ論:連続的で中間にはスペクトルが存在)
常に両者の間のゆらぎが存在するが、巨視的には「二分心」から「自伝的自己」へという軌道。
※ ダマシオの階層では「中核意識」はあるが「延長意識」はまだない段階に対応?
・「二分心」に関連する幾つかの学説
個体発生軸:フロイトの第2局所論(「エス」・「自我」・「超自我」)⇒「自我」の確立以前?
ラカンの鏡像段階論、シェーマL。
やまだようこの発達段階論:「うたう」「みる」「とる」の3角形から「ものがたる」へ。
系統発生軸:ホロビンや加藤敏の統合失調症についての進化論的考察。
レヴィ=ストロース「双分組織は実在するか」(『構造人類学』所収)…双分制は理論的極限。
アドルノの『啓蒙の弁証法』におけるオデュッセイア論。
藤井貞和の物語的時代区分:「神話紀」「昔話紀」から「フルコト紀」「物語紀」へ。
バンヴェニスト=國分功一郎:「中動態」。
※ 「二分心」は左脳・右脳の非対称性・機能分化に注目。バランスの変化として捉える。
・「二分心」は過去についての仮説か?
ジェインズは考古学・文献学的検討から、3000年前(B.C.1000)を劃期としている。
詩・音楽・憑依・催眠は「二分心」の名残り。「神」の起源は「祖先の霊」。
「中動態」も過去の印欧語についてのトピック。
※ 始原状態への一方通行の遡行であってはならない。「意識」を安易に手放してはならない。
「ありえるかもしれない心」の仮説と看做しても良い。(進化の別の分岐。Siliconの心…)
予測困難な「シンギュラリティ」の先の検討のヒントとしての異なる「心」の様態の一モデル。
・「二分心」と意識を分けるものは何か?:かつて通過した劃期=シンギュラリティの探求。
言語の果たす役割:象徴機能。
時間性の問題:現在から断絶した(把持では扱いきれない)過去・未来。
補綴性:生物としての器官だけでは「意識」の成立には不十分?
共進化による非可逆な逓増過程(「冷たい社会」→「熱い社会」)?
※「二分心」が否定されても、「意識」の発達・進化の階層モデル自体は有効。
3.1. 三輪さんとの関わり
①「極東の架空の島の唄」:「ありえたかもしれない」、可能世界、仮想性、想像力、創造性。
②メディアと身体:メディアの両義性。メディアの補綴による喪失と獲得。「器官=障碍」。
・誰でもないものの声:声なき者の無念を「うた」うべく、「うた」の不可能性にあって、
「うた」にこだわる(beschwören)⇔ 「デジタル部族」としての新たな「身体」の獲得。
③未来への預言:「中部電力芸術宣言」「感情礼賛」「ひとのきえさり」
④逆シミュレーション音楽:それまでの実践の総合としての構成主義的シミュレーション。
人間による身体的実践の重視。鳴り響く音響ではなく、身体的な手順の指示。
由来(「…という夢を見た。」):物語的存在としての人間。祭祀性や儀礼性の重視。
「心から心へ」の拒否。修行的な側面。悟りの拒否。(cf.道元「修証一等」)
※ 「逆シミュレーション音楽」は「AI芸術は不可能である」ことの端的な説明。
3.2. 議論:新たな語彙の獲得に向けての幾つかのトピック
・意識の2つの階層は共通認識:「原意識→中核意識」と「中核意識→自伝的意識」(ダマシオ)
中核意識の成立についての共通認識はできつつあるが、自伝的意識についてはこれから。
中核意識に関する共通認識:再帰的なメカニズムの必要性。
ループが閉じることによる「自己」が生成についてはほぼ共通認識。
自伝的意識:まだ検討段階 ← 「うたう」の無視・「他者」の不在が原因。
意識の中断を乗り越えるには?「今・ここ・私」から離れて「不在/他者」を扱うには?
「ありえたかもしれない」を「ものがたる」がどうして可能か?
補綴性:自伝的自己の成立の基盤としての文字・言語・道具・記憶媒体
文化的進化(「ミーム」「表象の疫学」)のメカニズムは生物学的進化とは異なる。
・意識についての様々な理論の限界 → 「シンギュラリティ」に関する様々な誤解の原因
神秘主義の不毛。消去主義、機能主義、認知主義、自然と文化の分離の限界。
アフォーダンスの有効性:「意味」の立ち現れ。記号接地問題&フレーム問題の解消。
自伝的意識の維持=成立のためには、他者との出会いの反覆(ツェラン)が必要。
・「暗黙知」へのアプローチ:「わざ言語」は分析の対象に過ぎず、分析の道具たりえない。
⇒ 身体への記憶(手続き的記憶)の構成メカニズムの問題として捉えるべき。
・分類・記述ではなく、仕組みを考えるための語彙が必要。
⇒ ex. 「構造」:群論の適用。「複雑系」のための数理的道具は?
・意味:数理は意味と独立。意味を取り戻すのは「意識」のための/にとっての学でないとできない。
・「ブリコラージュ」(cf. nachkomponieren):最先端の科学理論の領域でも…。
4.1. これまでの発表への応答
・岡田暁生先生「「話したい人」と「見せたい人」と「やってみたい人」と
―人文工学としてのアートの可能性を考える」(2019.4.7)へ
「人文工学」の定義:beschwörenに到達するために、darstellenを通じてnachkomponierenする。
やまだの「うたう」「みる」「とる」の三角形との対比は?
うたう~beschwören/ みる~darstellen/とる~nachkomponieren
ずれに注目することでdarstellenの裏側、nachkomponierenが孕む危険が浮かび上がる。
・瀬戸口明久先生「ビッグデータ入門」(2019.6.14)へ
データに埋没することは、「意識」の時代=「隠れたる神」時代の「宿命」ではないか?
観測の問題。認識=観測も対象への働きかけであり透明であり得ない。
プライヴァシーの問題:現実の法体系は「有形物」「主体」モデルベースでまだ動いている。
簡単に「主体性」を手放すことはできない。⇒「私はどこまで私かに」ついての再検討。
範囲の見直しの方向:「アフォーダンス」(ギブソン)。「補綴性」(クラーク)。
再定義の方向:意識の発生機構としての「再帰性」。オートポイエーシス的「閉鎖性」。
4.2. 提唱(まとめに替えて)
「人文学」への提唱
(A)「意識にとっての/のための学」として:「科学」的なアプローチが原理的に困難
意味を扱う学。可能世界・物語性⇒創造性・新しさ。
「他者論」:科学には(「意識」を備えた主体としての)「他者」は存在しない。
生物学的基盤・制約を共有する存在への共感:種間倫理。
主客対立以前・無意識・自然への回帰ではない「意識」の宿命の引き受け。
「反逆」(ダマシオ)としての「無限のはじまり」(ドイッチュ)。
文化的進化過程の逓増性による暴走の危険に対する「賢明な破局論」(ドゥピュイ)。
「シンギュラリティ」への漸近に伴い、寧ろ主体性の問題はクリティカルに。
(B)「意識についての学」のレフェリーとして:「科学」的なアプローチの限界
AIをまともに扱おうと思えば、人文系のアプローチは必須。
統計的発想では扱えない領域へのアプローチ… ex. 創造性・天才。
・モーツァルトを模倣することか可能でも、もう一人のモーツァルトにはなれない。
beschwörenに到達するために、darstellenを通じてnachkomponierenする。
仮説とシミュレーションによる検証による相対主義の克服。⇒「人文工学」へ
(C)beschwören:「他者」の歓待・迎接としての
「私はどこまで私かに」ついての再定義:アフォーダンスと再帰性がポイント。
「他者性」の拡大への対応:AI、ポストヒューマン、地球外生命…
「人間」概念の外部。生物学的基盤すら共有しない存在。性なき・死なき存在。
⇒ 「人工物」の存在論。「情報」の存在論。
「他者」に対する想像力は「人文学」の領分。「他者のためのデザイン」(久保田晃弘)。
フォルマント兄弟への提唱:呪言、囃子言葉…(非意味的次元への注目。メリスマ、シラビック…)
・「AIはbeschwörenできるのか」。
・「うた」が「声」に先行する、あるいは「声」は常に/既に「うた」である。
・停止した祭祀のヴァーチャルな復活(cf.三輪=藤井=リッチズ「ひとのきえさり」)
ToDo① 「個別学」(Mathesis singularis:ロラン・バルト cf.ライプニッツ「普遍学」)
・一回性のもの、統計的には例外、測定・数値化が(さしあたり)困難なものが対象。
・「ブリコラージュ」。個別的なもののための領域横断的な総動員。⇒或る種の総合性。
ToDo② 「うたう」「ものがたる」の時間的構造の解明。
・時の逆流:エントロピーの縮小。秩序形成。ゆらぎの役割。超越。創造性。他者との出会い。
・速度、同期/非同期に注目→ハードウェアの素材差は本質的(ダマシオ:Siliconの心の否定)
・同期現象、引き込み現象などについての力学系理論が出発点(ブサーキ『脳のリズム』)
・「ステップ推論」(津田)、津田=スマリヤンの推論の階層と自意識の発生モデル。
最後にもう一度「三輪学」:
・「二分心」以降「シンギュラリティ」以前の「意識」の時代=「隠れたる神」の時代をカバー。
・「音楽芸術」の最もラディカルな定義。
・「AI芸術の不可能性」。
・nachkomponierenを通じた、beschwörenの回復。
・「人文工学」の拠点。
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